第200話 ハラウェイン伯爵令嬢、神の目で敵陣地を見、決意を新たにする
(ハラウェイン伯爵令嬢視点)
ハラウェイン伯爵令嬢は、神の目で敵陣地を見て、決意を新たにします。
[『いいね』、ブックマークいただきました皆様方に心からの感謝を申し上げます]
アファベト様とドニ様のご助力で、供物を捧げることになる、バリアの起点候補がいくつか選定されました。
セラム聖国に赴いた直後からご一緒させていただいているアファベト様が、まさか元騎士様でいらっしゃって、戦術にもお詳しいとは存じておりませんでした。
身近にそんなお方がいらっしゃったにも関わらず、教えを請うことなく、メリユ様のお世話だけで満足してしまっていた自分が情けなくなってきます。
だって、戦が始まることは分かっていたんですよ?
メリユ様をお傍で支えるということは、戦についての知識もなければならないでしょう。
先ほどの軍議で嫌と言うほど思い知らされましたもの。
殿……メグウィン様は、わたしよりも多く戦について学ばれていらっしゃったご様子。
やはり、第一王女殿下であらせられたからこそ、そういうご教育も受けていらっしゃったのでしょう。
それに比べてわたしは……平和なキャンベーク街道沿いの伯爵領ということもあって、戦のことなんて、まるで頭にありませんでした。
「メリユ様も、メグウィン様も、ああおっしゃってはくださったけれど」
ええ、わたしの今できることでメリユ様をお支えするということはごもっともなことで、わたしだってそのつもり。
……けれど、それだけではダメなのだと思います。
アファベト様やドニ様からお話を伺える範囲で学べることは学び、また戦が落ち着きましたら、教えを請うことも考えたいと思います。
正直、ハラウェイン領の家庭教師では、そういう戦術関連のことをお教えいただけるかも分かりませんもの。
元聖騎士様、そして、現役のゴーテ辺境伯領の士官様。
わたしがご教示いただくには、もったいないくらいのお立場のお方々。
ドニ様には……そりゃ、思うことがない訳ではありませんが、今はメリユ様に敬意を払ってくださっているようですし、そこはわたしも我慢すべきなのだと思います。
「ぁ、あの聖女猊下、この『神の目』でございますが、敵陣を大きくして視認することは……可能なのでしょうか?」
起点候補が決まったことで、皆様方がホッとされたところで、ディキル様がメリユ様に話しかけられます。
「ええ、もちろん、可能でございます。
そのようにいたましましょうか?」
「はい、何卒よろしくお願い申し上げます」
『神の目』での監視の任につかれてから、ディキル様は、妙にピリッとされていらっしゃるよう。
「ディキル様、タダメリユとだけお呼びいただければと」
「そ、それは大変光栄なことと存じておりますが、公務……いえご聖務のお手伝いをさせていただいている間はけじめをつけたく存じます」
「そうですか……では、私的な場では、以前の通り、お呼びくださいませ。
はあ、それでは、視点を変えるようにいたしますね。
数度視点を変えても、聖力を一分も使うことはございませんので、ご安心くださいませ」
わたしが一言言おうとする前に、メリユ様がわたしの方をご覧になられてそうお告げになられます。
メグウィン様まで微笑まれながら、わたしの方をご覧になられて、何だか恥ずかしいです。
「“Set focal point with pin-id#051”
“Set camera position with pin-id#055”
“Update Eye-of-Providence”」
一、二、三……。
皆様が身構えられるのが感じられます。
また、一気に『神の目』の視点が変わるのでしょう。
思わずわたしが一瞬瞼を閉じてしまった次の瞬間のことでした。
瞼の向こうの明るさが激しく明滅して、メルー様、マルカ様、ルーファ様も……でしょうか、息を呑むような気配が感じられます。
慌てて、瞼を上げると、部屋の中をバーレ連峰の山肌がものすごい速さが流れていっているところで、思わず腰を抜かしそうになりました。
一度体験していても、やはり衝撃な光景です。
ええ、空を飛ぶ体験はしていましたけれど、ここまでの速度感はありませんでしたから、迫力がまるで違うんです。
最近、メグウィン様が『神のご権能』というお言葉をよく使われますが、まさしく……と思ってしまいます。
「……っ」
そして、間もなく、砦のときの同じような迫り方で、敵陣の様子が部屋の中いっぱいに映し出されました。
大量の武器や物資を運び込んでいる兵站……部隊というものでしょうか?
とにかく、たくさんの人間が見えるのですが、以前のような砂粒のようなサイズでなく、一人一人のお顔が分かるんです!
ええ、どこに何を運び込んでいるのか、誰がどこを警備しているのか、そんなことすら分かってしまいそうです。
何より、あれは何なのでしょうか?
「天幕……にしては立派ですわね?」
「はっ、確かに野営地の小屋と言うにしましても立派でございますな」
「ははっ、どうやらお偉いさんが……ありゃ、何だ?」
そうなんです。
陣地に一時的に建てられたというには立派過ぎるその建物の前に、今まさに止まったこれまた立派過ぎる馬車。
周囲には従者と思われる方々がたくさんいらっしゃって、お迎えされているご様子です。
「オドウェイン帝国皇族専用の馬車!」
「た、確かに、お嬢、ありゃ、皇家の紋章ですかい!?」
皇族!?
オドウェイン帝国は、先遣軍に皇族まで参加させようとしていると言うのでしょうか!?
正直驚きを隠せません!
「そうよ……ぁ、失礼いたしました、そのようでございます。
間違いなく皇族が、此度のゴーテ辺境伯領への侵攻に参加するようでございます」
ルーファ様が、こちらをチラリとご覧になられた口調を変えられます。
ドニ様もいらっしゃいますが、ほぼ仲間内のことなのですし、そんなこと、気にされなくても良いと思うのですが。
「お姉様、あれは!」
「ええ」
ディキル様の声にハッとしますと、馬車の扉が開かれ、ここはどこかの王城かと思ってしまいそうな、ご立派な服装の方々が出てこられたのです。
マットブラウンでウェーブがかった髪をされた若い殿方がお一人で、もう少し幼いご令嬢がお一人?
いえ、このお二人が、皇子殿下と皇女殿下でいらっしゃるのでしょうか?
「アレム・インペリアフィロ・オドウェイン第二皇子殿下。
そして、テーナ・インペリアフィリーノ・オドウェイン第二皇女殿下……のようでございます」
第二皇子殿下に第二皇女殿下!?
オドウェイン帝国は、確か、第十皇子殿下、第八皇女殿下までいらっしゃったはずですから、け、継承権順位でそんな上位の方々が先遣軍にご参加されているということになるのでしょうか!?
驚きを隠せません。
「……それだけ、我が王国はすぐに落ちると思われていらっしゃるのでしょうね?」
横を見ますと、メグウィン様がその碧眼に怒りの色を浮かべられながら、強めの口調でそうおっしゃられます。
「せ、聖女猊下、こ、これが今このときの敵陣地の光景であると、理解してよろしいのでしょうか?」
「はい、まさに今このときの光景でございます」
「何と……ま、まさに、戦が変わってしまいますな……」
砦のご様子だけでも驚愕されていらっしゃったドニ様は、頭痛でもされたのか、左手をお額に当てられながら、震えていらっしゃるようです。
何を今更驚かれることがあるのでしょう?
神がご覧になられている景色そのものなのですから、隠し事なんてできる訳がないんです。
全ては筒抜け……メリユ様はそんな神と同じ景色をこれまでもずっとご覧になられてこられたのでしょう。
「あ、あれは……」
「ルーファ様?」
ルーファ様のご覧になられている方を見ますと、馬車から降りられたお二人の皇族を……服装からすると司教様(?)でしょうか?……聖職者の方がお迎えされておられるようです。
「ど、どうやら、オドウェイン帝国中央教会の司教が先遣軍に同行しているということで間違いないようでございます」
「やはり、宣戦布告、最後通牒はその方が?」
「はい、メグウィン様、お考えの通りかと」
となりますと……護衛の修道騎士の方々もいらっしゃるのでしょう。
神は……こうした光景もご覧になられ、お嘆きになられておられるのでしょうか?
そう、ですよね?
わたしたちが、こうして神のご権能を拝借させていただいて、見ることが、拝見させていただくことができているのですから、神が把握されておられないはずがないんです。
「メリユ様」
「ハードリー様、大丈夫ですわ。
わたしが皆様をお守りいたしますから」
ええ、それは……もちろん、分かっています。
キャンベーク川のときだって、皆を守ってもらったんですから!
そうではなくて、またメリユ様が神のお怒りを……ご警告を加減なさって、この地上にお示しになられるのかと思うと、胸が締め付けられそうになります。
『人々』の幸せを願われるばかりに、敵兵の方々にまでご慈悲をかけられるメリユ様。
神との間の板挟みに、また苦労されることになるのではないかと思うと、心配になってきてたまらないんです。
「メリユ様」
わたしは思わずメリユ様のお手を握り締めて、いついかなる時も、メリユ様を支えると決意を新たにするのでした。
ついに第200話に到達いたしました!!
ご評価、『いいね』、ブックマーク、ご投票等でいただきました皆様方に心からの感謝を申し上げます!!




