第20話 近衛騎士団長、悪役令嬢に平伏する
(近衛騎士団長視点)
近衛騎士団長が、悪役令嬢に平伏します(?)
「団長、休憩を終えた後はいかがなさいましょう?」
「うむ、第二破城槌まで破損させる訳にはいくまい。
取り合えず、ビアド辺境伯令嬢が動かれるまでは待機するしかないの」
「では、身体を軽く温める程度に時折動かしつつ、結界の解除を待つということでよろしいでしょうか?」
「ああ、それで頼む」
しかし、あの娘子は、どれほどの間、某らを閉じ込めるつもりなのであろうか?
某らが娘子の魔法師としての力を認めるまで?
某らが娘子への態度を改めるまで?
もはや……今こうして暗がりの中で話をしている某らの会話を聞いておったりは……しまいな?
最悪のケースは、このまま結界内の気温が下がり続け、気付かぬ内に身動きも取れなくなり、命を奪われる……と言うことも、あり得なくはないの。
女護衛小隊の話を聞く限り、娘子が表立って某らに対する怒りを示した様子はなく、侮られようとも、どんな扱いを受けようともそれに耐える心構えのできた様子だったということだが、内心でどれほどの怒りを溜め込んでいるかなど測り知ることはできまいて。
「あとは、第一中隊に真実をどのように伝えるか、か……」
カブダルと女護衛小隊しか、娘子の魔法について知っておらぬ状態はよくないであろうな。
それでなくとも、これほどまでに混乱させておきながら、某がその説明をせぬというのは、立場上あり得ぬことであろう。
「団長っ!」
セメラ・メイゾ・サビエか?
いや、他の女護衛小隊も何を気にしておるのだ?
「団長、団長からご覧になられてわたしとは真逆の方をご覧になってくださいませ」
ふむ、サビエの声がする方とは真逆の方向とな?
言われるがまま、後ろを振り返り、某は息を呑んだ。
結界を突き破って、小さな光が……いや、小さな眩い光を掌に浮かせた手が出てきておったのだ!!
「い、一体何事だっ!??」
結界に囚われてから初めて目にする光の塊に、目が痛くなるのを感じる。
何度も細かく瞬きをしながら、その手を凝視し、それが男の手ではなく……子供の手であると認識する。
破城槌ですら破壊できぬ結界を抜けてくるなど、何と面妖な!
既に冷え込んだ結界内の空気が更に冷え込んだように感じるのは気のせいか?
「な、何者だっ!!?」
そう叫んで、某は妙な違和感を覚えるのだ。
いや、待て、子供の手とな?
ま、まさか……娘子、ビアド辺境伯令嬢が直接、乗り込んで来たというのか!?
某が己の目を疑いそうになった次の瞬間、その子供は光の塊、いや光の球、光球と呼ぶべきか、それを自身の胸元に掲げ、この暗闇に自身の顔を浮かび上がらせたのだ。
「メリユ・マルグラフォ・ビアド、皆様をお迎えにただいま参上いたしました」
ほ、本当に、ビアド辺境伯令嬢だと!?
先ほどと相も変わらず穏やかな笑みを浮かべて、落ち着いた声音で話すその姿が怖ろしい!
ただ結界を外から解除するだけよいものを、直接結界内に乗り込んでくる理由が分からぬのだ。
何より、この状況で演習相手に笑みを見せる理由とは?
勝ち誇るため?
それとも、某らに罰を与えるため、か?
「本当にビアド辺境伯令嬢、なのか……?」
「ええ、もちろんでございます」
某の確認の問いにも、感情をのせない声で答える娘子の様子は普通ではない。
第一、その光球は何なのだ?
それも魔法だと言うのか?
もはや、ここまでくれば、娘子が悪魔を名乗ろうと、使徒を名乗ろうと、すんなりと受け入れられてしまいそうだの。
この歳にもなって、冷や汗が止まらぬわ!
「“Execute batch for texture-animation with fujisan-radar-image”」
うぬ!? こ、今度は、何を呟いておるのだ!?
我らを結界に閉じ込めたときと同様、意味の分からぬ呪文を呟き始める娘子に、某は第一中隊に『退避』を叫ぶべきかと思い悩んだ。
しかし、もはや時間の猶予はあるまい。
結界魔法の発動のときの様子を思い返すに、もう一、二と数を数えている間にも魔法はその効果をもたらしてしまうのであろう。
「頼む……」
某が任されている第一中隊の近衛騎士たちには、せめてよくないことが起こらぬようにと、某は神に祈った。
そして、冷たい夜の風が吹き、結界内の世界は激変したのだ。
「っ!!!」
某は、己の目を再び疑った。
娘子が持ち込んで光球のみが唯一の光源であった空間に、突然たくさんの光の粒が広がったのだからの。
いや、本当に何が起きたのかと焦りに焦りながら、目を細めたり開いたりを繰り返し、ようやく某は、満点の星空と(某らの立つ大地の向こうに)雲海が広がっておるのに気が付いたのだ。
「ひぃっ!?」
あり得ぬ、あり得ぬわ。
某がおったのは、城内の練兵場なのだぞ?
そうであったはずであるのに……結界が解かれたのならば見えるはずの内城壁も外城壁もそこに存在せず、地平の向こうに雲々が見えておるとは、いかようなる術であるのか!?
そもそも、ここが雲上であるならば、凍えるような寒風が吹き荒れる難所であるはずであろう?
ミスラク王国には、雲上に頂を覗かせる高山がいくつもあるが、若かりし頃に登ったときは毎度生きた心地がせなんだわ!
それなのに、今某らが静かに立ってこの場所は、地上の夜と何ら変わらぬ穏やかさ。
雲上でこのような場所があるとすれば、天界くらいではないのか?
そこにまで考えが至ったとき、某は恐怖に慄いた。
「なっ、なっ、なっ、なっ……」
そう、あり得るとすれば、天界なのだ。
己の命が尽き、天に召されたときに訪れる場所。
汗の止まらぬような暑さも、凍えるような寒さもない代わりに、身体が徐々に冷えていくのが分かるという最後の場所。
いや、それこそ、今某らが体感し、視認しているものなのではないか?
「こ、こ、ここっ、は………ま、まさか」
天界の神殿を訪れたとき、それがその人間の生の終わりを意味するという。
そして、某は、娘子のいる遥か向こう、雲々を隔てて存在するもう一つの雲上の大地に存在しておる神殿を捉えておった。
そう、人の手で建てられたとは到底思えぬ不思議な形をした神殿。
それすらあるということは、ここはまさに天界そのものなのではないか!?
つまり、先ほどの呪文は……某らを天に召すための呪文だったのではないか!??
そう考え、某は、本当に己の命が娘子によって奪われようとしているのを察したのだ。
「「団長っ」」
そこでようやく某の意識に届いた近衛騎士たちの声に、某は更にゾッとするものを感じてしまった。
ここにいるのは、某だけではない。
近衛騎士団第一中隊百名と女護衛小隊六名もいるのだ。
もしや、某は巻き込んでしまったのではないか?
彼らを、己の罪に巻き込み、必要のない犠牲を払おうとしているのではないか!?
それに気付き、某は頭を抱え込みたくなった。
「……何ということだ!」
いや、待て、考えるべきはそれだけではないぞ。
そもそも、某らを天に召した、この娘子は、一体何者なのだ!??
ビアド辺境伯令嬢……ではないのか?
一体全体何者であれば、これほどの人数を一度に天に召すようなことができようというのか?
いや……娘子は、結界内に入られたとき『迎えに来た』と言っておったな?
そ、それは、つまり……?
「ビ、ビアド辺境伯令嬢……あ、あ、あっ、貴女様は、もしやっ」
もはや、娘子などという不敬な呼び方をすることができようはずもない。
脳裏に蘇ったのは、教会の経典にあった、使徒様に危害を加えようとして(かつて存在した)小国の兵士たちが神隠しにあったという話。
あれは、真実であったというのか?
このご令嬢の正体は、神が遣わされた使徒様であり、それに危害を加えようとして某らは神罰として天に召されたと……そういうことなのか!!
「あああっ」
震えが止まらぬ、止まらぬわ。
某が愚か過ぎたがために、これほどの人数が神隠しに遭い、こうして天に召され、また経典に人の愚行として記され残されるのであろうか?
使徒様は、あれほどの奇跡をお見せになられ、某らに信心を示すよう促してくださっておったというのに、某は何という愚か者だったのだ!!
「カブディ近衛騎士団長様?」
「も、申し訳ございまぬっ、貴女様への不敬、心よりお詫び申し上げる!!」
某は使徒様の前に平伏し、ただただ謝罪の意を示す。
人にあらざるがゆえに感じられぬ、感情の起伏。
これも、使徒様が使徒様であるがゆえであろうか?
いや、どう考えても、このご様子を齢十一の娘子としてあり得るものと受け流しておったこと自体が異常だったのだ。
どう考えても、人の子ではなかろうて!
その使徒様があれほど挽回の機会をくださっていたにも関わらず、信心を示そうともせず、使徒様の張られた結界の破壊を企てるなど、教会に知られれば破門だけでは済むまいよ。
あああ、そう……であるからこそ、某らは神罰として天に召されたと、そういうことであるのかっ?
「あ、ああっ、そ、某らは、て、天にめっ、召された、ので、ございましょうか!?」
ああっ、涙が止まらぬよ!
どのようにして神に詫びれば、使徒様に詫びればよい?
どうやって騎士団の皆に詫びればよい?
某は、後悔の念に胸を引き裂かれそうになるのを感じながら、平伏し続ける。
「どういうことでございましょう?」
使徒様のお声が少し冷えたように思えた。
そんな当然のことを再度問うのかと、そういう意が込められているように感じ、某は全身に鳥肌が立つのを感じた。
あああ、某は、某は、今だに事実を認められぬ愚か者であるというのか!
「ど、どうか、お命を、お取りになられるというなら、どうか、某の命だけで、ご容赦くだされ」
「………」
「あ、ああっ、貴女様が、し、使徒様とも知らず、不敬を働いた、その、し、神罰を、お与えになると、おっしゃるなら、どうか、どうか、某のみにお与えくだされぇ」
そうなのだ。
某のすべきことは、全ての責を負って、己の命一つで神、使徒様の怒りを鎮めていただき、皆の救命を願うことのみ。
なぜ、そんな当たり前のことにすら気付けなかったというのか!!
「使徒様……」
「神罰って……」
「嘘……」
第一中隊の皆の動揺の声が聞こえてくる。
あああ、某は何と罪深い人間なのだ!
「て、天に召されたって、ここは、お、俺は、もう」
「嫌だ、こんな死に方なんて、そんなことって……」
「メルー、あああっ、もう会えないなんて」
「ママァ」
第一中隊の悲鳴のような声が聞こえてき、某は己の身が縮こまるような思いにかられた。
帝国との戦を前に神が遣われた使徒様に危害を加えようとするような愚行を犯し、使徒様を愚弄するような真似までしてしまった全ての責、それは某にあるのだ。
「ああっ、す、全ては、某の責、なので、ございまする。
某であれば、いかようにも、なさって構いませぬ!
どうか、若き騎士団員たちの命だけは、何卒っ、何卒お助けくだされぇ!!」
某は啜り泣きながら、必死に使徒様の前に這いつくばり、使徒様の恩赦をただひたすらに願い続ける。
額に地面の小石が食い込もうとも構わずに頭を下げ続けるより他にないのだ。
「カブディ近衛騎士団長様。
わたしは皆様のお命をお守りすることはあれど、皆様のお命を奪うようなことは決してございませんわ」
某は、使徒様のお言葉に、己の耳を疑い、開いた眼に迫る地面が明るく照らされるのを感じて、思わず顔を上げる。
そこには、女神と見間違えんばかりの使徒様の微笑みがあったのだった。
相変わらず、話を進める毎にとんでもないことになっていっておりますね、、、




