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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第15話 近衛騎士団長、敗北する

(近衛騎士団長視点)

近衛騎士団長が、悪役令嬢のバリアの中であがき、最後に己の敗北を意識します。

 ええい、何とも腹立たしい。

 陛下も殿下も、宰相閣下もあの小娘が何だと言うのだ!?

 齢十一の娘?

 某の末の孫娘と同じデビュタント前の小娘ではないか?

 あの程度の奇術で皆が惑わされるとは、あの小娘の行く末は間違いなく悪女に決まっておる。

 本当に嘆かわしい。


「はあ」


 まあ、あんな小娘が魔法のごとき奇術を使えるというのは大したことではあるかもしれん。

 だが、我が国の存亡のかかった一大事に、国の重鎮を振り回すとは、ビアド辺境伯令嬢だろうが何だろうが、逆賊もいいところだ。

 この演習で必ずやその化けの皮を剥がしてやろう。


「そこ、何をしておるっ!

 破城槌は確実にいつでも使えるようにしておけ!」


「はっ、ははっ」


 殿下の命で準備させた破城槌を取り囲んだ連中の気の緩んだ笑みが気に入らない。

 仮にも陛下の御前での演習だぞ?

 いくらまだ帝国の動きが聞いていないからといって、緊張感がなさ過ぎであろう。


「団長」


 うぬ?

 カブダルか。


「先ほど、ビアド辺境伯令嬢より、光が失われるので注意するようにとのことでございます」


「はあ? 光が失われる?

 何馬鹿なことを言っておるのだ!?

 この真昼間、多少雲があるとはいえ、光が失われる訳がなかろう」


 カブダルまであんな小娘に惑わされるとは、許し難い。

 あの小娘、日食でも引き起こすというか?

 占星術師たちとて、そんな世迷言は言うまいよ。


「はあ、しかし、殿下からのお言葉もございますので、念のため、備えておければと」


「くどい!

 あんな小娘にそんなことができる訳がなかろうっ!!」


 某が唾を飛ばしながら説教してやるが、カブダルは多少瞬きしつつもそれに耐える。

 あああ、腸が煮えくり返るとはこのことよ!

 この小娘、どれほどの数の人間を惑わせれば気が済むのか?

 先ほどいっそのこと斬ってしまっておけば……いや、ビアド卿がどう動くか分からぬから愚策か。

 何せよ、近衛騎士団を預かる者として、何としてもあの小娘を断罪せねばならんだろう。


 はあ、それにしても……帝国が動くか。


 陛下もそのつもりで某をあの場に残したのであろうが、気が重い。

 下手をすれば、一月後には、我が王国が滅びているかもしれんと思うと、胃が痛くなるわ。

 早めに察知できたことは僥倖だったかもしれんが、我が王国の国力では、どれほどの時間的猶予を得たとしても、とても立ち向かえまい。


「それで、結界とやらで帝国兵を何とかするだと?

 あの小娘、陛下の御前でどんな奇術をやらかすつもりだ?」


 某は、苛立ちのあまり、髭を摘まみながら、奇術の準備をしておる小娘の方を睨み付ける。

 汗にまみれながら真剣な眼差しで何かをしておる、小娘。

 大した演技だて。

 人を騙すことに関してはよほどの才能を持っていると見える。


「……呪文か?」


 小娘が何かを呟くと、先ほど触れることの叶わなかったガラス板に小さな変化が現れる。

 ふむ、そういえば、先ほどの奇術は全く見抜けなんだな。

 あれは幻か、ある種の錯覚だったのか。

 奇術には、何かしら人の目を欺く手業があるのだろう。


 うむ?


 小娘が肩をビクリと震わせたような気が……くしゃみか?


 某がそう思った瞬間だった。


 ボンッ!


 全身を震わせる衝撃と共に耳鳴り、そして砂埃が某らを襲い、視界が暗転した!!!!


「げほっ、げほっ」


「うわああああ!」


「ごほっ、何事だあ!?」


「て、敵襲っ!」


「馬鹿もん、演習だ!!」


 小石がアーマーに当たるのを感じて、某は目を守りながら、周囲の様子を窺うとして、おかしなことに気付いたのだ。

 目を何度瞬かせても、視界が完全な闇に覆われている。

 もしや、今の攻撃で目をやられたのか!?

 いや……先ほどまではあれほど晴れ渡り、心地よいほどの陽気であったはずなのに、なぜか急に冷えてきたような気までする。


「おい、誰か、何か見えるか!?」


 今の声は、ガブダルか。


「カブダルっ」


「はっ」


「お前は何か見えるか?」


「いえ、どれほど目を凝らしても何も見えませぬな。

 己自身の装備、手や腕すら何も見えませぬ」


 まさか!

 ガブダルも視界を全て奪われたというのか!?

 いや、まさか、近衛騎士団第一中隊全員の視界が奪われたのか。


「まさしく、ビアド辺境伯令嬢のおっしゃられた通りになっているのかと」


「馬鹿な!」


 これがあの小娘の奇術だというのか?

 愕然となりそうになり、某は握り拳に力を込める。


「第一中隊、傾注!!

 誰か、目が見えている者がいれば、言え!」


 誰か一人くらい目が見えている者はおらぬのか!?

 静まり返る練兵場。

 騒ぎが鎮まったことで、某は更なる異常に気が付いたのだ。


 周囲の音が消えておる!??


 風の音、鳥の囀り、先ほどまで普通に周囲に満ちておった音が完全に消えておったのだ!!


「い、一体何が起きているというのだ!?」


「団長、ビアド辺境伯令嬢から結界内に閉じ込められた際は、あまり動かぬようにと」


「黙れ!」


 こんなもの、何かの幻に決まっておる。

 某らは何かしらの錯覚でそのように感じておるだけなのだ!!


「第一中隊、絶対に抜剣するな!

 下手すると同士討ち状態になるぞ。

 左翼は左向け左、右翼は右向け右。

 そのまま慎重に前進し、周囲の状況を報告せよっ!」


「団長」


 某はあの憎き小娘のいるこの方向を探らせてもらう。

 こんなもの、仕掛けを探り当てれば、すぐさま解けようぞ。


「クソッ、こんなことなら火種を持ってきたものを!」


 悪態をつきながら、地面をしっかり踏みしめつつ前進する。

 ふむ、地面の感触は変わりないようだ。

 音は聞こえておるというのに、視界だけ奪われておる原理とは一体なんなのであろうか?

 砂埃と共に目を見えなくする薬でもばらまかれたか?

 しかし、それでは、この冷え始めた空気の説明にはならぬな。


「はあ」


 一ヤード、二ヤードと歩を進め、十ヤードほど来たところで、某は壁にぶつかる。

 金属のようなヒヤッとしたものでなく、掌を包む空気と変わらぬ温度で、それ以上先へ進むことを拒む謎の障壁がそこにあったのだ。


「ぬっ」


 両手を壁に当て、前進に力を込めて壁を押すことを試みる。

 武人として最大の力を出し切れば、少しは変化が見られるのでは思うたが、壁は僅かに凹むことすらせぬ!

 では、次は剣で試してみるしかないかの?


「ふんぬっ」


 キンッ


 抜剣し、慎重に当ててみる。

 刃を立てているというのに、ぐぬっ、まるで刺さる感じがせぬな。

 どうなっておるのだ!?


 奇術使いが板か何かを練兵場周囲に巡らせたかと思うたが、板とかそういった類ではないぞ。


 ふむ……振り抜くと、間違いなく怪我を負いそうだの。


「なるほど、それで破城槌か」


 殿下のご慧眼に感謝するしかあるまい。

 まさか、本当に必要となるとはな。

 まあ、奇術使いが短時間で用意した壁など一撃あれば、充分であろう。

 それでも、これほど某らを闇に閉じ込め動揺させてくれたのだ。

 あの小娘め、賞賛に値するぞ。

 くふふふ、はっはっは。


「団長!」


 ガブダルか。


「ああ、気にするな。

 で、どうだ?」


「どちらの方向にも壁があるようでございますな。

 近衛騎士数人で押してもビクともしないようで」


「やはり、そうか。

 人の手ではどうにもできないようだな。

 では、破城槌を使うぞ」


「こんなところで攻城兵器を使うのですかっ!?」


 ガブダルの声に戸惑いが混じる。


「はっはっは、いい訓練になるのではないか?

 闇に乗じて攻め込むこともあろうて」


「そ、それはそうでしょうが。

 ビアド辺境伯令嬢は、結界を破ることは不可能と」


「ふん、奇術使いのよくやる言葉遊びに惑わされるな。

 これも演習の一環よ!」


「はっ、承知いたしました」


 はあ、しかし……某が一抹ながら不安を覚えてしまうとはな。

 クッ、某もあの小娘の掌の上で弄ばれておるということか!






 あれから四刻(※一日九十六刻で、四刻は約一時間)が経った。

 一刻で破城槌を壁まで移動させ、打ち込み始め、既に第一破城槌が破損。

 第二破城槌を全く同じところに打ち込み始めておる。


「打ち込めぇ!」


「「「せぁぁぁ」」」


 ズドーン!!


 盛大な音を立てておるのは、壁……というより、破城槌の側か。

 全く持って信じられん。

 第一中隊もかなり練度を誇っていて、この闇の中でもかなりの精度で当て続けておるというのに、壁は崩壊せぬのだ。


「………こんな馬鹿なことがあるというのか?」


 某は手汗が酷いことになっているのに気付き、アーマーの表面に塗り付けた。

 先ほどまでは日を浴びてやや熱くなっていたそれもすっかり冷たくなってしもうておる。


「はあ、喉が渇いたの……」


 そういえば、水を入れた皮袋は……?

 んん、井戸に近い、練兵場での演習であるから、置いてきたのだったのか?

 いや、待て!

 水もそうだが、兵糧もないというのか?


 まずい!!


 某は、本当にあの小娘の力を甘く見ていたのだ。

 もしこの結界とやらが、決して破れぬもので、小娘にそれを解くつもりがないなら……某らは喉の渇きも、空腹を満たすことも叶わぬままになるということか!?


「はあ、誰か水を持っていないか?」


「持ってる訳がないだろ?

 さっきまでそこに井戸があったんだ」


 いかん!!

 破城槌を打ち込むのに汗を掻いた連中は既に喉の渇きを覚えておるということか!

 このまま無駄に体力を消耗させ、水を失えば、それだけ早く連中はばててしまうであろう。


 それだけではないぞ。


 今までは壁を破るのに必死でこの闇にも何とか耐えられてきていたが、これ以上この闇に身を置けば心を蝕まれる連中もそろそろ出てきてもおかしくないの。


「一旦やめぇっ!

 休憩だ、休憩!」


「「「はあああ」」」


 うむむむ、皆の声音からすると、疲労の色がかなり濃くなってきているようだの。

 まさか、四刻でこれほど近衛騎士が弱り始めてしまうとは。

 この闇、ただの闇ではないぞ。


「はあ、なんか寒くなってきていないか?」


「そりゃあ、お日様が出ていないんだ。

 夜と同じで寒くもなるだろうよ」


 そうなのだ。

 空気の冷えも徐々に酷くなってきておるのだ。

 こ、これももし小娘の奇……いや、魔法だというのなら、気が付いたときには周囲の全てが凍り付いていたりしまいか?


 あり得そうなのが怖い。


 あの小娘は本物だ。

 もはや認めざるを得まい。

 日食のような暗闇を己の意思で作り出せる、魔法師、だったか?

 これほどの力を持つというのなら、帝国兵を結界とやらの中に放り込むだけで……本当に全滅させられるのではないか?


 いや………その前に某らが……全滅する、か?


 何て恐るべき力なのだ。

 あの娘子は、間違いなく某に反感を抱いておるはず。

 あれほどの侮辱をし、魔法の準備をする際も近衛騎士たちからの好奇の視線に晒されたのだ。

 あの娘子が某らをもはや不要と思えば、このまま放置するだけで某らは全滅するのだ!


「何ということだ。

 某が浅慮であったがために、皆をこのような目に遭わせてしまうとは!」


 某は、胸が苦しくなってくるのを感じた。

 某がその責を負うだけで皆が助かるというのであれば、某はあの娘子にこの身を差し出し、好きにせよと……いや、この状況では土台無理な話か。

 ううむ、どうすれば、あの娘子の許しを請うことができるのか?


 もはや状況は、あの娘子の気分次第と言えよう。


 もし、もしだ。

 あの娘子が一日以上、某らを放置するようなら、心折れる者も出てこような。


 ちょっと待て……い、いかんっ、女護衛小隊も数人いたな。

 彼女らは大丈夫なのか?


「ガブダルっ」


「はっ、団長、お呼びで?」


「女護衛小隊の者たちは、どうしておるのだ?」


「呼んでまいりましょうか?」


「頼む」


 いかんな。

 王妃陛下や王女殿下の護衛につく者もここにおるのだ。

 彼女らに何かあれば、某の責となろう。

 ううむ、この戦、某の完敗だ。

 頼む、娘子よ、一刻も早くこの闇を追い払ってくれ!


 某は、ただそう祈り続ける他になかった。

悪役令嬢視点とは随分と文章が変わりましたね、、、

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