第152話 王女殿下、聖国での最後の一日(の始まり)を楽しむ
(第一王女視点)
第一王女は、『時』の止まった世界で、聖国での最後の一日(の始まり)を楽しみます。
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『時』の止まった世界で、わたしたちは聖国で丸一日を過ごすことのできる最後の日を迎えていた。
明日には、ゴーテ辺境伯領に戻り、元の『時』の流れに戻らなくはならない。
聖国の聖職貴族に相応しい客室の装飾も、聖国の味付けの料理も、聖国らしいドレスも、ちょうど馴染んできたところで、少しばかり名残惜しい気持ちもある。
それでも、いつまでも『時』を止めたまま、オドウェイン帝国との衝突から逃れ続けるという訳にもいかないのだ。
パンも、豆の煮込み料理も、それほど日持ちがする訳ではないし、水袋に入れた水だってその量には限度がある。
明日になれば、わたしたちは、ルーファ様やディキル様、アファベト様も加えて、ミスラク王国側に帰るのだ。
「メリユ様、御髪を編ませていただきたく存じます。
今日は、わたしと同じ髪型にさせていただきたく存じますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、ハードリー様、お願いいたします」
淡い色のドレスを身に纏われ、すっかり聖国の貴族令嬢らしくなられたハードリー様が、ベッド上で上半身を起こされているメリユ様の髪を整えていらっしゃる。
ついに、三つ編みを後ろでまとめてシニヨンされているハードリー様の髪型を試されるご様子。
せっかく、聖国でゆっくり過ごせる最後の一日なのだから、ということだろうか?
「ハードリー様は、そういうのが本当にお得意でいらっしゃいますわね?」
わたしは、慣れた手付きで長い(ミューラ様のお姿の)メリユ様のやや癖っ毛な髪を三つ編みにされていくハードリー様に、つい声をかけてしまう。
「はい、わたし、姉か、もしくは、妹が欲しかったんです。
いえ、本当に仲良くしていただけるお友達ができるのでしたら、それでも良かったんですが……こうやって、親密な間柄の方の髪を編んで差し上げることができたら、そして、お揃いの髪型にできたら良いなあとずっと思っていたんです」
「ええ、以前もそうおっしゃっていらっしゃいましたわね」
「あの、あとで、殿……メグウィン様の御髪も編ませていただいても?」
「ふふっ、もちろんよ。
ぜひ三人でお揃いにいたしましょう」
「あ、ありがとう存じます」
お日様が昇ることも暮れることもない世界で、一日ゆっくり過ごすのだから、きっとわたしたちだけの時間を大切にすべきなのだろうと思う。
本当に、メリユ様にセラム聖国の聖都ケレンにお連れいただけて、あの奇跡は別としても、とても貴重な体験ができたと思う。
侍女もいない中、自分たちだけで着替えをしたり、料理の盛り付けをしたり……ふふ、ハナンが知ったら、顔を真っ青にしかねないことをたくさん経験できたのだもの。
そして、ハードリー様が(意外にも)そういうことを上手されることに驚かされたりもしたの。
「ハードリー様は、伯爵令嬢でいらっしゃいますのに、色々なことがお出来になられて、尊敬いたしますわ」
「ぃ、いえ、所詮田舎の伯爵令嬢に過ぎませんし、たまたま、そういうことに触れる機会が多かっただけですので」
「あら、伯爵令嬢というだけで、ハードリー様は高位貴族の一員ではありませんか?
にも関わらず、領民の方々とも親身に寄り添われるハードリー様は、素晴らしいと思いますわ」
「メグウィン様、ぃ、いくらなんでもそれは褒め過ぎというものです」
恥ずかしがっていらっしゃるハードリー様もまたかわいらしい。
もはや、ハードリー様も、親友どころか、同士以上の関係になっていると確信しているし、(メリユ様はもちろんだけれど)ハードリー様なしの生活というものも考えられなくなってきている。
サラマ聖女様やルーファ様、マルカ様も、きっと今後のことを左右する大事なお方々ではあるけれど、メリユ様、ハードリー様は、特別中の特別と思えてしまう。
やはり、ハラウェイン伯爵領で、意識を失われたメリユ様を交代で看病していたときのことは大きく、絶対の信頼関係を築けているのだと思う。
「……お早く、元のお姿にお戻りになられることができれば、よろしかったのですけれど」」
ぼそりと正直なお言葉を漏らされるハードリー様。
やはり、本当であれば、本来のお姿でいらっしゃるメリユ様の髪を三つ編みシニヨンに編み上げられたかったのだろう。
別にメリユ様がミューラ様のお姿になられているのは、呪いやそういったものではないし……お力に余裕さえあれば、いつでもお戻りいただけるものなのだけれど、今は可能な限り、お力のご回復を優先しなければならない以上、そういう訳にはいかない。
戦が始まるまでの猶予は本当に残されていないのだから。
「ハードリー様は、ミューラの姿のわたしはお嫌いなのでしょうか?」
そんな中、きっと冗談なのだろうけれど、メリユ様がハードリー様にそうお尋ねになられ、ハードリー様が慌てていらっしゃる。
「ぃ、いえ、とんでもないです!
どんなお姿でいらっしゃっても、メリユ様は素敵でいらっしゃいます!」
「まあ、ありがとう存じます」
そこに、わたしも参戦して、
「ハードリー様、もしメリユ様がわたしのお姿になられて、そのままになられてしまっても、大丈夫そうかしら?」
と問うてしまう。
「ええ!?
メリユ様がメグウィン様のお姿のままになられてしまうと!?
……そ、そんなの困ります、わたしだけ、仲間外れにされているように思えて、悲しいです」
「なるほど、仲間外れは困ると……そういうお答えをいただけるとは思いませんでしたわ。
メリユ様、もしものお話ですけれど、その、必要さえあれば、ハードリー様をわたしの姿に変身させることも可能だったりしますでしょうか?」
予想外のお答えに笑ってしまいながら、ふと疑問に思ったことをメリユ様に確かめてしまう。
「はい、アクターデータへの上書き……いえ、変身は可能かと」
「ええええ!?
わ、わたしも、メグウィン様にな、なることができてしまうと!?」
わたし以上に驚かれているご様子のハードリー様。
けれど、まさか、メリユ様ご自身以外の方ですら、変身させられることが可能とは……思いもしないことで、わたしも思わず左手を口に当ててしまっていた。
「では、三つ子姉妹に一度なってみましょうか?
全てが終わってからになるとは思いますけれど」
「わ、わたしが、お、王女殿下に変身ですとか、あまりにも畏れ多いのですが……」
「我がミスラク王家には、王族の影武者はいないのですけれど、ふふ、そういう建前であれば、ハードリー様も気にならないのでは?」
「ぃ、いえ、影武者扱いと言われましても、き、気になるものは、気になります!」
「まあ!」
最近は三人だけでいられる時間も減ってしまったけれど、やはり、メリユ様、ハードリー様と三人でいられる時間は、本当に特別。
こんなたわいない会話で出てきてしまった、三人ともわたし(メグウィン)になるという、そんな楽しそうな『聖なるお力での悪戯』も、もし現実にできるとしたら……メリユ様がおっしゃった通り、『全てが終わってから』ということになるのだろう。
「はあ」
ええ、やはり、心の重しになっているのは、オドウェイン帝国の侵攻が迫っていて、メリユ様に一番ご負担がかかってしまうだろうということ。
今も、少しずつ減っていっている時間。
迫りくる刻限。
ゴーテ辺境伯に戻れば、もう『時』を止めるようなこともできず、ただ、皆で必死に侵攻に対処するための準備を進めることになってしまうのだろう。
それでも、今このときだけは、メリユ様に、何も考えていただかずに済むように、ゆったりとわたしたちとの時間をお過ごしいただきたいと思ってしまう。
「失礼いたします」
ノックの音に続いて、客室に入ってこられるマルカ様。
どうやら朝食の準備が整ったよう。
お昼は、ハードリー様とわたしで準備をしなくていけないわね。
「あら、お姉様、その髪型は?」
「はい、ハードリー様と同じ髪型にしていただいているところですわ」
「まあ、羨ましいですの!
ハードリー様、わたしもあとで同じ髪型にしていただけますでしょうか?」
マルカ様も加わって、お部屋の中がまた賑やかになり、わたしは思わず笑みが零れてしまうのを感じてしまう。
本当に、お忍びの聖国旅行のようでありながら、聖女、王女、貴族令嬢の共同生活じみたこの生活もあと僅か。
それを、やはり名残惜しく思ってしまうのは、それだけ、今の時間を心地良く感じているからなのだろうと、わたしは思うのだった。
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