第194話 王女殿下、悪役令嬢、ハラウェイン伯爵令嬢と一つの輪になる
(第一王女視点)
軍議から貴賓室に戻った第一王女は、悪役令嬢、ハラウェイン伯爵令嬢と一つの輪になります(!?)
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「また、風が強まってきているようですわね」
軍議を終えたわたしたちは、貴賓室に一度戻り、砦に赴いてバリアの起点に供物を捧げるため、着替えることにしたの。
貴賓室の窓はまた風にガタガタと震え、(雲の流れが速いのか)日差しが差しては消えるのを繰り返すようになっていた。
今朝方と同じく少し不穏の空気を感じつつ、わたしは様子のおかしいハードリー様の方を窺がいながらも、メリユ様の手を握り締める。
この状況下であっても、手汗一つ掻かれていないように感じるメリユ様のお手。
もちろん、お互い手袋はしているのだけれど……わたしなんて、緊張のあまり、その手袋ですら汗ばんできてしまっているのだもの。
メリユ様とわたしでは、経験差が歴然としてあるのだと分かってしまう。
……メリユ様、わたしと手を繋いでいるのを不快に思われたりは……されないわよね?
「失礼いたします」
カチャリと扉が開き、少し離れていたハナンが慌てた様子で貴賓室に入ってくる。
顔が蒼い?
ハナンにしては珍しい、何か良くないことでもあったのかしら?
「殿下、猊下、ハードリー様、至急のご報告を申し上げます。
ディキル様が斥候の動きを捉えられたとのことでございます。
同席されたルーファ様、アファベト様も、同様のご見解であるとのことでございます」
「何ですって!?」
もう!?
いくら何でも早過ぎるわ!
オドウェイン帝国は、我が王国への侵攻予定を前倒ししようとしているとでも言うの!?
いえ、わたしたちの予測が甘過ぎただけ、なのかしら?
「メリユ様」
「はい」
いつもの微笑みのまま、しっかり頷かれるメリユ様。
その向こうでは、ハードリー様が動揺されているのが見える。
「ハナン、斥候ということは、おそらく偵察が目的よね?
砦の状況の確認、ついでを言えば、ゴーテ領内の工作兵との接触も目的だったりするのかしら?」
「それは……分かりかねますが、影からの報告では、サラマ聖女猊下がかの偽聖女見習い一味への尋問を急がれるとのことでございます」
サラマ様が、偽聖女見習い一味への尋問を急がれる?
先ほどの軍議でのお話もあり、どうにも気になるわね。
偽聖女見習い一味との連絡が途絶えているのは、帝国も把握しているだろうし、やはり、我々が彼女たちを拘束していることを出しに使う可能性が高いのかしら?
……そういえば、宣戦布告に遣わされる使者は、聖職者が務めることも多いはず。
まさか、帝国の中央教会が帝国軍に協力をしていると言うの?
もしかして、先遣軍にも聖職者がいて、王国への最後通牒に遣わされたりするのかしら?
「はあ、サラマ様が急がれるのも当然のことね。
もし帝国の中央教会も関与としているとなれば、セラム聖国中央教会としても、他国から非難を浴びかねないものね」
「殿下?」
「先ほどの軍議でのお話、偽聖女見習い一味だけでなく、先遣軍にも、帝国の中央教会が関与している可能性が高いわね」
「ど、どういうことでしょうか?」
ハードリー様が珍しく割り込んで来られる。
「ハードリー様も、聖国で聖職貴族の不正・腐敗の証拠はたくさんご覧になられたでしょう?
それは、帝国内の聖教会も同じで、帝国軍へも協力している者たちがそれなりにいるに違いないわ」
「そんな」
「サラマ様が慌てていらっしゃったのも当然だと思うわ。
世界規模で教会の、聖職者、聖職貴族の腐敗は進んでいるということだもの」
「それは深刻でございますね」
ハナンですらも額に汗を浮かべているのが分かる。
「最初の筋書きでは、セラム聖国中央教会も、オドウェイン帝国の中央教会も、帝国の味方をして、聖職者を拘束したミスラク王国に対して宣戦布告するということになっていたのでしょうね」
「神が直接介入をされることを選ばれるのも当然だわ。
そのご神命の執行者様がメリユ様でいらっしゃったことが、王国にとって、何よりの福音と言えるでしょうね」
わたしはメリユ様の手を(手袋越しに)しっかり握り締め、またメリユ様も握り返してくださる。
本当にメリユ様はどんなお気持ちで、あの日王城にご来訪されたのだろう?
表舞台に立つおつもりもなかったメリユ様が、このままでは王国の行く末が危ないと、(ご自身がどのような目で見られるかも分からないのに)何でもないようなご表情をされて乗り込んで来られたのよ?
わたしに、あのお力をお示しになられたのも、加減やわたしの反応を確かめながら、慎重にことを運ばれたに違いないわ。
事態が進めば進むほど、メリユ様がどれほどのご覚悟と、慎重さを持って『こと』に臨まれたのか、その胃が痛くなりそうなほどご苦労に、わたしも胸が張り裂けそうになってしまう。
「はあ、すぐに起点の選定と、供物の準備をいたしましょう。
専属護衛隊にワイン樽の運搬準備も急がせて」
「承知いたしました」
「ハードリー様」
ハナンが立ち去って、すぐわたしはメリユ様を挟んで向こう側のハードリー様に声をかける。
先ほどのことが堪えているのだろう、ビクッと震えられる様は、友人としても見ていられない。
「ハードリー様」
「わ」
メリユ様が手を引かれて、ハードリー様をわたしの前まで引っ張ってきてくださる。
「ハードリー様、学院入学前の貴族令嬢が戦術の基本をご存じなくとも何もおかしいことではございませんわ。
ハードリー様も、わたしも、まだまだこれから学んでいく身。
ですが、ハードリー様が今なすべきこと、なすことのできることは別にございますでしょう?」
「……そうは、おっしゃられても」
「もう、いつものお転婆なハードリー様はどこに行ってしまわれたのでしょう?
ハードリー様なら、ご自身の馬にメリユ様をお乗せになって、砦に向かわれるくらいのことはなさるでしょうに」
「空をお飛びになられるメリユ様に、そんなの、何のお役にも立てないではないですか!?」
もう両極端なのだから、ハードリー様は。
今できないことは仕方のないことで、今できることでメリユ様をお支えすれば、それで良いのに。
わたしがどう声をかけようかと思っていると、
「ハードリー様、今は聖力の使用を極力控えなければなりませんので」
メリユ様が優しく、ハードリー様に声をかけられる。
「もしよろしければ、わたしを砦までお連れいただけますか?」
「わたし、なんかで、良いんでしょうか?」
「ええ、馬車を出しているような状況でもないでしょうし。
斥候も出ているなら、あまり目立つ行動も控えるでしょうね」
わたしもそれに乗っかり、メリユ様に目配せするのだ。
「そう、ですよね?
わ、分かりました!
このハードリーが、メリユ様を責任持って、お届けいたします」
良かった。
ハードリー様の瞳に、いつもの輝きが戻ってきたよう。
わたしは空いている左手をハードリー様の右手と繋いで、わたしたちは一つの輪になったのだった。
明けましておめでとうございます。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
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年始の慌ただしさに、更新が遅くなりまして失礼いたしました。
次の連休にかけては、もう少し更新できればと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
色々きな臭くなってまいりましたが、ヒロインたちが前向きになってくれて何よりでございますね!




