第209話 帝国皇女殿下、晩餐中に星落としに遭遇する
(帝国第二皇女視点)
帝国第二皇女は、晩餐中に星落としに遭遇してします。
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早めの昼食後、わたくしたちは、バーレ連峰に敷設された山道で、夕刻までにバーレ連峰南麓に築かれた野戦本陣に到着していた。
山越えの途中、耳が痛くなることはあったけれど、思っていた以上に早く、快適に移動できたものだわ。
その野戦陣地での出迎えは、先遣軍司令官のブラオ・デューコ・コーリッドヒア公爵と、中央教会のトゲアー・エピスコーポ・サンカード司教。
野戦陣地とは言っても、例の街道敷設にそれなりの期間を要するということで、それなりのものを建ててくれていたみたい。
王族の滞在場所としては、ぎりぎり及第点というところだけれど……まあ、ありがたいと言えばありがたいことね。
「はあ」
お父様=皇帝陛下にお許しいただけた料理人を連れ、食材も運ばせてきたけれど、こんな山奥の野戦陣地なんて、そう長居はできない。
さっさと小王国のゴーテ辺境伯領城を占領して、少しでも快適に過ごしたいもの。
ゴーテ辺境伯領城は、聖国の教皇や聖女が滞在できる程度の貴賓室を備えているらしいから、こんな野戦陣地よりかは遥かにマシなことだろう。
「テーナ・インペリアフィリーノ・オドウェイン第二皇女殿下、バーレ連峰の雪解け水はいかがですかな?
帝都の水とは比較になりますまい」
「そうですわね。
み・ずは、確かにそうかもしれませんわ。
しかし、景色と水しか取り柄のない地になど、何の価値があると言うのかしら?
せいぜいわたしくしたちを退屈させませんよう、さっさとゴーテ辺境伯領を落としてくださいませ」
「ははは、これはまた手厳しいですな」
公爵は苦笑いされるけれど、一体他に何の娯楽があるというの?
貴方たちは、帝国軍の圧倒的な強さを持って、いち早く、小王国の領主たちの首と領地をわたくしたち王族に差し出すべきなのよ。
何のために、わざわざこんな辺境にまでわたくしたちが来ていると思っているのかしら?
そうね、どうせなら、ゴーテ卿(でよろしかったかしら?)の首を刎ねるところは、ぜひ立ち会いたいものね。
使節として送り込む司教に『お前は大罪人だ』と突き付けられ、先遣軍の圧倒的な武力を前に真っ青になるゴーテ卿のお顔はさぞ見ものだろう。
「それで、トゲアー司教、ゴーテ辺境伯領で聖女見習いが捉えられているという容疑で、ゴーテ卿を罪人に仕立て上げるのは、うまくいきそうなのだな?」
お隣でワインを飲まれているアレムお兄様が、上機嫌に、司教にお尋ねになられている。
「ええ、もちろんでございます。
聖職者を不当に拘束しますと、教会法違反の罪に問われるのでございます。
これは、聖国外であっても、セラム聖国中央教会の権威が及ぶ全ての国で適用されますので、当然小王国においても重罪となるのでございます」
本当に従順な司教を寄こしてくれてありがたい限りだわ。
「教会法違反。
しかも、相手は、帝国中央教会が聖女見習いの地位を与える者であるのだから、大司教クラスの者を不当に拘束するのと同様ということになるはずね?」
「はい、まさしく、神聖なる秩序への破壊活動として、ゴーテ卿は斬首刑がよろしいかと」
「ふふふ、素晴らしい。
ゴーテ卿の斬首はぜひ公開処刑で行おう。
小王国の近隣領はさぞ震えあがることだろうな」
「いやはや、ご神意に逆らう者には、それ相応の罰がくだされて当然でございますからな、はっはっは」
全く、何がご神意、なのかしら?
まあ、金をばら撒けば、すぐ擦り寄ってくる聖職者たちは、扱いやすくてありがたい限りなのだけれど。
「それで、馬での移動程度は、明日の朝までにはできるということで良いのだな?」
「ええ、攻城兵器を運搬するには、重量級馬車が通れるようにしなければなりませんが。
貴賓用馬車であれば、板渡し程度でも何とかなるかと」
「ふむ。
まずは司教が最後通牒に向かうのだったな。
では、明日中にゴーテ辺境伯領都に赴いてもらっても良いか?」
急に、少しばかり渋い顔になられる司教。
未完成の道で、真っ先に行って来いという命令には、やはり不満があるようね。
「明日中、でございますか?」
「ああ、こういうものは早ければ早い方が良いだろう?
キャンベーク街道が封鎖中と聞いているから、それが開通するまでに迅速にゴーテ辺境伯領を落としてしまいたいんだ」
「おっしゃっておられることは理解できますが……」
なおも渋られる司教。
そこで、公爵が、
「司教猊下、何卒よろしくお願いいたします」
追加の報酬を弾むという合図を出されると、
「……はあ、そういうことでございましたら、明日中に赴くようにいたしましょう」
司教は仕方なさそうに、いや、急にやる気になったようにそう言うの。
全く呆れたものだわ。
わたくしは、並べられた前菜のザクースキに手を付けることにする。
やはり、山奥だけあって、魚のマリネやキャビアは出せないし、肉のパテくらいになってしまうのね。
帝都ベーラートは海に面しているだけでなく、淡水湖のベーラート二大湖も背後あって、水産物もたくさん入ってくるだけに、こんな貧相な前菜、悲しくなってくるわね。
ゴーテ辺境伯領都は、小王国側、聖国側双方から食材が入ってくるそうだけれど、どんなものなのかしら?
帝国領側ですらこの有様なのだから、新鮮な海産物なんてとても手に入らないだろう。
次にキャビアを食べられるのはいつになるのかしらね?
「ふふふ、それで、閣下、どれほど追加でいただけますのかな?」
「はは、そうですな」
公爵が具体的な数字を出そうと考えている振りをしている様を眺めながら、わたくしが肉のパテを口に入れようとしたときのことだった。
ズドムッ!!
お部屋の空気の濃度が増したかのように感じた途端、耳が圧迫されるような感覚と同時に今まで聞いたことのないような大きな音が鳴り響いたの。
それは、己の命の危機を一瞬にして覚えてしまうほどのもので、
「キャァァァァ」「うぉぁ」「ひぇあ」
わたくしたちは全員悲鳴を上げてしまっていた。
……続いて、
バァン!
窓の板扉が全て吹き飛び、突風がお部屋の中を引っ掻き回していくと、長テーブルの燭台すらも吹き飛ばされていく。
わたくしも銀食器のナイフとフォークを投げ出して、必死に頭を両腕で抱え込むしかなかった。
突風は吹き荒れ、土埃と焦げ臭い匂いが混じった空気が周囲を満たしていく。
「ひぃ、ひぃ、ふぅ……」
わたくしにできたのは、椅子から転げ落ちて、テーブルの下で身を屈めていることだけ。
そして、あまりの恐怖に涙を零してしまっていた。
「くぅ」
本当に、本当に一体何が起きたと言うのよ!?
わたくしは、オドウェイン帝国の第二皇女なのよ?
こんなこと、絶対に許されないのだから!
なんて、必死に威勢を張ろうとしてみたのだけれど、結局、わたくしは声を上げることすらできなくなっていた。
簡単に箔が付くなんて話は嘘。
最前線とは言っても『完全無欠の安全』っていう話はどこに行ったのよって感じよね?
本当に馬鹿みたい。
わたくしは、タダ突然のその嵐が過ぎ去るのをテーブルの下で待つことしかできなかったのだった。
※休日ストック分の平日更新です。
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随分とまた物騒なお話をされていた悪役サイドでございますが、いきなり災難に見舞われてしまったようでございますね、、、




