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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第14話 悪役令嬢、バリア展開!

(悪役令嬢・プレイヤー視点)

近衛騎士団の練兵場で、悪役令嬢は、近衛騎士団を相手にバリアのお披露目ならぬ演習を行います。

「国王陛下並びに第一王子殿下、宰相閣下のご来場でございます」


 コーディングの最終確認中に、国王陛下と宰相のアワレ公爵の来場を告げる声がかかる。

 出迎えるために動く第一中隊の近衛騎士たちをHMDの接眼レンズ越しに感じながらも、わたしはノートパソコンのコンソール上でスクリプトの流し見をしていた。

 おそらく、VR空間のメリユほどではないが、急ぎのコーディングだった分、わたしも結構汗をかいてしまっていた。


 いやー、本当にぎりぎりね。


 国王陛下がいらっしゃっている以上、これ以上デバッグする時間はなさそうだ。

 まあ、味方の近衛騎士団相手の演習ってことになっているみたいだし、多少バグがあっても、リアルタイムでコンソール上修正をかければいいか。


「メリユ様」


 HMDのスピーカーからメグウィン殿下の声が聞こえてきて、わたしはハッとする。

 そう、このゲームはプレイヤーの生の反応をもとにして、AIがそれに対応したNPCの反応を自動生成しているのだ。

 国王陛下がご来訪されているというのに、コンソールの方を向いていれば、また不敬罪とか言われかねない。


 わたしは、ヒヤッとしたものを感じながらHMDを被り直し、コントローラを手に握る。


「カブディ近衛騎士団長!」


 国王陛下とカーレ殿下、アワレ公爵を先導するように、カブディ近衛騎士団長がわたしたちのところに近付いてくる。

 わたしは、メグウィン殿下に続いてカーテシーをした。


「ようこそいらっしゃいました、国王陛下、第一王子殿下、宰相閣下、近衛騎士団長様」


「ふん、少しの間に随分やつれた様子ではないか、メリユ・マルグラフォ・ビアド辺境伯令嬢。

 結界とやらの塩梅はいかがかね?」


 ……騎士団長、さっきより言葉遣い悪くなってない?

 わたし、やっぱり馬鹿にされているのかな?


 全力コーディング直後なのもあって、かなりイラッとする。


「ふむ、メリユ嬢、慌てさせてしまったか?

 急な命であったからな、本番と同じとはいかぬだろうが、その結界とやらがどれほどのものか見せてくれ」


 帝国からは更によくない知らせでもあったのだろうか?

 国王陛下とアワレ公爵の顔色は先ほどよりもよくない。


 たとえ、半月先であろうが、帝国兵五万の先遣が来るとなれば、すぐにでも準備を進めなければならないところなのだろう。


 ただ、小国であるミスラク王国の軍事力では、たとえ準備を万全にしたとしても敗戦を免れない戦であるのは自明。

 だからこそ、わたし=メリユのバリアが使い物になるのであれば、絶対に使いたいというところなのだろう。


 こんなの、管理者権限で好き勝手やるの前提のシナリオよね。

 コーディングしていて思ったのだけれど、このイベント書いたシナリオライターさん、意外と性格悪いわ。


「承知いたしました。

 必ずや陛下のご期待に添えられますようバリアを展開いたしたく存じます」


「ふむ」


「それで、メリユ嬢、いつ頃から始められますかな?」


 おい、近付いてくるな。

 近い、近い!


「……準備の方、整っております」


 やっぱり、デリカシーがなくて上から目線の騎士団長に腹が立つ。

 我が物顔でコンソールを覗き込まないで欲しいわ。


 はあ、さっきメグウィン殿下がぶつかれたからアリッサさんとセメラさんのお試しの後バリア解除したのに、それが仇となるなんて。


「ほほう、また凝った奇術でございますなあ。

 複雑怪奇な模様、ビアド辺境伯令嬢は芸術に優れていらっしゃるご様子」


 ぐぬぬ、情報系一本のリケジョに美術方面を期待しない欲しい。

 まあ、ゲーム好きのオタクですけれど、絵は描けないのよ!


「ははっ、奇術のために大した演出でございますなあ。

 どれ、某にもよく見せて……」


 勝手に手を伸ばしてくるな!

 と思わず口にしそうになったタイミングで、騎士団長の手はコンソールの青い画面をすり抜けてしまう。


「は、はあ!? つ、掴めぬぞ!?」


「カブディ近衛騎士団長!

 我が国唯一の魔法師のメリユ様に対して失礼過ぎます!」


 そこで我慢し切れなくなったらしいメグウィン殿下が、珍しくも啖呵を切る。

 ここまで口を大きく開いて大声をあげられたのは、ゲームプレイ開始後では初めてではないだろうか?


 いや、なんかちょっとうれしいんですがねー。


「は、はあ、一体、何なのだ、これは!?

 ああ?」


「カブディ近衛騎士団長!」


「は、はあ、んんっ、失礼した」


 さすがに国王陛下の御前で、娘の第一王女=メグウィン殿下を無視することもできず、困惑しながら退散する騎士団長。

 入れ替わるように、近寄られてきたカーディア第一中隊隊長が汗を拭いながら、頭を下げられる。


「殿下、メリユ様、団長が大変失礼いたしました。

 時間もあまりないことと存じますので、結界とやらを試す際の注意事項を伺いたく」


「いえ、承知いたしました」


 やっぱり、カーディア第一中隊隊長は人ができているわ。

 でも、こういうキャラクターごとの人格を再現できるAIってすごいわね。


「カーディア様、バリア展開時に決して指定の場所から動かないようお伝えくださいませ。

 まんいち、バリアを跨ぐような場所にいらっしゃった場合、身体ごと分断されてしまうかと存じますので」


「か、身体ごと分断ですか?」


 多分……だけれどねー。

 本当にそれやった場合、NPCの身体はどう処理されるんだろうか?


「バリアが展開されますと、バリア内は光が失われます。

 実質、何も見えなくなりますでしょう。

 混乱される方がいらっしゃるかもしれませんので、適切にご指示いただければと存じます」


「ひ、光が失われるのですか!?」


 傍で聞かれていたメグウィン殿下も驚かれたようで、左手で口元を覆っている。


「そ、そんなことが……」


「また、人の手では、バリアを破ることは不可能でございます。

 何かご準備なさっているご様子ではございますが、お怪我などをなさいませんよう、あまり動かれないことをお勧めいたします」


「は、承知いたしました。

 ご助言感謝いたしますぞ」


「それでは、我々も行ってまいります、殿下」


 カーディア第一中隊隊長は、真剣な眼差しで頷きながら、左手でもう一度額の汗を拭い、一礼して去っていく。アリッサさん、セメラさんも一緒に配置につくようだ。

 そんなカーディア第一中隊隊長の態度が気に入らなかったのだろうか、第一中隊の方に移動を始めていた騎士団長が振り返りつつ、睨み付けてくるのだ。


「ビアド辺境伯令嬢、あまり陛下と殿下を待たせるでないぞ!

 はあ、これで期待外れだったときには覚えておくがいい、小娘が!」


 やっぱり言ったわ、『小娘』って!

 どれだけ馬鹿にしてくれているのかしら?

 これだけわたしをイラつかせてくれたのだもの、倍返し以上は絶対よ!


「メリユ様」


「メリユ嬢、大丈夫か?」


 気付けば、カーレ殿下も近寄られてきていた。

 まあ、カーレ殿下とは、さっき色々あったけれども、カーレ殿下、メグウィン殿下の兄妹コンビは目の保養になりますわー。


 うん、正直、騎士団長だけはもう目に入れたくない。


「ええ、大丈夫でございます。

 では、皆様ご配置につかれたようでございますので、始めましょうか?」


「ええ」


「陛下、メリユ嬢は始められるとのことです」


「分かった」


 ああ、ちょっとリアルの汗かき具合がよくない。

 なんか着替えたいな。

 まあ、そんな余裕はないのだけれど、これポーズボタンはどこかにないのかしらん?

 少しくしゃみが出そうだわ。


「“Execute batch for cube barrier”」


 音声コマンドで今コーディングしたばかりのスクリプト群を呼び出す。

 引数は間違いがあると怖いので、キーボード入力にした。

 まあ、入力が要るのは、キューブの高さ方向の値だけなんだけれどね。


“wait for input (height) : ”


 でカーソルが点滅している。


 えっと、高さはメートル単位でいいのよね。

 あまり小さくても侮られそうだし、百メートルくらいにしようかしらん?

 “100……”


 あ、ちょっと待って、くしゃみ出そう。

 マ、マイクオフ、って、あ、ちょっ、届かない!?


 あっ、あっ、出る!


「くちゅん!」


 我慢しようとしたせいか、何やら我ながらかわいいくしゃみが出……。

 んんん?

 コンソールの数値おかしくない?


 は、えっ、ちょっ!?

 “100000.”?

 やばっ、指が滑ってテンキーのエンターまで押しちゃってる!??


 え、もうこれ実行中??

 じゃあ、そろそろ……出現しちゃうんじゃ………ヤバヤバ!!


 わたしは、冷や汗が噴き出るのを覚えながら、実行中止の方法を考えるけれど、当然のように間に合わない。


「あ」


 ボンッ!!


 軽い衝撃音? 衝撃波のような砂埃が立ち上がり、目を瞑った直後、異様なその風は収まる。

 あー、やらかしましたわー、というか、妙なエフェクト付きかよー。


 と現実逃避しそうになりながら、わたしはおそるおそる目を開き、練兵場の指定ポイントの辺りを見詰める。


 はい、近衛騎士団第一中隊は綺麗さっぱりいなくなっておりましたわー。

 範囲指定は完璧ね……じゃない!

 鏡貼りのタワーが……見上げると雲を突き抜けておりましたわ!!!!


 何これ、コンソールのゼロの数、数えたら十万メートルいってんじゃん!!!!

 はああああ。


「あの……」


 あ……。

 メグウィン殿下は口を半開きにしたまま、魂の抜けたようなご様子で、雲を突き抜けたミラータワーの上の方を眺めていらっしゃる。

 で、カーレ殿下も……同じか、思考停止されちゃってますわ、これ。


「かっ、かはっ、こ、これはっ……がはっ」


 聞き覚えのある……ああ、アワレ公爵かなー。

 窒息しそうな、息絶え絶えの感じで、地面に膝を付かれながら、上空を見上げていらっしゃ……あああ、陛下ダメぇぇぇぇ!!!


 イケ面陛下が人前でしちゃいけないお顔で、茫然と上空をご覧になってるぅぅぅ。

 顎が外れたようなお口全開はダメよぉ!


「なっ、なっ、な、何なのだ、これは…………」


 いや、まあお気持ちは分かりますけれどねー。

 わたしももうびっくりだよ。

 百メートル、普通の超高層ビルくらいあれば、中世っぽい文化の皆さんならびっくりしてくれるかなーと思ったのが、ブルジュハリファも真っ青な……軌道エレベータークラスのミラータワー爆誕だもの。


「はっ、はあ、はあ、はあ、はあ……」


 わたしのすぐ隣で息を吹き返したような音がして、見ると、メグウィン殿下が少し過呼吸状態になっていらっしゃるようだった。


「メグウィン第一王女殿下!」


「あ、はあ、はあ、も、申し訳ございません。

 わ、わたし、はあ、はあ、驚き過ぎてしまって……」


「だ、大丈夫でございますか?」


「ぇ、ええ、はあ、はあ、ですが、鏡の柱が、はあ、はあ、天を貫く鏡の柱が、そこに!」


 わたしがコントローラで手を動かすと、顔色が少し戻られ始めたメグウィン殿下がわたしの手を握ってこられる。

 いや、もちろん、握られてる感触はないんだけれど、あああ、超神展開ぃぃぃ!


「はあ、はあ、はあ、これが、メリユ様の、お力、なのですね?」


「ええ……」


 認めるしかないのだけれど、これ……いいのかしらん??


「メリユ様、はあ、はあ、この、柱は、はあ、天界に、届いて……っ!!」


 メグウィン殿下が何かを言いかけて、慌ててご自身の口を両手で覆われる。

 殿下自身、ものすごく驚かれているようだけれども、一体何が……って思っていると、


「はぁ、はぁ、と、取り乱して、すまない、メ、メリユ嬢」


 すぐ傍のカーレ殿下が再起動した。

 いやー、なかなかにリアルな反応だわ、AIグッジョブ!


「はぁ、あ、あれが何なのか、説明してくれ。

 あと、近衛騎士団第一中隊は、一体どこに?」


 えっと……普通に説明すればよろし?


「……当初のお話の通り、バリアで近衛騎士団第一中隊を閉じ込めるようにいたしました。

 あのバリアは、中から外へ出ることが叶いません。

 また、外から中へは光すら入らないようにしておりますので、鏡のように見えております」


 まあ、最後のは正確な説明ではないのだけれど、まあそういうことにしておきましょう。


「(ゴクリ)……ほ、本当に結界の中に第一中隊を閉じ込めたというのか?

 しかも、中から外へは出られず、また外から中へも光すら入らないと」


「そうでございます」


「だとすると、中は、や、闇の世界ということか?」


「はい、何の光も差し込むことはございません」


「火種がなければ、もはや真の暗闇となっているということでよいのか?」


「はい」


「…………」


 カーレ殿下が黙り込まれると、メグウィン殿下がわたしの手を握る手に力を込められたような気配があった。

 うん、もちろん何も感じないけれど……ああ、ハプティック機能実装しようよぉ、多嶋さん!!

 せっかくの一大イベントなのにもったいない!


「はぁ、お兄様、メリユ様は、はぁ、第一中隊の、カーディア様に、事前に、ご説明されて、いらっしゃって、いましたわ」


「そ、そうだったか。

 しかし、それを聞いていたメグウィンでも、想像を、超えるものだったのだろう?」


「そ、そうで、ございますね。

 これほどまでの、奇跡の御業を、拝見する、ことに、なるとは、思いも、よりませんでしたわ」


「まあ、そうであろうな」


 カーレ殿下はメグウィン殿下に頷き返した後、ミラータワーの方をご覧になられる。


「メ、メリユ嬢、も、もし結界が解かれなかった場合、近衛騎士団第一中隊は、どのようになるのだろうか?」


 カーレ殿下にしては、やけに硬い声音。


「そうでございますね。

 もし水、食料をご持参いただいていない場合、お命の限度は三日と言われております」


「そ、そんなことが分かるのか!?」


「ただ、それだけではございません。

 バリアの内部は日の恩恵を決して受けられない暗闇となっております。

 そのため、火を起こせないまま、寒さに耐えることとなった場合は、更に短くなりますでしょう」


「………メ、メリユ嬢、君は一体?」


「ご安心くださいませ。

 元よりバリアは、人の命を奪うためのものではございません。

 それは相手が帝国の兵であってもでございます」


「メリユ様……」


 メグウィン殿下がまた両手で口を押えていらっしゃる。


「…………あ、す、すまない、メリユ嬢。

 へ、陛下に今の説明をもう一度していただけないだろうか?」


「承知いたしました。

 元よりそのつもりでございます」


 またレアなカーレ殿下を見られたことに少し笑いそうになってしまいながら、わたしは頷いた。

タイトルの字面が……ま、まあよいことにしましょう。

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