第146話 悪役令嬢、ゲームの異常性について考えてしまう
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
悪役令嬢は、自分のプレイしているゲームの異常性について考えてしまいます。
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『やはり、メリユ様は、わたしたちよりも年上でいらっしゃいますよね?』
ハードリーちゃんに、真っ直ぐに見詰められて、そう問われたとき、わたしは全身に鳥肌が立ったような気がした。
ハードリーちゃんとの間にあるはずの、(仮想空間と現実空間の境で)世界を隔絶しているHMDの有機ELパネルすらなくなって、ハードリーちゃんとわたしは同じ世界に身を置いているかのような錯覚に陥り、本当のわたしを見られてしまっているような気になってしまった。
ハードリーちゃんは、わたしがJDだって分かるの?
このエターナルカーム・メリユスピンオフで、悪役令嬢メリユが十一歳という設定になっているというから、それに合わせて演技をしていたはずだったし、細かい動作・仕草もAI補正がかかっているから大丈夫だと思っていたのに、ハードリーちゃんは、メリユ・アバター越しに、JDなわたしに感付いたというの?
「もし、これで、多嶋さんやシナリオライターさんが介入されていないというなら、あまりにもでき過ぎだわ」
そう、介入なしにわたしの正体に気付いてしまったのだとしたら、いくらなんでも、ハードリーちゃんの反応は、AI生成と言うには、あまりにも常軌を逸している。
もちろん、正体を隠してヒロインたちに近付くようなゲームシナリオを、AIに食わせているというなら、あり得るかもしれないけれど……プレイすればするほど、微妙にバージョンアップされているように感じるエターナルカーム・メリユスピンオフに、ゾクリとするものを覚えてしまう。
さっきの、メリユのステータスにしてもそう。
あった方が良いのかなあと思って、わたしが追加実装したとはいえ、わたしは決してメリユ・アバターに異変を生じさせるようなコーディングはしていない。
そして、ライトの“intensity”パラメータを大きくするだけで、MPが減るようなコーディングだってしていない。
それなのに、リアリティが高そうな方向に改変されてしまっていたのは、なぜ?
わたしがプレイしているだけで、AIがゲームシステム自体をアップデートしていっているとか言わないわよね?
やっぱり、これ……『異世界』に繋がっちゃってない?
メグウィン殿下も、ハードリーちゃんたちも実在の人物で、ちゃんとした人格を持っているんじゃないの?
そんな風にしか思えなくなってきちゃってる。
セーブポイントがないのも、やり直しが利かないのも、『異世界』にいる悪役令嬢メリユを操っていて、既に起きてしまった事象をなかったことにはできないから……って考えたら、すごく納得できてしまうし、本当にこのエターナルカームの世界を救うために、わたしは管理者権限を与えられたんだって考えたら、そりゃそうよねって思えてしまう。
ええ、これすらも多嶋さんの仕込みなのだとしたら、あまりにも完成度が高過ぎるわ。
「はあ……」
後で絶対に多嶋さんを問い質さなきゃ。
テスターやっているわたしが、こんなことを考えてしまう時点で、このゲームは本当にヤバイ。
一般プレイヤーなら『ゲーム世界』に没入し過ぎて、廃人化一直線になっちゃう人も出てきかねないわよ!
タダ、もし、もしこれが『異世界』にいるメリユを本当に操っているゲームなのだとしたら……このテストプレイを依頼してきた多嶋さんは、一体何者なの?
多嶋さんが、プレス向け資料では、本名を使われていないのは知っているし、多嶋さんの名前を知っているのは、スタッフだけのはず。
多嶋さんの写真だって、出回っていないはずなのよね?
はあ、謎過ぎるわよ、多嶋さん!
「まあ、いいわ。
今はとにかく、ゲームに集中しないと」
わたしの補佐役としてメリユの傍にいてくれるというメグウィン殿下。
そして、ついさっき、『ディレクトロ デ サンクタ アドミニストラード』に任命されることになったハードリーちゃん。
ディレクトロ デ サンクタ アドミニストラード……って何よ?
なんか『充電』って言葉をこっちで発してしまってから、用語(翻訳)が怪しくなってきているような気がする。
もちろん、メグウィン殿下たちの会話の自然さは全く変わっていないというか、抑揚とか、声の大小とか、吐息とか、リアルさに磨きがかかっているようには感じるんだけれど。
そもそも、多言語対応のために、ベース言語から日本語に翻訳しているとかあり得るの?
乙女ゲーのEN(英語)対応はあるっちゃあるけど、ENじゃ絶対ないしなー、これ。
元は『異世界語』で話されているのを、彼女たちの肉声ベースで自動翻訳してるとか?
あはは……まさかねー。
「何にしても、完全に、ゲーム本編のシナリオに繋がらなくなったわよね……」
メグウィン殿下とハードリーちゃんが、メリユに付きっ切りになってしまった時点で、ヒロインちゃんとそういう関係になる未来がほぼ閉ざされてしまったように思えるもの。
そりゃね、ここからヒロインちゃんが加わってくる可能性はあるけれど、本編の流れに乗せるのはもう無理でしょ。
というか、二人に『大好き』とか言われてしまっているし。
……ヤバイ、頬が熱過ぎるわ!
二人に好かれたヒロインちゃんはこんな感じだったのかしらん?
でも、『大好き』『大・大・大好き』とか、ヒロインちゃんですら言われていないのよ?
くぅ、疑似恋愛感情が芽生えてしまいそうでマジヤバイ!
もしかして、わたしってそっちの気があったりするのかしら?
「………ちなみに、メリユ・スピンオフのハッピーエンドって、どうなってんの?」
メリユ・スピンオフである以上、ハッピーエンド、バッドエンドとも、メリユ視点のものであるはずだ。
これがゲームであれば、誰と結ばれるのか?
これが『異世界』でのリアルであれば、誰と結ばれて良いのか?
考えるだけで頭が痛くなってくる。
でも、メグウィン殿下も、ハードリーちゃんも、銀髪聖女サラマちゃんも、マルカちゃんも、ルーファちゃんも、皆幸せになってもらいたいと思っていることだけは確か。
「はあ、多嶋さんの言葉を信じるなら、取り合えず皆で力合わせて、オドウェイン帝国の侵攻を食い止めろってことなんだろうけど」
当面の目標は、それとして、皆との関係性についてもちゃんと考えていかなきゃいけないわよね?
何せ、これだけメリユに巻き込んでしまったんだもの!
そこはきちんと責任取らなきゃ。
……責任、どう責任を取れば良いのかしらん?
「あああ、分からん!」
わたしはマイクがオフになっているのを確認しながら、呻いてしまったのだった。
「大変ですの!」
メグウィン殿下とハードリーちゃんに腕を擦ってもらい続けていたところ、晩餐の準備状況を確認に行っていたマルカちゃんが客室に飛び込んでくる。
ええっと、銀髪聖女サラマちゃんとルーファちゃんたちは一緒ではないようだけれど、何が大変なんだろう?
……また面倒事じゃないよね?
それでなくとも、メグウィン殿下とハードリーちゃんにベッタリされてて、頭から湯気上がっていそうな状況なのよ、こっちは!
「マルカ様、どうかされましたか?」
「そ、それが、アファベト様がディキル様を連れて来られましたの!」
おお?
それって、アファベトさんが気を利かして、ワールドタイムインスタンスを止める前にディキル君を連れてきてくれたってこと!
やるじゃん!
って、そこまで気が利くAIってあるかいな!
多嶋さん、絶対に問い詰めてあげるから、覚悟しておいてよ!
「離せ、下ろせ!
僕を脇に抱えるとか、僕を何だと思っている!」
なんか扉の向こうから男の子の(声変わり前の)甲高い声が聞こえてくる。
……あー、かなり強引に連れて来られたっぼい。
まあ、何せよ、アファベトさんGJ!
これで、ゴーテ辺境伯領に戻る前に、その別邸(?)に迎えに行く手間が省けたわね!
「ディキル様を今連れて来られたのですか!?」
「ハードリー様、これでお力の消費を少しばかり抑えることができますわ!」
「はい!
ああ、良かったです!」
ハードリーちゃんとメグウィン殿下も、わたしの両側でニッコリされている。
そして、マルカちゃんに続いて、アファベトさんを探しに行っていた銀髪聖女サラマちゃんとルーファちゃんも客室に入ってくるんだ。
「(はぁ)失礼いたします、メリユ様っ」
「はぁ、はぁ、お待たせいたしました。
アファベトですが、弟のディキルを迎えに馬を借りて別邸にまで行っていたようで。
はぁ、よくやってくれたとは思いますが、相談もなしに……後で叱っておきます」
「いえ、これで力を少しでも温存することができますから、ありがたい限りですわ」
お二人とも『時』が動き続ける時間を少しでも短くしようと気を遣ってくれたらしい。
息を切らしながら、そう伝えてくれる。
「ほら、坊ちゃん、下ろしやすよ」
「うわっ、もっと丁寧に扱え!」
部屋の前で、ディキル君は下ろしてもらったみたいで、随分と騒がしい声が聞こえる。
「で、一体、僕は誰に……」
部屋に入ってきたディキル君を見て、わたしはまた全身に鳥肌が立つのを感じた。
見覚えのある少年。
ルーファ様と同じ血筋だって分かる、シルバーアッシュの癖毛に、あの顔立ち。
どうして、ルーファ様を見たときに気付かなかったのかしらん!
うん、容姿はまだ幼いけれど、本編の同級生にいた……あの留学生だわ!
「(ゴクリ)」
名前は本編では出てこなかったようには思うけれど、スチルには描かれていたセラム聖国からの留学生がディキル君だったのね!
ああ、もう……ルーファちゃんをメリユ・スピンオフに絡めてきたのはそういうこと。
まさか、本編キャラ(でも実質モブ?)に関連していたなんて思える訳じゃない!
でも、ルーファちゃんのカミングアウト内容を考えれば、ディキル君がミスラク王国の学院に留学してきた理由も分かるわ。
ルーファちゃんが才女過ぎて有名だったから、敢えてミスラク王国への留学を選んだってことね。
まあ、お姉ちゃんと比較されて、『お前は大したことないのな』とか言われたら、男の子的には屈辱ものなのかもしれない。
「はぁ、はぁ、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下。
メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下。
マルカ・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯令嬢様。
ハードリー・プレフェレ・ハラウェイン伯爵令嬢様。
こちら、弟のディキルでございます。
ほら、ご挨拶して!」
「サンクタ、レガー!?
どうして、サラマ聖女猊下に加えて、知らない聖女にあの小王国の王女なんかがいるんだ!?」
「ディキル!!」
『小王国』という蔑称に、メグウィン殿下、いえ、皆が顔を顰めるのが分かる。
いくら国力差は明白とはいえ、さすがに王族ご本人相手にそれはまずいだろうよさ。
「坊ちゃん、さすがにそれは不敬罪ものですぜ」
「あ……いや、こ、これは………」
まあね、アディグラト家がセラム聖国でも指折りの有力貴族なのは確か。
どうしても奢ってしまうところもあるだろうとは思うけれど、これはダメね。
「ディキル、今の発言は国際問題になりかねないわ。
聖女猊下に対しても不敬罪に問われかねない」
「まさか……そんなこと」
ディキル少年は、銀髪聖女サラマちゃんの方を見て、深刻そうなご表情で同意されるサラマちゃんにようやく自分の仕出かしてしまったことを自覚したらしい。
「た、大変失礼いたしました。
ディキル・スピリタージ・アディグラトでございます。
ぁ、姉が大変お世話になっております」
「弟の発言は不敬罪に触れるものであると理解しております。
弟に代わりまして、深く謝罪申し上げます。
本当に申し訳ございませんっ!」
ディキル君以上に頭を下げられるルーファちゃんに、ディキル君も状況が分かってきたらしい。
ガラフィ枢機卿猊下にお会いするために、王女、貴族令嬢とはっきり分かる正装をしてここにいるのだし、見るだけでどういうお相手か分かるだろうに。
「どうして、新しい聖女が誕生してて、その上、ミスラク王国の王女様がいるんだよ?」
「黙ってなさい」
ディキル君、本編でメリユと同級生だったのだから、今十一歳か。
それにしても、こういう性格だったわ。
実質モブキャラだったけれど、まあモブ放置で正解だったかもね。
んー、乙女ゲーで外国からの留学生って定番ではあるけれど、ディキル君を本編で登場させたのはなんでだろ?
まさか、(将来)メリユ・スピンオフに登場させるためだけに、本編にも顔出しさせてたって訳はないし。
……なんて、考えていると、
「お初にお目にかかります、メグウィン・レガー・ミスラク、ミスラク王国第一王女でございます。
こちらにいらっしゃる、我が王国が誇る、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下の補佐をしております」
ああ、ヤベ、わたしも自己紹介しなきゃだよね?
にしても、メグウィン殿下、ニコニコしながら、内心ブチ切れてそう……。
あの迫力、間違いないわ。
そんなメグウィン殿下から視線を送られて、わたしも慌てて挨拶をする。
「ご紹介に与りました、ミスラク王国の北の辺境伯家が第一子、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアドでございます。
先日は、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下、教皇猊下より聖女認定をいただきました。
このような格好で失礼いたします」
「……ミスラク王国の聖女、なのか」
……声漏れてんぞ。
まあ、聖国の人たちには衝撃的なことかもしれないわね。
聖国外、それも『小王国』出身の聖女様だなんてね。
いや、普通に考えて、メリユ・スピンオフにしたって、超展開なんだけれどさ。
「こんな、田舎臭いそばかす女が聖女様だなんて」
おい、聞こえてんぞ!
そりゃあ、今はミューラの姿だけれど、ミューラを侮辱するのは、わたしが許さん!
って、何っ、このメラメラと燃え上ってそうな怒りのオーラは!?
あああ、何、メグウィン殿下、ハードリーちゃんだけじゃない。
マルカちゃんも、銀髪聖女サラマちゃんも、ルーファちゃんも激おこっぽいじゃないのよ!
皆が本気で怒ってくれているっぽいから、なんか、わたしの方が怒る気力をなくしちゃいそう。
少年……謝っておけ。
女性に対してそんな風に喧嘩を売ったら、後が怖いぞ。
お姉さんからの忠告だ。
って、視線だけじゃ伝わらんか。
「……あれ?
えっ!?」
あー、手遅れだな、これは。
わたしは女性陣を完全に敵に回してしまったらしいディキル少年に、少しばかり同情してしまったのだった。
南無。
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今回は悪役令嬢メリユ=ファウレーナ視点ですが……まあ、どう考えても、普通のゲームではございませんよね。
はたして、真実はどうなっているのでございましょうか?




