第180話 悪役令嬢、自分の本当の気持ちに気付いてしまう
(悪役令嬢視点)
悪役令嬢は、二人から口付けをされて、自分の本当の気持ちに気付いてしまいます。
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メグウィン殿下とハードリーちゃんが寝息を立て始めたところで、わたしは汗ばんだHMDをそっと外した。
あっちの世界とこっちの世界を繋ぐ接点が外れて、わたしの視界には、現代日本のLEDシーリングライトが灯る天井が戻ってくる。
「はあ」
左手に握っていたタッチコントローラを置いて、わたしは汗ばんだ左頬をその手で撫でる。
メグウィン殿下とハードリーちゃん、その二人からキスされた場所が(その感触こそ感じられなかったとはいえ)今も火照って熱く感じる。
乙女ゲーのテスターをずっとやってきたわたしだけれど、こんなに感情が滾るのを感じたのはいつ以来のことだろう?
あっちでのイベントスキップがいつの間にかなくなって、あっちの時間とこっちの時間がイコールになって、本当に世界の境界が曖昧になってきているのを感じる。
うん、わたし、あっちの世界を今は完全にリアルだと思ってしまっている。
メグウィン殿下、ハードリーちゃん、二人が届けてくれた思いは本物で、血の通った二人は本当にあっちの世界にいるんだって思っている。
「う」
視界いっぱいに映る、我が家の天井が涙に滲むのが分かる。
いや、こんなの、何も感じずになんていられる訳ないよ。
『大好き』って、『大・大・大好き』って言ってくれたあの言葉の意味を分からない訳ないじゃない?
二人は、身体・姿に関係なく、わたしの演じてきたメリユを好いてくれて、ずっと一緒にいたいって言ってくれていたんだ。
一緒にいる時間が長くなればなるほど、本物としか思えなくなっていく二人。
ハッピーエンドにしなきゃって思ってはいたけれど、今何がハッピーエンドなのか、分からなくなってきている。
オドウェイン帝国の侵攻を跳ね除けて、世界を平和にすることが……おそらく、多嶋さんたちの考えるハッピーエンド。
でも、それで『はい、おしまい』ってことにされちゃったら、わたし、どうなっちゃうんだろう?
あのメグウィン殿下、ハードリーちゃんと、ううん、それだけじゃない、マルカちゃん、銀髪聖女サラマちゃん、ルーファちゃん、ディキル君、そして、元はタダのプレイヤーキャラだったはずのメルーちゃんたちと、もう二度と会えないって言われたら、それだけでわたしの世界は空虚になってしまいそう。
そして、それでもし……もしメリユとメグウィン殿下、ハードリーちゃんの繋がりが断たれてしまうようなことになったら、(多嶋さんたちにとっての)ハッピーエンドは、わたしたちにとって、バッドエンドになってしまうに決まっているんだ。
「多嶋さん、こんなの、どうやって終わらせろっていうのよ……」
タダ依存性が高いゲームっていうんじゃない。
このゲームの終了時点で、わたしは今まであっちの世界で築いてきたもの全てを失ってしまうことになるんだよね?
そんな、怖ろしいことある?
就活で、遠く知らない地に行くなんて比じゃない。
下手をすれば、二度と彼女たちと会えなくなってしまうとか、冗談じゃないわよ。
「はあ」
わたしは一度瞼を閉じて、溢れ出した涙を拭って、少し自分を落ち着かせる。
うん……わたし、わたしも、メグウィン殿下、ハードリーちゃんと同じく、彼女たちのことをこんなにも好きになっちゃっていたんだ。
そう、さっきのあのキスで、わたしも自分の気持ちに気が付いちゃったってことか。
あー、全く残酷なこと、してくれるなあ。
HMDの有機ELパネルの向こうにあっちの世界=異世界があるって、彼女たちがいるって分かっていても、わたしは彼女たちに直接触れることもできないし、同じ空気を吸うことすらできない。
彼女たちは、わたしのあっちでのアバターである、メリユ(もしくはその変身した身体)に触れられるけれど、こっちはそうじゃない。
どんなにわたしたちの気持ちが繋がって、深まっていっても、肌と肌を合わせられる日はきっと来ないんだろうと思う。
「多嶋さん、本気で恨むからね、はあ」
こんな気持ちにまでさせて、『そろそろエンディングも近いね』とか言って来たら、ぶっ飛ばしてやろうかしら?
ああ、あまりにも名残惜し過ぎる。
ええ、もちろん、ゲームとして多嶋さんたちがこれを終わらせる前に、ちゃんとあっちの世界を平和してみせるわよ!
そして、ちゃんとメグウィン殿下、ハードリーちゃんたちとも今以上の繋がりを作った上で、ハッピーエンドって言えるものに持ち込んでやるに決まってるじゃないのよ!
でも、始まりがあれば、終わりもある。
「くぅ、マジ泣けてくるんだけど」
あっちの世界とこっちの世界の時間がイコールになればなるほど、わたしがあっちの世界でいられなくなるリミットは一気に近付いてくるんだ。
大学にだって行かなきゃいけないし、多嶋さんからの新しいお仕事依頼だってあるかもしれない。
どこかのタイミングでケリを付けなければならないんだけれど、それはいつになるんだろう?
わたしはゾッとするものを感じながら、枕の上で頭を動かして、置時計の方を眺める。
数時間でなんか終わりっこないけれど、あと数日以内には、これを終わらせなきゃいけないときが来るんだろう。
受験生だったとき、一日一日、一時間一分一秒ずつ、受験日が近付いてきたときの感覚を思い出す。
あれはまだ早く終わった欲しいって気持ちが半分あったけれど、今は少しでも長く続いて欲しいって気持ちが百パーセントを占めてしまっているんだ。
「このゲームが終わっても……メグウィン殿下たちと繋がっていられた良いのに」
思わず本音を呟いてしまって、わたしは自分の両目の上に右腕をのせて、その肌に濡れるものを感じてしまったのだった。
いよいよ外の空の色が群青色からサンライズカラーになって、夜明けも近付いた頃、軽くシャワーを浴びたわたしはベッドに潜り込んでいた。
今頃あっちの世界では、わたしのアバター=メルーちゃん姿のメリユは、メグウィン殿下、ハードリーちゃん、メルーちゃんの三人と同じベッドに休んでいるんだろう。
そう、今は睡眠状態だから、放置しちゃっていても大丈夫。
そうは思うのだけれど、抜け殻になったメリユがどうなるのかが未だに分からず、不安のあまりドキドキしてきてしまう。
時折AI補完で動作の不自然さを埋めてくれたりするくせに、わたしが抜け出した状態で、意識不明の昏睡状態すら起こってしまった前例があるんだから。
「はあ、ゲーム終わった後の、メリユって、本当にどうなるんだろう?」
あっちの世界がゲーム終了と同時に完全消去されたりしない限り、メリユを誰が動かすのかって問題が残ってしまうはず。
元のメリユの人格が(わたし不在時の)メリユを動かしているような痕跡は、今のところ見られない。
最悪、メリユは再び眠り姫状態に陥るか、泣きゲーよろしく、世界を平和した際に力を使い果たして存在ごと消えてしまうか。
泣きゲーのパターンを知っているだけに、嫌な予感しかしない。
もし、あの変身シーンのときのように、光の粒子をまき散らしながら、『ありがとう』とか言って消えて行ったりしたら、メグウィン殿下、ハードリーちゃんたちには酷いトラウマを植え付けることになってしまうだろう。
いや、それだけは絶対に受け入れられない。
もしそんなエンディングにしようとするなら、わたしのコーディングスキル全てをぶっこんで、管理者権限でゲームサーバ自体を乗っ取って見せるわよ!
それで、ゲームサーバを人質(?)にストライキでも何でもやってやるわ!
「うぅ、興奮して、眠れねぇ」
わたしはこの仮眠の後に、目クマができてしまっているであろうことを確信しながら、布団を被ったのだった。
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何とか連休中は連続更新を目指したく存じます。




