第154話 悪役令嬢、聖国での最後の一日に、思い出を作ろうとして、うかつなことをしてしまう
(悪役令嬢視点)
悪役令嬢は、『時』の止まった世界で、聖国での最後の一日に、聖都での思い出を作ろうとして、うかつなことを仕出かしてしまいます。
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「ふぅ」
多嶋さんとのミーティングが終わってから、わたしは水分補給をしながら、少しばかりボーッとしてしまっていた。
視線の先にあるのは、ガラスケースに入った回転振り子式の置時計とメトロノーム。
置時計の指し示す時刻は、午前零時十五分だった。
ゲーム内時間と現実時間の解離に、どうにもおかしな気分になってしまう。
「はあ」
できることなら、今すぐにでもローカルタイムインスタンスの停止を解除したいところではある。
けれど、その前に考えておかなきゃいけないことがある。
あまりにも意味深な多嶋さんの言葉の数々。
そりゃ、わたしに敢えて混乱するようなことを言って、攪乱しようとしている可能性もあるとは思う。
それでも、わたしの問いに、痛いところを突かれたという感じがあったのも事実。
そして、今テストプレイしているこのゲームシステムの異常性がより明らかになってしまったのも事実。
「はっきり言って、こんなの乙女ゲーじゃないわよね」
本当にね、乙女ゲーとは、一体何なのかとすら思ってしまう。
そうなのよ、乙女ゲーを名乗る以上は、素敵な王子様、殿方とお近付きになって、関係を深め、恋愛を楽しむというのがメインのはずよね?
最初は、悪役令嬢メリユのバッドエンド回避を、十一歳時点から再開することで回避するメリユ・スピンオフとして納得できそうなものだったと思う。
メグウィン殿下に理解者となってもらい、カーレ殿下や王国の重鎮の信頼も得て、そのままいければ、良い感じにゲームが進んでいくかのように思われたのも事実だけれど……その辺りで、既にメリユの立場は『救国の聖女』みたいになり始めていて、きな臭いって言うか、そんな感じがしてきていた。
そして、多嶋さんからメッセージも、ゲーム内世界のご神託となり得そうなものばかりになってきて、わたしもその緊急イベントをやりこなさないといけなくなった。
で、今や、わたしは世界を良い方向にも悪い方向に持っていくことができる、不確定要素というか、明らかにイレギュラー要素となりつつある。
「あはは、それって多嶋さんがあの世界の神で、わたしはその指示に従って動く眷属みたいじゃない?」
もはや、乾いた笑いしか出てこない。
だいたいのゴールが見え始めつつあるのも確かだけれど、これが、本当にタダのゲームでなかった場合、どう終わらせるのがハッピー、いえ、ベストエンドなんだろうか?
オドウェイン帝国の侵攻を退け、当面悪さを仕出かさないように懲らしめる?
そして、ミスラク王国の人々とセラム聖国の人々に平和が戻れば、オールオッケー?
でも、それだと、悪役令嬢メリユにとってのハッピーエンドなのかどうか、よく分からないのよね。
そもそも、悪役が……悪役令嬢メリユとその取り巻きでなくなってしまっていて、『オドウェイン帝国』なんていう大きいものになってしまっているのも、乙女ゲーとしていかがなものかと思ってしまう。
ま、出会った皆とは、最初に多少のいざこざがあったのも事実だけれど、皆良い子ばかりで、最終的に良好な関係を築けていると思うしね。
彼女、彼らが悪役であるはずもない。
「うーん、悪役が、オドウェイン帝国の皇帝とか言わんよな?
それとも、本編では、未登場の帝国の皇子とかが悪役として出てきたりする?」
まあ、悪役については、それっぽいのが出てきたときに考えることにしよう。
さっきのミーティングで一番ゾッとしたのは、メリユの命、いえ、肉体を代償に大陸一つを消し飛ばせるという話が出てしまったところよね?
メリユのHP=『聖力』(ヒットポイントやヘルスポイントではない)をフルに使って、消し飛ばせるのは、多分ちょっとした街一つ分くらい。
でも、メリユの身体の一部を代償とすれば、HP残量以上の規模の力の行使が可能になるっぽい。
何だろう?
もしかして、メリユの肉体を代償にしてまで、何かをしなければならないような状況に陥ったりする状況があるとでも言うの?
そして、その結果、世界は救われました……とか、そんなエンディングがあり得るとでも言うの?
「胃が痛ぇ……。
世界が救われてもさ、そんなの、メグウィン殿下たちが絶対嘆き悲しむヤツじゃん!」
わたしは、あの発射された弾丸のように飛び付いてくるメグウィン殿下のことを思い返してしまう。
あのメグウィン殿下の笑顔を二度と見られなくなってしまうとか、そんなの絶対に嫌。
ハードリーちゃんが少し控えめに抱き付いてくるのも、マルカちゃんがすごく慕ってくれるのも、銀髪聖女サラマちゃんが健気に寄り添ってくれるのも、ルーファちゃんが少しずつ距離を縮めようとしてくれるのだって、絶対に失いたくはないものなの。
世界にとってのベストエンドのせいで、彼女たちが涙を流すような展開になるのは、決してハッピーエンドと言えるものではないんだ。
「それも何とかしろってことかい、多嶋さん?」
わたしは、正体が余計に分からなくなった多嶋さんたちのことを考えながら、ノートPCのコンソールを眺める。
これ以上は、大分疲れてきている頭で考えるべきことではないのかもしれない。
取り合えず、聖国での最後の夜(ずっと夜だが)に、皆で休むところまで進めて、今夜は終わらせることにしようと、わたしはHMDを被ったのだった。
ローカルタイムインスタンスの停止を解除して、荷物をまとめ始めている皆との会話に加わるわたし。
「あの、もし可能でしたら、晩餐のあとで、大聖堂と時計塔を観覧させていただきたく思うのですが、よろしいでしょうか?」
そんなとき、ハードリーちゃんがそんなことを言い出したのだった。
大聖堂に時計塔。
ヨーロッパ旅行に行った日本人なら、まず喜んで行きそうなところよね。
でも、ハードリーちゃんがそういうことを言い出したこと自体が少し意外に感じて、わたしは思わず目をパチクリさせてしまった。
「なるほど、聖都での思い出作りということですわね!」
そんなわたしに対して、メグウィン殿下は、少し恥ずかしそうにしているハードリーちゃんの意図をすぐに読み取ったらしく、納得した様子でそうおっしゃる。
あー、修学旅行で、皆で同じものを見て、思い出作りをするのと同じってことなのかな?
せっかく、髪型だって、メグウィン殿下とわたし、マルカちゃんまで揃えているのだし、ここは聖国勢の三人に案内してもらって、王国勢として(聖都ケレンに来た証として)そういう体験をしておくというのは、すごく良いことかもしれない。
「ええ、ぜひそういたましょう」
わたしもすぐに賛同し、銀髪聖女サラマちゃんやルーファちゃんたちもすぐにハードリーちゃんの気持ちを汲み取ってくれて、『晩餐後の散策』が決定したのだった。
聖都ケレンにこれだけ滞在していながら、有名処の観光がまるでできいなかった王国勢の皆は、すっかり浮かれて、楽しそうに荷物の準備や晩餐の準備を進めていく。
そんな彼女たちの会話を聞いていて、これが生成型AIの作る会話である訳がないということを改めて感じてしまうわたし。
『表向きはそうしておかないと説明が付かないだろう』
多嶋さんのあのコメント自体、暗に生成型AIで会話が生成されている訳ではないというのを認めてしまったも同然だと思う。
そういうことを示唆して、わたしにどうさせようというのか、どう思わせようというのか?
何かこう、もやもやするものを抱えながら、わたしは、彼女たちとの聖国最後の晩餐を終え、その『散策』に出ることにしたのだった。
「あ、マルカ様、危ないです!」
「わわ」
夜が昼になるという奇跡が起きて、そう『時』が経っていない状態で、ワールドタイムインスタンスを止めてしまったせいで、石畳の聖都の大路には、ところどころ神への祈りを捧げる敬虔な信徒の方々がいらっしゃって、『時』の止まった世界にも慣れてきた皆は、ぶつからないように気を付けながらに進んでいく。
それにしても、まるで、蝋人形で聖都ケレンの人々を道の色んなところに配置したテーマパークの中を歩いているような、おかしな気分になってきそう。
今ワールドタイムインスタンスの停止を解除すれば、彼らもまたメグウィン殿下たちと同じように、それぞれの人格をもって動き出すんだろう。
「これが……聖都ケレン」
アディグラト枢機卿のお屋敷では、あんな騒動があったりしたものの……それ以外の場所では、オドウェイン帝国の暗躍に気付くこともなく、聖都の人々があの『奇跡』、それだけにこれほどまでの感情を見せている光景に、わたしは動揺してしまう。
わたしはライトインスタンスを一つ、空に浮かべただけに過ぎない。
それなのに、これだけのことが起きるだなんて、わたしの持つ管理者権限の凄まじさを改めて実感させられてしまうのだ。
「皆様、メリユ様が起こされた奇跡に、神のご恩寵を感じていらっしゃるのでしょう」
すぐ横を寄り添うように歩かれるメグウィン殿下の言葉に、わたしは彼女をじっと凝視してしまう。
何か、こう誇らしさのようなものを感じていらっしゃるようなメグウィン殿下。
きっと、メグウィン殿下は、あのライトインスタンスによる奇跡をかなり好意的に捉えていらっしゃるみたい。
「少し乱暴な警告となってしまったようには思いますが」
わたしが苦笑いしながらそう応えると、
「いえ、オドウェイン帝国の工作兵や不正・腐敗に関わられた聖職貴族の方々にとってはそうかもしれませんが、その他の大勢の、聖都の方々には、神が地上の『人々』を見守ってくださっている証として受け取られたかと存じますわ」
メグウィン殿下は、わたしの腕をそっとご自身の腕を絡ませられる。
近い、近過ぎだって、メグウィン殿下!
この距離感、ううん、いつも抱き付かれているのだから、いつものことと言えば、そうだけれど……それとも、また違う何かを感じてしまう。
「メリユ様、何か浮かないご表情をされていらっしゃるようですけれど、何か御懸念が?」
「そういう訳ではないのですが」
ヤバい、多嶋さんとのミーティングを引き摺っているのがバレちゃったか!?
最近、メグウィン殿下の察しが良過ぎて、怖いくらいよね?
「ここだけの話ですけれど、メリユ様、ディキル様とお話されましたでしょう?」
「……」
すぐに返事ができず、思わず立ち止まってしまうわたし。
ううん、立ち止まったのは、AIによる自動行動補正のはずなのだけれど、あまりにもメリユの行動がわたしの意識を反映したもの過ぎて、少しゾクッとした。
「いつお気付きに?」
「昨晩はわたしがディキル様にお食事をお届けしたのですけれど、あれほど偉そうにされていたあの方がすっかり大人しくなられて、わたしに謝罪されてこられたのですもの。
気付かない方がおかしいですわ」
少しばかり茶目っ気というのか、悪戯っ娘というのか、そんな雰囲気を纏われるメグウィン殿下にドキリとさせられる。
「………本当にメグウィンには敵わないわね」
ドキリとさせられたお返しに、わたしは姉モードで、こっそりとそう告げるのだ。
「ええ、もちろん、メリユ姉様のことは誰よりも見ているつもりですもの。
……それで、メリユ姉様、神より何かご神託か、お告げがございましたのでしょう?」
声を更に潜めて、尋ねてこられるメグウィン殿下。
笑みを消さないように努められながらも、間近で小さく震える金色の睫毛に、わたしの心臓は飛び出しそうになった。
震える金色の睫毛の内側にある、綺麗な碧眼の瞳孔には、ミューラなメリユの姿が映っていて、まるでわたし自身がミューラの姿でそこにいて、メグウィン殿下と顔を近付け合っているような錯覚に陥るのだ。
「まあ、そうでございますね」
「やはり……。
もしそれがご制約のかかっていないものでございましたら、わたしにお話していただけませんか?」
「……そうでございますね。
つい先ほど伺ったのは、この身を代償にして、どれほどのことができるかという、っ!」
あまりにも近過ぎるメグウィン殿下の顔に、わたしはうかつにも多嶋さんが聞いたばかりの内容を漏らしかけ、
「メリユ様の身を代償にっ!?
一体どういうおつもりで、神は、そんなことをお告げになられたのですか!?」
更にメグウィン殿下に密着されてしまったのだった。
しまった、今のは間違いなくわたしの失策だわ。
こんなことをメグウィン殿下に話すべきではなかった。
こんなの、心配をかけるに決まっているじゃない。
「いいえ、本当に最悪の場合の話ですわ。
何でも、わたしの身一つで、大陸一つを消し去ることは可能だと、っ!?」
「な、何をおっしゃっておられるのです、メリユ姉様?
まさか、神は……メリユ様がどうにかできなかった場合、メリユ様の身をもって、この大陸ごと消し去るおつもりだと?」
メグウィン殿下は、もはや(作りものの)笑みを浮かべていられなくなったようで、わたしに抱き着くような振りをしつつ、わたしの耳元にそう囁いてこられせる。
「そ、そういう訳ではございませんから、落ち着いてくださいませ、メグウィン様」
「落ち着いていられる訳がございませんわ」
今、多分メグウィン殿下の頬が、ミューラなメリユの頬とくっ付いていたと思う。
「神は、わたしに、世界をこの危機から救うようにご命じになられているのですから、大陸を消し去るような前提があるという訳ではございません。
タダ、今のわたしに、どれだけのことが可能か、ご明示くださっただけなのですわ」
くっ付かれてこられるメグウィン殿下に、頭がどうにかなりそうになりながらも、わたしは言い訳を考え、口にする。
「…………それは、つまり、聖なるお力を使い果たされた場合、メリユ様の身体……その一部でも代償にすれば、より大きなお力の執行が可能という意味なのでは?」
多分、今わたしは驚きあまり、目を見開いてしまっていたと思う。
わたしも多嶋さんからの情報をもとに、考察している真っ最中のことを、メグウィン殿下はすぐ言い当てられたのだから、メグウィン殿下がどれだけ頭が良いかというのを今更ながらに思い知らされてしまうのだ。
そう、弾丸のように飛び付いてくる、甘えっ娘なメグウィン殿下は、決してそれだけの娘じゃない。
本編でもそうだったように、メグウィン殿下は、何かある度に(年齢の割に)明晰過ぎる頭脳を全力回転させて鋭い意見を出してくるんだ。
「メグウィン様」
「ダメですから、そんなの絶対にダメですから!
何のため、わたしが、ハードリー様が、マルカ様が、サラマ聖女様が、ルーファ様がいらっしゃると思っているのですか!」
「ええ、そうでしたわね」
「どんなことが起きようとも、メリユ様の、その髪一本失われるようなことがあってはならないのですわ。
そのようなことがないよう、わたしたちで、メリユ様をお支えいたしますから、ご自身の身を投げ出されるようなことは、絶対に、なさらないでくださいませ」
メグウィン殿下のお声が涙ぐんでくるのが分かって、わたしは慌ててしまう。
どんなに賢くとも、この時空のメグウィン殿下はまだ十一歳の少女。
もしメリユが『聖力』を使い果たして、それこそ、己の指一本犠牲にしただけでも、メグウィン殿下にどれほどのトラウマを植え付けることになるのか、分かったものじゃない。
こんなことを察知されてしまうだなんて、本当に、わたしは、うかつ過ぎたわ。
「ありがとう、メグウィン」
少し身長差のあるミューラの身体の首の後ろに腕を回して、抱き付いてくるメグウィン殿下の頭を撫でてあげながら、彼女が泣き出すことのないように、安心させてあげられるように、わたしは努める。
「メリユ姉様」
「メグウィン」
このメリユ・スピンオフでなければ、世界の危機とは無縁に、学院入学まで何の騒動に巻き込まれることなく、すくすくと王女として心身ともに育っていかれるはずだったメグウィン殿下を、こんなことに巻き込んでしまったことに、心痛むのを感じながら……わたしはこの甘えてくるメグウィン殿下を決して手放したくないと思ってしまうのだった。
いつも『イイね』、ご投票で応援いただいている皆様方、心より深謝申し上げます。
新規にブックマークいただきました皆様方にも多謝御礼申し上げます!!
気が付くのが遅くなりましたが、200ptを超えておりました!
アンフィトリテは大変嬉しゅうございます!
今まで応援いただきました皆様に尽きせぬ感謝を!
さて、結構シリアスな展開も入ってきておりますが、少し異色なこの悪役令嬢物語、いよいよ大事な局面に入ってきそうでございますね!




