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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第168話 王女殿下、神への怒りを募らせる

(第一王女視点)

第一王女は、悪役令嬢の置かれている状況を知り、神への怒りを募らせます。

 晩餐会の途中でハナンからの緊急の連絡が入り、わたしはハードリー様、サラマ様、マルカ様、ルーファ様と一緒に、メリユ様が休まられている貴賓室へと向かったのだった。


 よりにもよって、メリユ様の呼吸、脈がないだなんて連絡だったものだから、わたしたちがどれほど不安になったことか。


 もちろん、メリユ様が『身代わり』を置かれ、ご聖務に出られた可能性が高いとは(なぜか、そう)思ったのだけれど……それでも、万が一ということがない訳ではないのだもの。


「メグウィン様、もうすぐ専属医師がいらっしゃますの!」


「マルカ様、ありがとう存じます!

 アメラ、医師の方はわたしたちの確認が済むまで、入室禁止でお願いするわ」


「承知いたしましたっ」


「ハナン、もう一度、メリユ様の脈を!

 ハードリー様は、メリユ様の呼吸の確認をお願いします!」


「はっ」


「はいっ」


 本当に、皆がどれほど顔を蒼白にして対応に当たったことか!


 わたしは、ハードリー様とハナンが確認に当たっている傍で、メリユ様の右手を握り、発汗、体温を確かめる。


 汗なんて全く感じない、サラサラの肌。

 そして、不自然なほどの平常な体温。

 まるでお休みになっているところ急に『時』が止まってしまったかのようなメリユ様。


 ……うん、これは『身代わり』のメリユ様だわ!


「殿下、や、やはり、脈がございませんが!?」


「こ、呼吸もありませんっ!」


 額から汗を伝わせながら、真っ青なお顔で深刻そうに伝えてきてくれる二人。


「はあ……ふぅ、二人ともありがとう存じます。

 おそらく、こちらにいらっしゃるのはメリユ様の『身代わり』かと存じますわ」


 わたしは、そんな二人を安心させるようにそう告げるの。

 それでも、わたしの目尻からは涙が零れてしまって、慌てて手の甲でそれを拭う。


 本当にいつも驚かされるのだから、メリユ様は!


「殿下、『身代わり』……ですか?」


「ええ」


 わたしがハナンにそう応えていると、


「……確かに、メリユ様のいつもの花のお香りを感じませんね」


ハードリー様がメリユ様の胸元に顔を近付けられて、くんくんと匂いを嗅がれていらっしゃる。


 そう、きっと、メリユ様のお身体にお命に関わるようなことが生じたという訳ではないの。


 それでも、いくら一度聖都ケレンでもう一晩休まれているとはいえ、変身、飛翔や瞬間移動のご命令をされたばかりで、無理なんてできないはずのメリユ様が『身代わり』を置かれて、しかも、わたしたちに伝言もなしにご聖務に向かわれるだなんて異常事態だわ。


 聖都ケレンから戻ったばかりだと言うのに、一体何が起こっていると言うの!?


「しかし、、メグウィン様、どうして『身代わり』だと思われたのですか?」


「はい? 

 ……そうですわね。

 何か、こう、直感的に……そう感じ取ったと言いましょうか、自然とそう思ってしまったのですけれど」


「そう、なのですか?

 ……確かに、そうおっしゃられると、わたしも、そのような感じがいたしますね」


 ようやく落ち着かれてこられたご様子のハードリー様も、メリユ様の頬に手を添えられて、そうおっしゃるの。

 今わたしと、ハードリー様が感じているものが一体何なのかは分からない。


 けれど、実際、わたしたちは、メリユ様の御心というのか、そのようなもののご存在を感じられるようになっているように思える。


 もし今メリユ様がここに戻られれば、メリユ様がどんなお姿であれ、わたしたちはすぐにでもメリユ様だと分かると思うの。


「メグウィン様、ハードリー様、医師の方がいらっしゃいましたけれど、どういたしましょう!?」


「マルカ様、近くのお部屋で待機していただくようご指示いただけますか?」


「分かりましたの」


「ハナン、ミューラ様にメリユ様の看病をするご準備を指示して頂戴」


「はっ」


 一通り必要な指示を出して、わたしはまた少し心配そうにされているハードリー様に近付いて(小)声をかけることにする。


 急なご聖務=お力のご行使の追加。


 ハードリー様のご試算がここで狂ってくることになってしまうのだから、わたしとしても頭の痛いことだと感じる。


「ハードリー様、一体何が起きていると思われますか?」


「わたしは……メリユ様が、些細なことで、お約束を破られるようには思えないです。

 きっと、本当にすぐ動かなくてはならないことが生じたのかと」


「そうですわね」


 今このイバンツで、そこまで緊急性の高いことが起きるとは思えない。


 それでも、メリユ様の動かれる範囲は世界全体だ。

 王都、聖都、他国で何かが起きている可能性だってある。

 王都にだって、聖都ケレンと同じように、オドウェイン帝国の工作兵が入り込んでいる可能性は高いだろうと思う。


 それこそ、お父様、お母様、いえ、教皇猊下様のお命が狙われるようなことだってあり得るのではないかしら?


「はあ、ルーファ様のときも際どいところでしたものね」


 わたしは、サラマ様と話し合われているルーファ様の方をちらりと見てから、ハードリー様に向き直ろうとした……そのとき、


 シュンッ!!


 貴賓室のお部屋の空気が乱れる音がして、二人のご令嬢……いえ、(服装からするに)市井の少女たちが手を繋いで、現れたの!!


「「っ!?」」


 とはいえ、こんなことができるのは、メリユ様だけ。

 そう、であるはずなのに、瓜二つな二人の少女は、明らかに貴族令嬢ではないご様子。


 マリーゴールドの綺麗な髪とかわいらしい顔立ちは目立つものではあるけれど、二人の着ているピーグリーンのチュニックやマントはそう目立つものではない。


 ここ領都イバンツや王都で、二人が普通に道を歩いていれば、どこにでもいそうな(双子の)少女だと思うことだろう。

 けれど……


「「メリユ様っ!!」」


 わたしには(こちらから見て)左側にいらっしゃる少女がメリユ様だとすぐに分かった。

 いえ、わたしだけではなくて、ハードリー様もすぐに分かって、わたしたちは初めて見るお姿のメリユ様に抱き付きに向かったのだった。






「ただいま戻りました」


 わたしとハードリー様に挟まれつつ、少し汗臭さも感じるメリユ様は申し訳なさそうに微笑まれる。


 一目で分かる。

 メリユ様がこの右隣の市井の少女を救われたということが。


 ええ、メリユ様が貴族であろうと市井の民であろうと関係なく、救いを齎されるようなお方であるというのは、とうの昔に分かっていたことだもの。


「お姉ちゃん、こちらの人は?」


「ごめんなさいね、メルー。

 こちらはメグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下、そのお隣がハードリー・プレフェレ・ハラウェイン様、あちらにいらっしゃるのが、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下、ルーファ・スピリタージ・アディグラト様、マルカ・マルグラフォ・ゴーテ様」


 市井の少女のお姿で、随分とかわいらしくなられたメリユ様が双子の妹のようにしか見えない右隣の少女にご紹介されていくと、その少女の顔が一気に青褪めていくのが分かる。

 まあ、無理もないわね。

 驚かせないように皆、軽く頷いて、緊張を解いてあげようとしているのだけれど、市井の少女には厳しい注文よね?


「た、大変失礼しました!

 あたしはっ、わ、わたし、は、メルー・マクエニと言います!

 マクエニ商会会頭マウロ・マクエニの孫娘になります!」


 慌ててメリユ様と繋いでいた手を解き、跪いて、頭を下げるメルー様。


 可哀そうに、あんなに震えてしまって……まあ、ここにいる面子ならば、普通の貴族令嬢でもそうなってしまってもおかしくないわよね?


 それは置いておいて、マクエニ商会会頭の孫娘とは!

 マクエニ商会と言えば、ダーナン子爵領に本店を置いている商会だったはず。

 まさか、ダーナン子爵領までメリユ様が飛ばれたというの!?


「メルー様、どうぞ楽になさってくださいませ」


「さ、様っ!?」


 わたしが声をかけると、メルー様が混乱されたような声を上げられる。

 商会会頭の孫娘ということであれば、貴族と会うこともあると思うのだけれど、さすがに王族は驚かれても仕方ないわね。


 さて、それはさておき、


「メリユ様、ひとまず簡単にご説明をお願いします。

 メルー様のご救出が此度のご聖務だったのでしょうか?」


「……いいえ、そもそもご神託はございませんでした」


 ご神託がなかった!?


 いえ、なるほど、それでメリユ様は事前にわたしたちにご説明されることが叶わなかったと?

 それでも、メルー様のご救出に動かれる必要があったはずで、どうやってそれをお知りに……?


「あの、メルー様のご救出はどこで?」


「このイバンツです」


「「「っ」」」


 部屋の空気が重くなるのを感じる。


「なるほど、このイバンツでオドウェイン帝国の手の者が動いていると?」


「はい、メルーは彼らの話をうっかり耳に入れてしまったようで、命を狙われていまして」


「アメラ、至急を影を動かす準備を!

 マルカ様、ゴーテ辺境伯様とも相談して辺境伯軍も動かしていただけますか?」


「はっ」


「はい、承知いたしましたの!」


 わたしは嫌な汗が滲んでくるのを感じながら、二人に指示を出す。


「メルー様、襲われたのは、どこかお分かりになりますか?」


「は、はいっ、カラマイル商会から南西に少し行った入り組んだ路地の奥の方でした。

 ごめんなさい、あたしは、祖父に連れられてこの街に来たばかりで、地理に疎くて、詳しくは」


「大丈夫ですわ。

 それだけでも影を動かすことは可能ですから。

 メリユ様は、詳しくご存じでいらっしゃますよね?」


 わたしがメリユ様の方を見てそう言うと、メルー様と同じお姿のメリユ様が頷かれる。


「はい、今から計算いたしますので、少しお待ちくださいませ」


 メリユ様が優しくそう微笑まられながらそうおっしゃるのを、メルー様は眩しそうに見上げられていらっしゃる。


「やっぱり、お姉ちゃん、『王家の影』だったんだ!

 まさか、お姫様と直接お話しできるような立場だったなんて!」


「「はい!?」」


 わたしとハードリー様は思わず顔見合わせてから、メルー様を見てしまう。

 はあ、これはマルカ様のときのような勘違いをされてしまったようね。


「ちなみに、メリユ様、メルー様のことはどのようにお分かりになられたのでしょう?」


「………神よりメルー様のご存在が示唆されました」


「はっ!?? 今何とっ!?」


 わたしは、全身に鳥肌が立つのを感じて、思わず訊き返してしまっていた。


 神よりメルー様のご存在が示唆された!?


 ご神託で、ご聖務としてメルー様をご救命をするようご指示があった訳でもなく、タダ、そのご存在が示唆されたとは一体どういうことなのかしら?


「メグウィン様、メルー様は……おそらく、管理者権限をお持ちのようなのですわ」


 それって……メルー様が、新たな聖女様であられる、ということ!?


 どうして、そんな急に……いえ、まさかっ!?


 頭がぐらぐらしてくるのを感じながら、わたしは嫌な予感に頭の奥から警鐘が鳴り響くのを覚える。


「それって……!!」


 聖都ケレンでメリユ様から明かしていただいた、『最悪の場合、メリユ様に何が起きるのか』ということを思い出す。


 聖なるお力が不足するような事態になった場合、メリユ様は、ご自身のお身体を代償にお力を振るわれる可能性があるのよ!


 つまり、メリユ様が神からのご聖務に対して、力不足になるような事態に備えて、スペア=代わりの聖女様を神がご用意されたということ!?


「な、何てこと……」


 まさか、この状況で神が先手を打たれるだなんて!


 わたしはふらふらしてしまって、ハードリー様に支えられる。

 そのハードリー様もまたメリユ様の危機を感じられたようで、泣きそうな表情でわたしの顔を覗いてこられるのだ。


「メリユ様、聖都ケレンで伺ったあの件、ハードリー様にもお伝えしてよろしいでしょうか?」


 切羽詰まったわたしの問いに、メリユ様はメルー様のお姿でふにゃりと表情を崩されながらに頷かれる。


 これはもう、一刻も早く、ハードリー様と今後のことについて話し合わなければならないだろう。


 神は、万が一の場合、メリユ様が聖なるお力のご行使のために、そのお身体全てを失われるということもご想定されているということなのだから。

 そう……神は、たとえメリユ様がこの世からいなくなっても、メルー様がメリユ様の代わりを務めれば良いとお考えなのに違いない。


「メグウィン様?」


「ハードリー様、大事なお話があります」


「は、はい?」


 神にとっては、身体を失ったメリユ様を天界で神のご眷属として召し直すだけ。


 けれど、わたしたちにとっては、かけがえのないメリユ様を一生失ってしまうことになるのだ。


 あんな正夢をわたしたちに見せ付けておいて、この状況でメリユ様のスペアをご用意されるなんて!

 わたしは神への怒りが募り、胸が苦しくなってくるのを感じながら、メリユ様とハードリー様のお顔を交互に見詰めるのだった。

いつもご投票などで応援いただいている皆様方、誠にありがとうございます!

現時点で貴族ですらないヒロインちゃんの登場は、メリユスピンオフでは、どうしても欠かせないことで、もう少し様子を見ていただければ幸いでございます。

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