第162話 王子殿下、ゴーテ辺境伯と共にガラフィ枢機卿からの書簡を読み、事態を把握する
(第一王子視点)
第一王子は、ゴーテ辺境伯と共にガラフィ枢機卿からの書簡を読み、事態を把握します。
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……。
いや、これは本当のことなのか?
わたしは明らかに急いで書かれたと思われる、その筆跡を辿りながら(ガラフィ枢機卿の真意を探ろうとしながらも)驚きを隠せなかった。
オドウェイン帝国への牽制として、信頼の置ける者たちだけで構成した聖騎士団先遣一個中隊を先遣派遣すると?
そして、聖都、聖国内で暗躍するオドウェイン帝国の工作兵と、不正・腐敗に関わった聖職貴族を一通り一掃できたところで、残りの聖騎士団も動かす予定であると?
本当にあの短時間で、メリユ嬢は、聖国を動かしたのか!
「はあ……」
「殿下、これは……」
「ああ、本当に聖国は聖騎士団を動かし、まず牽制のために一個中隊を国境線にまで派遣してくれるようだな」
「では、聖女猊下がお連れになられたオブザーヴァントのご令嬢は?」
「ああ、帝国と内通している者がいないかどうかの監視のため、派遣されているようだ」
本当に信じられない。
我が婚約者様は働き過ぎどころではないだろう?
我が王国どころか、聖国まで救おうなどと、それこそ、まさに救世主そのものなのではないか?
こうなってくると、王城でメリユ嬢のことを疑ってしまったかつての自分の馬鹿さ加減が本当に嫌になってくるな。
「はあ……まさか、王都騎士団や他の辺境伯領軍の到着より前に、聖国の聖騎士団を派遣してもらえることになるとは。
本当に夢でも見ているような気分ですな」
「全く、あの堅物のガラフィ枢機卿をこの短時間で動かすとは……しかも、四刻ほどの時間でだぞ?」
ゴーテ卿は、また額から伝い落ちる汗を拭いながら、目元をピクリと震わせる。
ガラフィ枢機卿の謹厳さ、潔癖さは、我が王国も含めた周辺国でも有名だ。
メリユ嬢が聖女になったとの報せすら、まだ王都の教皇から届いていないだろうに……いくらサラマ聖女が一緒だからと言って、簡単にはメリユ嬢の存在は認めまい。
だからこそのあの奇跡なのだろうが、文面から読み取れる範囲でも、ガラフィ枢機卿のメリユ嬢の受け入れ方が怖ろしく思えるほどだ。
「ああ、これも全て神のお導きによるものなのでございましょうか?
いやはや、聖女猊下にはどれほどの感謝を捧げれば良いか分かりませんな」
卿は、茶器に手を伸ばそうとして、その手が震えているのに気付き、手を止める。
いや、卿の気持ちはよく分かる。
神のご恩寵によって、我が王国が救われようとしているのだということは、分かると言えば分かるのだが……あまりにも出来過ぎた事態に、メリユ嬢に対して畏怖の念を抱かずにはいられないのだろう。
「卿、念のために言っておくが、今のメリユ嬢は、あくまで『人の子』だ。
神託によって動き、聖務として奇跡を起こせるかもしれないが、その力には限りがあり、場合によっては簡単に命を落とすことだってあり得るのだぞ?」
メリユ嬢の成したことだけを見ていると、『人』とは異なる、完全なる神の眷属であるかのように思えるが、彼女はあくまで『人の子』だ。
キャンベーク川の災厄を取り除くために、メリユ嬢が力を一度使い果たし、倒れたときはどれほど大変だったか、メグウィンからも聞いている。
神聖視するあまり、メリユ嬢の警護が甘くなるようなことだけは絶対に避けなければならない。
そして、力の使い過ぎにも十分に注意を払わなければならないのだ。
「そ、そうでしたな。
近衛騎士や影を派遣していただいているとはいえ、ゴーテ辺境伯領軍としても領城周辺の警備を密にするようにいたします」
「頼む。
それから、既に晩餐会についてはカーレが動いているが、ルーファ嬢たちの受け入れについての準備もよろしく頼む」
「心得ております。
すぐに準備をさせましょう」
「ああ」
「ちなみに、殿下、他国からの密偵は、この状況をどのように見るのでございましょうな?
突然現れた、聖騎士団先遣一個中隊のオブザーヴァント。
領都イバンツの人の出入りからすれば、不自然なこと、この上ないでしょう?」
今更だな。
我が王都では、鏡の御柱が立ち、聖都ケレンでは、月夜が真昼に変わったのだ。
それらの奇跡を目視することの叶わなかった周辺国では、それぞれ密偵の持ち帰った理解不能な報告に頭を抱えることになりそうだ。
「まあ、密入国させるだけなら、昔から商隊の積荷の樽に潜ませるなど手段はいくつもあるだろう?
先ほどの奇跡に比べれば、騒ぐようなことでもあるまいよ」
「まあ、確かに、そうでございましょうな。
そういえば、先ほどの家令からの報告によると、ここ数日でセラム聖国側からの商隊の入りが急減しているとのこと。
聖女猊下にキャンベーク川の土砂崩れを何とかしていただいていなければ、我が領都は干上がっていたかもしれません」
……なるほど、商人は敏いか。
メリユ嬢がもしキャンベーク街道の封鎖を何とかしていなければ、領都イバンツは結構危ういことになっていたかもしれない。
これも神が事前に察知していたから、メリユ嬢に無理をさせてまで、土砂崩れを解決させたということになるのだろうか。
「では、聖国からの御客人の部屋を用意させますので、一度失礼いたします。
殿下、また晩餐会にてよろしくお願い申し上げます」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
アメラ、ソルタに続き、ゴーテ卿も慌てて出ていき、応接室も少しばかり静かになる。
今は影と、応接室外の近傍警護が近くにいるだけか。
わたしは(アメラが片付け損なった)冷めた紅茶の入った茶器を眺めながら、それを頭から被ってしまいたい気分になる。
何がどうあれ、現時点で王国の切り札となってしまっているメリユ嬢。
メリユ嬢が巨大なバリアの中に、オドウェイン帝国の先遣軍を閉じ込める大役を担っているのはもう確定しているというのに、それに加えて(聖国を救っていることも確かだろうが)次々と王国が有利になるような奇跡を引き起こしていく彼女に、今のわたしは合わせる顔がないなと改めて思うのだ。
一体、彼女はどんな気持ちで聖国に赴き、ガラフィ枢機卿に己を認めさせたのだろう?
神からくだされる無理な神託、聖務の連続で、心休まる暇すらもないだろうに、わたしの心無い一言に傷付けられ……それでも、この短時間でこれだけの成果を上げてくれたのだ。
「はあ、どんどん謝罪しづらくなっていってしまうな」
王国は間違いなく、危機的状況から徐々に脱しようとしているというのに、わたしは胸を締め付けられるような痛みに、思わず呻きそうになってしまうのだった。
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