第216話 王女殿下、最後通牒の使節に立ち向かう
(第一王女視点)
第一王女は、国境の砦で最後通牒の使節に立ち向かいます。
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明け方、僅かな気配を感じては、わたしは目を覚ましていた。
この気配はハナンね。
同じベッドでお休みになられているマルカ様を起こさないように気を付けながら、ベッド脇にまで来ているハナンに目を向ける。
「殿下」
ハナンの表情からすると何かあったのね。
この砦の司令官であるタウラー様の執務室にも『神の目』は展開されていて、この時間は、聖女護衛隊の騎士たちが交代で監視に当たっているはずだけれど、こんな明け方から帝国側の動きがあったということなのかしら?
「ハナン?」
「バーレ街道の仮復旧部分の、板渡しになっている部分で馬車の通過が確認されました」
馬車?
オドウェイン帝国中央教会の司教様が動くには、あまりにも早過ぎるわね。
一体何が……って、ああ。
「なるほど、司教様の馬車を通す前に、安全確認を行っている訳ね?」
「はい、おそらくはその通りかと」
わたしは、皆を起こさないように気を付けながら、ベッドで屈んでいるハナンに頷きかける。
どうやら帝国は、あの星落としがあっても、侵攻を諦めることはなかったよう。
むしろ、予定を前倒しするつもりで進めているのではないかしら?
「だとすると、お昼前にも、司教様の御一行は、陣地を出立されて、こちらに向かわれるのでしょうね」
「はい。
なお、殿下がお休みになられてから、領城より影が五名が到着し、砦周辺の警備に当たっております」
王家の影?
ああ、お兄様が動かされたのね。
何せこの砦の衛士の方々は、隣り合うのがセラム聖国なだけあって(他国の兵士との)ちょっとした小競り合いすら経験していないのだもの。
帝国から工作兵や暗殺者が送り込まれでもしたら、一たまりもないかもしれないのだから、当然措置と言えるだろう。
「分かりましたわ。
お昼前には、司教様方がご到着されるというつもりで準備を進めておいて頂戴」
「は」
わたしはハナンにそう囁き、ハナンが気配を消して部屋から出ていくのを見届けてから、ベッドに再度潜り込む。
お隣のマルカ様はお目覚めになられたご様子もなく、安らかに寝息を立てていらっしゃるご様子。
けれど、わたしは、嫌な緊張感に寝直すことが難しくなってしまっていた。
だって、ついにこの日が来てしまったのだもの。
工作兵や偽聖女様の小細工などではなく、本物の戦の最後通牒。
星落としで帝国の先遣軍側にどれほどの被害が出ているのかは分からないけれど、帝国は神からのご警告すら無視して、戦に突き進むのだろう。
「まさか、帝国と、神の動き、その双方に気を付けなければならないなんて」
帝国に蹂躙される危機をほぼ回避できる目途が立っているだけマシではあるのかもしれない。
とはいえ、それにはメリユ様に最前線で敵軍と向き合っていただかなくてはならないのだから、考えただけでも胸が苦しくなる。
しかも(メリユ様の望まれない)神のご介入に対しても警戒しなければならない今、メリユ様のご負担は以前より大きく増していると言えるだろう。
わたしは見慣れないベッドの天蓋を眺めながら、メリユ様のことを思うのだった。
そして、お昼過ぎ、司教様のお乗りになられた馬車は、砦に到着したのだった。
ええ、朝食前の時点で、敵陣を司教様の馬車が出発されるのは、『神の目』で分かっていたのだけれど、砦に到着するまでには、二十刻ほどかかっていることになる。
その間に、誰がまず最初に対応するかで検討を行い、わたしがお出迎えをすることになった。
もちろん、ゴーテ辺境伯領令嬢であるマルカ様にはかなり反対されたのだけれど、ミスラク王家の『人間』として、他国に付け入れられるのを黙って見ていられなかったというのが大きい。
それに(砦におられてもおかしくない)マルカ様よりも、わたしが出迎える方が、相手=司教様にとってもインパクトがあるだろうというのもある。
その司教様御一行は、司教様の馬車を囲むように、修道騎士の馬が六騎。
中途半端な警護であるけれど(本来小競り合いすら起こり得ない)セラム聖国側から来ているように見せかけるのなら妥当なところだろうか?
「こちらは司教猊下のご乗車されている馬車だ。
先触れがなくて申し訳ないが、至急の要件で、領都へ向かっている。
身元確認はこの通り、武具検査と通行料は免除いただきたい」
身元確認は……セラム聖国の司教様であるかのように偽装しているのだろう。
セラム聖国の高位聖職者であれば、修道騎士の武具検査と通行料の支払いは免除される習わしだけれど、ここはそういう訳にはいかない。
わたしが目配せすると、落とし格子が落とされ、砦は一時封鎖される。
砦通過の手続きを取っていた修道騎士は(突然の事態に)驚き、周囲にいる衛士たちに警戒しているようだ。
そんな中、アリッサたちはわたしの近傍警護に、影たちも三人(死角で)警護配置に入る。
「行きます」
「はっ」
わたしは落とし格子の外側にある詰め所から、アリッサたちと外に出る。
服装はもちろん正装。
貴賓対応しても問題ないドレス姿で、王族の証としてのティアラもしている。
これを見れば、あの修道騎士も下手な対応は取れないだろう。
「なっ!?」
案の定、わたしの姿を見た修道騎士は、動揺している。
近傍警護の女騎士たちの姿からも、要人なのは明らかだものね。
「これはこれは、修道騎士様。
ようこそミスラク王国へいらっしゃいました。
わたしは、ミスラク王家が第二子、メグウィン・レガー・ミスラクですわ。
その司教猊下へのお目通り、叶いますかしら?」
「(ゴクリ)こ、こ、これは失礼いたしました。
メ、メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下、司教猊下のお出迎えをいただき、光栄に存じます。
わたくしは、警護に当たっております修道騎士のダノット・モナフォカヴリロ・バラガルと申します」
「バラガル様、その書状を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「は? ……ははっ」
身元確認のために、衛士に見せ付けていた書状を要求すると、バラガル様が慌てていらっしゃるのが分かる。
さすがに王族が自ら確認したいと言っているのだから、断れる訳もないだろう。
「こ、こちらに」
「ありがとう存じます」
ルーファ様の予想されていた通り、偽造されているわね。
セラム聖国中央教会の司教様ということになっているのだもの。
「ふーん……バラガル様?
わたしの認識では、馬車にご乗車されていらっしゃるのは、オドウェイン帝国中央教会のトゲアー・エピスコーポ・サンカード司教猊下と認識しておりましたのに」
「ぃひ!?
ぃ、いえ、司教猊下は、セラム聖国中央教会にご異動されまして、ぃ、いわゆる栄転と申しましょうか、その」
もし聖都ケレンをオドウェイン帝国が落としていれば、この偽造、偽装も(後から)本物にできるのだろうけれど、ガラフィ枢機卿様が動かれたことで既に制圧され、それも叶わなくなっているはず。
視線を逸らし、脂汗を流しておられるバラガル様をじっと見つめていると、馬車の扉が突然開き、高位聖職者とは思えないほどのご立派(皮肉)なご体格の司教様がお姿をお見せになられる。
「ええい、何をやっておる!
急ぎイバンツに向かわなくてならんのというのに!
……何だ、その小娘は?」
『神の目』で帝国の第二皇子殿下と第二皇女殿下をお出迎えされていたときのお姿は拝見していたけれど、本当にそのままお姿なのね。
「し、司教猊下!?」
「これはこれは、お初にお目もじ仕ります。
わたしは、ミスラク王家が第二子、メグウィン・レガー・ミスラクでございます。
ミスラク王国へのご訪問、歓迎いたします」
わたしがカーテシーをしながら、ご挨拶申し上げると、司教様の御顔が引き攣るのが分かった。
「小王国の、ぉ、王女だと!?
どうして、こんな砦に!?」
その本人に『蔑称』=『小王国』が聞こえてしまっているのだけれど?
司教様のそのお言葉に、近傍警護の皆の反応も変わるのがはっきりと分かる。
「ぃ、いえ、大変失礼いたしました、メグウィン・レガー・ミスラク第二王女殿下。
司教を務めております、トゲアー・エピスコーポ・サンカードでございます。
どうぞトゲアーとお呼びいただけますと幸いでございます」
「トゲアー司教猊下様、わたしは第一王女でございますわ」
「申し訳ございません、第一王女殿下。
急な訪問でしたもので、下調べ不足で失礼いたしました」
さすがに司教様もまずいと思われたのだろう。
急に言葉遣いが丁寧になられる。
「ありがとう存じます、トゲアー司教猊下様。
前触れもございませんでしたが、此度はどのようなご用件で、ご来訪されましたのでしょう?」
「ははっ、それが貴国を訪問中の聖女見習いであらせられる、エレム・メティラーナントサンクタ・シェラーダ猊下が拘束されているとの報告を受け、状況確認のため、修道騎士たちと共に急ぎ馳せ参じた次第でございます。
これは明確な教会法違反でございます。
もし拘束を指示されましたのがゴーテ卿であるのであれば、直ちに尋問させていただかなくてはなりませんのでございます」
本当によく喋られるお方。
そんなでっち上げ、こちらが簡単に受け入れると思っているのかしら?
「その、教会法違反というのは猊下の勘違いでございましょう。
既に、サラマ聖女猊下がご尋問され、エレム様がオドウェイン帝国中央教会のベーラート修道院にいらっしゃる修道女様であると確認が取れております」
わたしがにこやかにそう告げると、司教様の顔半分が引き攣るのが見える。
「なっ! まさか……!?
ぅ………嘘偽りをおっしゃられるのはよろしくございません。
聖女猊下が王都滞在中との報は既に受けております。
昨日、キャンベーク街道が復旧した旨の報告も受けておりますが、聖女猊下がその状況で帰国の途につかれることはあり得ますまい」
なるほど、あの斥候の方々は、キャンベーク街道の復旧については情報を持ち帰ったのね?
タダ、工作兵たちとの接触も叶わず、サラマ様のイバンツ滞在については情報を持ち帰れなかったと?
「それはそれは、昨日どこでその報を受けられたのでございましょう?
ここ二日、聖騎士団や使節に関係する方々の往来は、この砦で確認されておりませんが?」
ボロを出された司教様に、わたしは余裕の微笑みを浮かべて指摘する。
「は、ははは、教会にも、貴国の影に相当する者たちはおりますので、滞在期間中も当然そのご動向については情報収集を行っておるのでございます」
手強い……。
「であれば、その影に当たる方々の力量不足が懸念される事態であるかと存じますわ。
サラマ聖女猊下は、領都イバンツにご滞在中でいらっしゃいますから、直接猊下からお伺いいただければと存じます」
とはいえ、領都イバンツにサラマ様がいらっしゃっているのは曲げようもない事実。
司教様方が領都に到着された時点で、その化けの皮は剥がされてしまうことだろう。
「………ほほう、では、殿下、その聖女猊下が本物の聖女猊下であらせられるという証拠はございますでしょうか?
殿下の方こそ、偽者の聖女猊下に騙されていらっしゃる可能性もございましょう?」
そう思っていたのだけれど、司教様は、目を細められると、わたしを脅すような低い声でそうおっしゃる。
待って……これは、どういうこと?
こちらにサラマ様がいらっしゃるという情報に、方針を変えることにしたと言うの?
想定外にしたたかな司教様に、わたしは(逆に)動揺させられてしまう。
状況は(後方の帝国軍を除けば)こちらが明らかに有利だというのに、わたしは態度を変えてこられた司教様に押され始めてしまっていたのだった。
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王国の第一王女として、通後通帳に訪れた司教に立ち向かうメグウィン殿下、格好良いではございませんか!
最後は押され気味になってしまいましたが、どうなってしまうのでしょうか?




