第172話 王子殿下、ゴーテ辺境伯の執務室で情報収集を行い、悪役令嬢とゴーテ辺境伯領都の危機に慌てる
(第一王子視点)
第一王子は、ゴーテ辺境伯の執務室に赴いて情報収集を行い、悪役令嬢とゴーテ辺境伯領都の危機に慌てることになります。
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大変なことになった。
心の臓を握り潰されるような感覚とは、まさにこのことだろう。
メリユ嬢が無茶をし過ぎているとは分かっていつつ、晩餐会を優先してしまったわたしを殴り飛ばしたくなってくる。
晩餐会を始める前にしても、謝罪を後回しにし続けている自分に『これで良いのか』と自問してはいたはずなのだ。
後回しにした結果、これだ!
「まさか、メリユ嬢が危篤状態とは……まさに我が王国にとっての一大事ではないか!?」
ああ、わたしは何を言っているのだ!
それでも、婚約者か!?
王国の防衛にとって一大事であるのも事実だが、メリユ嬢という大事な『人』を失ってしまうかもしれないというこの状況において、それは二の次だろう。
常日頃から、私情よりも王国のことを優先してしまうような『人間』であるから(もちろん、それが必要であるのも分かっているこそなのだが)、メグウィンにまで冷たく当たられてしまうのではないか?
「失礼する」
わたしはゴーテ卿への取次を待たずして、ゴーテ卿の執務室へと入る。
メリユ嬢に関する正確な情報をあの大広間で受ける訳にはいかないから、今即時に情報を受け止める場所は、卿の執務室しかあるまい。
しかし、主賓に卿、わたしまで抜けてしまって、大広間の動揺は完全には抑えきれないだろう。
そちらについても対応する必要があるな。
「殿下っ」
「ゴーテ卿、メリユ嬢に関する最新の情報は入っているか?」
扉を開けて、一足先に執務用の大机に着かれている卿を見ると、卿の顔色も悪い。
卿もメリユ嬢の力を知っているからな。
当てにしていたメリユ嬢が危篤となれば、当然落ち着いてなどいられないだろう。
これはゴーテ辺境伯領にとっても異常事態なのだ。
「今領城専属医師が聖女猊下のお部屋に向かっているとの情報は入っております。
タダ、領城内でも聖女猊下に関する情報に触れられる人間を限定しております以上、少々時間差が生じますので、その点はご了承くださいますよう……」
「分かっている!」
いかんな、わたしも神経がささくれ立ってしまっているようだ。
まさか、わたしがここまで冷静さを失ってしまうとは。
覚悟を決めたかのように王城にやってきた、落ち着いた様子のメリユ嬢。
自身の正体を受け入れてもらうために、わたしを含め彼女を訝しむ者たちの目を気にすることもなく、タダ凛々しくあったメリユ嬢。
そして、鏡の御柱=巨大なバリアを張り、瞬間移動の奇跡を見せ、キャンベーク渓谷の災厄を打ち消し、更には聖国まで動かしたメリユ嬢。
何より、わたしの目の前で、メグウィンの姿に化け、敵となった聖騎士たちを制圧してみせたメリユ嬢。
メリユ嬢が婚約者となったことに喜びを覚えつつ、彼女の正体を見極めようとして、彼女を傷付けてしまった自身の愚かに、髪をむしりたくなる。
「殿下、領主様、お嬢様がいらっしゃいました!」
「「通せ!」」
メリユ嬢のことを理解している数少ない侍女が扉を開け、息を乱しているマルカ嬢を執務室へ入れる。
マルカ嬢本人が走ってくるとは……メリユ嬢は、まさか!
「はぁ、はぁ、はぁ、失礼いたしますの!
ぉ、いえ、カーレ第一王子殿下、お父様、至急の報告を、はぁ、申し上げますの」
嫌な予感に、肌がピリピリするような感覚を覚えてしまう。
もし、もし……メリユ嬢がこの時点で、天に召されるようなことがあれば、王国の滅亡以前に、わたしは先ほどのことを一生後悔するだろう。
そう思ってしまうくらい、マルカ嬢の続く言葉が怖ろしく感じた。
「メリユ嬢は!?」「聖女猊下は!?」
「はぁ、はぁ、ご、ご無事ですの!
はぁ、どうやら緊急事態で、身代わりをっ、置いて行かれたようで、メリユ様は、ご無事でしたの!」
「「はあああ」」
安堵のあまり、わたしは卿と一緒に止めていた呼吸を再開するかのように、大きく安堵の吐息を吐き出す。
いや、安堵している場合ではない、緊急事態とは一体何だ!?
「そ、それで、一体何が起きていると!?」
「はぁ、はぁ、このイバンツで、滞在中のマクエニ商会の、ご息女様……はぁ、いえ、ご孫女様が、オドウェイン帝国の手の者に、襲われまして」
「「何だと!?」」
このゴーテ辺境伯領の領都で、オドウェイン帝国の手の者、つまり、密偵か工作兵たちが民を手にかける行為を始めたと言うのか!?
偽聖女見習いの件で、辺境伯家に対しての工作を行っていたことは分かっているが、その者たちは牢に入れられているはず。
ということは別動の者たちということになるか!?
元々ゴーテ辺境伯領に配置されていた影は僅かで、今日同道して到着した影たちもまだ配置に付いていないところをやられてしまうとは!
こんなことになるなら、早く影を展開させておくのだった。
「それで、はぁ、メグウィン、第一王女殿下より、至急お父様に領軍を動かすよう、ご指示をいただき、まいりましたの」
「なるほど、分かった。
シーナ、すぐにマルコスを呼べ!
領都に敵兵が潜伏している前提で領軍を動かす!
衛兵たちの警備も一段階上げておけ!」
「畏まりましたっ!」
蒼い顔をした卿は迅速に侍女に指示を出す。
どうやら彼女も、わたしにとってのアメラと同類ということか。
「ゴーテ卿、事前協議よりも早いが、連れてきた王家の影も展開させてもらうぞ。
まさか、メリユ嬢が無理して動くことになるとは、想定外の事態だ」
「当然のことでしょうな。
こうなると分かっていれば、早く展開していただいておりましたものを」
「はぁ、はぁ、今メグウィン第一王女殿下がアメラ様にご指示を出され、はぁ、影も動かす準備を、されているようで、ございますの!」
「さすがだな、メグウィン」
はっきり言ってメグウィンは変わった。
いや、王国の危機に、表舞台に立つことを決めたメリユ嬢に良い方向に感化されたと言って良いだろう。
王族として次代の責を担う一人として、自分の意思を持って動けるようになったのだ。
元から持っていた目の良さ。
それに自分の意思、判断力も加わって、第一王子としても、軽視できないほどの存在になりつつあると思う。
「いや……そんなことを考えている場合ではないな。
マルカ嬢、メリユ嬢はどの程度の力を使ったか分かるか?」
領軍と影を動かすのは良いとして、メリユ嬢の状態はそれより優先される懸念事項だ!
「瞬間移動が二回、ご変身が一回、あと、身代わりでお作りになられたのが一回。
あと、おそらく戦闘されていらっしゃるかと」
「戦闘だと!?」
メリユ嬢の神兵のごとき強さを知らないゴーテ卿が立ち上がられる。
さすがに聖女猊下が直接戦闘されるなんて、普通は考えられないだろうからな。
いや、それにしても、力の使用量が多いのではないか?
回復を最優先しなければならないこの局面で、メリユ嬢がぎりぎりの選択を迫られるとは。
「お父様、メリユ様は、このわたしを偽聖女見習い一行からお救いになられたほどの手練れでいらっしゃいますの!
もちろん、メリユ様が直接ご戦闘されるのは避けるべきとは存じておりますけれど!」
「はあ、確かにマルカを救ったのも、ソルタを容易に破ったのも聖女猊下であられたな。
しかし、領都イバンツで民を聖女猊下御自ら救われるとは!」
「お父様、我が領、そしてセラム聖国聖都ケレンでもメリユ様のご活躍を拝見しておりましたわたしから申し上げますと、メリユ様は今の今までご聖務中に発生した事案全てで、一人たりとも命を落とされることないよう動かれておりましたの」
マルカ嬢がまっすぐにゴーテ卿の目を見据えて、はっきりとそう述べる。
……一人たりとも命を落としていないか。
まさに聖女そのものだな。
民一人の命すら落とさせないとは……あまりにも潔癖過ぎやしないか?
いや、バリアでオドウェイン帝国の先遣軍を閉じ込めるという提案したときも、命を落とさせるようなことはできないとはっきり言っていたではないか?
メリユ嬢は、敵味方、身分の貴賤に関係なく、本当に命を落とさせないつもりなのだ。
巻き込まれた商会の娘一人を助けたというだけでも、メリユ嬢がどのような考え方をしているか分かるというものだろう。
「……いや、待て、身代わりと言ったか?」
聞き流しそうになって、わたしは『身代わり』という聞き慣れぬ言葉にマルカ嬢に訊き返す。
「はい、聖なるお力でご自身そっくりの身代わりを置いて行かれたため、呼吸も脈もない状態であったようですの」
「はあ……まさか、そんなことまで可能とは」
「本当に、聖女猊下は何でもありですな」
一瞬呆れそうになるが、それすらも余分に力を行使し、消耗してしまっているはずなのだ。
今後のことを考えれば、笑ってもいられまい。
「ちなみに、変身とは、使徒の姿になっているのか?」
「いいえ、メリユ様は今襲撃に合われたメルー・マクエニ様になられておられますの」
メルー・マクエニ?
マクエニ商会の息女だったか?
なぜそんな少女に変身したのだ?
わたしは思わずゴーテ卿を顔を見合わせるのだった。
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