第191話 ハラウェイン伯爵令嬢、初めての躓きを知る
(ハラウェイン伯爵令嬢視点)
ハラウェイン伯爵令嬢は、軍議において、初めての躓きを知ることになります。
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十一歳の伯爵令嬢に過ぎないわたしが軍議の席に着いているということ。
ほんの少し前のわたしなら、想像だにできなかったことでしょう。
もちろん、お母様が男の子=弟をお生みになられない限り、ハラウェイン伯爵領のお世継ぎ問題はわたしにも降りかかってくるのですから、万が一、国境を擁する隣のゴーテ辺境伯領が戦渦に巻き込まれた場合、あり得ない訳ではないと思います。
ですが、お父様ですら、セラム聖国に通じるキャンベーク街道を有する我が領が戦渦に巻き込まれることなんて一度もお考えになられたことはないのではないでしようか?
あり得るとしたら、他の三大国と隣接する辺境伯領での戦渦に際し、援軍を出すくらいでしょうし、わたしがその軍議に出ることなんてまずあり得ないはずです。
「本当に……メリユ様がいらっしゃらなかったらと思うと、ゾッとします」
それでなくとも、帝国の離間工作で我が家は大変なことになっていましたのに、これでゴーテ辺境伯領に侵攻が迫っているなんて(メリユ様のいらっしゃらない状況で)聞かされていれば、わたしには絶望しかなかったに違いありません。
これまでにも何度か考えてきたことですが、メリユ様という救世主様がいらっしゃなければ、わたしはどんな顔で軍議に参加することになったのでしょうね?
キャンベーク川の土砂崩れも含め、幾度も救われてきたわたしは、お隣のお席に座られているメリユ様に(思わず)熱い視線を向けてしまうのです。
「いえ、もうこんなの、好きにならない方がおかしいでしょう?」
わたしは、自分の席を少しメリユ様の方に近付けようとして、反対側からメグウィン様に見られているのに気付いてしまいます。
ううん、気付かれてしまったでしょうか?
いえ、きっとメグウィン様も同じことをお考えなのに違いありません。
ほら、わたしが頷いてみせると、ガタッと椅子の動く音がします。
「姫様」
アリッサさんがどうもそれに気付かれたようで小声で諭されているのが聞こえます。
さすが、近傍警護の女騎士様ですね。
メグウィン様に注意が向いている間、わたしは少しだけ椅子をメリユ様の方に近付けるのに成功しました!
「……それで、カーレ第一王子殿下とも話し合っていたのですが、未だ帝国から宣戦布告がないことに違和感を覚えるということで一致しまして」
「ああ、通常であれば、ミスラク王国との戦力差を考えれば、普通に使者を出して宣戦布告をするのが通例だろうと思う。
それをしないということは、何かしらの強引な理由付けをして、突然の宣戦布告に持ち込む腹づもりなのではないかと考えている」
……なるほど、家庭教師から王国史とおおまかな世界史は教えていただいていますけれど、あの帝国のことですから、堂々と宣戦布告するのが普通なのでしょうね。
もちろん、セラム聖国からその不当性を指摘されかねないですから、理由付けが必要なのでしょうけれど。
「可能性の一つとしては、聖国にも通達のございました軍事演習中に、王国から攻撃を受けたと主張して、そのまま交戦に入るというものでございましょうか?」
「ああ、それも可能性が高いと思う。
演習を通達し、場合によって国境線を多少越えるかもしれないなど、明らかにそれを見越しているのではないかと思う」
さすがはサラマ聖……サラマ様です!
軍事演習のことは聞いておりましたけれど、宣戦布告のことまでは意識が回っておりませんでしたし。
「もう一つは、偽聖女見習いたちを出しに使う可能性だな……」
「はい、後ほどわたくしが直接尋問させていただく予定ですが、現在セラム聖国中央教会が認知している聖女見習いは一人もおりません。
もし……オドウェイン帝国の中央教会が絡んでいて、ゴーテ辺境伯領で不当に拘束されているとなれば、その救出のために軍を派遣したという理由付けができるかと存じます」
「あの、もしかして、そのために聖職貴族の方々を買収していたかもしれないと?」
メグウィン様も、素敵です!
わたしと同い年ですのに、軍議で堂々とご意見されるお姿がとても凛々しくいらっしゃいます!
「そうでございますね。
聖女見習いが本物であると認めさせるために、枢機卿の買収を進めていたという可能性は高うございます」
「まあ、前提として、聖女見習いが拘束されるような状況も必要になるが、離間工作まで仕掛けてきていた帝国のことだ、幾手もの事前準備をしていておかしくないだろう」
確かに、我が領では、聖国中央教会の関係者として丁重におもてなしされていた訳ですし、すぐさま拘束されるようなことはあり得ないのでしょうけれど……いえ、それでも、悪い意味で目立たせるために、あのような法外な献金要請をされていたとも考えられますよね?
「はあ、何にせよ、帝国の工作兵と偽聖女見習いたちを拘束してしまっている以上、斥候か、あるいは新たな工作兵が派遣され、宣戦布告に足る状況が用意されることになるのだろうな」
カーレ第一王子殿下が溜息を吐かれながらそうおっしゃられ、宣戦布告に関するお話は終わりになりました。
続いて、軍議は、メリユ様の聖なるお力による戦の準備状況についてのものになりました。
「それで、『神の目』による監視の任には、ディキル殿が着任されるということでよろしいのですな?」
「はい、つい先ほど『神の目』を直接拝見させていただく機会を賜り、この軍議が終わり次第、着任させていただくことになっております」
ゴーテ辺境伯様のお言葉に、ディキル様が堂々とお答えになっておられます。
メリユ様との出会いによって変わられたお方ですけれど、やはり(まだ)好きにはなれそうにはありません。
「そうか、斥候が前線から動くようなことがあれば、すぐ報せて欲しい。
また、王都側からの増援が到着しそうな気配があった場合も報せてくれ」
「畏まりました、カーレ第一王子殿下」
ですが、どんどん良い方向にご成長されていっていらっしゃるのでしょう。
それだけは認めなくてはならないと思うのです。
「ハードリー嬢、『神の目』使用による聖女猊下……メリユ聖女猊下のご負担はほぼないという理解で良いのだな?」
「はっ、はい、『神の目』の出現の際にお力のご消耗はございましても、それ以降につきましては、神のご権能を直接使わせていただくことになりますので、メリユ様のお力のご消耗はございません」
いけません。
少し意識が逸れてしまっていました。
わたしのディレクトロ デ サンクタ アドミニストラードとしてのお役目の重要さを考えれば、余計なことを考えている場合ではないでしょう!
「神のご権能をか……何とも凄まじいことだ」
「ハードリー嬢、その、メリユ嬢は、今日の内にバリアの起点となる地点に、供物を捧げられるという理解で良いのか?」
……どうして、わたしにお尋ねになられるのでしょう?
もちろん、ディレクトロ デ サンクタ アドミニストラードのお役目は全うするつもりではありますけれど、ここにメリユ様がいらっしゃるというのに、わたしにお尋ねになられるカーレ第一王子殿下のお気持ちがよく分かりません。
「……はい、銀製のワイングラス、ハラウェイン伯爵領産の、最上質のワインの準備も整っておりますので、今日中に供物を捧げさせていただく予定でございます」
わたしは、メリユ様の方をちらりと確認してから、カーレ第一王子殿下にお答えします。
何でしょうか、このギスギス感。
もしかして、カーレ第一王子殿下、メリユ様に対して何かをされたのでしょうか?
このような最重要かつ重大なタイミングで?
もしそうなら、わたしはカーレ第一王子殿下の見方が変えなければならないのかもしれません!
何せ、わたしはディレクトロ デ サンクタ アドミニストラード。
もし何者かがメリユ様のお心を乱されるようなことがあるというのであれば、わたしがそれを排除しなければならないのです!
わたしが強めの視線をカーレ第一王子殿下の方に向けると、
「なるほど、バリアの起点となる地点の選定は済んでいるのか?」
殿下は冷静にそうご指摘されたのです。
……盲点でした。
頭の中が真っ白になってしまいました。
頭の片隅ではしなければならないと分かっていたはずですのに、わたしはすっかり失念してしまっていたのです。
「そ、それは……」
「………わたしがハードリー様に代わってお答えいたします。
起点につきましては、オドウェイン帝国先遣軍が砦前に展開する際にあり得ると考えられる陣形をご検討いただき、それを『神の目』上で確認、起点の候補を絞り込ませていただければと存じます」
わたしが戸惑っている間に、メリユ様が手を挙げられて、代わりにお答えくださったのです。
あれだけギスギスされていらっしゃいましたのに、冷静沈着にお答えされるメリユ様。
いくら『時』を止められた世界でお時間を重ねられているとは言っても、普段お一人でご聖務をご執行されてこられたメリユ様だって、軍議にご参加されたご経験はほぼ初めてなのではないでしょうか?
それなのに、メリユ様ご自身のご感情を押し殺されてまでされて、こうして大人なご対応されているのを見てしまうと、わたしは自分が恥ずかしくなってきてしまうのです!
「なるほど、砦前の地形に詳しく、陣形の知識にも長けた者が必要ということだな。
ゴーテ卿、どうだろうか、辺境伯家、いや、領軍に詳しい者はいるか?」
「そうですな。
心当たりはございますので、すぐ呼び出しましょう。
砦前の広場はそれほど広くございませんので、通常の横隊での展開がしづらいはずでございます」
「まあ、そうなるのだろうな」
縦隊、横隊くらいの知識はありましたけれど、議論に参加するには、わたしでは知識が足りなかったんです。
……そうなのですね。
メリユ様のお役に立つには、わたしはまだまだ勉強しなければならないことがたくさんあるのですね。
あまりの悔しさにわたしは涙が込み上げてくるのを感じてしまいました。
「ハードリー様」
こんなときでも、わたしのことを気遣ってくださるメリユ様。
わたしは、大好きなメリユ様のために、死にもの狂いで勉強しなければと思うのでした。
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ハードリーちゃんが初めての躓きを体験することになったようでございますね。
何せ十一歳の伯爵令嬢ですから、いくら家庭教師の英才教育を受けているといっても、本物の軍議はハードルが高いことでしょう。
活発なハードリーちゃんが死にもの狂いで勉強したら、どんなディレクトロ デ サンクタ アドミニストラードが爆誕するのでしょうか?




