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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第156話 聖国アディグラト家令息、旅立ちの朝に、聖国アディグラト家令嬢と話し合う

(聖国アディグラト家令息視点)

聖国アディグラト家令息は、朝食を持ってきた姉の聖国アディグラト家令嬢と話し合います。


[『いいね』いただきました皆様方に心より厚くお礼申しあげます]

 世界の時間を停止された聖女猊下。


 その凄さは一日、その光を揺らめかすことなく、そして、何時までも尽きることなく灯り続ける蜜蝋の蝋燭を眺めているだけで実感できた。

 そう、蝋燭は全く短くなることなく、同じ明るさを保ち続けていたのだ。

 そして、板扉の向こうからは何の喧騒も聞こえてくることはなく、唯一の音は自分の呼吸と、聖女猊下やその側近の王国の王女殿下やご令嬢たちのお声くらいのものだったのだから。


 本当にこんなことができるだなんて、恐るべきことだ。


 姉上たちは知っているのだろうけれど、『時』の止まった外の世界を一度で良いから見てたいと思ってしまう。

 おそらく、僕たち以外の人間は、全て彫像のように動きを止め、噴水塔から噴き出る水ですら、その瞬間の形で宙に縫い止められてしまっているに違いない。


 本来であれば、神と神のご眷属の方々ぐらいしか見ることのできないであろう景色。


 経典にすら記載のない、あまりにとてつもないご奇跡に、鳥肌が立ってくるのを感じてしまう。

 それでも、聖女猊下と交わしたお約束を考えれば、僕は何も気付かない振りをして、ゴーテ辺境伯領までお連れいただくしかないのだろう。


「っ」


 突然のノックの音に驚いて、僕は飛び起きる。

 交代でお食事を持ってきていただけるとのことだったから、王女殿下ではないだろうが、誰であろうと非礼は許されない。

 今この『時』を生きて動いているご令嬢方は、全員何かしらのお役目に就かれておられるのだから。

 しかも、そう、それは、聖騎士団の騎士たちですら、跪かなければならないほどのお立場なのだ。


「ディキル、入るわね」


「ぁ、姉上」


 姉上が、聖騎士団先遣一個中隊のオブザーヴァントにご着任されたと伺ってから初めて顔を合わせることもあって、僕は嫌な緊張感を覚えてしまう。

 ああ、今思えば、姉上には酷いことばかり言ってしまっていたと思う。

 これが身内でなければ、どんな騒ぎになっていたことだろうと思えるほどだ。


 いや、身内であってですら、許されないほどの侮辱を僕は姉上にしてしまっていたのだ。


 どう謝れば……うう、謝って許されるようなことではないかもしれない。

 アディグラト家のお取り潰しが確実な中、こうして僕が罪人として扱われていないだけでも、姉上の働きによるご恩情と言えるものなのだと思う。

 それなのに、姉上の顔を潰すようなことを、聖女猊下に加え、その側近の方々に対して不敬罪のもののことを仕出かしてしまって、姉上は、僕なんかの顔も見たくはないだろう。


 それなのに、お食事を持ってきてくださるだなんて……もしかして、最後通告か、何かだったりするのだろうか?


 僕は背筋に冷たいものが走るのを感じながら、姉上が扉を開けて入ってこられるのに備える。


 キィ……。


「はあ、元気そうね?

 朝食を持ってきてあげたわ。

 今日は、このままゴーテ辺境伯領に移動して、向こうの晩餐会に出席させていただく予定だから、聖都での食事はこれが最後よ」


 淡々と、特に感情の籠っていないような声で、そう告げられる姉上。


 はたして、姉上はどのような気持ちでお食事を持ってきてくださったのだろう?


「ぁ、姉上、一昨日は本当に申し訳ございませんでした」


「ディキル……」


「ぼ、僕は……わたしは、敬意を払うべき姉上に嫉妬し、大変醜い真似をたくさんいたしました。

 それなのに、姉上は……ぼ、わたしを救うために手を回してくださったと伺っております。

 わたしはどれほど姉上に謝罪をし尽くせば良いのかも分からないほど後悔しております。

 どうか、ゴーテ辺境伯領への道中でも、姉上に謝りたく……」


 そこまで言いかけたところで、なぜか姉上がクスリと笑われ、僕は驚いて顔を上げて、姉上の顔を見てしまう。


「ふふっ、良いのよ。

 タダ、ゴーテ辺境伯領へ向かう際、貴方には、目隠しをしてもらうわ。

 貴方は、猊下たちのなされることに関わる必要はないから、客人として滞在させていただきなさい」


 誤魔化すように、それでも、『関わるな』とおっしゃられる姉上。

 やはり、姉上は、聖女猊下が引き起こされたご奇跡をちゃんとご理解されているということなのだろう。


「姉上」


「何があったかは知らないけれど、メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下にちゃんと謝罪したらしいわね?

 ゴーテ辺境伯領までご同道させていただく際は、その調子で、くれぐれも他の皆様にも失礼のないように、ちゃんと敬意を払うようになさい」


 なるほど、僕の今の態度については、王国の王女殿下と何かあって、態度を改めたのだと思われているのか。


 それも間違いではない。


 それでも、その前に聖女猊下にお会いしたことが一番大きいと言えるだろう。

 僕の人生観、そして、ご令嬢たちへの見方が変わったのも、聖女猊下のおかげなのだから。


「ええ、もちろんです。

 世界に他に同様のお役目を担われていらっしゃる方がいないようなお立場の方々なのですから」


 っ!

 しまった、口を滑らせてしまったか!?


 姉上がハッとされたのに気付いて、僕は慌ててしまう。


「……そう、それはメグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下から伺ったの?」


「ぃ、いえ……は、はい」


 いや、まずい、これでは、メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下が口を滑らされたことになってしまうぞ。


「いえ、違います。

 そ、そうではなくてっ!」


「……その様子だと、聖女猊下から直接口止めされたようね?

 まあ、いずれ、貴方にも分かってしまうだろうとは思っていたけれど、聖女猊下御自ら、ご奇跡の内容を明かされたのね?」


 僕が混乱している様子から、姉上は全て看破されてしまったようで、真実を言い当てられてしまった。

 こ、これでは、聖女猊下とのお約束が!?


 ……うぅ、まあ、姉上は全てご存じでいらっしゃるようだから、バレても問題ないのかもしれないけれど、認める訳にはいかないよね!?


「あ、あの」


「今は何も言わなくて良いわ。

 もし貴方も聖女猊下のなされることを手伝うつもりなら、それ相応の覚悟を決めなさい。

 ことは世界を左右するのよ」


 姉上の言葉に、僕は身体がゾクリとするようなものを覚える。


「ぁ、姉上は、そのおつもりで、そのお役目に就かれているのですか?」


「もちろんよ。

 そのために、わたしは勉強をしてきたのだもの、このお役目だって、天恵のように思っているわ。

 それに、そもそも、聖女猊下がいらっしゃらなければ、命を落とすところだったのだもの。

 聖女猊下のためにも、わたしの全てを尽くして取り組むつもりよ」


 姉上はテーブルに置いた盆から、僕のために皿を並べ直してくださりながら、ご決意を熱く語られたのだった。


 驚きだった。


 姉上がこのようなお方だったなんて。

 僕なんて、アディグラト家がお取り潰しになることだけでも、相当まいりそうになっていたというのに。

 こんなことなら、姉上が早々に家を継いでくださっていれば、我が家が不正に手を染めることもなかったのかもしれないと……そう思ってしまう。


「姉上は、その、アディグラト家がなくなるのは、本当に怖ろしくないのですか?」


「そうね。

 あってもなくても、いずれ家は出るつもりだったから、関係ないわ。

 むしろ、重石がなくなったような気分と言った方が良いかしらね?

 今は、自分のお役目のことだけを考えていられるのだもの」


「はあ、姉上には敵わないなあ」


「そう?」


 姉上は、僕のために、ナイフとフォークを並べてくださり、僕に微笑みかけてくださる。


「まあ、貴方もすぐに分かると思うわ。

 何せ、神が聖国に変革を求められているのだもの。

 聖国の聖職貴族は皆、何かしら変わる必要があるの。

 そうでなければ、聖国には神罰がくだることでしょう」


「あのご奇跡は神罰の予兆、いえ、このままだと神罰がくだるぞという神よりのご警告だったと?」


「ふふ、ディキル、貴方、よく分かっているじゃない?

 そうよ。

 神がその気になられれば、聖都ケレンは一瞬で焼き尽くされることでしょうね。

 貴方もあの『緑盛る月』のような暑さは感じていたのでしょう?」


「はい」


 僕は、能天気にもあのご奇跡に興奮していた過去の自分を思い出して、恥ずかしさのあまり頬が火照ってくるのを覚えてしまう。

 聖女猊下と共にあられた姉上は、あのご奇跡の瞬間も、聖都ケレンの危機に神経を擦り減らされていたに違いない。


 本当に僕は自分の浅さが嫌になる。


 聖女猊下には『神の目』を通しての状況分析をご依頼されているのだけれど、僕なんかにはたして務まるのだろうか?

 不安はある。

 それでも、デビュタントを済まされた、大人びた聖女猊下のそばかす顔が、今はとても素敵に思えて、何としてもその大役をやりこなさなければと思うのだった。

※休日ストック分の平日更新です。

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