第181話 ゴーテ辺境伯令嬢、ゴーテ辺境伯と大事なことを話し合う
(ゴーテ辺境伯令嬢視点)
ゴーテ辺境伯令嬢は、翌朝一番に父親であるゴーテ辺境伯のもとを訪れ、大事なことを話し合います。
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「おはようございます、お父様」
「マルカか、よく眠れたか?」
「はい」
わたしの体感時間では、数日ぶりに自分の部屋で一晩を過ごし、翌朝一番にわたしはお父様の執務室を訪れていた。
本当は貴賓室にお泊りになられた、お姉様=メリユ様、メグウィン様、ハードリー様たちのことが気になっていたのだけれど、今は我がゴーテ辺境伯領の危機。
真っ先にお父様のもとに向かう必要があったのよ。
「お父様、徹夜をなさいましたの?」
「はあ、まあ、少しは仮眠も取ったがな。
状況が状況だけに、ゆっくり眠る訳にもいかんだろうさ」
お父様はろくに睡眠を取られていないご様子で、目隈ができていたの。
無理もないの。
何せ、戦がすぐそこまで迫っているのだから、きっと辺境伯軍の編成や兵站の準備などに追われていたに違いないのだわ。
セラム聖国とのみ隣接し、他国との戦など、他の辺境伯家のいざこざに応援を求められたとき以外あり得なかった我が領が、最前線に立たされることになるなんて、今でも信じられないくらいなのだもの。
「それで、イバンツにいた帝国の工作兵たちの尋問は?」
「ああ、マクエニ商会会頭の孫娘を襲った連中のことか?
いやはや、まさか、偽聖女見習い一向と同じく、あの手枷、足枷でほぼ拘束状態になっていたとはな」
お父様は、少し眠そうに左手でお顔を上から下へ擦ってから、溜息を吐かれるの。
「そんなことは分かっておりますの。
彼らがメルー様を襲ったということで間違いないのでございませんのね?」
「ああ、そういう証言は得ている。
しかし、本当に聖女猊下ご自身が、そのメルー嬢にご変身された上で、工作兵の中でも一番屈強な大男を直接倒されたとは……ソルタよりお強いのは分かっていたが、驚きを隠せないな」
「はあ、おね……いえ、メリユ様は聖都ケレンで、アディグラト枢機卿様の邸宅を襲撃した工作兵全員を鎮圧されましたのよ?
今となっては驚きにも値しませんわ」
まあ、実際お姉様=メリユ様のお強さは、自分自身の目で拝見してみない限り、受け入れにくいものなのかもしれないけれど。
「まさに、神兵のごとし……か。
はあ……そもそも、聖女猊下がおられなければ、我が領は事前に帝国の侵攻の前兆すら掴めなかったのだ。
まさに、聖女猊下は、救世主そのものであられるのだな」
お父様は複雑そうなご表情でそう呻かれる。
そうね、わたしとしても、お父様にメリユ様の凄さを知っていただきたいという思いと、『人の子』であられるメリユ様に無茶をしていただきたくないという思いが、交錯していて……ええ、どうお父様に伝えれば良いのか、迷ってしまうのだわ。
「そ、それで、お父様。
彼らは、帝国の工作兵であることを認めましたの?」
「いや、メルー嬢を襲ったことは認めたが、自分たちはあくまで行商人の護衛だと言い張っている。
所持品も洗っているが、あからさまに帝国のものと分かるものは持っていない。
さすがは帝国の手先だけはある、ということだ。
聖女猊下がおられなければ、彼らを捕縛する機会があったとしても、その正体には気が付けなかったことだろう」
まあ、そうだと思うの。
わたしですら、偽聖女見習い一味の正体を暴けたのは、不自然な水袋をたまたま見つけられたから。
普通なら、聖国との外交問題になりかねないから、手出しできなかったはずなのよ。
「偽聖女見習い一向は、サラマ聖女猊下が昼前から直接尋問されることになっているが、彼らもはたして帝国の差し金であるのを吐くかどうか。
これまでも、手枷、足枷を外せと、外交問題になるぞとこちらを脅すばかりだったからな」
「その手枷、足枷が破壊できないものであるのは、彼らも分かったのではありませんの?」
「まあ、色々手配はして、こちらがそれなりに外す努力をしたのは、あちらも分かっているだろうからな。
神か、聖女猊下以外、外すことの叶わない、神聖なる手枷、足枷だと分かれば、彼らも態度を改めるのだろうが」
なるほど……それなら、王都に出現したという鏡の御柱で、天界に突き出してやれば、彼らも自分たちの置かれた立場も分かるだろうに思うの。
「メリユ様のご説明では、この世の理から外れた特別なものであるそうですの。
王水に漬けようとも、溶岩に放り込もうとも、決して壊れることも、溶けることもないと伺っておりますの」
「……本当に凄まじいな。
枷をされた人間が融け落ちても灰となっても、枷だけは残り続けるか」
「あの手枷、足枷からも分かりますように、神は、本気でメリユ様を介して、地上への介入されるおつもりなのですの」
わたしの言葉に、お父様は目を一度見開き、険しい顔つきになって目を細められるの。
そう……きっと、わたしは、今はっきりとお父様に、メリユ様のお力の規模がどれほどとてつもないものであるかを伝えておくべきなのだわ。
「お父様、聖都ケレンでのことはご報告でお聞きになっておられるとは思いますけれど、きっとメリユ様のお力の大きさは、お父様のご想像よりも桁外れに大きいものだと思いますの」
「…………それほどなのか?」
「ええ、聖都ケレンでは、神よりご警告の音だけで窓ガラスが割れ、昼間のような光だけで緑盛る月の熱波並みの暑さが押し寄せましたの。
こちらからでも聖都の辺りが昼になったのが分かるほどだったとは聞いておりますけれど、聖都ケレンでは……神が加減を少し誤られ……いえ、ほんの少しお力を強められただけで、大参事になっていてもおかしくありませんでしたのよ!」
「……まさか、いや、何ということだ」
おそらく、メリユ様が砦の前を埋め尽くした帝国兵全てを鏡の御柱というものに閉じ込めようとされたときにも、多大な影響が周囲にも及ぶと思うのよ。
メグウィン様、ハードリー様から聞き出した、キャンベーク渓谷での土砂の塊を消された際の凄まじさ。
地上に雲が生まれ、周囲の大木が全て薙ぎ倒されるほどの暴風が吹き荒れ、バリア=結界で守られていてでさえ、恐怖を覚えるほどだったという。
きっと、砦でそれだけのお力のご執行をされれば、イバンツにも確実に余波が来るに違いないの。
「わたしの考えでは、砦でお力を振るわれた際に、イバンツでも窓ガラスが割れる、突風が吹き荒れる等の被害が出るかと思いますの。
事前に……狼煙等で連絡があれば、鐘を鳴らし、領民に窓から離れ、安全なところに隠れるよう、達しを出しておくべきだと思いますわ」
「ううむ、聖都でそれほどであれば、考えておく必要はあるか」
お父様は髪の毛を掻き毟られながら、書類をご準備をなさってくださったの。
今までだったら、きっと娘のわたしの言葉なんて、ろくに聞いてくださりもしなかったはず。
けれど、偽聖女見習い一味の正体をわたしが見い出し、メリユ様が帝国の魔の手が迫っているのを分かるようにしてくださったことで、わたしの言葉をこれほど重要視してくださるようになるだなんて、夢のようだと思ったのよ。
「それで、お父様、一つお願いがございますの」
「何だ?
マルカのことだ、大事なことなんだろう」
お父様が、真面目にわたしの願いを聞いてくださろうとしている!
わたしは正直驚きを隠せなかったのだわ。
「メルー様のことですの。
メルー様も神に認められし聖女猊下でいらっしゃって、これから聖国の中央教会からもご認定いただくことになっておりますの」
「あ、ああ、そうだったな。
いかんな、メルー嬢と呼ぶことすら不敬だったか」
ご報告は届いていたようだけれど、領軍の手配関係でお忙しく、メルー様のことに構っていられなかったのだろうと思うの。
「それで……その、わたしもハードリー様と同じく、メルー様にお仕えいたしたく考えておりますの」
「……どういうことだ?」
ディレクトロ デ サンクタ アドミニストラード。
お父様は、まだハードリー様のお立ち場をちゃんと把握されておられなかったのだわ。
「今、ハードリー様は、メリユ様専属のディレクトロ デ サンクタ アドミニストラードにご着任されていらっしゃいますの。
これは、聖国中央教会としてもご認定いただいていますの」
「まさか……」
「はい、わたしも、メルー様専属のディレクトロ デ サンクタ アドミニストラードに立候補しようと考えておりますの。
サラマ様にご相談させていただいたところ、わたしが適任とおっしゃってくださって、あとはお父様のご承認を得るだけですの」
セラム聖国と接して、教会への信心も深い我が領では、教会からのお役目を賜ることはとても名誉なこと。
聖国の聖職貴族のようなご存在も受け入れる土壌がある、我が領では、良いことで間違いないはずだけれど、お父様はどのようにお考えになられるのかしら?
「そうか、サラマ聖女猊下からのご推薦もあるということであれば、お前がそのお役目に相応しいのだろう。
いずれは、辺境伯令嬢としての将来とも擦り合わせて考える必要があるが……今はそれほど名誉なこと、父親として誇りに思う」
お父様がこんなお優しいお顔でわたしをお褒めくださるだなんて!
お兄様でもないのに、『誇りに思う』なんておっしゃってくださるだなんて!
わたしは思わず、目頭が熱くなってくるのを感じながら、
「ありがとう存じます、お父様。
この大役、このマルカがきっと果たしてご覧に入れますの」
とお父様にお返事したの。
※休日ストック分の平日更新です。
(連休最終日に書き上げられず、少し手を入れて、本日に公開になりました……お待たせしてしまい申し訳ございません)
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今回はマルカちゃん視点でございます。
マルカちゃんのお役目が『?』な状態が続いていましたが、ついにお役目が決まったようでございますね!
本編でもソルトルートで仲良くなるヒロインちゃん=メルーちゃんとマルカちゃんがこちらでも関係深めていくことになりそうでございます!
はい、それはさておき、マルカちゃん、なかなか見る目がありますね。
悪役令嬢メリユの力の大きさ、そして、それが周囲に及ぼす影響をちゃんと理解できているようで偉いです。
まあ、メリユ本人につきましては、過剰評価をしているに違いありませんが、、、




