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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第155話 王女殿下、聖国での最後の一日を楽しむ

(第一王女視点)

第一王女は、『時』の止まった世界で、思い悩みつつも、悪役令嬢と一緒に過ごす聖国での最後の一日を楽しみます。


[『いいね』、ブックマークいただきました皆様方に心より感謝いたします]

 何てことなの、わたしは、メリユ様のお立場を完全に見誤っていたのだわ。


 わたしは、メリユ様が明かしてくださった、神からのお告げの内容に強い衝撃を受けていた。

 そう、メリユ様が、神よりのご神託を受け、神の意に沿ってご聖務を執行され、世界に平和を齎される聖女様でいらっしゃるということは確信していたし、昨日のご奇跡で神よりのご警告すら神命の代行者として執り行われるのだということを知り、メリユ様の立ち位置を上方修正していたつもりだった。


 それが、まさか……神罰としての『世界の終わり』すら齎されることが可能だなんて。


 キャンベーク川の一件で、メリユ様の聖なるお力の上限は、山一つ、いえ、街一つを滅ぼせるくらいだろうかと考えてはいた。

 最悪、オドウェイン帝国を消し去ることくらいはできるかもしれないという可能性も考えてはみていた。

 しかし、神はメリユ様のお身体という代償を払えば、大陸一つ……そこに住むわたしたちにとっては『世界の全て』を消し去られることすら可能だという。

 それを、神がご提示されたということは、最悪の可能性についても考えておくようにとの思し召しなのだろう。


「つまり、メリユ様がご失敗なさった場合……その身をもって、世界を滅ぼせと」


 もちろん、オドウェイン帝国が我がミスラク王国とセラム聖国を落とした程度では、『世界の終わり』とはならないのかもしれない。

 それでも、勢い付いたオドウェイン帝国が、王国から各国に通じる街道を利用し、世界に対して戦を仕掛け、世界全てが血の色に染まったとき……神は、神罰として、『世界の終わり』をご指示される可能性はあるのだと思う。


 たとえ、戦の中でお力を使い果たされ、昏睡に陥られたメリユ様のお身体を使ってでも、『世界の終わり』を神は齎される可能性があるということなのだ。


「良くも悪くも、メリユ様ご自身が、世界の命運を握っている、その鍵ということ」


 そして、それを阻止するためなら、メリユ様は、ご自身のお身体という代償を払ってでも、戦を止めに入られるだろう。

 ご自身の髪、指に始まり、腕、脚を代償にし、一国が簡単に引っくり返るほどのご奇跡を遂げられるに違いない。


 何という、考えただけでも怖ろしい……。


 世界でたった一人、神に認められし聖女様が……しかも、まだたったの(表向きは)十一歳の少女が、自身の身体を切り売りしながら、世界を覆おうとする闇と戦うだなんて。

 それも、わたしにとって一番の大親友以上のご存在であり、一番大事なお姉様であられるメリユ様がそんなことになるなんて、到底受け入れられる訳がない。


「たとえ、それがご神意であろうとも、そのようなこと、絶対に許せないのだわ」


 既に十分過ぎるほどご活躍されているメリユ様に、更なる過酷な試練を与えようとされるのなら……メリユ様と共にあるわたしたちは、その試練に、その運命に絶対に抗ってみせると、わたしは自身の掌に爪を食い込むほど握り拳に力を込めて、決意を固める。


「メグウィン?」


 わたしの腕の震えが伝わってしまったのか、メリユ様がミューラ様のお声でそう尋ねられる。


「い、いえ、何でもございませんわ」


 わたしはメリユ様の首の後ろにまで回していた自分の腕を解き、メリユ様の腕にその腕を絡める。

 一応、手袋をしてしまっているから、メリユ様と肌を合わせるには、こうして腕の肌同士を合わせることしかできないのが残念。


 それでも、今ここで感じるものを。

 今ここで見ているものを。

 わたしは絶対に忘れる訳がないと思う。


「ご覧くださいませ、立派な噴水塔ですわ」


 聖都ケレンらしく、経典を開き持った聖人の像が上に乗った噴水塔。

 その立派な塔の、人の手の届く高さには、その四方に金色の顔があり、その口から伸びる管から水が噴き出したままに止まっている。


 宵の内の、しかも晩餐どきの煌びやかな聖都の通りの灯りに輝く(止まったままの)水の造形を美しく感じながら、わたしは、その景色が涙に滲むのを感じてしまう。


「思い出に残る、楽しい一日であって欲しかったのに……」


 本当に『時』がこのまま止まっていてくれたら良いのにと思ってしまう。

 戦も何も悪いことが起きないまま、全てが静止した世界で、楽しくメリユ様、皆様と一緒に過ごせたら、どれだけ心穏やかにいられることだろう。

 けれど、お食事も、水袋もそろそろ限界であって、いずれは『時』を動かさなければならない。


 何より、我が王国の危機を、世界の危機を、放置したままにはできないのだから。


「メグウィン、今は楽しいことだけを考えましょう?」


 そっと耳元で囁かれ、空いている方の手でわたしの頭を撫でてくださるメリユ様。


 まだご変身のままではあるけれど、その手付きはとてもお優しくて、まるで陽だまりの中で心を癒されているように、落ち着いた気持ちになってくる。

 ……どうして、メリユ様はこれほど大人びていらっしゃるのだろう?

 『時』を止めた世界で、年を重ねられているにしても、誰もがこのように心を育てられるというものではないだろう。


 聖女様というものは、これほどまでに崇高な御心をお持ちでいらっしゃるものなのだろうか?


「今はあまり難しいことを考えなくて良いのよ。

 まずは一緒に時計塔を見るのでしょう?」


「はい、メリユ姉様」


 まるでわたしの不安を払拭してしまい尽くされるような、柔らかい笑みを零され、お姉様らしくわたしを少し引っ張ってくださるメリユ様。

 わたしはうれしくなって、より自分の腕をメリユ様の腕に密着させるのだ。


 きっと、国賓として次、聖国を訪れるときには、こんなこと絶対にできっこない。


 メリユ様は聖女様、わたしはミスラク王国の第一王女。

 特にメリユ様は聖国としても失う訳にいかない、聖女様であり、聖騎士団により強固な護衛がつくことになるのだろう。


 これは、わたしが欲しがっていた思い出。


 『時』が止まった世界で、神が特別にお許しくださった、束の間の、メリユ様との幸せな思い出なの。


「あ、メリユ様、メグウィン様、時計塔が見えます!」


「わあ、すごいですのっ!」


 お揃いの三つ編みシニヨンにした(幼馴染同士でいらっしゃる)ハードリー様とマルカ様が、次の角で左の方を指差されている。

 聖国勢のサラマ聖女様とルーファ様は、おのぼりさんなわたしたちを先導されながら、微笑ましくご覧になられている。


 本当に特別な、お忍びの旅行は、今このときにしか味わえないものだろうと思う。


「ほら」


「はい」


 わたしは慌てて人差し指で、滲んでいた涙を拭って、メリユ様と一緒に角を曲がり、聖都名物の時計塔を目にしたのだった。






 聖都ケレンの時計塔。

 機械仕掛けで、一日九十六刻を刻み、四刻毎に時鐘を鳴らすという。

 その大きさは、我が王国の王城の高さに匹敵するもので、通りを跨ぐ部分には、アーチ状の穴が開いていて、馬車すら行き来ができる。

 知識では知っていたけれど、聞くと見るとでは大違い。


「何て大きいのでございましょう」


 四刻刻みに『◆』形の金の印があり、二十四刻分ある大時計。

 一日でこの針が一周するのだと言う。

 時鐘自体は王都にもあるけれど、このような機械仕掛けの大時計はない。

 大聖堂なども見なくてはならないだろうけれど、これもまた聖都で絶対に見るべきものであるというのは本当なのだと実感する。


 そして、そんな大時計の両側には、小さなテラスのようなものがあり、それぞれ二つの小さな扉が付いているのだ。


「メリユ姉様、四刻毎の時鐘の度にあの扉から使徒様の像が出てきて、回るのだそうですわ」


「まあ、よく知っているのね、メグウィン」


 きっと、瞬間移動で、メリユ様は何度も聖都に来られているのだろうから、ご存じでいらっしゃるのだろうけれど、今だけはおのぼりさんな姉妹としての会話を楽しみたかった。


「……もう少しすれば、時鐘が鳴るところだったのでしょうけれど」


 もしかすると、聖都ケレンに到着直後、アディグラト枢機卿の御屋敷での騒動の間に一回は鳴っていたのかもしれない。

 そして、時計の針を見る限り、あと少しでまた鳴りそうではある。


 けれど、もうわたしたちに次の時鐘が鳴るところを見る余裕は残されていない。


 何しろ、メリユ様には『時』を止められたまま、ゴーテ辺境伯領まで戻っていただき、その『時』まで可能な限り、お力を充電していただかなければならないのだから!


「大丈夫よ、メグウィン。

 次訪れたときに拝見することにしましょう」


「ですが」


「ほら、わたしの力を使えば、ね?」


 あ、なるほど。

 例えば、瞬間の移動のご命令と、お身体を透明にするご命令を使えば、わたしたちはこっそり、お忍びで聖都ケレンを訪れることができるのだ。

 どうして、そんな簡単なことを思い付かなかったのだろう。


 ……いえ、この世界に危機が迫った状況だからこそ、思い付かなかったのだわ。


 オドウェイン帝国がその野心を諦め、世界に平和が戻ったとき、メリユ様はそのお力を持て余され、ご聖務がないときに……王城でティーカップを弄ばれていたように……聖なるお力を使って、こっそり世界中をご視察されるようなときが再び来るに違いない。


 そのときには、ご一緒に再び聖都ケレンを訪れ、必ず、時鐘と共に現れるという使徒様の像を眺めたいと思う。


「はい、約束ですわよ、メリユ姉様」


「ええ、もちろん」


 メリユ様は、三つ編みシニヨンにされた後ろ髪を左手で撫でられながら、また皆で来ることを約束されるのだ。


 きっと、そのときには、姿は見えないのにその場に響く、聖女様、令嬢方の嬉々としたお声に驚く方も出てくるのかもしれないと思い、わたしは思わず笑ってしまったのだった。

いつも『いいね』、ご投票で応援いただいている皆様方、心より感謝いたします!

また、新規でブックマークいただきました皆様方にも、厚くお礼申し上げます!


悪役令嬢メリユについて、必ずしも誤解とは言い切れないご考察をされたメグウィン殿下、さすがでございますね!

何にせよ、幸せな思い出がまた一つ作れたようで何よりでございます!

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