第159話 聖国アディグラト家令息、悪役令嬢に祈りを捧げながら、悪役令嬢の『ウヌ・クン・エンジェロ』の存在を知る
(聖国アディグラト家令息視点)
聖国アディグラト家令息は、悪役令嬢に祈りを捧げながら、悪役令嬢の傍にいる二人が『ウヌ・クン・エンジェロ』であるのを知ってしまいます。
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「メリユ姉様っ!」
聖女猊下=使徒ファウレーナ様が、本来のご自身のお姿を確かめるように(今も時折神々しい光の粒を周囲に放っている)そのお翼を何度か羽ばたかれていると、お傍にいらっしゃったメグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下=王女殿下が真正面から聖女猊下に抱き着かれるのが見える。
聖女猊下は少しばかり驚かされたご様子ではあったけれど、すぐさま優しく微笑まれると、王女殿下のお背中にそっと腕を回されるのだ。
聖女猊下とご側近の方々のご関係は、これほどまでに近しいものなのかと僕は衝撃を受ける。
きっと使徒様と言葉を交わしてみたく夢想していた頃の、幼い自分のままであれば、王女殿下と同じく聖女猊下に甘えに行ってしまっていたのではないだろうか?
それはあまりに羨ましく、けれど、今の自分には決して許されないものだと思えてしまうものだった。
「ディキル、良い?
メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下とハードリー・プレフェレ・ハラウェイン伯爵令嬢のお二人は、『ウヌ・クン・エンジェロ』でいらっしゃるの」
姉上が涙混じりに、小声でご説明してくださる。
『ウヌ・クン・エンジェロ』
あまりに衝撃な言葉に、僕は全身が強張ってしまうのを感じる。
民間伝承においてですら、はっきりと書かれている、使徒ファウレーナ様と共にあったという女性たち。
経典では、『ウヌ・クン・エンジェロ』と明確に記されている……セラム聖国中央教会ですら、非公式ながら、聖人、聖女同等の扱いにせざるを得なかったという特別なご存在。
何でも、彼女たちに危害が及ばないよう、その生涯に渡り、密かに聖騎士が護衛に当たっていたとか。
万が一にでも、彼女らに何かあった場合、神、天界から神罰がくだるのではないかと、当時の教会上層部は怖れたのだろう。
そんな『ウヌ・クン・エンジェロ』と呼ばれるご存在が、あのお二人だとは!
此度のご降臨(いや、ご転生と言うべきなのだろうか)では、共にある者としてあのお二人が選ばれたということなのか!
聖職貴族として、間違いなく敬意を払わなければならないお二人に対しても、あまりにも酷い出会いをしてしまったことが今更ながらに悔やまれる。
「お二人が、タダのご側近、というだけではないということを肝に銘じておきなさい」
「も、もちろんです」
僕が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたせいか、姉上がクスリと笑う声が聞こえ、僕は少し拍子抜けしたような気分になりながらも、あまりにも『尊い光景』に目を奪われていた。
「メグウィン、どうかしたの?」
「はあ、メリユ姉様!
やはり、メリユ姉様はこうでなくては!」
まるで姉妹のような仲の良さ。
密着し過ぎではないかと思えるほどのその親密さすらも、感動を誘うのだ。
きっと、かつての『ウヌ・クン・エンジェロ』の女性たちも、使徒様とこのように心通わせ、使徒様を地上に繋ぎ止めていたのに違いない。
どうして、自分が、僕が、その『ウヌ・クン・エンジェロ』に成れなかったのか?
もし僕があの広間の、使徒様の油絵を見て、使徒様と言葉を交わしたい一心で祈っていた頃の純粋さを残していたなら、あともう少し、聖女猊下=使徒ファウレーナ様に近付くことができていたのだろうか?
つい、そんなことを思ってしまう。
それでも、こうして『ウヌ・クン・エンジェロ』のお二人が聖女猊下と言葉を交わし、今も関係を深められているのを見ていると、涙が止まらないのだ。
「ああん、殿、いえ、メグウィン様ばかりずるいです!」
「ハードリー様?」
「ああ、やっぱりこのお香り、落ち着きますぅ!」
真横から聖女猊下に抱き付きに行かれるハードリー・プレフェレ・ハラウェイン様のお姿に、僕はなぜか頬が緩むのを感じてしまう。
ああ、そうか。
僕自身があの場所に立てなくとも、実際に見てみたく思っていた、聖女猊下=使徒ファウレーナ様と本物の『ウヌ・クン・エンジェロ』のお二人のご様子、ご関係を拝見しているだけでも、幼い頃に抱いたあの欲求は半分叶えられているのだ。
だから、こんなにも心が満たされていくのを感じてしまうのだろう。
「もう、二人とも仕方がないわね」
「「メリユ(姉)様」」
きっと、経典、民間伝承にあった『ウヌ・クン・エンジェロ』の女性たちとも、使徒ファウレーナ様はこのように仲睦まじい関係にあったに違いない。
いや、もしかすると、お二人は、不幸には引き裂かれてしまった『ウヌ・クン・エンジェロ』の生まれ変わりで、今生において、ようやく結ばれようとしているという可能性もあるのではないだろうか?
気が付けば、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下やマルカ・マルグラフォ・ゴーテ様らも、温かい眼差しで見守られていらっしゃるのが分かる。
これは、きっと守られなければならないもの。
今のこの時代に、この世界から奪われてはならないものなのだろう。
「ふふ……また、ゴーテ辺境伯領城に戻って、晩餐会が無事終わったら、いくらでも甘やかしてあげるから、今暫くは辛抱しなさいね」
油絵の中の使徒様と同じく、見た目は幼く、縮んでしまわれた聖女猊下も、こうしてお二人の頭を撫でられていると、やはり年齢のない使徒ファウレーナ様の生まれ変わりなのだというのがよく分かるというものだ。
何と尊い!
「さて、皆様、ゴーテ辺境伯領に赴くことにいたしましょう。
わたしを中心に、皆様、手を繋いでくださいませ」
聖女猊下が、お二人を宥め、抱擁を解かれると、そう告げられる。
聖女猊下のお隣は、当然『ウヌ・クン・エンジェロ』のお二人として、もしかすると、(間違いなく経典に記されることになる)そのお二人と手を繋ぐことになるかもしれないと思うと、それだけで頬が熱くなってくるのを感じてしまう。
「おおおおおお……」
あまりに神々しいお翼を再びバサリと羽ばたかれ、さっと『ウヌ・クン・エンジェロ』のお二人が聖女猊下の左右の手を握られるのをじっと見ていたらしいアファベトが突然号泣し始めるのが聞こえる。
アファベトも、ああ見えて信心深いことは知っていたが、聖女猊下=使徒ファウレーナ様とお二人の尊過ぎるご光景に、耐え切れなくなってしまったようだ。
うん、アファベトは僕と手を繋ぐのが良いと思う。
これで万が一『ウヌ・クン・エンジェロ』のお二人のどちらかと手を繋ぐことになったなら、感激のあまり、最悪その手を握り潰しかねない。
まあ、『ウヌ・クン・エンジェロ』のお隣は、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下、マルカ・マルグラフォ・ゴーテ様、姉上の順に決まると思うから、その心配はないのかもしれないが、そのお三方とアファベトが手を繋ぐのもやはり危険であることには変わりないだろう。
「あの、皆様、このような場で恐縮ではございますが、ゴーテ辺境伯領に赴かれる前に、今一度、互いの呼び方を確かめさせていただきたく存じます。
よろしいでしょうか?」
「サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下?」
「ルーファ様がいらっしゃった手前、仕方のなかったことと存じますが、聖都に赴く際にお約束させていただいた通り、わたくしのことはタダ、サラマとお呼びいただきたく」
なるほど、ご親密な聖女猊下と『ウヌ・クン・エンジェロ』のお二人の名前の呼ばれ方をお聞きになられて、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下も、同じように呼ばれたく思われたのだろう。
「ええ、そうでしたわね、サラマ様」
「はい、大変嬉しゅうございます、メリユ様」
ルーファ、ディキルと既に呼ばれている僕らは、それはそれでありがたいことなのだが、はたして、僕らもそのように呼ばせていただいて大丈夫なのだろうか?
不敬罪ものの失態をしている僕は、手に汗を握ってしまう。
「あの」
「ええ、ルーファ様も、ディキル様も、どうぞその名だけでお呼びくださいませ」
「そうですわね。
ここにいる皆様方は、選ばれし方々ですもの、敬称抜きで、その名だけで呼び合うということでよろしいかと存じます。
わたしも、ぜひメグウィンとだけ、お呼びくださいませ」
僕が戸惑っていると、メグウィン・カーレ・ミスラク第一王女殿下、いや、メグウィン様が僕の方をご覧になられながら、そうおっしゃってくださるのだ。
「ええ、わたしも、タダ、メリユとのみお呼びくださいませ」
聖女猊下も、この場で一番戸惑っているであろう僕にお気遣いくださり、僕の方を見て、微笑んでくださる!
あの『仮初のお姿』ですら、心を鷲掴みされていたというのに……使徒様のお姿で、聖なる光を放たれながら、そんな風に微笑まれると、心の臓が破裂しそうになってしまうではないか!
ああ、何という尊き微笑み!!
今、僕は伝承の中の、いや、使徒様がご降臨された物語の中の登場人物の一人になれたように思えて、それだけで膝が抜けたようになってしまうのだった。
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さて、変身後、早速抱き付きに行っているメグウィン殿下、さすがでございますね!
ディキル君にも色々良い方向に勘違いされていっているようでございますが、仲間の絆も深まったようで何よりでございます!
ちなみに、アファベトは、あまりに尊い光景に男泣きしてしまったようでございますね、、、きっと濁点の付いていそうな『お』を連呼していたことでございましょう、、、




