第185話 ハラウェイン伯爵令嬢、王女殿下とこの先のことを話し合う
(ハラウェイン伯爵令嬢視点)
ハラウェイン伯爵令嬢は、ゴーテ辺境伯領の貴賓室のベッドの上で、王女殿下とこの先のことについて話し合います。
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ベッドの上で、メグウィン様と二人上半身を起こして、メルー様のお姿のメリユ様の寝顔を眺めていますと、窓ガラスがガタガタと音を立てて揺れるのが聞こえました。
「今日は少し風がお強いようですわね」
「ええ」
まだカーテンはされていて、窓の外は見えていませんが、少し天候が良くないのでしょう。
何だか、今の王国の現状を反映しているかのような天候にゾクリとするものを覚えてしまいます。
「ハードリー様?」
「いえ」
いえ、何せメリユ様がいらっしゃるのですもの。
たとえ、帝国の先遣軍が忍び寄っていようとも、王国は、このゴーテ辺境伯領は、まさに鉄壁の守備が施されているようなものでしょう。
何を恐れることがありましょうか?
自分にそう言い聞かせていますと、
「ハードリー様、ご不安がおありなのでしょうか?」
「う……そうかも、しれません」
メグウィン様に指摘されて、わたしは肯定してしまうのです。
「これから何が起きるのかが分からず、そして、わたしがどうメリユ様のお役に立てるのかも分からず、不安なんです」
「まあ、メリユ様は予想だにしないようなことを容易になさいますから、仕方のないことでしょうね」
わたしが素直にお答えすると、メグウィン様は苦笑いされてそうおっしゃいます。
「そもそも、先日だって突然聖都ケレンに赴かれ、ルーファ様、ディキル様、アファベト様たちをお救いになられて、その上、ガラフィ枢機卿猊下を動かされるだなんて、わたしも全く予想できませんでしたもの」
「そうで、ございますよね?」
「もう、ハードリー様、また口調が」
「ご、ごめんなさい」
メグウィン様は、横で眠られておられるメリユ様の頬にそっと手を添えられて、微笑まれる。
「まあ、メリユ様が人智を越えることをなさるのは今に始まったことではありませんし、きっとこれからもそうでしょう。
そんなメリユ様をお傍で支えるというのは、ハードリー様もお覚悟の上で、ああなさったのでしょう?」
「はい、そうです」
メルー様のお姿で穏やかな寝顔をお見せになっておられるメリユ様。
その横で今のメリユ様と瓜二つなお姿で、メリユ様の右腕に抱き付かれているメルー様。
「お姉ちゃん……むにゃむにゃ」
「「ふふ」」
本当に神の遣わされたと言って良いのでしょうメルー様にも、姉として、かわいらしくも凛々しく振る舞われていたメリユ様を思い出して、笑ってしまいます。
普通であれば、(血縁があるとはいえ、相当に遠い)メルー様を受け止めるのは難しいことと思いますのに、堂々とされているのは本当に凄いと思うのです。
孤独であっても、ずっと聖女として振る舞ってこられたメリユ様だからこその包容力なのでしょう。
「きっと、メリユ様は、オドウェイン帝国の先遣軍を退けられ、その上で帝国に直接交渉なさって、戦争をお止めになられるでしょう。
そして、聖国の腐敗なども含めて多々の問題を解決され、世界が安定を取り戻されるまで聖女として、数々のご聖務を続けられることでしょう」
「メグウィン様」
「戦後、メリユ様が聖国に召し上げられるのか、従来通り王国を拠点として神よりのご神託、ご神命に従って動かれ続けるのかは分かりませんが、わたしはどこまでもお傍にいさせていただくつもりですわ」
「メグウィン様!」
何て凄いことなのでしょう。
メグウィン様はそんな先のことまでお考えになられた上で、メリユ様とご一緒であられる覚悟をなさっておられるのです!
「しかし……帝国と直接交渉ということは、帝国の帝都、ベーラートに赴かれるということでしょうか?」
「ええ、オドウェイン帝国皇帝陛下と直接交渉することになるのでしょうね」
「こ、皇帝陛下ですか」
真剣な瞳でそうおっしゃるメグウィン様に、わたしは、今更ながら第一王女殿下であらせられることを強く実感するのです。
「聖都のことで分かりましたけれど、もし帝国がメリユ様のお言葉を拒絶された場合……少なくとも帝都にはご神罰、いえ、その前に神よりのご警告があるかと思いますけれど、最終的にはご神罰がくだることでしょう」
わたしは聖都ケレンで体験したことを思い出しながらに、ゾクリとするものを感じてしまいます。
あまりのお力の大きさに、一伯爵令嬢に過ぎないわたしに何ができるのかと思いかけてしまった、あの出来事。
聖都ですらあの規模だったですから、帝都に対してはより過剰なものとなるのではないでしょうか?
「ハードリー様、わたしたちは常に最悪の場合についても事前に考えておかねばならないと思うのですわ」
「メグウィン様」
メグウィン様がメリユ様からわたしに視線を移されて、じっと見詰めてこられます。
「神がメリユ様にお目をかけられておられて、メルー様をそのお力の支えるためだけに遣わされたのだとしても、最悪の場合、そのお力で、帝都ベーラートは地図の上から姿を消すことになるのでしょうね」
「(ゴクリ)」
メルー様からのお力の供給によって余力ができ、キャンベーク渓谷でなさったことをより大規模にご行使なさったのなら、メリユ様はご神罰として帝都ベーラートを滅ぼすこともできるということなのでしょうか。
いえ、きっとできるに違いありません。
ぃ、いくら神よりのご命令、ご神命であったとしても、そんなご聖務のご執行、メリユ様が御心を痛められるに違いないのです。
経典にある『神隠し』が現実にあったこととして、同じように帝都ベーラート全ての『人々』が天に召される……神がそう命じられたのだとしても、今までお一人のお命すら欠けることなく、そう、敵味方関係なく救われてこられたメリユ様がどれほど苦悩されることか、容易に想像できてしまいます。
もし、もし帝都ベーラートの『人々』が全て天に召されてしまった場合、メリユ様は絶望され、ご自身を酷く責め悩まれることでしょう。
「ハードリー様、前にもお話いたましたように、わたしたちは、メリユ様を地上に繋ぎ止めておく『楔』なのですわ。
決して、メリユ様が『人』としての御心を痛められ、壊されるようなことを許してはならない……常にそうならないよう、事前に最悪の事態を考え、動いていく必要があると思うのですわ」
「メグウィン様」
メグウィン様のお言葉に、わたしは目に涙が込み上げてくるのを感じてしまいます。
メグウィン様は、再び視線をメリユ様の寝顔に戻され、愛おしそうに再びそっとその頬に手を添えられるのです。
「……本当に、本当に最悪の場合には、神はメリユ様のお身体を使って、この世界を『無』に戻されることでしょう。
メリユ様ご自身にそのようなご神託をくだされたのですから、そうに違いありません。
神が今この世にいる『人々』にご失望されたとき、世界は一度『無』に戻り、最初からやり直すことになるのかもしれません」
「そんな……」
「ええ、もちろん、そんなことにはさせませんとも。
帝都ベーラートが滅ぶようなことすら、わたしたちは許してはならないのですわ」
メリユ様を見詰められるメグウィン様の長い金の睫毛が細かく震えるのが分かります。
「神よりのご警告にしろ、ご神罰にしろ……そのご執行とそれに伴う最終的な加減はメリユ様がなさっているということで間違いはないでしょう。
聖都ケレンでのご警告があの程度で済んだのも、メリユ様のおかげ。
ですが、そのご神命がくだされる前に、状況の悪化を食い止めることができるのは、メリユ様だけではないはずです。
そのために、わたしたちがいるのですから」
「メグウィン様!」
わたしは思わずすぐ傍のメグウィン様の手を取って、握り締めます。
こんなにもメリユ様のことを思ってくださっているお方が、わたしに友人になって欲しいっておっしゃってくださったメグウィン様、いえ、メグウィン第一王女殿下。
友人を誇らしいと思うというのは、まさにこういうことなのでしょう。
わたしは、この三人でなら、絶対に世界を救えると、そして、その内のお一人であるメリユ様をこの世界に繋ぎ止めておけると思うのです。
「ふふ」
わたしの手の感じてくださってか、微笑んでくださるメグウィン様。
そして、メグウィン様は恥らうように目を細められ、メリユ様の頬にご自身の顔を近付けられて……キスをなさったんです!??
「ああっ!?」
お目覚めのキスを出し抜かれたわたしは思わず悲鳴のような声を上げてしまったのでした。
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何か、こうエンディングが見えてきたような気もいたしますが、はたしてどうなりますでしょうか?
……思っておりましたよりも、ハードリーちゃん視点、じっくり、ゆっくり進んでいっているようでございます、、、




