第178話 王女殿下、寝る前に一歩踏み出す
(第一王女視点)
悪役令嬢と同じベッドで休むことになった第一王女は、就寝前に一歩踏み出します。
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今夜、メリユ様の両隣で寝るのは、わたしとメルー様の二人ということになった。
ハードリー様とわたしに少し遠慮されているご様子のメルー様ではあったけれど、まだご救出からさほどお時間が経っていないということもあり、メリユ様のお傍の方が安心できるだろうという配慮したのだ。
そして、ハードリー様はつい先ほどまでメリユ様にべったりだったこともあり、わたしに譲っていただいて、こういうことになった。
「蜜蝋を消しますが、よろしいでしょうか?」
「「はい」」
「お願いします」
ゴーテ辺境伯領城でも(警護の観点から)ハナンが貴賓室のシャンデリアを下ろし、蜜蝋を一本一本消していく。
聖国の様式も混じる特徴的なゴーテ辺境伯領城の貴賓室だけれど、晩餐会直前まで本当に聖国にいたものだから、何だかおかしな気分だわ。
ええ、本当に聖国で、数日も過ごしたのが不思議な感じ。
今でも、あのアディグラト枢機卿……いえ、ルーファ様のお屋敷やガラフィ枢機卿様のお屋敷の貴賓室に戻って、メリユ様とご一緒にお休みしたあの日々に戻れそうな気もするのだけれど、おそらく、そんなことはもうそうそうできないのだと思う。
たとえオドウェイン帝国との戦が(大きな被害を出さないままに)終結したとしても、メリユ様とわたしにはそれぞれの立場がある。
メリユ様のお力でこそっと聖都ケレンを訪れることはできても、あの貴賓室でお休みすることは(外交や警護的な意味でも)簡単にはできないだろう。
そう考えると、昨夜に戻れないのが寂しいと思ってしまう。
「メリユ様、喉が渇いていらっしゃったりしませんか?」
「大丈夫ですわ、メグウィン様」
ベッドに潜り込まれたメリユ様に声をかけると、メリユ様はメルー様のお顔で優しく微笑まれる。
同じ聖人イスクダー様の血を引かれていても、その容姿はビアド家の血筋を色濃く継がれているメリユ様と大分違っていらっしゃるメルー様のお姿。
髪の色も、瞳の色も、鼻の形も、唇も可愛らしい方に振れた、メルー様のそれは、わたしの期待していたものとは異なるのだけれど、やはり、メリユ様の御心を感じられるだけでわたしはうれしい。
「お姉ちゃん、ベッドに入っても良い?」
「ええ、もちろんよ」
見た目は双子なのに、言葉遣いや雰囲気だけでも、姉妹関係を感じてしまう、メリユ様とメルー様。
メリユ様がご変身されてお過ごしになられるにしても、どうせならわたしのお姿だったら良かったのに思ってしまう。
「えへへ」
ベッドに潜り込まれて、メリユ様に軽く抱き付かれるメルー様。
「メルーも色々あって疲れたでしょう?」
「うん……でもね、お姉ちゃんに助け出してもらえて、そんな格好良いお姉ちゃんとちゃんと血が繋がってるって分かって、あたし、すごくうれしいんだ」
メリユ様がメルー様の頭を撫でられる。
ええ、姉妹的な関係を何度なく望んだわたしだけれど、こうも見せ付けられると嫉妬してしまいそう。
「あたし、あたしにお姉ちゃんがいて、お姉ちゃんが見守ってくれてるって分かって、すごく安心しちゃったみたい」
「メルー、今夜はずっと一緒なのだから、安心してお休みなさい」
緊張の糸が切れたのか、メルー様はとても眠そうにしていらっしゃる。
そうよね、お傍にメリユ様がいらっしゃって、安心しないはずがないわ。
オドウェイン帝国の工作兵に殺されていてもおかしくなかったメルー様。
もしかすると、それがメルー様が聖女として覚醒するのに必要だったかもしれないけれど、メルー様の御心を考えれば、メリユ様にお救いいただけて良かったのだと思う。
ある程度は影と同じような鍛錬を受けているわたしですら、接近戦でいきなり命を奪われそうになれば、相当に動揺してしまうことだろう。
今まで商会の孫娘でしかなかったメルー様には、あまりにも衝撃的だったに違いない襲撃。
そこに登場されたメリユ様に、どれほど心躍ったことだろう。
「お休み、なさい、お姉ちゃん……」
「ええ、良い夢を、メルー」
あっという間に瞼が落ちていき、心地良さそうに夢の世界に旅立たれるメルー様。
メリユ様は妹を愛おしく思う姉のように、眠りに落ちられたメルー様の頭をお優しくゆっくりと撫でられてから、そっと枕の位置を整えられる。
もしかすると、わたしも……あのように寝かし付けていただいていたのかしら?
こうしてメリユ様とメルー様を客観的に見ていると、何とも恥ずかしくなってくる。
「メルー様は、お休みになられましたか?」
「ええ、もうぐっすりお眠りになられているようですわ」
「良かったです」
ハードリー様もホッとされたご様子で、メルー様の寝顔を眺めていらっしゃるよう。
メリユ様は頬にかかるメルー様の髪をそっと除けられてから、わたしの方をご覧になられる。
まるで、手のかかる三女を寝かし付け、次は二女のわたしといった感じで微笑まられているお姉様のようにも思えて、頬がまた熱くなってくるのを感じてしまう。
「あの、メリユ様、せっかくミューラ様のお姿から戻られたばかりでしたのに……また、すぐメルー様のお姿になられて、落ち着かなかったり、なさいませんか?」
……ハードリー様、わたしも訊くことができなかったようなこと、また堂々とお尋ねになられるのね。
「確かに、少し、落ち着かない感じはございますね。
身体の感覚も、何か違うように思えますし」
「そう、ですよね」
僅かばかり苦笑いされるメリユ様。
今のわたし、いえ、きっとハードリー様もそうだと思うのだけれど……今度は、メリユ様はどれほどの間、メルー様のお姿でお過ごしになられるのだろう?
いくら神の思し召しとはいえ、メリユ様としても、メルー様としてお過ごしになられるのは、自ら望んでのものではないはず。
確かに、メルー様のお姿になられたことで、『人』の側に若干戻って来られているような感じはあるのだけれど、はたして、メルー様のお姿のままでいらっしゃっることは、メリユ様に悪影響を及ばしたりされないだろうか?
「メリユ様、このまま、メルー様のお姿のままだとか、そんなことはございませんよね?」
わたしは心配のあまり、思わずそんなことを尋ねてしまっていた。
「メグウィン様、そんなにご心配なさらないでくださいませ。
聖力を失う懸念さえなければ、わたしは今すぐにでも元の姿に戻ることは可能なのですから」
「そうでございますよね?」
メリユ様はそうおっしゃるけれど、メリユ様がこのままメルー様のお姿のままだったらどうしようという不安を消すことができない。
ええ、もちろん、メリユ様がどんなお姿であれ、メリユ様の御心のご存在は今もはっきりと分かるのだけれど、メリユ様がメリユ様でなくなってしまうような不安があるのよ。
わたしは……たとえメルー様のお姿のメリユ様でも、添い遂げられる自信はあるけれど……それでも、やはり、メリユ様にはメリユ様のままでいていただきたい。
メルー様になられてから、メルー様のお力に引き摺られてか、若干十一歳のわたしたちと同じような雰囲気を纏われ始めたメリユ様には、抵抗があるみたい。
「メグウィンは、普段のわたしの方が良いのね?」
まるで、わたしの気持ちを察されたように、(若干無理に)大人びた感じのメルー様のお声を出されるメリユ様。
「だって、わたしが大好きなのはメリユ姉様の方ですもの!」
「ふふ、そう言ってもらえてうれしい限りよ、メグウィン」
蜜蝋が一本一本消され、薄暗くなっていくお部屋の中で、手招きされるメリユ様。
これはもうベッドに入ってきなさいということだろう。
わたしはメルー様を起こさないようにベッドに潜り込んで、メリユ様のもとへと向かう。
「メグウィンは、どんな姿のわたしでも傍にいてくれる?」
「もう、怖いことばかりおっしゃらないでください!」
わたしは大きな声にならないように気を付けながらに文句を言う。
「……ですが、わたしは、メリユ様がどんなお姿になられても、ずっとお傍にいますから」
メリユ様の胸元まで辿り着いて、わたしは上目遣いに素直な気持ちを伝える。
「どうか、どんなお姿であっても、御心はメリユ様のままでいてくださいませ」
メリユ様の御心がメリユ様のままなら、わたしは絶対に我慢してみせる。
たとえ、それがミューラ様であっても、メルー様であっても、わたしのお姿であっても……あ、それでも、アディグラト枢機卿様のようなお方のお姿だけは、勘弁していただきたいかもしれないわね。
「メグウィン、今変なことを考えていたでしょう?」
「お分かりになられますか、メリユ姉様」
「分からない訳がないでしょう?」
では、今のわたしの気持ちはお分かりいただけるのかしら?
わたしは心の蔵を高鳴らせながら、メリユ様を見詰める。
正直、どう添い遂げたいのかは、わたし自身分かっていないところもあるけれど、この大・大・大好きって気持ちだけは不変なの。
この親愛、敬愛の気持ちは、誰にだって負けないつもり。
「メグウィン?」
きっと潤んだわたしの瞳に気付かれたのかもしれない。
だから、わたしはメルー様なメリユ様の頬にチュッとしてから、
「お休みなさいませ、メリユ姉様」
反対を向いて、羽毛布団にくるまったのだった。
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はい、『一歩踏み出す』というのはそういう意味でございましたね、、、
何にしましても、メグウィン殿下、ハードリーちゃんより先んじて、チュッとできたようで良かったですね!




