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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第16話 王女殿下、悪役令嬢の正体について考える

(第一王女視点)

第一王女は、近衛騎士団第一中隊を閉じ込めたミラータワーのようなバリアを見ながら悪役令嬢の正体について考えます。


[ご評価、ブックマーク登録いただきました皆様方、心より感謝申し上げます]

「ふ、ふむ……では、もしこの結界が解かれなかった場合、中の近衛騎士代第一中隊は、三日ほどで全滅にいたるということか?」


「そうでございます。

 ですが、ご安心くださいませ。

 元よりバリアは、人の命を奪うためのものではございません」


 天空の遥か彼方、天上の世界へも通じているかもしれない鏡の御柱の前で、淡いコーラルピンクのドレスを纏われたメリユ様がお父様にご説明なさっている。

 蒼白なご表情で、頻繁に瞬きをされているご様子のお父様を見るのはこれが初めて。

 目前に聳えたつ鏡の御柱がよほど衝撃的だったのだろう。


 ええ、わたしもこの鏡の御柱を前にして、未だ身体の震えが収まらないのだもの。


 どなた様であっても、この奇跡の御業を前にすれば、畏怖の念を抱かずにはおられないだろうと思うの。


「メグウィン、あまり近付かないように」


「大丈夫ですわ、お兄様」


 わたしが三ヤードほど先に見える鏡の御柱に手を伸ばすと、完璧な鏡面となっている御柱に映る、淡い水色のドレスを着たわたしも同じように動く。

 そして、困惑気味なお兄様の姿もその横に映っているの。

 これが鏡だとしても、これほど綺麗な平面で、これほど大きい鏡など、他に存在しないだろう。


 何より、メリユ様のご説明では、これは鏡ではないとのこと。


 単に結界表面で光を跳ね返されるようにしているだけであって、金属の鏡がそこにあるのではないとのことだ。

 では、結界とは何でできているのかということを考えてしまう。

 金属でも、陶磁器でも、石材でも、木材でもない。

 空気と同化するほどに透明にすることもできれば、光を完全に跳ね返す鏡のようにすることもできる。


「これは……物質的なものではないと?」


 見上げれば、鏡の御柱は、雲よりも高い天空まで伸び、一本線となり、その先がどこへ続いているかも分からない。


 天界……。


 先ほど思わず、わたしはメリユ様が使徒様なのではないかと思ってしまった。


 そもそも、近衛騎士が剣をすぐ傍で振り下ろそうとしても、近衛騎士団長に何を言われても顔色一つ変えず、微笑まれている……そんなご令嬢がどこにいるというのか?

 他国の王族に決して言えないであろう訓練を受けているわたしでも、怯えを隠せなくなってしまうような状況となっても、決して動揺されないご令嬢が一体どこにいるというのか?


 メリユ様をお傍で拝見し続けて、メリユ様がただ者ではないということは強く感じてきたのだけれど、あの数々の魔法と、この鏡の御柱を見せられてしまっては、もはや人間ではないのではないかとすら思い至るまでになってしまった。


『この世の理に、干渉するためのものでございます』


『わたしは、管理者権限を有しております』


『大変恐縮ではございますが、わたしにはその説明をする権限がございません』


『残念ながら、この世にその命を出せる者はおりません』


 メリユ様が発せられたお言葉で、決して忘れることのできないお言葉が、わたしの頭の中で何度も再生される。


 そう、もう一度それらのお言葉から考えをまとめ直してみると、お父様のご推測すら間違っているではないかと思えてくるのだ。

 この世の理に干渉するお力を持ち、管理者権限とやらを有していらっしゃるご令嬢。

 それは、この世界に顕現された女神様のようなものではないのか?


 いいえ、全ての権限が与えられていないという以上、女神様ということはないわね。


 けれど、天界より神命を賜る……聖女、様というのはあり得るのではないかしら?


「聖女様……!!」


「メグウィン?」


 わたしはまた両手で自分の口を覆いながら、身体を震わせる。


 そうよ、そうだわ。

 今気が付いたのだけれど、メリユ様は一度も『魔法』という言葉を発せられていらっしゃらない。

 つまり、メリユ様はご自身が使えるのはお伽話に出てくるような『魔法』とはお認めになられていないということ。


 メリユ様ご自身はそれを詳しく説明するだけの権限はお持ちでないということで、お言葉を濁されていらっしゃったけれど、メリユ様のお力は『魔法』ではなく、『神様より賜った聖女様としてのお力』と見るべきではないのかしら?


「メグウィン?」


 そうよ、そう見れば、王国の政務においても出てくることのない『管理者権限』という言葉の意味がはっきりしてくる。

 この世の理にすら干渉することのできる、この世を管理する権限。

 そして、神様から代理行使を認められた神聖なるお力。

 それらを持つことを許された、聖女様が、あのメリユ様。


「はあ、はあ……」


 わたしと同じ十一歳の女子供でありながら、もはやこの世の超越者となられたお方。


 それほどのお力を所持されながら、我が王国の危機が訪れるまで、ビアド辺境伯領の中にお密やかにお過ごしなられてきたなんて信じられない。

 それこそ、もし、メリユ様が我儘なご令嬢であったならば、気に入らないことがある度に領城を吹き飛ばしたり、領城の使用人の命を奪うことだってあり得たかもしれない。

 いえ、しようと思えば、わたしを含めた王族全員を処分して、王国を乗っ取ることすら容易であっただろう。


 それなのに……何をされようとも、誰に侮られようとも、笑みを絶やさず、そのお力を不用意に周囲にまき散らさないメリユ様。

 そう、メリユ様こそ『聖女』という称号に相応しいお方なのではないかしら?


「メグウィン、どうしたんだ?

 顔が赤いぞ」


「お兄様、わたし、メリユ様のお手を握ってしまいましたわ」


「そ、それが、どうかしたのか?」


 そうなの、そうなのよ。

 自分の身を守るために結界を張られてきたはずのメリユ様が、その中に入ることを、いえ、それどころかそのお手を握ることすらお許しくださり、わたしはそのお手をあれほどにも強く握りしめてしまったのだわ!


 うう、どうしてなのかしら?

 胸のざめわきが治まらない。

 けれど、それがとても心地よくて。

 わたしは、もっとメリユ様とお近づきになりたいと思ってしまったの。






「メグウィン、急にどうしたんだ?

 やめなさい!」


 わたしは鏡の御柱の傍までやってくると、今度こそ掌で触れるつもりで手を伸ばす。

 聖女様=メリユ様がこの世に顕現させた、鏡の御柱。

 メリユ様は『結界』という言葉ではなく、『バリア』というお言葉を使っていらっしゃったから、実際『バリア』と呼ぶのが正しいのだろう。

 それが『結界』とは何かしら違うものなのかどうかは分からないけれど、神様、使徒様、聖女様には正しく意味をもった言葉として通じているのに違いない。


「ああ、やはり……メリユ様のバリアと同じなのだわ」


 触れてみると、やはり、メリユ様のバリアと触れたときと同じ感触であるのが分かる。

 そして、わたしは気付くのだ。

 メリユ様を包み、守っていた透明なバリアも同じように天界にまで続いていたのだろうということに。


 もしかすると、メリユ様は、常に天界と通じ、見張られているのかもしれない。

 聖女様として正しく振る舞っているかどうか、監視されているのかもしれない。


 メリユ様は聖女様としてのお力を持つ代わりに、その振る舞いを神様から見定められる立場にあるのだ。

 そう考えれば、メリユ様の立ち振る舞いも納得できてしまうのだけれども、そこに至るまでにどれほどの精神的修養をされてきたのかと思ってしまう。

 王女であるわたしですら、音を上げそうになることは何度となくあったのだ。

 特に王女として必要とは思えない、壁裏に潜り人を見抜く修練には、どれほどの不満を募らせてきたことか。

 それなのに、わたしと同い年で、この世の超越者としてのお力を持つ聖女様として必要な立ち振る舞いを身に付けられたメリユ様には尊敬の念を抱かずにいられない。


 本当にメリユ様はどのようにしてご自身の気晴らしをされているのだろう?


 そう思って、わたしは潜って初めて見たときのメリユ様を思い出す。

 わたしがそこに潜っていると知っても、お見せくださったかわいい奇跡の御業。

 今触れている鏡の御柱と比べれば、本当に些細な奇跡。

 けれども、メリユ様はとても楽しそうだった。


 天界から下りてこられる使徒様は性別がないと伺っているけれど、どこか男子供のようなところも感じられたあのときのメリユ様は、本当に純粋無垢な使徒様のように思えて……わたしはなぜか胸が高鳴ってくるのを感じてしまった。


「お兄様、大丈夫ですわ。

 これほど神聖なものに触れるのに何をためらうことがありましょう?」


「神聖……だと?

 何を言っている?」


「はあ、お兄様はもう少し見る目を養ってくださいませ」


 わたしは、まだメリユ様のご正体に気付かれていらっしゃらないご様子のお兄様に優越感を覚えながら笑ってしまった。

勘違いがいよいよ凄まじいことに……。

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