第151話 聖国アディグラト家令息、悪役令嬢の聖務の一翼を担うことになる
(聖国アディグラト家令息視点)
聖国アディグラト家令息は、悪役令嬢の聖務の一翼を担うことになってしまいます。
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「聖女猊下、僕は、どれほどお詫びを、深謝をし続けても許されぬことをしたと自覚しておりますが……どうかどうか」
「ディキル様、どうぞその辺りで」
これほど謝罪の言葉を連ねたことは生まれて初めてのことだと思う。
そして、自分自身の行いに後悔を重ねたこともまた同様。
本当にどうして自分はあれほどまでに驕り高ぶっていたのだろう。
「いえ、聖職貴族としてあるまじき不敬な行為、どうか聖女猊下にわたしへの罰を決めていただきたく」
おそらく、聖女猊下は、教皇猊下やサラマ聖女猊下ですら、軽々しく聖務をくだす……いや、依頼をかけることすら許されないほどの高位にいらっしゃるのだろう。
一体この世界のどこに、昼を夜に変え、時間を停止させることのできる聖女が他にいるというのだろう?
経典においてすら、これまでに一度たりとも記述されたことのない奇跡を起こすことのできる聖女猊下なのだ。
もはや、世界のあらゆる王族、皇族ですら頭を垂れて、敬意を示さなければならないほどの立ち位置にいらっしゃると言って良いと思う。
「……罰でございますか。
既にルーファ様よりお聞きになられていらっしゃるかと存じますが、ディキル様には、ミスラク王国ゴーテ辺境伯領までご同道いただくことになっております。
それは、オドウェイン帝国からの暗殺等の工作から逃れるためではございますが、ゴーテ辺境伯領もまた帝国の魔の手が伸びようとしているその間際でございます」
「それは……」
姉上が暗殺されそうになっていたことは聞いている。
既にその工作兵たちは捕縛されたということで、あまり危機感は感じていなかったのだが、それほどまでに危険が迫っていたのだろうか?
いや、聖女猊下がそうおっしゃっておられるのだから、その言葉を疑うようなことはすべきではないだろう。
それこそ、ゴーテ辺境伯領にご同道し、『人の盾』になれとおっしゃられるならば、それすら受け入れる気で、聖女猊下のお言葉を受け止めなければならないのに決まっている。
「それで、ディキル様には、ぜひ『神の目』を通しての状況分析でお手伝いいただきたく存じますが、いかがでしょうか?」
……は?
『神の目』とは一体?
今、本当にとんでもないお言葉を耳にしてしまったような気がして、僕は、手に汗を握ってしまっていた。
「あ、あの、『神の目』とは?」
「今はご覧いただけませんが、天から地上を俯瞰する力でございます。
実際ご覧になられれば、どんなものかお分かりいただけるかと」
「(ゴクリ)天から地上を俯瞰する、お力!?」
そんなお力、世界の全ての国の軍師、将軍たちにとって垂涎ものの存在ではないだろうか?
ぃ、いやいや、あまりにもとんでもなく、人の手にあってはいけないほどのものなのでは?
その名の通り、神か、そのご眷属にしか、本来許されないものなのではないかと思えてしまう。
「わ、わた、わたしがそんなものに関わっても、本当に、よろしいのでしょうか?」
「ええ、ディキル様のその優れたお力はよくお見せいただきましたもの。
ぜひご協力いただければ幸いでございますわ」
「ご過分なお言葉、恐縮な限りでございます……ぜひとも、承らせていただきます」
「ありがとう存じます、ディキル様」
まさか……聖女猊下は、僕をそのお役目に任じられるおつもりで、ここにいらっしゃったとでも言うのだろうか?
まるで、天の采配の中で、僕にもお役目が巡ってきたかのような、その幸運に、その、つい浮かれそうになってしまう。
けれど、ダメなんだ!
僕、僕は、あくまであの不敬な行為を行ってしまった罪を償う、そのためだけに、聖女猊下に任を与えていただいたに過ぎないのだから、ここは、謙虚に受け止めなければならないだろう。
「はは、聖女猊下」
「あと、ご同道いただく皆様についても知っておいていただきたく存じますわ。
メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下は、わたしの補佐役、ハードリー・プレフェレ・ハラウェイン伯爵令嬢様は、わたしのディレクトロ デ サンクタ アドミニストラード。
マルカ・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯令嬢様にもわたしのお手伝いをお願いしております」
……聖女猊下の補佐役に、ディレクトロ デ サンクタ アドミニストラード!?
拝聴しているだけで、嫌な汗が噴き出てくるのを感じる。
まさか、聖女猊下とご一緒されていた小王国の王女、いや、ミスラク王国の王女殿下や貴族令嬢たちがそんなお役目に任じられていただなんて。
そう、聖史上初の奇跡を重ねられている聖女猊下の側近中の側近でいらっしゃるとは!
もちろん、隣国の王女殿下にあんな不敬な物言いをしてしまったことも、今となってはあり得ないように思えてくるのだが、聖女猊下の側近ともなれば、聖国中央教会としても、重要視されるご存在、彼女らへの不敬もまた重罪ものだろう。
「ぼ、僕は何てことを………ま、まさか、姉上も?」
そして、僕はまた嫌な予感がして、つい不安を、懸念を口にしてしまう。
「ええ、ルーファ・スピリタージ・アディグラト様は、聖騎士団の先遣一個中隊のオブザーヴァントに任じられていらっしゃいます」
「は………!?」
聖女猊下は、その姉上がとんでもない地位に就いていたことを当たり前のように告げられ、僕は仰天のあまり絶句してしまった。
聖騎士団先遣一個中隊のオブザーヴァント!?
いつの間に姉上はそんなに偉くなっていたんだ!?
学院の一女生徒で、種蒔きの季節の休暇中にいる学生に片手間で任せられるような立場ではないぞ!?
いや……もちろん、姉上が何かしら政務に就かれるのを望まれていたのは知っていたけれど、まさか、学生の身分でありながら、そんな立場を得られるまでになられていたとは!
「どうかなさいましたか?」
「ぃ、いえ、その、僕は」
本当に、本当に、僕の何が間違っていたのだろうか?
貴族令嬢なんて、より上の貴族令息、男性と婚姻を結び、子を成すが大事で、あとは社交ができれば良いだなんて、考えていたのが、大間違いだったというのだろうか?
いや、先ほどだって、サラマ聖女猊下のことでご言及かあったばかりじゃないか?
聖女猊下たちは……そうか、聖女認定を受けた時点で、一生ご聖務から離れられない身となられるのだ。
ご自身の生涯を聖女という立場、ご聖務に捧げられるということがどれほどのものか。
そして、聖女猊下の側近となられた方々もまた、それだけのご覚悟で側近に就かれているのに違いない。
女だからといって、決して、僕が考えていたような偏見に染まった生き方をされるばかりじゃないんだ。
どうして、僕は、そんなことにすら気付かなかったのだろう?
アディグラト家を継ぐ男子として、優れた姉上を妬み、視野が狭まり、心もいびつに歪んでしまっていたのかもしれない。
「ディキル様も、ルーファ様のこと、誇らしいことでしょう」
「ぇ、ええ……自慢の姉です」
ああ、そうだ。
本来であれば、一族全員が罪人となり、あらゆる公務から外されるべきところ、きっと姉上が大きく動かれたことで、僕だって(不敬罪のことは別として)拘束から逃れられていたのに決まっている。
それなのに、どうしてあんな態度を取ってしまったんだと思ってしまう。
今だって、姉上のおかげで、聖女猊下との縁を繋いでいただいたと言えるだろう。
「ディキル様?」
「ぃ、いえ、何でもありま、ございません」
僕は、涙が目に滲んでくるのを感じながら、優しく微笑まれる聖女猊下の笑みをちらりと拝見する。
……地味な田舎のそばかす娘なんて思ってしまったことは、絶対に撤回したい。
どこの田舎娘がこのような微笑み方をできるだろうか?
上品な所作も、心の清らかさがはっきりと分かるそのご表情も。
そばかすすらも、彼女の聖女たるに相応しい、優れたところの数だけあるように思えてしまう。
「………」
そうなのだ。
あれほどまでに不敬な態度を取った僕に対して、怒り一つ見せず、それどころか、これほどまでの心配りと、これからの僕がどうあるべきかを指し示してくださった聖女猊下。
失われた信頼は、きっとこれからの努力で取り戻さなければならないのだろう。
特に聖女猊下の側近の方々には、頭を下げ、心を入れ替えて働かせていただくことをちゃんとお伝えしなければと思う。
「生涯をご聖務に身を捧げられた聖女猊下に、それを支えようとされる王女殿下に、ご令嬢たちか」
ドレスで着飾り、表面的な言葉遊びで社交だけをしている王族、貴族令嬢たちとは一線を画して、世のために動かれている女性がこんなにいらっしゃるとは。
確かに……伴侶するなら、聖女猊下のおっしゃられたように、自分のない優れたものを持っている女性の方が良いように思えてくる。
僕は……これから、そんな輝ける方々と一緒に、聖女猊下のご聖務の一翼を担うことができるのだろうか?
僕は少しの不安とともに、少しの、いや、けれども、それよりは大きい期待と共に、これからのことを考えるのだった。
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