第195話 聖国聖女猊下、偽聖女見習いの尋問のため、地下牢へ赴く
(聖国聖女猊下視点)
聖国聖女猊下は、偽聖女見習いの尋問のため、ゴーテ辺境伯領城の地下牢へ赴きます。
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セラム聖国中央教会の聖女見習いを名乗る、エレム・メティラーナントサンクタ・シェラーダという者が偽物であることは間違いない。
教皇猊下も、わたくしも、聖女見習いの認定をしたことはなく、今このときに聖女見習い=メティラーナントサンクタの称号を持つ者は世界のどこにも存在しないはずだから。
では、彼女は元々どこに所属し、一体誰が聖女見習いの位を授けたのか?
この状況で考えられるのは、オドウェイン帝国の中央教会が関与しているのでは? ということだった。
いくら聖騎士の横流し品を装備したからと言って、帝国の軍人が聖職者としての言動を完全に真似ることは難しい。
王国内の教会から何かしらの典礼についての依頼や問い合わせがあったとき、聖女見習いとしてそれなりの受け答えや対応が必要になることを考えると、(少なくとも)彼女自身は教会関係者であることは確かだろう。
そうなると、オドウェイン帝国中央教会が帝国と癒着している可能性が極めて高くなってくる訳。
「聖女様、やはり帝国の大司教猊下が……」
「ええ、以前からそういうお話はございましたし、帝国の侵攻に便宜を図るということになっているのでございましょうね」
領城の地下に入ったところで、ギシュから質問が囁かれる。
聖教会の中枢である、セラム聖国中央教会が不正・腐敗に塗れたように、各国の中央教会も同じように不正・腐敗に塗れているのは間違いないだろう。
教皇猊下が国外視察に動かれたのも、それを把握されてのものだったのかもしれないと、今のわたくしは思う。
「今回の使節団も、ミスラク王国の次は、オドウェイン帝国に赴く予定になっておりましたが」
「ええ、教皇猊下のご訪問を前に手を打ったという可能性もございましょうね」
アルーニーもこそこそ声でわたくしに確認してくる。
本当に、わたくしの想像の通りであるならば、帝国はあらゆる手を尽くして事前準備をし、一番最適なタイミングで侵攻を仕掛けてきたと言えるのではないだろうか?
教皇猊下がもし……帝国中央教会を何とかされるおつもりであったのなら、彼らが、教皇猊下のご訪問前に手を打ちたいと考えるのは自然なことだ。
王国内での暗殺、もしくは戦乱に巻き込まれてお命を落とされる形にもっていくつもりで、彼らは動いていたのではないだろうか?
「聖女猊下、こちらでございます」
「尋問の立ち会いでの警護はいかがいたしましょうか?
殿下からは聖女猊下のご意向に従うようご指示いただいておりますが」
地下牢手前で、護衛についてくださった領城の衛士と近衛騎士の方が声をかけてくださる。
正直、ここから先は他国の兵士や騎士の方々に聞かれてはまずいことが多い。
やや不自然になってしまうかもしれないけれど、アルーニーとギシュの二人の護衛で乗り切るしかないだろう。
「お申し出感謝いたします。
大変恐縮ではございますが、ここから先は教会関係者のみで尋問させていただければと存じます」
「そうでございますか。
いえ、当然のことかと存じます。
では、我々はこちらでお待ちしております」
わたくしがアルーニーに目配せすると、
「すまない、念のため、牢の鍵を拝借できるだろうか?」
アルーニーが領城の衛士の方に声をかけるのだ。
衛士の方は、一度近衛騎士の顔色を窺がってから、壁にかかっている鍵をアルーニーに渡してくださった。
「どうぞ、修道騎士様」
「ありがとう」
牢の鍵を開ける必要が出てくるかどうかは分からないが、状況によっては、直接彼女と向き合うことも考えて、鍵を借りることにしていたので、無事に借りられてホッとする。
「では、皆様、失礼いたします」
近衛騎士と衛士の方々が頭を下げられる中、アルーニーとギシュに挟まれ、わたくしは地下牢の中へと入ったのだった。
暗い地下牢の、その奥に収監されていても、すぐ目に入る白い枷。
これがメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下=メリユ様が、神に代わり、この偽聖女見習い一味に装着されたというものであるらしい。
「ちょっと、いつになったらこの枷を外していただけるのかしら?
辺境の鍛冶師で対応できないというなら、もっと優秀な者を呼び付けなさい。
聖女見習いに対するこのような仕打ち、必ず外交問題にして差し上げますからね」
少しやつれているようながらも、自信満々に声を張り上げる女性。
なるほど、いかにも聖国の聖女見習いと言われても違和感のない、典礼に使える正装をされているのはさすがと思える。
オドウェイン帝国中央教会が関与しているならば、これくらいは当然なのかもしれないけれど。
「残念ながら、あなた方への処遇程度では、ミスラク王国とセラム聖国間の外交問題には成り得ません。
エレム・メティラーナントサンクタ・シェラーダ様」
「あなた、何? ゴーテ辺境伯領の修道女か、何かなのかしら?
わたしの名前には、正しく猊下を付けなさい。
辺境の修道女はろくに礼儀も知らないようね」
何という傲慢さ。
アルーニーの持つ可動式燭台の灯りには、妙齢で美しい銀髪女性の不機嫌そうな顔が照らし出される。
彼女、どこかで、見たことがあるような。
少なくとも、聖国中央教会の所属ではない……数年前、使節として他国に赴いた際にお会いしたような気が。
「あなた……もしかして、オドウェイン帝国中央教会の修道院でお会いしましたでしょうか?」
「………ひっ!?」
わたくしが声をかけると、わたくしの顔に見覚えがあったのだろう彼女は、悲鳴に近い声を漏らした。
やはり、教会関係者で確定だわ。
ベーラート修道院にいた修道女の方で間違いない。
「ど、ど、どうして、聖女猊下がこちらに!?
使節団の予定では、まだ王都のはずでは?」
「どうやらわたくしをご存じでいらっしゃるようでございますね?
わたくしは、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ。
セラム聖国中央教会で聖女を務めさせていただいております」
エレム様の動揺が、周囲にいた一味=聖女見習い護衛の修道騎士の方々に伝わったようで、地下牢内の空気が変わるのが伝わってくる。
「セラム聖国中央教会は、聖女見習いの認定を今聖紀に行ったことはございません。
どうして、オドウェイン帝国中央教会が勝手に聖女見習いの認定を行っているのでございましょう?
ご説明いただきますか?」
「ま、まさか、使節団は、我々の動きに勘付いて?
いえ、そんなことあり得ないわ!」
余計なことを言わないよう、しっかり指導されていたらしい偽修道騎士たちにも動揺が走るのがはっきりと分かる。
そう、外の様子が分からない彼女、彼らにとって、わたくしがここにいるということは、使節団が急遽ゴーテ辺境伯領まで戻ってきたのだとしか思えなかったのだろう。
まあ、ここには、アルーニー、ギシュの他は、ルーファ様、ディキル様、アファベト様しか聖国関係者はいないのだけれど。
「さあ、エレム様、あなた方をミスラク王国に派遣した、キーディー・エピスコーポ・ダハクール大司教猊下のご意向をお教えいただけますでしょうか?」
オドウェイン帝国中央教会のトップ、キーディー・エピスコーポ・ダハクール大司教猊下のお名前を出した途端、偽修道騎士たちのざわめきが大きくなる。
どうやら、当たりと見て良いようね。
「な、何をおっしゃっておられるのか、わたしには何も分かりませんわ」
「本当にそうなのでございましょうか?
もしあなた方が拘束されることがあっても、帝国中央教会から助けが来ると分かっていらっしゃったから、余裕があったのでございましょう?」
そう、わたくしが考えている通りなら、帝国は最後通牒の使者に聖職者を使うはず。
大司教猊下本人はあり得ないけれど、帝国中央教会の重鎮、司教、司祭クラスの者が派遣され、彼女たちを解放するように迫るはずよ。
「残念ではございますが、間もなくこの地にはセラム聖国より聖騎士団も派遣される予定でございます。
あなた方はセラム聖国側に引き渡されることになりますでしょう」
「お、お待ちくださいっ。
そ、そんな馬鹿なことがっ、どうして聖騎士団が派遣されると!?」
「あなた方が、聖都ケレンで聖職貴族への買収を仕掛け、加えて襲撃も行ったからでございます」
「「「は」」」
なるほど、偽修道騎士たちも、ある程度、聖国での工作内容を知っていたよう。
王都にこれまでいたわたくしがそれを知ってここにいるという、時間差的にあり得ないことに思わず声を上げてしまったのだろう。
本当にメリユ様には感謝してもしきれない。
メリユ様が動かれなければ、そして、ご神命に従われ、ルーファ様たちをお救いくださらなければ、聖国、聖都はもっと深刻な事態に陥っていたことだろうと思う。
「ついでに申し上げますと、あなた方の枷は、ご神意により嵌められたものでございます。
神がお赦しにならない限り、生涯それを外すことは叶わないでしょう。
それは、この世の理を離れた天界のもの。
たとえ帝国の最新技術をもってしても、『人』の手では、壊すことは不可能でございますわ」
「はあっ!? ご神意とは!?
天界のものとはどういうことなのでしょう!?」
本当に、彼女、彼らは……神が、帝国含めこの世の在り様を嘆かれ、直接介入をされ始めたことなんて、何も知らないのだろう。
ご神命の代行者であられる、メリユ様の手にかかれば、聖都だけでなく、帝都ベーラートもどうなるか分からないというのに。
メリユ様が、大勢の民を巻き込む、ご神罰を望まれないのは分かっている。
けれど、神がその気になられれば、メリユ様は(神に減罰をご申請されるだろうが)最終的にはそれに従わざるを得なくなるに違いないのよ。
「はっきり申し上げますと、此度の帝国の動きを嘆かれた神が、ご警告を発せられる段階にまで入っております。
その枷程度では済まされない、ご神罰が帝国にくだされるのも時間の問題ではないかと考えております」
「聖女猊下、まさか、あなた様がそのような世迷言を!
神罰など、どのようにくだるというのでしょう?
飢饉ですか、干ばつでしょうか? 何をもってご警告があったというのでしょう?」
絶句されるエレム様に代わり、奥の牢にいた四十過ぎくらいの修道騎士らしき者が、あざ笑うかのようにそう発言される。
「修道騎士風情が不敬だぞ!」
「アルーニー、良いのです」
わたくしはアルーニーを宥めて、その者と目を合わせる。
「神はご警告として聖都ケレンの夜を昼に変えられました。
そう、夜の空にお日様が現れ、聖都を焼き尽くさんばかりに輝いたのでございます。
もう間もなく、各国の密偵の皆様も、その情報を母国へ持ち帰られることでしょう」
「ま、まさか?」
「天候にもよるでしょうが、近隣各国からもその異変は観測されているようでございますよ。
このゴーテ辺境伯領からも確認されておりますので」
どうやら、この者、帝国の工作兵なのではないかしら?
やはり、聖職者と帝国軍が一緒になって、王国内での工作を行ったと見て良いようね。
「か、神が神罰をくだされるなどある訳が。
タダの流星か何かの見間違えでは?」
「いえ、ご神託もございましたので、間違いはございません。
神は、帝国によるミスラク王国への侵攻をお赦しになるつもりはないようでこざいますよ?」
「っ!」
その者が動揺するのが見て取れる。
どんなに優秀な工作兵であっても、ここまでわたくしが把握しているということは想定になかったのだろう。
「さて、尋問というほどのものにもなりませんでしたが、必要な情報は得られましたので撤収いたしましょう。
オドウェイン帝国の工作兵の皆様方、心を入れ替え、神に懺悔することをお薦めいたしますわ」
わたくしは、ご神意をまるで理解されていない彼女、彼らを残念に思いながら、その一言を告げて、地下牢を後にしたのだった。
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小柄な銀髪聖女サラマちゃん、頑張ってくれているようでございますね!




