第193話 王子殿下、ゴーテ辺境伯令息と女性観について話し合う
(第一王子視点)
第一王子は、軍議後、執務室においてゴーテ辺境伯令息と女性観について話し合います。
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メリユ嬢が、メルー・マクエニ=メルー嬢に変身して、聖なる力をメルー嬢から譲渡されて十全の状態にまで回復したという報告は受けていた。
いや、そもそもメリユ嬢の命の危機という報告に、わたしはちゃんと動いておくべきだったのだろう。
たとえ、それが身代わりによるもので、本物のメリユ嬢はメルー嬢の救出に当たっていたのだという昨夜の報告を受けたときにしたって、その時点で無理を言ってでもメリユ嬢に謝罪することだってできたはずだ。
それなのに、帝国の先遣軍に備えるのに忙しいという口実を作って、わたしはまた後回しにしてしまった。
その結果が、メルー嬢のままのメリユ嬢だった。
もちろん、メリユ嬢が変身したままなのは、譲渡された聖なる力が元の姿に戻ることで失われるかもしれないという理由があってのことなのは分かっている。
それでも、わたしの会いたいメリユ嬢は別人のようになってしまっていて、わたしは愕然となってしまった。
「はあ」
メルー嬢が可愛らしいというのは認めよう。
ダーナン子爵の庶子であるらしいという報告も受けてはいるが、無理に着飾った感のある貴族令嬢であるようにしか見えない。
しかも、メリユ嬢の仕草、あれは何だ?
メリユ嬢は一体どうなってしまったのだ?
あの凛々しさは、あのまっすぐな眼差しは、一体どこに行ってしまったというのだ?
わたしが見たいのは、あんな年相応というか、齢十一ならこれくらい普通、これくらい可愛らしいだろうという平均的な貴族令嬢の姿ではないのだ。
もしかして、メルー嬢に変身してしまった影響で、仕草までメリユ嬢はメルー嬢と同じようになってしまったというのか?
「まるで、神に試されているかのようだ……」
わたしがメリユ嬢への謝罪を躊躇してしまったことへの罰として、神はこのような状況を作り出されたのではなかろうかとすら思えてしまう。
もし、もしだ、メリユ嬢があのまま、メルー嬢の姿のままでいることになってしまったとして、わたしは……はたして、メルー嬢の姿の彼女を愛すことができるのだろうか?
タダの、可愛らしいだけのメルー嬢のようなメリユ嬢に口付けできるのだろうか?
う、考えただけで、メルー嬢の姿のメリユ嬢もまたわたしに言い寄る、大勢の貴族令嬢の一人になってしまったかのように思えて、より近寄りづらくなってしまったかのような感覚を覚えてしまう。
「……メリユ嬢も、そういうつもりでわたしを試しているのかも、しれないな」
「カーレ様」
ソルタに声をかけられて、わたしはハッとする。
いかんな、目を通さなければならない書類は山のようにあるというのに。
ゴーテ辺境伯領軍と聖女専属護衛隊、そして王都騎士団をまとめ上げるにしても、あまりに突然のことで手続きが本当に面倒な限りだ。
「すまない、ソルタ」
「いえ、先ほどは軍議、本当にお疲れ様でございました。
侍女にお茶を入れさせますので、少しご休憩なさってはどうでしょうか?」
「ああ、そうさせてもらおうか」
わたしがそう応えると、ソルタは、シーナという侍女に準備をするように伝える。
本当に一度休憩して、頭を切り替えた方が良さそうだ。
まさか、このわたしがメリユ嬢の姿一つでこれほどまで動揺させられることになるとはな。
婚約者候補……とはなっているが、もうわたし自身、メリユ嬢以上の婚約者をこの生涯で得られることはないだろうとまで思ってしまっているのか。
ふふ、これほどまでに惹かれる女性に出会ってしまうとは、人生、何が起きるか分からないものだ。
「なあ、ソルタ、此度の戦のことから逸れた話ですまないのだが、先ほどの軍議で、メリユ嬢やサラマ聖女殿、ルーファ嬢、メグウィンやハードリー嬢たちを見ていて、どう思った?」
「はい?
ああ、殿……カーレ様は、僕の女性観についてお尋ねになられているのですね?」
女性観。
ああ、そう言えば、カーレは、妹のマルカ嬢すら色々口出ししてくることをあまり好ましく思っていなかったようだったな。
おそらく、此度のことで女性観を大きく変えられたのは、ソルタだろう。
まあ、わたしも『人』のことを言えたものではないのだろうが。
「猊下たちやその側近をされている皆様方も、それぞれ己が使命を果たすために努力されているのだと感じ、敬意を払わなければと思っております」
「まさか、お前からそのような言葉を聞けるとはな」
「お恥ずかしながら、聖女猊下にお手合せいただき、また我が領が侵攻の危機に晒されている現実をお見せいただくまで、僕が女性、貴族令嬢の方々を軽んじていたことは間違いございません」
この休暇に入るまでも学院で、傍にいたお前のことだ。
わたしもソルタが貴族令嬢をそのように見ていることは十二分に気付いていたさ。
タダ、ソルタの偏見を覆せるほどの貴族令嬢を、この王国内から挙げ連ねることができなかったことも事実。
しかし、この場には、ソルタの偏見を覆すには十分過ぎる人材が揃っていると言えよう。
本当に……我が王国の学院も教育改革が必要なのかもしれないな。
メリユ嬢はもちろん、メグウィンやマルカ嬢、ハードリー嬢たちが入学すれば、学院内での女生徒への見方は大きく変わることだろう。
それでも、彼女たちの入学まで放置しておいて良いという問題でもあるまい。
より良い結婚相手に嫁ぐために必要なことのみ学べば良いという王国の学院の指導方針が最善のものとはとても思えん。
少なくとも、聖国のサラマ聖女はもちろん、聖国の学院の才媛だというルーファ嬢を見ていても、女生徒たちが国や自領を支えるのに必要な学びを得ておくことは、我が王国へも好影響を齎すに違いない。
「本当に、今は……マルカにも悪いことをしたと思っております。
偽聖女見習いたちのおかしさに唯一気付けたマルカも、きっと、いえ、かなり優秀なのでしょう。
そんなマルカを、僕は……女の癖に出しゃばるべきではないとか、生意気なことを言うべきではないとか、そんな風に思ってしまっていたんです」
「ソルタは、マルカ嬢を押さえ付けてしまっていた訳か」
「本当に申し訳ない限りです。
他国の聖女猊下には敬意を払える癖に、自分の妹の才を正しく見てやれることができなかったことを今は恥じております」
「いや、マルカ嬢はまだ学院入学前であるし、これからもっと伸びることだろう。
今からでも、ソルタはそんなマルカ嬢を支えていけば良いのではないか?」
「はは、僕がマルカにどのように思われているのか、少し怖いところなのですが。
本当に性別や見た目に囚われるなんて愚かなことですね」
……全く、その通りだな。
そもそもだ、王城で、メリユ嬢が自身の立場と力を示すのにどれほどの時間をかけたと思っているのだ?
ビアド卿の言葉ならば、突拍子もないようなことでも信用しただろうに……わたしはメリユ嬢の言葉についてはまるで信用していなかった。
いや、メグウィンからの報告についても、そうだったな。
所詮、女の言うことだからと……はあ、これではソルタとあまり変わらないか。
「それで、女性観の変わったソルタは、どんな女性が好きなのだ?」
「そう……ですね。
できれば、自領をどう良くしていけるかを議論できるような女性が良いですね。
特に街道の敷設や改良工事について、詳しくお話できるようなお相手なら最高です」
前にも似たようなやり取りをしたような気もするが……いやな予感がするな。
これはどう考えても、メリユ嬢が当て嵌まるというか、メリユ嬢しか当て嵌まらないような気もするのだが。
「路盤の改良工事がどうだのという話か?」
「ええ、聖女猊下は雪の多い我が領の街道路盤の改良策をご存知でいらっしゃるようで、ぜひ……この戦が終わりましたら、お話をさせていただきたく」
本当にソルタのヤツ、隠す気すらないのか?
「はあ、言ってはおくが、メリユ嬢は王太子妃候補筆頭だぞ」
「承知しておりますとも。
ですが、聖女猊下が王太子妃になられたとしても、ご意見を伺う分には問題ないのでしょう?」
言うようになったな、ソルタも。
頭が痛い。
「失礼いたします。
お茶のご用意をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、シーナ、頼む」
わたしにとってのアメラにあたる、ソルタの専属侍女になるのだろうか、シーナ嬢が今の話をまるで聞いていなかったかのような表情で茶の準備を始める。
まあ、この辺りはさすがは辺境伯家の侍女だなと思ってしまう。
高位貴族に仕える侍女でも、このように振る舞える者はそう多くないだろう。
よく出来た侍女だ。
そんなことを思いながら、茶の準備がされていくのを見ていたそのときのことだった。
バン!
「至急の報告を申し上げますっ!」
事前の言付けや許可を得ることもなく、扉が勢いよく開き、聞き覚えのある年下の少年の声が部屋に響き渡ったのだった。
「「何事だ!?」」
ゴーテ卿とわたしの声が被る。
「はあ、はあ、オドウェイン帝国先遣軍の先端から斥候らしき者が十名ほど国境の砦を迂回しつつ、川沿いに領都イバンツ方面へ動いております」
「ディキル殿、それは本当か?」
「はい、居合わせた姉とアファベトにも確認していただき、斥候でほぼ間違いないだろうということでございます」
何ということだ!!
時間的猶予があまりないことは分かっていたが、まさかディキル殿が監視当たり始めてすぐ斥候の動きを捉えることになるとは!
わたしは、茶の準備を一緒に待っていたカーレと顔を見合わせて、ゾクリと鳥肌が立つのを感じてしまうのだった。
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いよいよ緊迫してまいりましたが、その直前の息抜きとして、ディキル君に続き、この二人の女性観についても触れてみましたが、いかがでございましたでしょうか?
まあ、たまにはよろしゅうございますよね??




