第21話 近衛騎士団長、悪役令嬢よりお言葉を賜る
(近衛騎士団長視点)
悪役令嬢を使徒様だと信じ込んだ近衛騎士団長は、悪役令嬢から否定のお言葉を賜ります。
また、聖女である悪役令嬢から、近衛騎士団第一中隊を元の世界に戻すつもりである旨を伺います。
「カブディ近衛騎士団長様。
どうぞお顔をお上げくださいませ」
地に這いつくばったまま、某は、ゆっくりと使徒様を見上げる。
某らが眩しく感じないよう気遣っていただいたのか、光球を右手で包まれるも、指から漏れ出る光で浮かび上がる、白い肌をほんのりと朱色に染められた使徒様の微笑み。
それがあまりにも尊く感じられる。
なぜ某は、これほどの慈愛に満ちた笑みを感情の感じられぬ笑みと決め付けてしまっておったのか。
今こうして拝見させていただいておると、理解できなくなってくるわ。
「おお………」
いや、待て……もしや、某が悔い改めたことで、使徒様は某らに恩赦をお与えくださったのではないか?
もし某が心を入れ替えなければ、使徒様はこのような笑みを見せてはくださらなかったのではないか?
そうも思えた。
「使徒様……」
某はアーマーで覆われた腕を地面に擦り付けながら、両手を合わせて祈りを捧げる。
そう、そうなのだ。
某は、今も試されておるのだ。
そう思わなくはならぬ。
現に天界に召されたということは、某らは、神罰を落とされるか否かの瀬戸際にあったということであろう。
使徒様はぎりぎりまで某の改心を待ってくださっておったのだ。
決して、もう許されたなどと心を緩めてはならぬのだ。
「カブディ近衛騎士団長様。
一つ訂正させていただきたく存じますわ」
「ははっ、何でございましょう?」
何も見えぬ真の暗闇に現れた神々しいまでの白い光を手に、僅かながら苦笑いを浮かべられる使徒様。
「わたしは使徒様などではございません」
何とっ!
使徒様であることを否定されると!
この世の理に干渉される権限をお持ちで、某らを天界に招くことすら可能な存在である御身が使徒様でないと?
だとすれば、聖女、聖女様であられるというのか?
某はてっきりビアド辺境伯令嬢に使徒様が受肉されているのだとばかり考えておったのだが。
「では、聖女様」
「聖女になるには教会の認定が必要と伺っておりますが」
おお、聖女様は皮肉をおっしゃっておられるのか?
神に認定され、それだけの権限を与えられたお方に今更教会の認定など不要であろう。
むしろ、あのやっかいな教会に目を付けられ……いや、聖女様としては、人の欲に塗れた教会から聖女認定を受けることなど不要とお考えなのであろうな。
「これほどものをお見せいただき、なおも貴女様を聖女と認めぬ者などここにはおりませぬよ」
「…………カブディ近衛騎士団長様。
いえ、皆様もよろしいでしょうか?
ここでご覧になられたものは全て幻、決して天界などと信じられませんようお願いいたしたく存じます」
目を閉じ、頭を下げられる聖女様に、皆が動揺しておるのが伝わってくる。
いや、それも仕方のないことであろうな。
これほど神に近いところにおられる聖女様が、今某らが目にしておるものを否定されるのだからな。
はあ、今のお言葉の意味をすぐに理解できぬとは、嘆かわしい!
聖女様はそういうことにしておいてくれとおっしゃっておられるのだ。
神罰を回避できたからと言って、逆に天界に招かれたと浮かれては決してならぬということなのだ。
「カブダル」
「はっ、総員っ、最敬礼っ」
某が一言、カブダルに声をかけるとすぐさまカブダルが聖女様に最敬礼を取るよう指示を出す。
この辺りは、ノクト持ちはさすがよの。
「聖女様、第一中隊及び女護衛小隊の者たちには緘口令を敷くということでよろしいでしょうか?」
「……そのようにお願い申し上げます」
「畏まりてございます。
ただ、陛下、殿下、宰相閣下にはこの件、報告することをお許しいただけましょうか?」
「ええ、それは仕方のないことでございましょう」
「ははっ、大変ありがたく存じまする」
某は、鼻水が垂れてきておるのに気付き、慌てて頭を下げる。
ううむ、何とも様にならぬことよな。
「聖女様、一つお伺いさせていただきたく。
我らが地上に戻ることは可能なのでございましょうか?」
「カブダルっ」
某の後ろから聞こえてくるカブダルの声に、某はヒヤッとするものを感じる。
いくら第一中隊の全責任を負う者と言えど、聖女様にそのように問うものではなかろう!
「構いません。
ええ、皆様はもう暫くでお戻りいただくことが可能でございます。
ただ、皆様の目はこの闇に馴染まれてしまっていますので、そのままでは昼の明るさに目が耐え切れず、深刻な影響が出ることも懸念されます。
そのため、皆様にはここで夜明けを迎えていただき、その後にお戻りいただこうかと存じます」
何と!
聖女様は某らの目にまでお気遣いいただいていたというのか!
いかん、また涙で目が潤んできてしまうわ。
「夜、夜明けで、ございますか?」
ぐぬ、カブダルも余計なことを訊くものではないぞ。
「はい。
“Traslate light-1 0 0 45.0 step 0.05”
“Execute batch for dawn-texture-animation”」
んんっ、おお!?
聖女様が右手をお開きになって……剥き出しになった光球が、天へと上っていくではないか!
まさか、あの光球が天界の夜を明けさせるというのか!
「「「おおお………」」」
何と神々しい光景か。
聖女様が、光を司りし聖女様であられるのは間違いなかろう。
光球は星々と同じ一つの光点となっていき、雲海上の雲なき満点の夜空に溶け込んだと思うた途端、雲海の雲々の向こうより空が僅かに明るさを増し、夜が明け始めるのを感じる。
某は、信じがたい光景に何度も目を瞬かせ、聖女様がなされた奇跡を確かめたのだ。
「まさか、天界で夜明けを迎えることになろうとは……」
こんなもの、本来天命尽きたあとにしか見れぬものよ。
まさか、命を失わずして、天界の奇跡の光景を見ることになろうとは。
いかん、あまりの光景に手の震えが止まらぬわ!
「ああっ、ああああっ、あああああっ」
先ほどまでは動揺の声一つ漏らしておらなんだ騎士爵の壮年の近衛騎士までがむせび泣いておる。
よほど信心深い者であったのであろう。
どれほど神を信じておっても、神のお力による奇跡を見ることなど一生に一度あるかないかと言って良いものであろうしの。
「おお……」
そして、某は、膝を付いたまま周囲を見まわし、辺りの景色が見えるようになってきているのに気付く。
先ほどまでは聖女様を除いて、誰一人の顔も見えなかったというのに、今はカブダルや女護衛小隊の皆の顔も見え始めておるのだ。
ふむ、皆、最敬礼の姿勢を取りつつも、顔を上げ、口を半分を開けて、呆然とした面持ちで空を眺めておる。
少々不敬ではあるが、聖女様なら何も咎められぬか。
このような奇跡を体験できて、皆、幸運なものよな。
ん……いかん。
某の心こそ、また緩んできておるのではないか、今こそしっかり引き締めねばならぬ。
「皆様、姿勢を楽になさって、目を空の明るさにゆっくりと馴染ませるようになさってくださいませ」
「よ、よろしいのでございましょうか?」
「もちろんでございます」
ああ、この薄暗さの中にあっても聖女様の笑みが眩しい。
これほど心美しき聖女様に、某は、何と醜いことをしてしまったのか、改めて突き付けれる。
たとえ、聖女様がお許しになろうとも、某は己自身を許せそうにないの。
「あぁ」
「アリッサ、わたしたち、戻れるのだわ」
「ああ、セメラ、うん、何て美しい景色だ」
心を今まで緊張に張り詰めさせてきたのであろう女護衛小隊の女騎士たちが互いに抱き合っておる。
今まで女騎士たちを軽んじてきた某だが、聖女様のお慈悲に触れた今は、それを微笑ましく思ってしまうの。
いや、むしろ、聖女様の近傍警護を最優先していかねばならぬ現状において、彼女たちの存在は極めて重要と言って良いであろう。
某は近衛騎士団の再編成について考えながら、改めて聖女様を拝まずにはおられなんだ。
今回のテクスチャアニメーションはVR空間のものですが、中世の人たちが(リアルでそれに近い)プロジェクションマッピングなどをご覧になれば、奇跡のように感じることでしょうね。




