第201話 ハラウェイン伯爵令嬢、砦に赴く準備をする
(ハラウェイン伯爵令嬢視点)
ハラウェイン伯爵令嬢は、いよいよ砦に赴く準備をします。
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最後に『神の目』で斥候の動きを確認して、わたしたちは砦へと向かうこととなりました。
川沿いに進んでいる斥候と接触する可能性は低いということで、キャンベーク街道沿いに砦へと進むことになります。
今のところ、王都や他の辺境伯領からの増援は元の『神の目』の監視範囲には見えず、聖騎士団の先遣も見えていないという状況です。
最悪、明日にも(長年敷設途中のまま放置されてきた)バーレ街道の道は繋がり、最後通牒のため、オドウェイン帝国の司教様がゴーテ辺境伯領に入るだろうとの見通しを聞いたときはゾッとしました。
しかし、増援が到着していなくても、ここにはメリユ様がいらっしゃいます。
そして、そのメリユ様は起点を設置された後、そのまま砦に滞在されるとおっしゃられました。
砦には、士官用のお部屋はあっても、王族や他国の賓客が泊まられるような貴賓室はないとのことですが、どのようなお部屋でも構わないとおっしゃられて……本当に最前線に立たれることをお決めになられたんです。
「そんなの、付いていくに決まってるじゃないですか!」
わたしはもちろん、メグウィン様も、マルカ様も、ルーファ様、アファベト様も、メルー様も付いていくとその場で宣言なさったんです。
まあ、ディキル様は、『神の目』での監視のため、残ることになりましたけれど。
きっと、サラマ聖女猊下=サラマ様もいらっしゃるのではないでしょうか?
戦をいち早く止めるには、やってくる司教様をサラマ様がご説得されるのが早そうですし、きっとサラマ様なら……と思うんです。
今影の方が、レーマット・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯様、そして、カーレ第一王子殿下へこちらの判断をお伝えに走られているそうです。
サラマ様の耳にも間もなく、メリユ様とわたしたちの決定は伝えられることでしょう。
「ハードリー様」
「マルカ様?」
わたしがメリユ様から一時離れて、乗馬用に手袋を取り替えておりますと、マルカ様が話しかけてこられます。
「わたしは聖国よりこうして地元に戻ってこられた訳ですけれど、ハードリー様はずっと故郷のハラウェイン伯爵領からお離れになられていて、お辛くはございませんの?」
なるほど、ホームシックになっていないかどうかご心配されたのでしょう。
そう……ですね。
憧れのセラム聖国の聖都ケレンに赴けたのも、久々にイバンツを訪れることができたのも貴重なことだったとは思っていますけれど、多少はホームシック気味ではあるでしょうか?
領城の料理長のお料理もそろそろ恋しいですし、地元のお茶菓子も食べたくなってきてはいます。
何より、メリユ様にお救いいただいたお母様、そして、お父様と一緒に色々お話したいです。
ですが、もしこのままオドウェイン帝国の先遣軍の侵攻を許してしまえば、キャンベーク街道沿いの景色は一変してしまうことでしょう。
ハラウェイン伯爵領もどんなことになってしまうやら……想像するだけでも怖くなってしまいます。
ホームシック以前に、わたしの大切な『人』たちが、景色が失われてしまうことを考えれば、今は我慢して、メリユ様と共に最前線に立つことが何より優先されるべきことだと思うんです。
「大丈夫です、わ。
今ここで先遣軍を食い止めなければ、わたしの帰るべき場所すらも失ってしまう訳ですから」
「そう、ですわね。
全くその通りですわね。
わたしも、このイバンツは、今の、このままの姿であり続けて欲しいですもの」
マルカ様は少し涙ぐまれながら、頷き返してくださいます。
「それで、聞こえておりましたけれど、ハードリー様の馬にメリユ様をお乗せになられますの?」
「はい、馬車は出されないということでしたから、ここはわたしの馬に乗っていただこうかと。
商家の仲良し娘が二人一緒の馬に乗っていてもおかしくはないでしょう?」
「ふふ、メグウィン様に嫉妬されそうですの」
「そ、それは……そうかもしれませんが」
そうなりますと、あとでメリユ様とご一緒されるお時間をお譲りしなければならないでしょうか?
……なかなか難しい問題です。
「馬については、わたしが乗ったことのある、乗りやすそうな馬を準備させておきますの。
メリユ様をどうぞよろしくお願いいたしますの」
「はい、お任せくださいまし!」
マルカ様は、わたしの言葉ににっこりと笑ってくださると、レースのカーテンの向こうに見える外の景色をご覧になられます。
「砦まで天気がもってくれると良いのですけれど」
先ほどよりも……少し雲が多くなってきたでしょうか?
また、雲の流れが激しくなってきているのか、窓から日差しが差し込んでは消えを繰り返しているようです。
山のお天気はマルカ様の方がお詳しいのでしょうが、今朝方から少し荒れ気味でしたから少し心配です。
「まあ、天使の梯子」
天使の梯子というと、あれでしょうか?
雲間から使徒様がご降臨されたりする際に見られるという、天から地上へと伸びる光の筋のことでしょうか?
「ハードリー様、皆様も」
「わあ」
マルカ様に引っ張られて窓際まで行きますと、レースのカーテン越しでも、はっきりと天使の梯子が見えます。
何て神々しい景色なんでしょうか?
今このときにもメリユ様のもとに、使徒様が応援に駆け付けられそうな気もしますし、もしくは神よりのご神託がくだされそうな気にもなってしまいます。
何せ、ここに誰よりも神にお近い立ち位置におられるメリユ様がいらっしゃるのですから!
「メリユ様っ」
メグウィン様がメリユ様のお手を引っ張られて、窓際までいらっしゃいます。
間もなく戦になっておかしくない状況ではありますけれど、『神の目』のおかげで(この場での)暗殺の恐れはないと分かっているからこそ、皆様、窓際で吉兆の証である天使の梯子をそれぞれにご覧になられていらっしゃるんです。
このわたしが、今こうしてゴーテ辺境伯領城で、天使の梯子を見ているのも……不思議なことだと思いませんか?
もうこれで幾度目の妄想か分かりませんけれど、メリユ様がいらっしゃっていなければ、わたしは今このときもハラウェイン伯爵領城の自室で、わたしの家族を壊していったあの偽聖女見習いご一行を恨み、自分たちの不幸を嘆き悲しんでいたはずなんですから。
そして、レーマット・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯様から出発のご許可をいただき、わたしたちは外へと向かうことになったのでした。
領城を出たわたしたちは、厩舎へと向かいました。
マルカ様がご用意くだった馬は、わたしも見覚えのある馬で、とっても大人しい子でした。
厩役の方が二人乗りの鞍をご用意くださっていたのですが、『本当に横鞍でなくて良いのか?』と確認されてしまいました。
まあ、貴族女性であれば、通常乗馬服でもスカートを穿いて横鞍に乗りますから、偽装のためとはいえ、やはりご心配いただいたのだと思います。
「よっと!
どう、どう! 止まれーっ」
わたしが飛び乗って、少し慌てた様子のこの子に(手綱を引きながら)声がけしていると、厩役の方にものすごく仰天されてしまいました。
「……さすがは、ハードリー様ですの」
そして、マルカ様にも呆れた顔で見られてしまいました。
ですが、この子でメリユ様を砦までお連れする大役をわたしができるなんて、とても光栄なことだと思いませんか?
いずれは、ハラウェイン伯爵領を案内するときに、またメリユ様を馬に乗せて差し上げたいのですけれど、今は砦までの道で我慢するしかありません。
「よーしよしよーし、いい子」
わたしがこの子を(鞍に跨りながら)かわいがっていると、殿下と手を繋がれたメリユ様がやってこられます。
「メリユ様、殿下、本当によろしいのでしょうか?」
「ええ、ハードリー様にお任せいたしましょう。
メリユ様には限定的にバリアを張っていただけるということですし、大丈夫だと思いますわ」
「はい、ご安心くださいませ」
「は、はあ」
セメラ様が少し心配されているようですが、全っ然大丈夫です!
わたしがどれだけハラウェイン伯爵領を馬で駆け回っていたとお思いですか?
「で、では、メリユ様がご乗馬される際に、御御足をお支えいたしますね」
「セメラ、では、反対側はわたしが」
「ちょっとお二人とも、殿下の護衛は!?」
「エル、ここでなら大丈夫よ」
「ええ……」
もう何とも賑やかです。
皆様、それだけメリユ様のことを信頼され、今ここには危険はないと確信されていらっしゃるからこそ、そんな風にできるのだと思います。
砦に着きましたら、そうも言っていられないのでしょうが……それでも、メリユ様のお傍ほど安全なところもないでしょう。
「メリユ様っ」
わたしはメリユ様のお手を取って、同じ鞍にお乗りいただいたのでした。
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じゃじゃ馬ハードリーちゃん、さすがですね!




