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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第158話 聖国アディグラト家令息、目隠しを外すことを許され、悪役令嬢の正体を知る

(聖国アディグラト家令息視点)

聖国アディグラト家令息は、目隠しを外すことを許され、悪役令嬢の真なる姿を目にし、その正体を知ってしまいます。


[ご評価、『いいね』、ブックマークいただきました皆様に心からの感謝を申し上げます]

 僕が聖女猊下やご側近の皆様とミスラク王国のゴーテ辺境伯領に向かうまであと何刻ほどなのだろう。

 朝食を終えてから、僕は目隠しをされて我が家=アディグラト本邸にまで歩きで戻ってきていた。

 アファベトのおかげで蹴躓くことはほぼなかったけれど、正直目隠しで通りを歩くのがこれほど怖いものだとは思っていなかった。

 石畳の凹凸が結構あって、いつもよりも足を高く持ち上げなければ、すぐさま爪先がその起伏に当たってしまうからだ。


 それにしても、襲撃されたという我が家はどうなっているのか、気になって仕方がない。


 どうせ取り潰しになるだろう我が家ではあるけれど、滅茶苦茶にされて、何も感じないという訳じゃない。

 これでも、僕が生まれ育った家なんだ。

 他人の手に渡るのだとしても、原形くらいは保っていて欲しいと思ってしまう。


「アファベト、家の中は今どうなっているんだ?」


「へい?

 ああ、帝国の襲撃でどうなっちまってるかってことですかい?

 そりゃまあ、あの立派だった本邸の玄関は見事に破壊されちまいまして、玄関から続く廊下の美術品や彫像なんかもかなりやられちまってますぜ」


 見張りのアファベトは、何でもないことのようにあっさりと説明してくれる。

 いや、確かに本邸に入るときに玄関の、あの正面扉の開閉音がしないなとか色々思ったのだけれど……『時』が止まっているというだけでなく、本当に破壊されてしまっていたようだ。


「はあ、なんでアファベトはそんなに平気そうなんだ?

 仮にも我が家の、姉上の近傍警護だろ?」


「はは、まあ襲撃を受けている最中はそれどころじゃなかったってのもありやすが、聖女猊下のおかげで、誰一人命落とすこともなかったってのが一番でかいでしょうや。

 ものは買い直せても、命だけはどうしようもねーですからね」


 なるほど、本邸の警護に当たっていた同僚の修道騎士たちや侍女、料理人たち、誰一人欠けることなく、無事襲撃を乗り切れたからこそ、本邸の被害は目を瞑れるってことか。

 それにしても、帝国の襲撃ともなれば、相手は本気で命を取りに来ていたはず。

 一体どうやって、怪我人が出ていたに違いない修道騎士らを救い、帝国の工作兵たちを鎮圧できたというのだろう?


「いやー、聖女猊下の癒しの力は凄まじいもんでしたぜ?

 ダロックの怪我はまず命を落としていておかしくなかったもんで、あっしは、それなりの覚悟もしていたんですがね。

 聖女猊下が掌から光の珠を出されて、ダロックの大怪我に触れられた途端、あっという間に治っちまったんですわ」


 癒しの力!?

 つ、つまり、誰一人命を落とさなかったのは、聖女猊下がその癒しの力で怪我を治してまわられたからということか!

 アファベトの話からすると、致命傷を受けた者もそれなりの数、出ていたはず。

 それを全て治されただなんて、まさに奇跡と言えるだろう。


 改めて、聖女猊下がこれまで経典記されてきた聖人、聖女たちとは桁外れのお力をお持ちでいらっしゃるのがよく分かる。


「それほどまでなのか。

 いや、『時』を止めることに比べれば、それすらも大したことがないのかもしれないが」


「ま、ご神命がくだれば、天変地異すら引き起こされる聖女猊下なんですぜ?

 夜を昼に、昼を夜にしちまうくらい訳ねぇんですから、はは、あっしはもう見た目で女性を判断するなんてこと、やめにしやすぜ」


 アファベトが半分軽口を叩いていると、扉が開く音がして、姉上のものらしき気配を感じる。


「アファベト! またペラペラ喋っていたのでしょう?

 今の貴方の立場というものをちゃんと考えて、言動に気を付けなさいっ」


 どうやらアファベトの大きい声は扉の向こうにも漏れ出ていたらしく、すぐさま姉上の叱責が飛んでくる。

 僕にとってありがたかったが、確かにアファベトの口の軽さは少々問題があるかもしれない。


 それにしても、アファベトの立場とは?


「姉上?

 アファベトの立場とは?」


「はあ、今のアファベトは、オブザーヴァント・ペルソナ・ガーディストに任じられているのよ」


「オブザーヴァント・ペルソナ・ガーディスト!?

 つまり、姉上の近傍警護というだけでなく、そ、それは、聖騎士団の中でも精鋭という扱いなのでは!?」


 姉上がオブザーヴァントと着任されたことすら驚愕だったのに、アファベトが特別な逮捕権すら有するガーディストになるだなんて。

 昨日から話を聞いているだけで目が回りそうなことばかりだ。


「まあ、実際、すぐに誰彼かまわず軽口を叩く性格的な問題を除けば、それだけの力はあるわね」


「軽口って……それはねーですぜ、お嬢」


「事実でしょう?

 はあ、それはともかく、ディキル、つい今し方、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下から、目隠しを外して良いとのお許しが出たわ。

 メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下や猊下のご側近の方々は、貴方に対して良いご感情をお持ちでいらっしゃらないから、そのつもりで振る舞いなさい」


 正直驚きだった。

 ミスラク王国のゴーテ辺境伯領に到着するまでずっと目隠しされたまま、馬車に揺られるものと思っていたというのに。


「も、もちろんです、姉上。

 しかし、『時』を止められているとはいえ、今から王国まで移動できるものなのですか?」


 『時』を止めた世界で、馬車を進めるとしても、乗っている側の人間は丸一日の時間がかかることになる。

 馬を休めたりもしなければならないはずだし、どうやってそんなことを行うのだろう?


「それは、猊下のお力で一気に移動されるそうよ」


「一気にとは?」


「瞬間移動のご命令で、一瞬で、ゴーテ辺境伯領に到着されるとご説明いただいているわ」


 ……瞬間移動のご命令?


 姉上の声音から、姉上ご自身も戸惑いが感じておられるのが分かる。

 いや、それはそうだろうと思う。

 僕ですら、姉上は一体何を言っているんだと思わず思ってしまったくらいだ。


 経典に記載はなく、もはやタダのお伽話の類のような奇跡すら、聖女猊下は引き起こされるというのか?

 僕は鳥肌が立ってくるのを感じながら、聖女猊下のことを考える。


「姉上はそれが可能だと?」


「そうね、実際猊下は、襲撃があった際に、敵味方関係なく怪我人を癒してまわられたのだけれど、一瞬で次から次に怪我人のもとへと移動されていたの。

 きっと、長距離でも、同じように瞬間移動をなさることは可能なのでしょうね」


 なるほど、姉上は短距離の瞬間移動をご覧になられていたのか。

 それでも、馬車で一日の距離を、一瞬で……とは。

 まさに恐るべきお力だ。


「あと、ディキル、猊下のお姿は『仮初』のものであるそうだから、そのつもりで、決して騒いだりしないようになさい」


「っ!?」


 そして、続く姉上の言葉に、僕は思わず反応してしまっていた。


 そう、何せ、あのとき、半分透けたお姿になられた聖女猊下も『仮初の姿』だとおっしゃっていたのだから。

 僕はあの幽霊のような、触れられぬお身体になっておられるときのものが『仮初の姿』なのだと思っていたが、違うということなのだろうか?


「今から目隠しを外してあげるわ。

 貴方もすぐに着替えなさい。

 それと、皆様にはくれぐれも失礼のないように、本当に頼むわよ」


 僕の肩に手を置いて、そう告げる姉上。

 こんな風に姉上に触れてもらえたのは何時以来のことだろうか?


「はっ、はい、姉上」


 少し恥ずかしく思いながらも、僕は素直に姉上の言葉を受け入れたのだった。






「皆様、お待たせいたしました。

 目隠しの件、外すお許しを賜り、深く感謝申し上げます。

 このディキル、皆様の手足として馬車馬のように働く所存、どうかよろしくお願い申し上げます」


 目隠しを外されて移動した本邸の中は、本当にかなり酷い様子だった。

 窓は割れ、絵画は切り裂かれて落ち、彫像は倒れていて、ここで生まれ育った僕にとっては衝撃も大きかったけれど、皆の命が救われたことは不幸中の幸いというべきなのだろう。

 改めて、聖女猊下に尽くさねばと思ってしまう。


「はあ」


 下げていた頭をゆっくりと上げると、鋭い視線が僕の顔に突き刺さるのを感じてしまう。

 ディレクトロ デ サンクタ アドミニストラードでいらっしゃるハードリー・プレフェレ・ハラウェイン様だ。


「っ!」


 それでも、ちらりと(僕を睨み付ける)彼女の方を見て、彼女が先日よりも(更に)綺麗に着飾っているのに気付いて、ドキリとしてしまう。

 いや、彼女だけではない、皆様、ガラフィ枢機卿猊下にお会いされたはずのあの日より、ずっと気合を入れて着替えられておられるようだ。

 どれも姉上の古着であるけれど、特に良いものを選ばれているように見える。


 今の僕も、姉上にも手伝ってもらいながら、それなりの正装をしているつもりだけれど……やはり、かなり重大な晩餐会に出席させられることになりそうだ。


「……っ!?」


 そして、僕は聖女猊下のお姿を探し、隅の方にいらっしゃった彼女が(信じられないことに)侍女服に着替えられているのを目にして、驚愕のあまり目を見開く。


「あ、あ、姉上?」


「貴方の言いたいことは分かるけれど、今は黙っていなさい」


「は、はい」


 ぃ、一体どういうことなのだろう?

 この場において、最も敬意を払われなければならない相手、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下が侍女服を纏われていらっしゃるとは!


 他国に身分を偽って潜入されるというのならともかく、自国に戻られるのに変装をされる必要はないと思うのだが、やはり何かしらの理由があるのだろうか?


「……」


 僕がサラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下の方を見ると、彼女は意味ありげに頷かれる。

 どうやら、聖女猊下が侍女服を纏われていることには、皆様、納得されていらっしゃるようだ。


「それでは、皆様、今からゴーテ辺境伯領城に赴くことにいたしましょう。

 一度、姿を変えますので、少しばかり目を瞑ってくださいますようお願いいたします」


 そして、ついに侍女服姿の聖女猊下が口を開かれる。


 ……『一度、姿を変えられる』とは、一体?


 僕は何も分からないまま、聖女猊下を見詰めてしまう。

 今では、その大人びたご表情に、すっかり心を鷲掴みにされてしまっているのだけれど、その聖女猊下がご自身の目に人差し指を向けられ……僕に対して、『目を瞑れ』とお伝えになられているよう。


 気が付くと、他の皆様は(全て分かっておられるご様子で)目を瞑られ……サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下は祈りを捧げていらっしゃる!?


「“Execute batch for update-avatar-of-meliyu”」


 そして、聖女猊下が何か呪文のようなものを呟かれると、部屋の中の空気が変わったのだ。


 何だ、この神聖さを纏ったような空気は!?


 僕が辺りをきょろきょろしていると、目を閉じられた聖女猊下のお身体から白い光の粒が漂い始め、それは次第に勢いを増して、お身体がばらばらになってしまいそうなほどのたくさんの光が噴き上がる!


「眩しぃ」


 それはあまりにも神々しい光ではあったけれど、その眩しさに僕は目を開けていられず、(思わず)両腕で自分の目を庇わずにはいられなかった。

 そんな中、僕は



『目に見えているものだけが真実だとは思わないことですわ。

 髪の色も、顔、姿も偽ろうと思えば、偽れるものでございますから』



 聖女猊下があのとき告げられたお言葉を思い出すのだ。

 まさか、本当に、あのお言葉の通り、聖女猊下は、そのお姿全てを偽られていた、と?


 腕で庇っていてでさえ目の痛みを覚えつつ、僕は聖女猊下のお姿がどうなってしまわれるのかと気が気でなかった。


 そして、間もなく、キュィンという甲高い音が止み、シュパァッと張り詰めた神聖な空気が霧散していくのを感じて、僕は恐る恐る腕を目元から離して、あの強烈なまでの眩しさがなくなっているのを確かめてから瞼を上げる。


「っ!???」


 僕の目の飛び込んできたのは、メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下らと同じくらいの背丈にまで縮み、光り輝く赤毛を宙に舞わされてる……白き翼を広げられた使徒様のお姿だった。


「ああ、ああああっ」


 初めて聞くアファベトの(悲鳴のような)嗚咽を耳にしつつも、僕自身、何時の間にか涙を流してしまっていた。


 本邸の大広間にあった使徒様の油絵。


 『人』と異なり、性別も、年齢もない、それでも女子供のようにも見える使徒様。

 白く大きな翼、長く美しい金髪とあまりに整い過ぎた顔立ち、そして、その顔に浮かぶ慈愛に満ちた微笑みに、幼い頃の僕は、心を鷲掴みにされて……その使徒様と一度で良いから言葉を交わしてみたいと、夢想していたのだ。


 まさか、それが叶っていたとはっ!!


 あの油絵とは多少異なるが、赤毛の使徒様の美しさ、神々しさは本物だ。

 いや、こちらこそが(当然)本物で、あの油絵は画家の空想に過ぎなかったということなのだろう。


「使徒様」


 あの侍女のお姿は『仮初の姿』に過ぎず、本当のお姿は、神が遣わされた美しき使徒様であられただなんて。

 僕は涙しながら、自身の心の中にある薄汚れたもの洗い流されていくような感覚を覚えつつ、自分の仕出かしてしまったことの愚かさにゾッとするのだ。


 何せ、幼い頃から憧れだった使徒様に、たとえそのとき『仮初の姿』を取られていたのだとしても、侮辱するようなことを口走ってしまったのだから。


「あああっ!」


 アファベトではないけれど、僕も使徒様の前に、崩れ落ちそうになりかけたところを姉上に支えられる。

 姉上も涙を流されていたけれど、かなり気持ちはしっかりお持ちでいらっしゃるよう。


 もしや、姉上は、事前にご事情を、いや、聖女猊下のご正体をご存じでいらっしゃったのでは?


 僕のそんな気持ちに気付かれてか、姉上がそっと僕の耳元に、


「メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下は、元、使徒ファウレーナ様であらせられたのよ」


 そう囁かれて、僕は目を見開き、頭の中は、姉上に尋ねたいことでいっぱいになるけれど、それはなかなか言葉にならなかった。


 元、使徒ファウレーナ様。


 経典だけでなく、民間伝承にもいくつも残る……セラム聖国にとって、最も縁深い使徒様。


「っ! っ!!」


 聖女猊下のご正体が、その使徒様であらせられたことに衝撃を受けつつ、姉上の『元』という言葉と、ご説明が過去形であったことに疑問が噴出する。


「今は、ミスラク王国のビアド辺境伯家のご令嬢に生まれ変わられた『人』でいらっしゃるけれど、神より元の使徒様のお姿も下賜されていると、そう伺っているわ」


 何という!

 それで、ミスラク王国からご側近をお選びになられ、今に至っていると!


 ……いや、しかし、聖都の危機に駆け付けられ、聖職貴族の腐敗に対して神よりのご警告をお伝えになられたのだから、使徒ファウレーナ様と聖国の縁は決して切れたという訳ではないのだろう。


 それに、姉上、そして、僕も、聖国から使徒ファウレーナ様の側近として選ばれたも同然。

 たとえ、僕がご側近の中では最底辺であろうとも、夢にまで見た使徒様の手足となって働けるなら、まさに本望と言えるだろう!


 僕は嬉しさのあまり、跪き、聖女猊下=使徒ファウレーナ様に祈りを捧げずにはいられなかった。

ご評価、『いいね』、ブックマーク、ご投票いただきました皆様、心からの感謝を申し上げます!

『いいね』総数もそうですが、評価ポイントも上がっていまして、アンフィトリテは恐縮な限りでございます!


さて、どうやら、悪役令嬢メリユ=ファウレーナさんの天使形態への変身もバージョンアップしていたようで、ディキル君の衝撃はいかほどだったことでしょうか、、、?

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