第182話 帝国皇女殿下、バーレ連峰へ向かう
(帝国第二皇女視点)
帝国第二皇女は、帝国第二皇子と共にバーレ連峰に向かいます。
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わたくし、テーナ・インペリアフィリーノ・オドウェイン=第二皇女は、お兄様アレム・インペリアフィロ・オドウェイン=第二皇子と共にバーレ連峰に敷設された新道を馬車で走っていた。
新道とはいえ、かつて未成道として一度は放置されていた道とのこと。
当時の建設技術では、路面の舗装や擁壁が降雪期と融雪期に耐えられなかったらしいの。
何より深い峡谷に石橋を架ける技術も足りず、敷設計画は廃棄されたよう。
それが近年の帝国の調査によってその深い峡谷が土砂崩れで埋まったことが分かり、また雪に耐える敷設技術ができたことで、帝国はついにセラム聖国を経由せずに、ミスラク王国=小王国への(ビアド辺境伯領を通らない)新道を作ることができたということ。
まあ、難しいことはどうでも良いわ。
大事なのは、我が帝国が領土拡大するのに必要な小王国という街道の結節点を手に入れなければならないという点。
アレムお兄様は、小王国の侵攻先遣軍を指揮し、わたくしも占領した小王国のキャンベーク街道沿いの各貴族領地との戦後交渉にあたり、箔を付けるという流れな訳よ。
「それで、アレムお兄様、本当に侵攻計画を前倒しされるというのは本当なのでしょうか?」
「ああ、最新の報告では、キャンベーク街道が土砂崩れで封鎖されているらしい。
今ならば、ゴーテ辺境伯領は小王国の王都騎士団や他領の増援を受けられることもなく、簡単に落とせることだろう。
まあ、増援があろうとも、小王国の軍を蹴散らすなど造作もないことなのだがな」
なるほど、街道の封鎖が解除される前に、さっさとゴーテ辺境伯領を占領してしまわれるおつもりなのね。
よほどのご自信がおありなのか、アレムお兄様はウェーブがかったマットブラウンな髪を掻き揚げられておられる。
「キャンベーク街道沿いの貴族領地には既にセラム聖国との離間工作も行っているし、王都で王族に対してセラム聖国の聖職貴族、それも枢機卿、聖騎士が暗殺を行ったとなれば、聖国と小王国の国交断絶は確定だ。
唯一侵攻の心配がなかったはずの聖国に手を出された小王国内は大混乱、その隙に我らは小王国全てを占領し、掌握するという訳だ」
「ついでに、聖国は周辺国からの信頼も失い、セラム聖国中央教会の権威も失墜するという流れですのね」
別にアレムお兄様がお考えになられたことではないけれど、何ともあくどいこと。
まあ、帝国にとって力こそが正義。
その力の前に弱者を屈服させることなんて当然のことなのだわ。
小王国も本当に運のないこと。
四方を四大国に囲まれて、今まで無事にいられたのは、小王国が街道の結節点であり、緩衝地帯として各国が認めていたからなのよね。
まあ、帝国がその三大国に喧嘩を売るつもりになったからこそ、その緩衝地帯も消える訳だけれど。
ふふ、既に帝国の魔の手が深く及んでいる聖国はもちろん、他の二大国も大混乱に陥ることだろう。
「それにしましても、キャンベーク街道が封鎖となりますと、教皇が王都から出られない状況になっておられるのでは?」
「そうだな。
まあ、王族暗殺により使節団は小王国と小競り合いを起こし、小王国によって教皇が殺されたということにするさ。
悪いのは、全て聖国と小王国であり、我らはその混乱を鎮めるための正義の軍ということにできる」
もちろん、王国に密偵を放っている各国には何が起きたかバレバレであるとはいえ、帝国内向けにはそれで押し通れるわね。
小王国のついでに腐り切った聖国の聖職貴族を一掃するのも我ら帝国。
小王国の次は聖国を落とし、完全に邪魔者がいなくなった時点で、旧小王国に軍の駐屯地を置き、周辺二大国への足掛かりとすると。
わたくしが生きている間に、帝国は世界を、大陸全てを支配できるのではないかしら?
「それで、ビアド辺境伯領経由の情報として、小王国の王都に鏡の柱が立ったという報告は何だったのでしょう?」
「鏡の柱か。
まあ、真偽不明の、戦時の欺瞞情報と言って良いものだろう。
既に小王国もその一部は侵攻の準備に気が付いているだろうしな」
「しかし、昨夜の、聖国上空の異変は、気になりますわ」
「あれの報告はまだ届いていないが、流れ星か、何かの異常現象だろう」
帝国側からも見えた謎の発光現象。
早馬の情報を待っても良かったような気はするのだけれど……一体、聖国で何が起きていたのかしらね?
鏡の柱といい、不自然な事象が起きてい過ぎなようにも思えるのが気になるところだわ。
「まあ、お前は今後の交渉のことだけを考えておけば良い。
とはいっても、小王国の貴族も王族も根絶やしだがな、はっはっは」
「それは、もちろんのことですわ。
タダ、暫く小王国内に滞在することになりますし、田舎臭い辺境で過ごすことになるのかと思うと憂鬱ですわね」
「お前も箔を付けるためだ。
それくらいは我慢しろ」
ええ、それくらいは分かっているけれど、さっさ皇都に帰りたいわね。
わたくしは、いよいよ深い森の中に入っていく、その景色を眺めながら溜息を吐いたのだった。
わたくしたちがバーレ連峰を越える山道手前に築かれた陣地に到着し、昼食を取っているとき、伝令の早馬が到着し、最新の報告を受け取ったの。
一つは聖国の聖都からのもの。
もう一つは王国の王都からのもの。
前者は、聖国の聖都で人質扱いになっていたアディグラト枢機卿の孫娘が、賄賂の授受に気付いたため、工作兵により始末することになったとの報告。
後者は、小王国の王家が北の辺境伯だけでなく、聖女と接触したという報告。
後者については、北の辺境伯領の砦を迂回したせいで、情報としては古いが、重要であることには変わりない。
「北の辺境伯、アクデル卿だったかしら?
どうやら我々の陽動に引っかかってくれたようですわね」
「テーナ、向こうの慣習に従えば、ビアド卿だな。
当主本人に爵位が叙勲される帝国と違い、向こうは各貴族家に重きを置いているらしい。
まあ、そのビアド卿が呑気に王都まで出向いているのだから、そういうことになるのだろう」
「そのビアド卿は、第一子の令嬢もお連れになられていると。
あまりの能天気さに頭を疑ってしまいますわね。
まあ、わたくしたちにとってはありがたいことですけれど」
「その令嬢だが、かなりの我儘令嬢で、小王国の第一王子との婚約を望んでいるらしい。
もしかすると、陽動に引っかかるどころか、タダ婚約者候補に名乗り出るためだけに王都に来ただけかもしれないぞ、くくく」
本当に愚かな令嬢ね。
自国=小王国の危機が迫っているというのに自身の婚約のために、父親の辺境伯を振り回すなど自身の馬鹿さ加減をアピールしているも同然だというのに。
まあ、逆に言えば、父親のビアド卿は、帝国と接している国境線にすぐさま侵攻の兆しが迫っている訳ではないと、正確な状況判断ができているのかもしれないけれど。
「問題は、予定より早く聖女が王家との接触を図ったことだ。
一体何が聖女を動かした?」
「……例の鏡の柱のことでは?」
あるとすれば、それ以外に考えられないだろう。
正直、『遥か天空まで伸びる鏡の柱』など、密偵の正気を疑いたいところだけれどね。
「はあ、冗談を言ってはいけない。
天空にまで届く建造物など、作れる訳がないだろう?」
「まあ、そうですわね」
「ああ、ちなみにそのふざけた報告をした密偵は処分されたそうだ」
「当然のことかと」
はっきり言って、他国と通じ、帝国に欺瞞情報を齎して、混乱させようとしているのでは、と思わざるを得ない。
聖国の発光現象にしても、たまたま偶然が重なっただけのことだろう。
「問題は欺瞞情報の出どころでしょうか?」
「もしかすると、聖国が我らの動きに勘付き、密偵に欺瞞情報を持ち帰らせたのかもしれないな」
「確かに、その可能性はあるでしょうね。
教皇と聖女は依然として取り込めていないのでしょう?」
「ははっ、彼らは最後に唯一残る聖国の良心となるのかもしれないな。
いや、聖都にいるガラフィ枢機卿もなかなかの堅物だったか」
「さっさと暗殺してしまえばよろしいのでは?」
「さすがに護りも堅いからね。
だからこそ、小王国滞在中の今が好機なのさ」
なるほど、使節団を構成する聖騎士、修道騎士もそれなりの人数がこちらの息がかかった者たちなのだから、今こそ暗殺の好機であると。
聖国にいる間は、寝返りも期待できない、任務に忠実なたくさんの聖騎士たちに護られているのだものね。
「しかし、情報が届くまでの時間がかかり過ぎですわね。
この街道が開通すれば、それも変わるのでしょうけれど」
「ああ、彼らの言うところのバーレ街道さえ、開通してしまえば、聖国を経由せずに直接最短距離で小王国内に入れる。
山越えの傾斜はきついが、兵站の運搬距離はその分短い。
新道建設の間、資材や兵站運搬のためのノウハウは大分得ているし、小王国が帝国のものとなれば、あっという間に周辺国への侵攻も始まるだろう」
そう、いよいよ『戦争の聖紀』が始まるのね。
圧倒的な帝国軍を前に、どれだけの国がどれほどの間、持ちこたえられるのかしら?
わたくしが、周辺の劣等国に婚姻外交で嫁入りする可能性もなくなると考えただけでも、ホッとするわね。
わたくしは……辺境伯軍を一瞬にして滅ぼされ、降伏して真っ青になったゴーテ辺境伯を見下し、戦後交渉に当たるそのときを想像して……ゾクゾクしてくるのだった。
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ようやく悪役らしい悪役が出てきたようでございますね、、、




