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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第150話 聖国アディグラト家令息、世界の異常に気付く

(聖国アディグラト家令息視点)

聖国アディグラト家令息は、悪役令嬢に介抱されながら、世界の異常に気が付いてしまいます。


[『いいね』いただきました皆様方に深く感謝いたします]

 聞き慣れない、異国の調べを聴いた。

 いや、調べとは言っても、若い女の鼻歌だ。

 それは、とても穏やな、本当に心地良く聴いていられる調べで、ずっと聴いていたいような気分になりながら、僕は少しずつ目覚めていく。

 何時の間にか、僕は横たえられていて、頭の裏には、何か柔らかいものの感触があって、ずっとこのまま寝ていたいような気持ちにさせられた。


 一体、どうして僕は、ここでこうして寝ているのだろう?


 そう思って、ふと自分のすぐ傍から漂う香りに、懐かしい花の香りが混じっていることに気付く。

 これは……確か、幼き日に姉上に甘えていた頃、嗅いでいたものに似ているようで、少し違っているようにも感じた。


「姉上……?」


 僕は薄目を開けて、自分のすぐ目の前に女性の胸部の膨らみと長く垂れる綺麗な艶やかな長髪を見てしまうのだ。

 ぼんやりとした意識の中、僕は、姉上に『膝枕』をしてもらっているのかと思ってしまった。

 もちろん、回数としてはそう多くない。

 それでも、僕は間違いなく、姉上に『膝枕』をしてもらって、本邸の前庭でお昼寝をしたことがあったのだ。


 これは、そのときの記憶なのだろうか?


 昔に体験した記憶をもとに、夢の中で追体験しているだけなのだろうか?

 あまりに甘い心地良さに、そんなことを思ってしまったのだが、ふと蜜蝋の灯りに輝く髪が、姉上のものの色でないのに気付いて、ハッとしてしまう。


「っ!?」


 意識を失う前に見てしまった、衝撃的な光景。

 半分透けて見えていた、ビアド辺境伯令嬢を名乗る謎の年上の女性。


 彼女の手は、僕の手をすり抜け……彼女の身体は、触れることすら叶わなかった。


 しかし、今……僕は、彼女に『膝枕』をしてもらっているようで、確かに彼女の存在を後頭部に感じている。


「あら? お気付きになられましたでしょうか?」


 田舎貴族の侍女に(いかにも)いそうな顔立ちの彼女は、僕が目覚めたのに気が付いたらしく、声をかけてくる。

 一体、彼女は何者なのだろうか?


 幽霊?


 いや、まさか、そんなことある訳がない。

 もしそうなら、今、こうして後頭部越しに感じる彼女の柔らかき太腿の感触や体温は何だと言うのだ?


「……仮初の姿、とは何だ?」


 そして、思い出すのだ。

 彼女の言っていた言葉を。


 そして、その意味するものを考えてしまうのだ。


「はい?」


 今ならば、彼女が只者ではないことは分かる、分かってしまう。


 サラマ聖女猊下とも、才女と呼ばれる姉上とも異なる空気を纏われた女性。


 彼女は何かしらの力を持っているに違いない。

 いくらなんでも、身体が透け、触れられぬなんてこと、奇術の類で実現できることではないだろう。


「………ぇ」


 目を開き、天井からぶら下がるシャンデリアの蜜蝋に、光の揺らめきが全くないことに気が付いてしまう。

 おかしい、あり得ない。

 どこの世界に全く光の揺らぎのない蜜蝋なんてものが存在していると言うのだろうか?


 どうして、今まで気が付かなかったのだろう?


「いや」


 おかしいのは、蜜蝋の光だけではないのだ。

 いくら板扉で窓が閉じられているからと言って、外の喧騒が全く聞こえなくなる訳ではない。

 それでなくとも、あれだけの騒ぎが起きていたのに、いきなりぴったりと鎮まり返ることなどあり得ないだろう。

 何より、この部屋に謹慎させられてから、時鐘が全く聞こえなくなっていることは、ただならぬ事態と言って良いと思う。


 聖都ケレンの時計塔の時鐘が鳴らないなんてこと、戦争か、何かしらの異常事態にならない限り、起こり得る訳がないのだから。


「(ゴクリ)」


 (サラマ聖女猊下でなければ)この女性こそが、その異常事態に関わられている張本人であるのに違いない。

 そうとしか思えないのだ。


「ディキル様、ご気分はいかがでしょうか?」


 甘やかすのが大好きな侍女のようなことを言い出す彼女。


 本当に、一体彼女は何者なのだ?


「そ、その、お……いや、貴女は一体何をしたんだ?

 聖都に一体何が起きている?」


 僕の問いかけに、彼女は『おや?』といった感じの笑みを浮かべ、


「何かお気付きになられましたでしょうか?」


 と尋ねてくる。


「ああ、何かがおかしいんだ。

 この部屋に閉じ込められてから、外の騒ぎは全く聞こえないし、時鐘は全く鳴らないし……何より、どうしてこの部屋の蜜蝋は、光が揺らがない?」


 僕は捲し立てるように一気に言い切ると、


「ふふ、ディキル様は、透徹した分析力をお持ちのようで、感服いたしましたわ」


 そんなことを言って、微笑んでみせるのだ。


 いや、『透徹した分析力』なんて言葉、どこの侍女、いや、貴族令嬢が使うと言うんだ?


 そもそも、そんな言葉は、彼女の方が上の立場にあってこそ、使えるものだろう。

 そう……彼女の方が上。

 もし本当に、聖女猊下と認められているのであれば、それだけ彼女が優れて……いや、それだけのお力をお持ちになられているということになるの、だろうか?


「そうでございますね。

 ディキル様には打ち明けないことになっていたのでございますが、本当のことを申し上げますと、『この世界の時間を停止させていただきました』」


 は?

 今何と?


「せ、世界の時間を、て、停止させた、と……そう聞こえたように思ったのだが?」


「ええ、そのご理解の通り、『時』を止めさせていただいたのでございます」


「(ゴクリ)」


 自分の、唾を飲み込む音が嫌に大きく聞こえてしまう。

 それが分かっていても、僕は、口の中に溜まってくる唾を、音を立てて飲み込んでしまうのだ。


 だって、今、僕は、僕を『膝枕』してくれているこの女性が、セラム聖国中央教会においても、飛び抜けて、とんでもない立ち位置にいることを理解してしまったのだから。


 身体を半分透けさせ、この身体は仮初のものだなんて言い、その次は世界の時間を停止させただと!?

 それほどの奇跡を起こせるほどのお力をお持ちなのだとすれば、と、当然、教皇猊下も、サラマ聖女猊下も、聖女認定を何の躊躇いもなくすることだろう。


 それほどの人物が今僕を『膝枕』してくれているのだ!


 まずいまずいまずいっ!

 道理で、サラマ聖女猊下や姉上たちが激怒されるはずだ。

 本来であれば、本当に不敬罪が適用されて然るべきところだったのだろう。

 それほど、やってはならないことを僕はしてしまったのだ!


 いや、待て……これほどの奇跡を起こせるのだとすれば。


 ま、まさか、あの夜を昼に変えたあの奇跡も……?


「げ、猊下、そ、そ、その、先ほど、夜が昼になった奇跡も、猊下が?」


「ええ、その通りですわ」


 にこやかに肯定する彼女に、僕は頭から血が引き、手足の先から痺れが広がっていく感覚を覚えてしまった。

 僕が、生まれて初めてはっきりと体験することのできた『神の奇跡』だと思っていたものは、彼女が意図して引き起こされたものだったのだ。


 そんな彼女に対して、僕は……どれほどの不敬を働き、侮辱を重ねてしまったことだろう。


 神よりそれほどまでのお力を下賜されている聖女猊下に対して不敬、侮辱ともなれば、神罰がくだされてもおかしくはないのでは?

 焦りのあまり、心臓の鼓動が速まり、吐息が乱れる。


 どうして、彼女はそれほどのお立場におられながら、僕の暴言をああも受け流され、それどころか、失神してしまった僕を介抱までしてくだったのだろう?


「本当にほんの今申しました通り、ルーファ様方には、打ち明けたことを内緒にしてくださいませね」


 僕が必死に謝罪の言葉を考えている間にも、聖女猊下は人差し指を唇に当てられて、何の怒りも、悲しみも含まない微笑みで、そう告げられたのだった。

いつも『いいね』、ご投票で応援いただいております皆様方に深く感謝いたします!

仕事の都合で更新が変則的になってしまいまして、大変失礼いたしました、、、


ディキル君、洞察力に優れているようで、今後戦力として加わってくれるでしょうか?

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