第199話 王女殿下、悪役令嬢らと共に、ゴーテ辺境伯領軍士官と帝国の侵攻について話し合う
(第一王女視点)
第一王女は、悪役令嬢らと共に、ゴーテ辺境伯領軍士官と帝国の侵攻について話し合います。
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「で、では、わたしはこの『神の目』で見えている砦の前の広場に展開するであろうオドウェイン帝国の先遣軍の配置を考え、どのように砦へ攻撃が仕掛けられるかをご説明申し上げれば……その、よろしいのでしょうか?」
「はい、その通りでございます」
『神の目』で見えているものは物理的なものではないとのご説明を受け、ドニ様は、大きくお部屋の中に展開された砦の中に入っていかれながら、ご自身が何をなさるのかを改めて確認されている。
「ははっ、承りました。
そう……ですな。
せ、先遣軍の規模が既にご報告いただいている通りとしまして……この広場で限界まで展開した場合、この範囲で横隊配置されますでしょうな」
ドニ様は、胸元までを砦前の広場に埋めながら、ご説明される。
セラム聖国に接し、本格的な戦を想定していない砦から、広場を埋め尽くす帝国の先遣軍を見ることになったゴーテ辺境伯領軍の兵士たちはどのような気持ちになることだろう。
それこそ、絶望のあまり、逃げ出したくなるに違いない。
「まあ、聞いている通りの領軍の規模じゃ、普通、それだけでも威圧されちまいますでしょうぜ。
あっしの見立てじゃ、それだけで降伏させられると思っているやもしれませんぜ?」
「ええ、何の備えもなく、突然先遣軍が砦前に現れた場合、我が領軍に残された選択肢は降伏の一手しか残されていないでしょう。
ご覧の通り、砦はまともな戦を行うことを想定しておりませんので、他の辺境伯領のような跳ね橋もなく、門も落とし格子のみ。
破城槌がなくとも、落とし格子などすぐに突破されることになるでしょうな」
「跳ね橋もなく、門も落とし格子のみとは……今から強化するって訳にもいかんでしょうし、せいぜいここの石橋を落とすくらいですかねぇ?」
アファベト様も砦の像に近付いていかれ、ご意見を述べられる。
元聖騎士でいらっしゃったというアファベト様にもご意見をいただけるというのは何ともありがたい。
「はは、まあ、石橋を落としても、小川が一つあるだけですからな。
すぐに突破されるでしょう」
「確かに。
ちなみに、砦側は城門塔が一つに、その両脇の櫓に石落としがあって、その狭間窓に弓兵を配置する感じであっていやすかね?」
「ええ……タダ、ご覧の通り、本当に貧弱な限りで、帝国が本気で我が領を一気に攻め落とすつもりなら、縦隊でそのまま落とし格子を突破し、そのまま領都まで攻め上がることも考えられますな。
正直、縦隊で攻められたのを谷間で挟撃したとしましても、帝国の先遣軍の規模では……はあ、我が辺境伯領軍ではとてもとても、足止めすら叶いませんでしょうな」
メリユ様という最大戦力がいらっしゃらない状況下であれば、本当にゴーテ辺境伯領の砦は一瞬で突破されてしまうことになるのだろう。
ドニ様が脂汗を必死に拭かれているご様子からもそれが分かる。
「普通に考えりゃ、砦門をひたすら強化して、もう少し耐えられるようにするってのが定石でしょうが……」
アファベト様が意味ありげにお言葉を止められて、わたしの方をご覧になられる。
なるほど、ここで補佐役であるわたしにご説明をお譲りくださったということなのね?
「ええ、メリユ様のバリア、神聖にして絶対なる結界のようなものでございますが、それを砦前に展開すれば、何人たりとも突破することは叶いません」
「し、神聖にして絶対なる結界……でございますか」
「はい、既にゴーテ辺境伯様にはご覧いただきましたが、これも我が王国の最高度の秘匿事項でございます。
破城槌や投石機を用いようとも、『人』の手では決して破壊することのできない結界でございます」
「そ、それを、砦の前に張っていただけると」
「いえ、砦を守るのではなく、今回は先遣軍を丸ごとバリア内に閉じ込めてしまう予定でございます。
バリア内に閉じ込められれば、内部は日や月の光すら差し込むことのない、絶対なる暗闇に包まれます。
内部は、次第に気温が低下し、火種を所持していなければ、彼らは大混乱に陥ることでしょう」
ドニ様にご説明していても、メリユ様のお力の絶対性に、わたしは鳥肌が立ってくるのを感じてしまう。
いくら冬山の装備を持っていたとしても、山越えを終え、砦攻めに当たる兵士たちは身動きの観点でもそれを脱ぎ捨てているはず。
バリア内に閉じ込められ、火種も水袋も限られた状況で気温の急低下に見舞われれば、彼らはあっという間に戦意の喪失どころか、戦に必要な体力まで奪われてしまうことになるのだろう。
直接お命を奪奪われるような、聖なるお力のご行使ができないメリユ様だからこその戦われ方とはいえ、それすらも圧倒的だと言えると思うのだわ。
「要は……突然新月の夜に包まれ、後方の兵站からも切り離され、急激に冷えていく……その、牢獄ようなものに閉じ込められるという訳でしょうか?」
「ええ、まさしくその通りでございます。
そのためにバリアを張るための起点と呼ばれる地点を決定し、この後すぐに起点に供物を捧げる予定でございます」
「供物とは?」
「バリアは、神よりメリユ様に下賜されし、特別なお力、『神の目』と同様の特別なご権能でございます。
そのため、神への供物として、ワイン入りの銀のワイングラスを設置、起点といたします」
「な、なるほど、神への供物であると。
せ、聖職者の方々に、それほどのお力があったとは、まるで存じ上げませんでした」
確かにメリユ様は聖女様であらせられるけれど、聖職者の方々が皆、似たようなことをできる訳ではない。
この世で、今聖なるお力のご行使ができるのは、メリユ様とメルー様のみ。
メルー様もこれからそのお力の使い方を学ばれ始めるところで、実質メリユ様のみであるというのが正しいのよ。
「で、では……聖女猊下のバリアによって、せ、先遣軍は全滅させられると?」
「いえ、聖女猊下であらせられるメリユ様は、直接的にお命を奪われるようなことは基本的に行われません。
先遣軍が限界まで弱体化したところでバリアを開放し、帝国にお帰りいただくことになるかと」
「し、しかし、相手は我が方を滅ぼそうとしている敵軍ですぞ?
そのような対処でよろしいのでしょうか?」
まあ、ゴーテ辺境伯領軍の士官としては、そのようなご意見になるのも分かるわね。
「聖女猊下の手を血で染め上げさせる訳にはまいりません。
ただし、ご神意によっては、バリア内の者が神隠しに遭遇することはございましょう」
「か、神隠し、ですと!?」
信心深いゴーテ辺境伯領軍の士官らしく、経典の『神隠し』はよく知っておられるようね。
『神隠し』とは、神のもとに召され、この世から姿を消してしまうこと。
神が帝国の先遣軍に対して、『神隠し』をご決断されれば、メリユ様が手を汚されることなく、彼らは全滅することになるのだろう。
近衛騎士団第一中隊に対する処遇を考えても、神はそこまで甘い処遇を望まれている訳ではないのに違いない。
メリユ様がいらっしゃるからこそ、(今のところ)敵味方関係なく、誰一人、お命を落とすことなく、事態が鎮静化されていると言えるのだと思うの。
「つ、つまり、帝国の先遣軍の態度如何によっては、神が直接その神罰をくだされることがあるという理解でよろしいのですな?」
「はい、バリアは結界でありながら、天界と通じる回廊でもあるのでございます。
ご神意次第で、彼らはこの世から姿を消すことになるのでしょう」
ドニ様が急に頭を……いえ、全身をぶるぶると震わされながら、メリユ様の方をご覧になられる。
場合によっては、『神隠し』の準備を整えることにもなり得るメリユ様の聖なるお力のご行使に、畏怖を覚えてしまわれるのは当然のことだろう。
「も、もしや、わたしも、か、か、神から聖女猊下への不敬を……その、つ、罪に問われることがあるのでは……?」
「いいえ、先ほども申しました通り、ご神罰のおそれは全くございません。
ご安心くださいませ」
今までわたしの説明を黙って聞いてくださっていたメリユ様が、メルー様の御顔で無邪気に笑みを浮かべられ、そうおっしゃられる。
「わたしは、何ということを……」
ドニ様は上半身を支えていられなくなったかのように、膝を突かれ、崩れ落ちられる。
「だから言いやしたでしょう?
聖女猊下は、どんなお姿であらせられても、この地上で最強のご存在でおられると。
あっしは、神のご神罰が本物の天変地異となりやせんよう、聖女猊下にお祈りすることしかできやせんのでね」
「て、天変地異とは……ま、まさか、昨夜の」
ゴーテ辺境伯様、ドニ様に聖都ケレンでのこともご説明されていらっしゃらなかったのね?
まあ、もしくは領軍の士官に説明するかどうかの判断をわたしたちに委ねられたと考えるべきなのかもしれないけれど。
「その通りでさあ。
聖女猊下が加減してくださらなかったならば、聖都ケレンは焼野原になっていたのやもしれやせんぜ」
「聖都で……そんな。
いや、ゴディチ様、早馬でそのことをお知りになられたのでしょうか?」
「はは、早馬の報せでなく、現地におりやしたのでね。
この目、この身でしっかりと神のご警告を味わうことになりやしたんで」
混乱されているご様子のドニ様の目が小刻みに動いているのが分かる。
「それは、ど、どういう!?
ゴディチ様、いえ、聖女猊下、皆様方は、どのようにご移動されたのでしょうか?」
「ははっ、神の御業、ご奇跡、瞬間移動というヤツでさあ。
まさしく神話になりそうな体験をさせていただきやしたぜ。
もうあっしは、山が消え去ろうと、国が滅び去ろうとも、神のお力には逆らえねぇと思っておりやすんでねぇ」
武人のお二人が震えながらに、メリユ様に畏怖されているご光景に、わたしは苦笑いするしかなかった。
剣で、槍で、弓で、投石で戦ってこられた武人の方々にも、理解不能な規模の、天変地異すらも引き起こせるお力というのは、怖れの対象となるのだろうと思う。
それすら当たり前になりつつあるわたしたちは、はたして、『人』の側にあると言えるのだろうか?
そんなことをふと思ってしまう。
もしかすると(メリユ様を『人』の側に留めようとしながらも)わたしたち自身も『人』の側から離れつつあるのかもしれない。
そんな思いが生じてしまったのだった。
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