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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第1話 王女殿下、潜る

(第一王女視点)

AIが乙女ゲームの登場人物の動きを司るVRゲーム世界で、女子大学生ファウレーナが操る悪役令嬢メリユ・マルグラフォ・ビアド辺境伯令嬢を不審に思った第一王子が動き始めます。

「メグウィン、潜ってくれ」


 お父様=デハル・レガー・ミスラク国王陛下と、北の辺境伯家の当主=ワルデル・マルグラフォ・ビアド辺境伯様との会談に同席されていたお兄様=カーレ・レガー・ミスラク第一王子は、予備の控室に入って来るなり、わたし=メグウィン・レガー・ミスラク第一王女にそう告げたのだった。

王家の血筋を示す綺麗な金髪は少し乱れ、母親似の中性的な甘いかんばせには疲れが見える。

 会談でよくない話であったことは分かるけれども、『潜れ』とは何事だろう?


「はあ?

 どなたのお部屋でしょう?」


 『潜る』というのは、影の代わりに貴賓室を見張るということ。

 小国であるミスラク王国の王族は、幼い頃から気配を断つ能力と人を見抜く能力を育てられる。

 場合によっては、影に代わって貴賓の真意を確かめるべく動くこともあるのだ。

 今日、王宮の貴賓室を使っているのは、(王都の屋敷が修繕中とのことで)王宮での宿泊を希望されたビアド辺境伯家の方々のみと聞いている。

 私が動くとなると、ビアド辺境伯様と一緒にいらっしゃったメリユ・マルグラフォ・ビアド辺境伯令嬢だろうか?


「……まさか、メリユ様ですか?」


「ああ、メリユ辺境伯令嬢、彼女で間違いない」


 燭台の蜜蝋の灯りに照らされるお兄様は少し苛立っているご様子で、わたしは一体何があるのかと不安になる。


「えぇっと、お父様とビアド辺境伯様のお話というのは、帝国の動きについてですわよね?」


「はあ、お前も掴んではいたか。

 そうだ、陛下といくら親友関係にあるとはいえども、ビアド辺境伯が王宮内の貴賓室を使われるというのは通常ではあり得ないからな」


「きな臭い動きがあるとは伺っておりましたけれど、本当に帝国は動くと?」


「半月……いや、一月ほどは大丈夫だろう。

 そもそも、まだ猶予があると言える段階であるから、ビアド辺境伯も王都までいらっしゃっているんだ。

 それでも、いずれ帝国が動くのは確かだろうな」


 ミスラク王国の北側で接するオドウェイン帝国。

 国力で言えば、二十倍ほどの格差がある。

 山岳地帯にある王国に地の利はあると言えど、攻められれば、王国軍など一瞬で蹴散らされてしまうのは目に見えている。

 だからこそ、他国との通商上、重要な通過点となる我が国はバランス外交を心がけている訳だけれど、他国は常に我が国を取り込もうと我が国の貴族のそそのかして回るのだ。


「しかし、なぜメリユ様を?」


 かなり昔には南の辺境伯家の二男の方が隣国の侵攻に手を貸すような事態もあったと聞いているが、メリユ様はわたしと同じ十一歳。

 学院にも入学していない、うら若きと言うにもまだ幼いご令嬢だ。

 彼女が帝国と通じて、我が王国を裏切るようなことなんて、はたしてあり得るのだろうか?


「まあ、お前の言いたいことは分かる。

 まず取り越し苦労になるとは分かっているんだが、どうもメリユ嬢の様子がおかしくてな」


「まあ、メリユ様のご様子が?」


 お兄様は以前北のビアド辺境伯領に訪問された際、メリユ様とお会いになっている。

 確か、ほぼ王太子に確定していると言ってよいお兄様の妃候補になるつもりだとかなり熱烈なアピールを受けたとのお話だった。

 だからこそ、お兄様のメリユ様の印象はかなりよくないものだと認識していたのだけれど……一体何があったのだろう?


「ビアド辺境伯家の身内の方に影を付けられないことは理解しておりますし、歳も性別も同じわたしが潜るのが適切なのでしょうね」


「分かってもらえて助かる」


 お兄様はホッとした様子でわたしの隣の椅子に腰を掛けた。


「ハナン、お兄様にお茶をお入れして」


 わたしは専属侍女のハナンに声をかけたが、有能なハナンはわたしの声より先に動き始めていた。






 お兄様にお茶をお出しした後、わたしは潜るための衣装に着替えさせてもらい、髪もまとめてもらった。

 この後は、ハナンに用事をでっち上げさせてメリユ様の専属侍女を連れ出しもらい、訓練済のお兄様の専属侍女アメラをメリユ様の貴賓室に張り付けさせ、わたしが影の通路から見張る準備ができたところで、更なる交代のためアメラも一時的に離れさせることにする。

 普通に考えれば、(一時とはいえ)王宮の貴賓室でメイドを全員下げるような事態はあり得ないのだが、メリユ様なら気にされないだろう。


「承知いたしました。

 それでは、行ってまいります」


「わたしも行ってまいります」


「よろしくね」


 アメラとハナンが部屋を出て行ったところで、わたしは影用の通路に入ることにする。

 影の誘導に従って、裏通路に入る隠し扉を開けてもらい、中に潜る。

 王子や王女が人を見張る訓練を受けているのは、我が王国くらいだろう。

 人を見抜く能力を磨くためとはいえ、王女のする仕事ではないと思う。


「いいわ、閉めなさい」


 影が隠し扉を閉めると、裏通路はほぼ完全な暗闇となる。

 暫く目を慣らして、覗き孔を塞ぐ板周囲から僅かに漏れ出る光が見えてくると、石壁の凹凸を手でなぞりながら移動を開始する。

 メリユ様の貴賓室は、ビアド辺境伯様の貴賓室の隣だ。

 何度も辿ったことがあるから、迷いなく行ける。


 一、二、三……


 貴賓室に入ってから注意しなければならないのは、どの覗き孔を使うかだ。

 聞こえてくる声に耳を欹て、メリユ様の位置を確かめて、使う覗き孔を決める。


「……貴賓室付けの侍女のアメラと申します。

 何か御用がございましたら、お申し付けくださいませ」


「分かりました」


 声の位置からすると、どうやら窓際の椅子に腰かけていらっしゃるご様子。

 それにしても、お兄様からお聞きしていた前評判と随分印象が違う。

 今回のご入城の際、挨拶くらいはわたしもしていたが、あのときは宰相やたまたま居合わせた公爵様もいらっしゃったから、素のメリユ様がどんな方が掴めなかったのだけれど、メイドの急な交代にも関わらず、穏やかな返しだ。

 覗き孔を塞ぐ板を外して、視線を感じさせないよう気を付けながら、覗き見る。


「あのアメラさん、ハーブティーのおかわりをいただいてもよろしいかしら?」


「承知いたしました」


 綺麗な赤毛の長髪を丁寧に編み込んだ髪型がよく似合う、線の細い美人。

 目は少し鋭く感じるけれども、目鼻口のバランスは絶妙に取れていて、十人中九人は美人だと言うだろう。

 以前のお兄様のお話だと、わたしと同い年ながら、もう少し精神年齢の低い我儘なお子様を想像していたのだけれど、穏やかで無駄のない動きはデビュタントを済ませた十代後半の女性のような雰囲気がある。


 お兄様の目が濁った?

 それとも、王城内でのメリユ様の猫かぶりが完璧なだけ?


 わたしは、メリユ様の真の姿を見極めるべく、観察を続ける。


「ぁ、あらっ、も、申し訳ございません。

 お湯が足りないようですので、暫くお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


 わたしが潜っているのを知っているアメラは、メリユ様のティーカップにハーブティーを注ごうとしてお湯が足りないのに慌てる振りをする。

 もしこれでメリユ様の猫かぶりが破られるのであれば、楽なのだけれど、いかがかしら?


「分かりました。

 王城はお広いですから、厨房までも遠いのでしょう?

 暗い中、お一人でも大丈夫かしら?」


「は、はあ……それは大丈夫でございますが」


 メリユ様のお気遣いに、アメラが調子の狂ったような返事をしている。

 わたしも正直これは意外だった。

 確かに、王城のメイドは貴族の子女も多くおり、自分の評判を気にして猫かぶりを続けている可能性は十分にある。

 それでも、辺境伯令嬢という立場を考えれば、異常に気遣いし過ぎだと言えるだろう。


 うーん、お兄様の見極めがここまで外れることがあるのだろうか?


 ただ、ハーブティーのおかわりのおかげで、メリユ様が実質一人きりとなる状態が予定より早くもたらされたことは幸運と言えるのかもしれない。

 一人きりのメリユ様がどう行動されるのか、しっかりと見極めさせてもらいましょう。


「それでは、行ってまいります」


「はい、どうぞお気を付けて」


 覗き孔のことは当然知っているアメラは、わたしが覗いている孔の位置も察していたらしく、一度視線で合図を送ってくる。

 わたしもその合図に応えながら、余計な音を出さないよう、体勢をもう一度整えるのだった。

今回は、メグウィン・レガー・ミスラク第一王女の視点でした。

タイトルで誰視点か分かるようにしていきます。

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