第144話 王女殿下、悪役令嬢によって皆の運命がどれほど変えられたかを考える
(第一王女視点)
第一王女は、聖国ガラフィ枢機卿邸の客室において、皆と『時』止めるための事前準備を行いながら、悪役令嬢によって皆の運命がどれほど変えられたかについて考えます。
[ご感想、『いいね』いただきました皆様方に心よりお礼申し上げます]
ハードリー様にマルカ様、そして、セラム聖国のサラマ聖女様やルーファ様という国際色豊かな面々で、(仮眠から目覚められたメリユ様に)『時』をお止めいただく前にすべきことをこなしていく中、わたしは、メリユ様に『友人になって欲しい』とお伝えしたあの日に、メリユ様からいただいたお言葉を思い出していた。
『ええ、女性男性、性別に関係なく、メグウィン様ご自身にしかない何か輝けるものをお持ちになられれば、どなた様もメグウィン様を軽んじられるようなことはなくなるかと存じますわ。
そして、それは必ずメグウィン様の中にあると、わたしは確信しております』
『ご安心くださいませ。
メグウィン様の中の輝けるものは、既に輝き始めておりますわ』
『ええ、他者の言葉に惑わされず、ご自身の目で真実を見抜かれるお力。
他者の意見を公平に受け入れながら、ご自身としてのお考えをまとめることのできるお力。
そして、何よりご自身の決められたことを貫き通すことのできるお力。
そのお力はもうメグウィン様の中に既に芽生え、周囲の方々も、その輝きに気付き始めているはずですわ』
生涯絶対忘れ得ない、大事なメリユ様のお言葉。
実際、今のわたし自身、メリユ様の補佐役をしていることに誇りややりがいを覚えているように、皆様も今ご自身のなさっていることにそうしたものをお持ちでいらっしゃるのだろうと思う。
キャンベーク川の一件では、最前線で動かれていたハードリー様。
偽聖女見習いの使節団に疑いを持ち、自ら動かれていたマルカ様。
メリユ様の聖女認定を教皇猊下にご進言されただけでなく、聖国の危機にメリユ様とご同道され、つい先ほどもガラフィ枢機卿猊下とのご交渉に当たられたサラマ聖女様。
ご自身の家の不正・腐敗を見抜かれ、その証拠書類を捜索するのに奔走されたルーファ様。
たとえどんなに努力しても、高貴な身分の『女性』なんて所詮政略結婚の駒にされ、政務や軍務でご活躍されるような方々はその内のほんの一握りだなんて腐っていたわたしは何だったのかと思ってしまう。
同じ世界で既にご活躍され、そして、これからもご活躍されようとしている皆様がここに集っている。
そうね、これも神のお導きということになるのかしら?
「皆様、メリユ様のお力のご回復見込みを計算いたしましたので、ご覧いただけますか?」
「「はい」」
「『時』をお止めいただいた後、一日半のご回復量がおよそ二割ですので、総計三割五分ほどまでご回復。
そこからの消費が、使徒様へのご変身で二分、飛翔での移動で一分、ゴーテ辺境伯領への移動で一分、ご変身を解かれて一分、『時』を動かされて三分。
タダ、ディキル様をお迎えに行かれる際に、『時』を動かし、再度お止めになられる場合、六分、更に消費されます。
ですので、ゴーテ辺境伯領に戻られた際には、お力の残量が二割ほどになってしまうでしょうか?」
すっかり聖なるお力の管理ではすっかりご専門家になられたハードリー様が羊皮紙に書き出された数値に感心しつつ、わたしは改めて現状の厳しさを実感させられてしまう。
「ゴーテ辺境伯領城に戻られましてから、その晩と翌晩、しっかりお休みいただけば、五割ほどまでのご回復は見込まれると」
「やはり、ご神命により、あの奇跡を起こされたのが響いていますわね」
メリユ様のご負担を鑑みれば、あまりにも無茶なご神命のように思われたあの奇跡だけれど……考えれば、考えるほど、あの奇跡が過剰であったと否定するのは、浅慮なことかもしれないと思え始めている自分もいる。
あの奇跡は、間違いなく聖国全体を揺るがし、聖国に常駐していたであろう各国の使節や密偵は、聖国にとんでもないことが起きつつあると自国に伝達するに違いないからだ。
場合によっては、オドウェイン帝国の侵攻計画にすら影響を及ぼすのではないかとさえ思えてくる。
少なくとも、セラム聖国を傀儡としようとしたオドウェイン帝国の企みは挫折しかけているのだ。
ガラフィ枢機卿猊下が本気で聖騎士団を動かされる以上、数日中にもそれは瓦解しておかしくなく、ご神意が聖国に伸びるオドウェイン帝国の魔の手を防ぐということも含んでいたなら、まさに『成功』と言えるだろう。
そういう意味では、神もメリユ様に一定のご配慮をされつつ、ご神命をくだされていたと言えるのかもしれない。
「それでも、ぎりぎり過ぎますわね」
ここまで来てしまうと、オドウェイン帝国の先遣軍が砦に到達するまでの数日で、いかにしてメリユ様にお力をご回復いただくかに、全てがかかっていると言えるだろう。
もはやメリユ様に余力はない。
万が一にでも、オドウェイン帝国の帝都に神のご警告をくだされるようなご神託がくだっても、それをすれば、メリユ様は先遣軍からゴーテ辺境伯領を護るお力を失われてしまう以上、もはや『回復量の全て』をバリアを張っていただくのに残していただくしかないのだ。
「皆様、申し訳ございません。
わたしが弟のディキルをご同道させたいなんて申しましたせいで」
「いえ、わたしも母を救っていただいた際、メリユ様に不必要なお力を使わせてしまっておりますので」
「ハードリー様、そういうことは言うものではありませんわ」
「ご、ごめんなさい、メグウィン様」
家族を失いたくないという思いは誰にだってある。
そもそも、マルカ様やルーファ様、わたしやお兄様だって、オドウェイン帝国の工作により命を落としかねないところを救っていただいていて、生き続けているわたしたちがこうしてその魔の手に抗う手段を模索しているのだから、きっとメリユ様のご判断に無駄なんてものは何一つないのだと信じたい。
「わたしたちは、本当にメリユ様のお力が危険水域に入る直前まで、メリユ様のご意向を尊重するしかないのですわ。
ここにいる誰もが不要だと思われる場合のみ、メリユ様をお止めすれば良いでしょう」
「そうで、ございますね」
それにしても歯痒い。
神もこれだけの無茶をメリユ様に強いておられるのだから、もう少し一日あたりの積み込みを増やせないものかしら?
いえ、ダメね。
そんなことをすれば、メリユ様が更に『人』の身から外れてしまわれかねない。
だからこそ、神はぎりぎりのところを見極められつつ、ご神託をくだされ続けているのだろう。
敢えて、そこまでしてメリユ様を酷使され続けられる神には、やはり怒りの気持ちしか湧いてこないわ。
それでも、メリユ様のご聖務のことをちゃんと理解しているわたしたちがここにいて、メリユ様を支えようとしていることは、まさに世界の安全線を守るのと同義なのだとわたしは思うのだった。
メリユ様が短い仮眠からお目覚めになられたのは、『時』をお止めいただく準備の済んだ三刻後のことだった。
メリユ様の腕は、まだ少し痙攣を起こされているようではあったけれど、感覚が戻られ始めていて、ハードリー様は泣きながらその腕を擦られていた。
そして、サラマ聖女様とルーファ様は(また)目を真っ赤にされて、メリユ様に謝意を告げられたのだ。
聖女様としてのご自身の目標を見失いかけられていたサラマ聖女様。
学院では才女と認められていたのに、ご家族にはお認めいただけず悩まれていたルーファ様。
わたしもちゃんと伺っていなかったことだったけれど、サラマ聖女様もルーファ様も、わたしと似たような境遇にあったのだと知って、わたしも少しホッとしてしまった。
「それにしても、まさかこれほど、わたしたちの運命すらも変えられていらっしゃったなんて」
今や、サラマ聖女様は、メリユ様の(聖国側の)補佐役として認められ、ルーファ様も聖騎士団のオブザーヴァントという重役に就かれている。
本当にメリユ様との出会いは、わたしたちにとって運命そのものだったのだろう。
廊下にいたはずなのに見当たらないアファベト様を探しに、サラマ聖女様とルーファ様が抜けられた直後、ハードリー様はメリユ様に甘え始められた。
「あの、今だけ甘えさせていただいても?」
「ええ、もちろん、いいわよ、ハードリー」
お約束されていた通り、メリユ様はハードリー様を呼び捨てにされ、お姉様らしく振舞われる。
「やはり、メリユ様は、わたしたちよりも年上でいらっしゃいますよね?」
今はミューラ様のお姿なので、肉体的にはもちろん年上でいらっしゃるのだけれど、ハードリー様の今のお言葉の、その意味は……?
わたしは何度なく、お姉様らしさを感じてきたメリユ様のことを思い出し、ゾクリとするものを覚える。
もはや当たり前のように感じ始めているけれど、『時』をお止めになるというのは、とんでもないことであるはずなのだ。
これまでも、きっと、何度となく『時』の止まった世界でお過ごしになられてきたに違いないメリユ様。
それは一体、何日、何十日、いえ、何百日に至っているのだろうか?
「メ、メリユ様!?」
今は、わたしたちが一緒にいるから、一日経とうと、二日経とうと、孤独を感じられることはないと思う(そう信じたい)
けれど、聖女としての鍛錬のために『時』をお止めになられたり、オドウェイン帝国がちょっかいを仕掛けてきたときに『時』をお止めになられたりされてきた間は、メリユ様はたったお一人『時』の止まった世界で何度なくお過ごしになられてきたのではないだろうか?
そして、その繰り返しによって、気が付いたときには、この世界では同じ十一歳ということになっていても、メリユ様だけは数歳上の時間を生きられていらっしゃるのかもしれない。
わたしはハッとなって、メリユ様のベッドに腰を下ろすと(ハードリー様が擦られていたのとは)反対側の腕を掴んで、メリユ様を見上げるのだ。
「…………ええ、そうね。
わたしの普段の見た目は、メグウィンやハードリーと同い年のようであるかもしれないけれど、本当の年は、そうではないわ」
やはり!
では、あの年上のお姿こそが本来のメリユ様のお年のお姿で、そのままでは(一定の『時』を刻み続ける)この世界では生きられないから、年下のお姿でお過ごしになられていたのだわ。
だから、メリユ様はこんなにも『お姉様』なのだわ!
わたしはうれしく思う気持ちと悲しく思う気持ちがない交ぜになって、思わず泣きそうになってしまった。
「メリユ姉様!」
「メリユ様!」
「ふふ、そんなに気にしないで頂戴。
二人には気が付かれてしまったけれど、普通は、まず誰も気が付かないことだもの。
わたし一人秘密を抱えていれば、それで済むことなのだから」
そんな孤独が当たり前みたいなことをおっしゃらないで欲しい!
だって、わたしは片時もメリユ様のお傍を離れないと決めたのだから!
「メリユ姉様、ご負担になられないのでしたら、これからは『時』をお止めになられるときは、必ずわたしも、いえ、ハードリー様とわたしもご一緒させてくださいませ!」
「はい、わたしも絶対にご一緒させていただきたいです」
わたしたちが力強くそう伝えると、メリユ様は少し困ったようなご表情をされる。
それでも、それは決してご不快に思われてのものではないようで、先ほどハードリー様がおっしゃっておられたように、メリユ様は(きっと)喜んでいらっしゃるのだと、わたしは感じたのだ。
そう、これからは何が起ころうとも、メリユ様をお一人には絶対にさせない。
『時』が止まった世界でも、『時』が動いている世界でも……世界の中心でも、世界の果てでも……わたしたちは、メリユ様のお傍で一緒にあり続けるのだと、そう決意したのだった。
[何とご感想をいただきました! 心よりのお礼を申し上げます!!]
また、『いいね』、ご投票でも応援いただきました皆様方に心よりの感謝を申し上げます!
地味に更新を続けている本作ではございますが、最後まで走り切りたく存じますので、ぜひとも今後ともよろしくお願いいたしますね!
さて、連休ということで何とかもう一話、更新いたします。
ついにメリユの中の人がJDであることに気付かれてしまいました(?)
さすがはハードリーちゃん、よく見ていらっしゃいますね!
ええ、上記の通り、中の人が本当に年上なだけで、悪役令嬢メリユ=ファウレーナさんも(一瞬フリーズしてしまいましたものの)認めてしまった訳なのでございますが、メグウィン殿下はまたも(良い方向に?)勘違いされてしまわれたようで、更にメリユから離れる気はなくなってしまったようでございます、、、




