第169話 王女殿下、控室でハラウェイン伯爵令嬢と大事な話をする
(第一王女視点)
第一王女は、人払いした控室で、ハラウェイン伯爵令嬢と大事な話をします。
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わたしは控室の人払いを指示して、ハードリー様と二人きりになった。
ハードリー様がどの程度、メリユ様とわたしの会話をご理解されたのか分からない。
それでも、『神よりメルー様のご存在が示唆された』ということと、『メルー様が管理者であられる』ということについては、お聞きになられたはず。
だからこそ、今だって真剣な面持ちでわたしを上目遣いに覗いてこられているのだろうと思う。
「メグウィン様、その、大事なお話とは一体?」
「ええ、実は……メリユ様からは直接口止めされていた訳ではなかったのですけれど、聖都ケレンでメリユ様がご聖務とは別に、ご神託を賜られておられたのですわ」
「ご神託、ですが?」
小声ながらも、ハードリー様の声の緊張感が増すのが分かる。
「ほら、聖都ケレンで時計塔と大聖堂を観覧しましたでしょう?
あのとき、メリユ様のご様子が少しおかしくいらっしゃって、もしかしてご神託があったのでは思って、わたしがこっそり伺ってみたのです」
「(ゴクリ)そ、それは、どんなご内容で!?」
それが良くない内容であるというのは、口に出さずとも伝わったのだろう。
ハードリー様が珍しくわたしの手を握ってこられて、目を涙を滲ませられるのが分かる。
「それが……メリユ様のお身体を代償にどれほどのお力を振るわれることが可能か、というものだったのですわ」
「ぇ」
さすがのハードリー様も予想だにしない内容だったようで、目を見開かれる。
「もしメリユ様のお身体全てを代償とされた場合……こ、この大陸全てを消し去ることすら可能であると、神はお告げになられたようなのです」
「た、大陸全てを!?」
ハードリー様の手が小刻みに震え始めるのが分かる。
わたしが初めて聞いてしまったときも激しく動揺してしまったもの。
メリユ様が安心させるように、ああおっしゃってくださらなければ、どんなに混乱してしまったことか。
「ご安心くださいませ。
神はメリユ様のお身体を代償にこの世界に滅びを齎せられるおつもりでそうお告げになられたのではないとのこと。
あくまで、メリユ様のお身体を代償にすれば、聖なるお力の上限を超えるお力のご行使も可能になるということをお伝えになられたようなの」
「ぁ、安心なんてできませんっ!
それって、メリユ様がお身体を切り売りすれば、もっとお力を使えると神がお伝えになられたということなので、ございますよね!?
御髪や、御指、御手、御御足、それらを順に犠牲にしていけば、更なるお力が使えると、そういうことなので、ございますよね!?」
やはり、ハードリー様もすぐ分かってしまうのね。
そう、だからこそ、わたしだって、メリユ様の御髪の一本すら犠牲に、聖なるお力のご行使の代償になんてさせまいと思ったのよ!
「ええ、おそらく神は、セラム聖国で予想外にメリユ様がお力をご行使されたことで、今後のことをご懸念され、最終手段としてお身体の一部を代償にされる方法をご提示されたのでしょうね」
「そ、そんなこと、絶対にっ、あってはならないと思いますっ!」
ハードリー様、わたしも全くの同意見よ。
けれど、神はそうお考えになられなかったようね。
「ええ、わたしもそう思っていたのだけれど……神に先手を打たれてしまったのよ」
「せ、先手とは!?
まさか、あのメルー様っ!?」
「ええ、メリユ様にもしものことがあったときのためのスペア。
王位継承者のお兄様にとってのわたしがそうだったように、聖女のメリユ様にとってのスペアがあのメルー様なのよ」
ハードリー様は少し過呼吸気味になられて、ご自身のお顔を近付けてこられる。
「はぁ、はぁ、そんなっ、メルー様が、メリユ様のスペアだなんて!
神は、メリユ様を、わたしたちをっ、はぁ、ご信用なされていないと、はぁ、そういうことなんですかっ!?」
ハードリー様のお気持ちはよく分かるわ。
先ほどのわたしがまさにそうだったのだもの。
あんな、一つの可能性としての正夢のようなものをお見せになられておきながら、それが不可能になった場合に備えて、メリユ様のスペアとしてメルー様をご用意されるだなんて、許せないことだもの。
とはいえ、王族として、冷静になってみれば、仕方のないことだとも思う。
メリユ様とて、絶対はない。
キャンベーク渓谷での一件で倒れられ、その後もぎりぎりのところでマルカ様やルーファ様をご救命されるような無茶が続いたのだもの。
神が『次策』をご用意されるのは当然のことだろうと思わなくもない。
それでも(裏切られた)という思いはあって、今もふつふつと怒りが沸いてくるのよ。
「落ち着いてくださいませ、ハードリー様。
神としては、神罰としてこの世界を終わらせるようなことにならないよう、メルー様という保険を掛けられたということなのでしょう。
ですが、そう簡単に納得できないという意味では、わたしも同じ思いですわ、ハードリー様」
「はぁ、はぁ、申し訳ありません、メグウィン様」
「いいえ、ハードリー様にも同じように感じていただけてうれしいですわ」
わたしは、わたしの右手を握り締めるハードリー様の御手を左手でそっと重ね合わせながらに頷いてみせる。
それでハードリー様も少し落ち着かれたのか、息を整えられるのだけど……何かに気が付かれたのか、急にハッとされるのだ。
「で、では、先ほどのお話、神がメリユ様にスペアとしてのメルー様のご存在を示唆されたことで、メリユ様はメルー様のご存在を探られたということなのでしょうか?」
「ええ、きっとそういうことなのでしょうね」
そう、だから、メリユ様にはそもそもメルー様ご救命のご聖務がくだっていなかったということになる。
「それで、探られたメルー様が偶然にもイバンツにいらっしゃって、危機的状況に陥られていらっしゃったから、わたしたちにご相談されることも叶わないまま、ご救出に向かわれたと!」
そう、そう考えれば、メリユ様のご説明との整合が付く。
ただし、『偶然』ということはないと思うの。
「ですが、偶然ということはきっとないでしょうね。
神が予め何らかの手を打たれ、メルー様がイバンツにいらっしゃっている状況を作り出されたと考える方が自然ではないかしら?」
「予め……ですか」
ハードリー様が悔しそうに下唇を噛んでおられるのが分かる。
わたしも正直、どの時点で神が『次策』をご用意され始めていたのかは分からない。
それでも、この数日のことで、神もメリユ様に過剰なほどの負担がかかっていることはお分かりになられていたことだろう。
だから、スペア=メルー様を表舞台に引き上げることにされた!
そう、メリユ様を表舞台に引き上げられたあのときと同じように、メルー様を聖女様として動かすことにしたのだろう。
「……ですが、少しおかしくありませんか?
メルー様のご救出はご神託、ご聖務になかった、にも関わらず、メリユ様がご救出されて、ここにいらっしゃっておられる。
此度のことは、もしかして、神の予測外のことだったのでは?」
急にお顔を上げられて、ご指摘してこられるハードリー様。
確かに、メルー様のご救命は、神のご指示ではないのは間違いない。
ご存在こそ示唆されたとはいえ、ここまで急にメリユ様が動かれることは神の予測範囲外だったというのも、ご指摘を受けてみれば、そうだったのかもしれないと思える!
「そうですわね。
もしかすると、メルー様は『オドウェイン帝国の手の者に襲われることで、聖女様としてのお力に目覚める』という算段になっていたのかもしれませんわね」
もし、もしそうなのだとすれば、メリユ様は……ふふっ……まさに、ご神意から外れ、神を出し抜かれたのかもしれないわね。
「そ、それは、つまり、わたしたちは必ずしも神の手の上で踊らされ続けるという訳ではないということですよね!?」
「ええ、それだけではありませんわ。
気が付かれまして?
メリユ様、メルー様にご変身されて、急に人間臭くなられましたもの!」
次第に『人』の身から外れていっておられるように感じられた最近のメリユ様。
ミューラ様のお姿でいらっしゃったときも聖なるお力の行使に伴って、相応の変化があったことは確か。
それなのに、不思議とメルー様のお身体になられたメリユ様は、聖なるお力を振るわれた直後のはずなのに少し汗臭かったり……その、とても、市井の少女らしいというのか、人間臭くなられていたのだもの。
「ぷっ、人間臭くって!
お酷くないでしょうか、メグウィン様?」
「ごめんなさい、他に良い表現が思い浮かばなかったもので。
それでも、今メルー様のお姿のメリユ様が『人』の側に戻ってこられたように感じるのは確かですわ」
「ふふ、ですが、まだ聖女としてお目覚めになられていらっしゃらないメルー様のお身体になられたことは、メリユ様に良い影響を及ぼされたのかもしれませんわね」
「はい、きっとそれも神の予測外のことだったのではと思いますわ!」
「「くすっ」」
ハードリー様とわたしは可笑しくなって、思わず同時に噴き出してしまった。
「……それで、メルー様、何者なのでしょう?
マクエニ商会のご息女? いえ、ご会頭の孫娘でいらっしゃるとか、御父君はどうなっているのでしょうか?」
そうね、それはわたしも気になるところ。
「もしかすると、貴族との間にお生まれになられた庶子という可能性はあるかもしれませんわね。
ダーナン子爵領ですと、ビアド辺境伯領も近いですし……確か、ダーナン子爵家は辺境伯領家の分家筋の血も入っていたような……まさか!」
「で、では、メルー様も聖人イスクダー様の遠いご子孫であられるかもしれないと?」
「あり得なくはないわね。
はあ、神がそこまで把握されていらっしゃったなんて。
ハードリー様、神を出し抜くとなりますと、それなりのお覚悟が必要になりそうですわよ?」
本当に今回神を出し抜けたのは、メリユ様のご性格もあってのものと言えるだろう。
ご救命のご聖務を出されていなかったにも拘わらず、メルー様をぎりぎりのところをご救命されてしまったメリユ様。
もしメリユ様がご救命に向かわれなければ、それはそれでメルー様が聖女様として覚醒され、聖なるお力で切り抜けられたのだろうけれど、神の思い通りにはならなかった。
「ふふふ、今更ですわ、メグウィン様!」
「そうですわよね、ディレクトロ デ サンクタ アドミニストラード様」
「もう酷いですっ、メグウィン様」
頬を膨らませて抗議されるハードリー様にわたしは思わず笑ってしまう。
けれど、ハードリー様とここでお話しできて本当に良かったと思う。
メリユ様が神を出し抜かれ、メルー様を覚醒前にご救命されたことで、ある意味『神の筋書き』からは少し外れた状況になりつつあると言えるのだから。
「あの、ハードリー様。
余計なお力をご行使されないよう、メリユ様には暫くメルー様のままでいていただくとして、湯浴みが必要だと思われませんか?」
「あっ……ええ、メリユ様、少し汗臭かったですものね」
きっとハナンたちには止められそうだけれど、ふふ、あの可愛らしくなられたメリユ様の湯浴みのお世話をするというのだけは、絶対に付き添いたいと思ってしまうのだった。
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『ウヌ・クン・エンジェロ』のメグウィン殿下とハードリーちゃん、話し合ったことで良い方向に向かえそうでございますね。




