第18話 王子殿下、王女殿下に真実を突き付けられる
(第一王子視点)
ミラータワーを前に、第一王子は、第一王女から悪役令嬢の真実(?)を突き付けられます。
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メリユ嬢が出現させた鏡の結界に、妹のメグウィンが掌で触れていたかと思うと、今度は耳を当て始めた。
何の警戒心を抱くこともなく、それに肌を触れ合せるメグウィンに、わたしは言葉を失ってしまう。
もちろん、メリユ嬢の力を見抜いたのはメグウィンだが、どうしてそこまでメリユ嬢を信じることができるのだろう?
先ほどの応接室での彼女の言葉が口から出まかせだったのではないということはこうして証明された訳だが、わたしはメグウィンのようにメリユ嬢に対する警戒心を解くことができないでいたのだ。
「……やはり、バリア内の音は何も聞こえないようですわ」
「メグウィン」
「お兄様、今も内部では近衛騎士団が破城槌でこのバリアを破ろうとされていると思われますか?」
「ああ」
むろん、近衛騎士団も最初は混乱に陥っただろうが、あのカブディ近衛騎士団長が中にいるのだ。
きっと騎士団を立て直し、今頃破城槌でこの結界を破ろうとしていることだろう。
「まあ、そうでございましょうね。
お兄様が、演習で投石器ではなく破城槌をお選びになられたのは、万が一の際、内城壁もしくは外城壁に被害が出ないようにということでしょうか?」
「ああ、そうだ」
練兵場は、内城壁と外城壁に挟まれたそれほど広くはない場所だ。
投石器を用い、万が一にでも内城壁や外城壁に被害が出れば、王城の防備が薄くなってしまうということを意味する。
それでなくとも、帝国が動くことがほぼ確実であるこの状況で、そんな愚かなことはできまい。
「やはり、お兄様は、メリユ様を信じることができないのでございますね」
メグウィンは溜息を吐いてから、わたしを睨み付ける。
「仕方がないだろう。
一年前のメリユ嬢はどう考えても、我儘な典型的な貴族令嬢だったんだ。
いきなり魔法を使えるところを見せられたところで信じ切ることはできない」
「……はあ、お兄様はどうしてメリユ様がそのような行動を取られたのか、お考えになられたことはございますか?」
メグウィンは何を言ってるのだ。
貴族令嬢であれば、王族、それも王太子になるのがほぼ確実なわたしと結ばれたいと迫って来るものではないのか?
「はあ……よろしいですか、お兄様?
我が王国と帝国が小競り合いをたまにするだけの関係を今後も続けていくのであれば、メリユ様はあのお力を表に出すことなく、生涯に渡って秘匿されるはずだったのです」
「ふむ」
「そして、メリユ様は学院にご入学されてから、長くて二年間はお兄様とご一緒にご在籍予定でいらっしゃいました。
王国の盾であるビアド辺境伯家のご令嬢でいらっしゃるメリユ様は、当然万が一の場合に、お兄様をバリアによって守るべく、お兄様の傍にいてもおかしくはない立ち位置を確保する必要があったことでしょう?」
……どういうことだ?
入学後、万が一の場合にわたしを結界で守るために、わたしに近付こうとしていたと言いたいのか?
「ええ、そうですとも。
たとえ、お兄様に煙たがれようとも、お兄様に強引に近付こうとする愚かな貴族令嬢を演じ続ければ、お兄様の身に危険が迫った際に寄り添っても不審に思われることはございませんでしょう?」
「何だと……!?」
「それとも、模範的貴族令嬢で、お兄様と距離を取っておられたメリユ様が、お兄様が命を落とされようとしている瀬戸際に急に近付いて来られたとして、お兄様や近傍警護の近衛騎士がそれを見過ごすとお思いですか?」
それは……いや、メリユ嬢がたとえ結界でわたしの身を守るつもりであったとしても、それまで距離を取っていたメリユ嬢がいきなり近寄ってきたのなら、確実に警戒するであろうな。
逆に普段からわたしに迫ってくるような愚かな貴族令嬢を演じていた方が……わたしの身を確実に守ることができる……と?
「そ、そのために、学院入学前からわたしとの距離を詰めようとしていたというのか?」
「それ以外にございませんでしょう?
そして、不幸にもオドウェイン帝国が本格的に動こうとしたために、メリユ様は、ご自身のお力を隠しておくことができなくなった訳ですわ。
そう、建国紀に記されたイスクダー様同様、奇跡の御業をなせることのできるお力をお示しになり、表舞台に立たざるを得なくなった……そういうことでございましょう」
そ、そうか。
国を守るために、我が王国で多くの血が流れることを防ぐために、彼女は表舞台に立つ決意をし、もはやわたしに対して演技をする必要がなくなったと……そういうことなのか?
わたしは昨日からのメリユ嬢、彼女の態度の変化が急に納得できるように思えると同時に、強い衝撃を受けた。
むろん、天に届く鏡の結界を見せられた先ほどの衝撃には及ぶまでもないが、メリユ嬢の印象が一気に変わったのは言うまでもないだろう。
「なるほどな、そういうことなら納得できる。
よくメグウィンは気が付けたな」
「はあ……それだけではございません。
お兄様、このバリア、鏡の御柱はどこまで続いてるとお考えですか?」
何……メグウィンが言いたいことはそれだけではないというのか?
鏡の結界が、どこまで続いているなどと……それは。
「メリユ様のバリアは、どのように見ても天界にまで届いているようにしか見えないのです。
そう、メリユ様をお守りしていた透明なバリアも、近衛騎士団を閉じ込めている鏡の御柱のようなバリアも神の住まう天界にまで届いているに違いないのですわ」
「な、何を言ってる、メグウィン!?」
わたしは再び雲々を貫き、天空の遥か高くまで細く伸びていく鏡の結界を見詰めて、ゾッとするものを感じる。
そう、そうなのだ。
これがお伽話に出てくる魔法なのだとして、このような高さにまで届く結界を張る必要なんてあるものなのか?
いや、ないだろう。
ただ、メリユ嬢の力が天の力を借りて行使されたものであるというならば……逆に、当然そうあるべきものだと思えてしまう。
「お兄様、一度メリユ様のおっしゃったお言葉の一つ一つを思い返してくださいませ。
メリユ様は一度も魔法を使えるとはおっしゃられておられません。
そして、ご自身はこの世の理に干渉する管理者権限をお持ちだと、それのみお伝えくださいました」
この世の理に干渉する管理者権限。
うむ、普通に考えれば、そんな怖ろしげなもの、神のみが持つ全てを超越した権限ではないのか?
「それだけではございません。
メリユ様はバリアで直接的な殺生を行うことはできないとおっしゃられていました。
それは神聖なるお力の行使で殺生することが絶対的に禁じられている聖女様でいらっしゃるからですわ!」
聖女……メリユ嬢が聖女だと!?
まさか、それでメグウィンは鏡の結界を神聖なものと言っていたのか!
「あと、わたしが移動の魔法と呼びました際、メリユ様は移動の命令と言い換えられておられました。
つまり、メリユ様は神命の代行者として、この世のあらゆるものにそうした命を出せるということなのでしょう。
もっとも、この行使には多くの手続きと供物が必要であり、そう簡単ではないようでございますけれど」
神命の代行者か。
確かにただのティーカップを絶対に破壊できない絶対的なものにできたのも、その力のおかげ、ということか?
手続きと供物。
コンソールとやらでこの世の理に干渉する手続きをし……ワインを注いだ銀のグラスのような供物を用意することで、神聖な力を発揮するという、ことなのか?
いや、待て……メグウィンが魔法の供物が必要と言って、『教会で供物を捧げるときもそうだったわね』と言った際に、メリユ嬢の感情がほんの僅かだが揺らいだ記憶があったな。
聖女であるメリユ嬢としては嘘を付けないが、神聖な力を行使できることを感付かれたくはなかったということか?
「お兄様、よろしいですか?
今はまだメリユ様としてはご自身が聖女様でいらっしゃるのを明かすおつもりはないようでございますから、こちらから指摘するのは悪手だと存じますわ」
「あ、ああ……それは分かる。
し、しかし、これほどの力を行使をしてしまえば、気付く者は気付いてしまうのではないか?」
「え、ええ……わたしもそれが気がかりですわ。
もちろん、ここであらゆるものを閉じ込めるバリアの強大さをお父様や宰相様方にお見せできなければ、メリユ様が表舞台に立つのも難しいことでございましょうから、仕方のないことではあったのでしょうけれど、メリユ様としても、ここまでのお力の行使は想定外だったのやもしれませんね」
「うむ……今教会に動かれるとやっかいだな」
本当にメリユ嬢が聖女なのだとすれば、教会は必死に彼女を取り込もうとするだろう。
王国の存亡の危機に教会の相手をしていられる余裕はないというのに……王家としては知らぬ存ぜぬを貫き通すしかないか?
「お兄様、影に依頼して、すぐにイスクダー様が教会に聖人認定された記録がないか調べていただけますか?」
「分かった、そうしよう」
メグウィンはよく分かっている。
まさか、ここまで適確にメリユ嬢の正体に気付き、教会のやっかいさにまで気が回るとは。
わたしはメグウィンを侮り過ぎていたのかもしれない。
いや、一番はメリユ嬢に対しての侮りか。
わたしは振り返って、この世の理に干渉するためのコンソールとやらに向かうメリユ嬢を眺める。
青く透き通るガラスのようなコンソールには読み取れない不思議な文字とも模様ともつかぬものが大量に下から上へと流れていき、彼女の目がそれをなぞっていっているのが分かる。
メグウィンの言う通りであるならば、神聖な力の行使にあたっての手続きをしているということに、なるのか?
「はあ……」
おそらく、今のこの世で唯一、そのような権限を持つメリユ嬢の……仕事ぶりと言えばいいのだろうか……それを眺めていると不思議な気分になってくる。
政務や軍務につく女性というのは、いない訳ではないが、決して多くはない。
それこそ学院を出た貴族令嬢が、結婚までの片時に携わる程度のもので、結婚後も精力的に政務や軍務に取り組むような女性というのは本当に数が少ないと言えるだろう。
しかし、聖女であるメリユ嬢に取って代わることのできる者は男女を問わず存在していないのだ。
メリユ嬢が、後を継がすことができると認める者を見つけるまで、メリユ嬢はただ聖女として行わなくてはならないことをこなしてしていくしかない。
「彼女はあのような小柄な身なりで、武人顔負けの精神を持っているということか……」
目の前で剣が振るわれようとも、近衛騎士団長に侮られようとも、わたしから不信の目を向けられようとも、決して精神を乱さず、神聖な力を暴れさせることもない。
うむ……彼女は、よく考えてみれば、本当にとんでもない令嬢なのではないか。
わたしはようやく曇った眼を取り払い、本当の彼女の姿と向き合えたように思えるのだった。
こちらも……第一王子の勘違いレベルが第一王女レベルにまでアップデートされました、、、




