第163話 ゴーテ辺境伯令嬢、ゴーテ辺境伯領城での晩餐会で空気が変わるのを感じる
(ゴーテ辺境伯令嬢視点)
ゴーテ辺境伯令嬢は、聖国聖女猊下の滞在を祝して催された晩餐会において、皆の空気が変わるのをその身をもって感じることになります。
[『いいね』いただきました皆様方に厚くお礼申し上げます]
晩餐会は、表向き、セラム聖国へご帰還されるサラマ様のゴーテ辺境伯領ご滞在を祝し、歓迎の意を示すために行われることになったの。
本当は、この数刻(数日)の間に一度セラム聖国にご帰国されて、こちらに戻って来られているのだけれど、それは一部の関係者しか知らない秘密。
わたしにとっても、数日ぶりの領城であって、国外旅行から戻ったような不思議な気分なのだわ。
もちろん、旅行ではなく、お姉様=メリユ様のご聖務に付き添っての、特別なもので、聖都ケレンの危機からルーファ様たちをお救いし、聖騎士団を動かすという大役をメリユ様がこなされたのだけれど、今はまだお父様すら知らないことなの。
カーレ第一王子殿下がいらっしゃっていることもあり、晩餐会は王家とゴーテ辺境伯家の合同主催し、ホストとして、殿下とお父様が出迎える形になっていて、サラマ様の往路とはまた違った大変なものになってしまっている。
そして、お父様は(数刻で戻ってきたことになっている)サラマ様、ルーファ様、ディキル様という御客人方、そして(ここにいらっしゃる皆にはよく分からないことだろうけれど)聖国のドレスで正装されたメグウィン様、ハードリー様、そして、わたしに目を白黒させていらっしゃるの。
「お初にお目もじ仕ります、ルーファ・スピリタージ・アディグラトと申します。
此度は、ミスラク王国との交流行事のため、派遣されることとなりました、聖騎士団先遣一個中隊のオブザーヴァントを拝命し、一足先に訪問させていただきました。
このようにご歓迎いただき、深く感謝申し上げます」
ここにいるゴーテ辺境伯領の有力者たちは、戦争の準備が始まっていることを知っている。
けれど、ほんの先ほど決まったばかりの聖国の聖騎士団派遣については、当然知らない訳で、ルーファ様の自己紹介に大きなどよめきが起こるの。
わたしたちは、全てを知ってここにいるのだけれど、領の見知った顔の皆の驚き様に、ドキドキするのを感じてしまう。
メリユ様のおかげで実現したと言って良い、聖騎士団派遣。
それがどれほどのことか、今更ながらに強く実感してしまうのよ。
実質友好国と接していて、辺境伯家ながら、戦力が十分でないゴーテ辺境伯にとって、突然降って湧いたようなオドウェイン帝国の侵攻を前にし、その動揺は相当なものだったと思う。
先ほど聞いた話では、ゴーテ辺境伯領の有力者に侵攻の予兆が伝えられる前から、既にセラム聖国からの商隊の訪問がぷっつりと途絶え始めていたらしい。
それこそ、このままの状態が続ければ、逃げ出す有力者が出ても、おかしくないくらいの状況だったのよ。
それでも、王家が動いていることを示され、そして、こうして聖国すらも動いてくれていることが分かり、ゴーテ辺境伯領の皆がひとまずホッとしているのが伝わってくる。
「はあ、お姉様から賜った恩義をどのようにお返しすれば良いか、いよいよもって分かりませんの」
本当にご無理をなさって弱られているメリユ様のお世話をするだけでは、到底お返しできるとは思えないほどの恩義。
ゴーテ辺境伯領を上げて、歓待したところでその恩に報いたことにならないだろうと思うのよ。
間もなく、楽師たちによる音楽が始まり、料理が運ばれてきて、お父様からの挨拶が始まる。
わたしにとっては、久々のゴーテ辺境伯領城ならでの料理に、無事帰領したことを噛み締めながら、お父様の挨拶を聞いたの。
そして、晩餐会が始まると、隣のお兄様が席を近付けて訊いてきたの。
「マルカ、その聖国のドレスに宝飾品の類はどうしたんだ?」
「全てルーファ様から拝借させていただいたものですの。
何せ聖国から直接帰領することになってしまったものですから」
「いや、聖国に行く前に着ていたドレスもあっただろう?
どうして着替えた?
まさか我儘を言った訳ではないだろうな?」
お兄様、いくらわたしが聖国好きだからと言って、それは失礼過ぎるのだわ!
そもそも、メグウィン様やハードリー様も、ルーファ様のものを拝借させていただいているというのに、なぜわたしだけそうなるのかしら?
「失礼ですの、お兄様。
メグウィン様、こほん、メグウィン第一王女殿下やハードリー様、わたしが聖国のドレスを着ることで、聖国との友好関係をアピールできるとお思いになりませんの?」
「いや、確かに……それはそうかもしれないが。
待て、そもそも着替えるにしても時間がかかるだろう?
聖国でそんな時間があったというのか?」
ああ、もうお兄様が一々五月蠅いのだわ。
『時』を止めたとか、瞬間移動のご命令で一瞬で行き来してきたとか、この場で言える訳がありませんの。
「後でご説明いたしますから、この場でお控えくださいませ」
「わ、分かった。
……しかし、聖女猊下は、ご出席されないのだな」
はあ、そもそも最初からお姉様はご出席されないことになっていた上、ほんのつい先ほど聖国から戻られたところですのよ?
いくら『時』を止めたあちらでご休養いただいたとはいえ、まだぎりぎりのお力の残量なのだから、ご出席される訳がないのよ。
「お兄様も、お姉様がわたしたちを連れ帰られたところをご覧になられていましたわよね?」
「ああ、あまりに神々しくて、その、胸が苦しくなってしまったが……」
これが一度はメリユ様に危害を加えようとしたお兄様の今の姿だなんて。
本当に頭の痛いことなのだわ!
「お兄様、お姉様がどれほどのお力を行使されたか、分かっておられますの?
突然のご神託、ご聖務で、かなり無茶されていらっしゃいますのよ?」
「い、いや、それは……分かっている。
あの奇跡は、こちらからも見えていたんだ。
聖都の方はさぞ大変なことになっていたのだろう?」
「それはもう、聖都ケレンの大路は、神に祈りを捧げる人々でいっぱいでしたわ。
夜が昼になるだけでなく、緑盛る月の昼間並みの暑さに見舞われていたのですもの」
「そ、そんなことになっていたのか?」
ほとんどの『人々』にとっては、生まれて初めて体感することになった神のご奇跡。
しかも、日食以上に前例のない天変地異に、動揺しない訳がないの。
わたしがもう少し補足しようとしたところで、サラマ様からのご挨拶が入ることになり、楽師たちの演奏が止まる。
本日の主賓でいらっしゃる、サラマ様。
そういえば、サラマ様はどのようなご挨拶をされるのだったかしら?
聖国にいる間は、特にそういう話も出ていなかったのだけれど……そもそも、聖国に向かわれる前から決まっていた晩餐会であって、ご挨拶を変えようもないわよね?
わたしはそう思いながら、お兄様との会話を止めて、サラマ様の方を見詰める。
「ミスラク王家、ミスラク王国ゴーテ辺境伯領の皆様、此度はこのような歓迎の場を設けていただき、セラム聖国中央教会の聖女としまして、心よりの感謝を申し上げます。
皆様、既にご存じの通り、セラム聖国の聖都ケレンでは、夜が昼に変わるご奇跡が齎されました」
サラマ様!
まさか、聖国の事情までお話されるおつもりですの!?
ゴーテ辺境伯領側でも、聖国で起きたあのご奇跡で騒ぎが起きていることは帰領後すぐに聞いていて、実際ここにいる皆も気になって仕方のなかったことだろうと思うの。
サラマ様は、聖国の事情を詳らかにされることで、皆の不安を解消されるおつもりなのだわ!
「実は、あのご奇跡は、聖国への神のご警告であり、オドウェイン帝国の手による腐敗・不正を清浄化せよとのご神託がございました」
「「「!?」」」
聖国聖女猊下のお言葉を遮るのは不敬な行為だと分かっていても、ざわめきが生じてしまうのは仕方のないことだと思うの。
「既に聖国は聖騎士団により、オドウェイン帝国の工作兵の捕縛、腐敗・不正に手を染めた聖職貴族の逮捕に動いております。
そして、聖国内の清浄化が完了すると同時に、オドウェイン帝国のミスラク王国や周辺国への侵攻を食い止めるべく、聖騎士団を動かす予定にしております」
「マルカ!」
「お兄様」
お兄様はルーファ様の自己紹介である程度は察されていたのだろうけれど、書簡の中身まではご存じなかったみたいなの。
すごい形相でわたしの方を見てこられるものだから、驚いてしまったのだわ。
「すぐに国境線まで動かすことのできる聖騎士団が一個中隊のみで、恐縮ではございますが、オドウェイン帝国への牽制にはなりますでしょう。
また、このわたくしも、ご神意に従い、当面ゴーテ辺境伯領に滞在し、オドウェイン帝国の悪行を正すべく、皆様と共に立ち向かうつもりでございます」
「「「ぉぉぉぉ」」」
本来であれば、戦いに巻き込まれることのないよう、聖国聖女であられるサラマ様はすぐでもゴーテ辺境伯から聖国側に入られるべきところだろう。
それなのに、このままオドウェイン帝国が撃退されるまで、ゴーテ辺境伯領にご滞在されるというご意思を表明されたことで、領の皆の感嘆の吐息が漏れるのが分かる。
「何という、まさに本物の聖女様だ」
「ああ、聖国が動かれるなら、そう簡単には攻め込まれまい」
今まさにこの瞬間、空気が変わったのだわ。
オドウェイン帝国の斥候が領内にいるとして、サラマ様のご滞在中に攻撃をしかける訳にはいかないということは誰しも理解していると思う。
それは聖国、聖国中央教会に戦を直接仕掛けるのと同義なのだから。
だからこそ、サラマ様が立ち去られた後、この領がどうなるのかということばかり、皆考えていたはず。
それが、サラマ様がこのままご滞在されるという意思表示をされたことで、聖騎士団先遣一個中隊以上の安堵感を齎されたのだわ。
「サラマ様は、サラマ様のなされるべきことをなされたということ、なのね」
きっと、サラマ様のなされたことは、お姉様=メリユ様のご意思にも沿うものであると思う。
タダ、その賞賛は、決してメリユ様には向かない訳で。
わたしはとても釈然としないものを抱えながら、皆と共にサラマ様に拍手をするのだった。
『いいね』、ご投票でいつも応援いただいている皆様方に誠にありがとうございます!
色々吹っ切れて、前向きになった銀髪聖女サラマちゃん、大活躍でございますね!
このあと、マルカちゃん自身にも、活躍の場は与えられるのでございましょうか?




