第143話 王女殿下、皆と話し合う
(第一王女視点)
第一王女は、聖国ガラフィ枢機卿邸の客室において、皆と、悪役令嬢のこと、今後のことについて話し合います。
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メリユ様がお眠りになられてから、サラマ聖女様、ルーファ様とアファベト様が客室までお戻りになられた。
ルーファ様は、目を真っ赤にされて、つい先ほどまでお泣きになられていたご様子で、お話を伺ったところ、何とガラフィ枢機卿猊下から聖騎士団のオブザーヴァントに任じられたとのこと。
アファベト様もそのペルソナ・ガーディストに任じられ、メリユ様と一緒にご同道されるという。
最初は、メリユ様のご聖務後、すぐゴーテ辺境伯領までご同道されるルーファ様がなぜ聖騎士団のオブザーヴァントにご着任されることになったのか、まるで理解できなかったのだけれど、何と、ガラフィ枢機卿猊下の権限で一個中隊の聖騎士団を国境まで出していただけるとのことだったの!
サラマ聖女様がミスラク王国内で編成された聖騎士団は(あの襲撃事件で)解散に追い込まれてしまったのだけれど、今度はそのような問題も起きないだろうと思う。
戦闘行為への直接介入は、現時点では難しいとのことではあるけれど、聖国の聖騎士団が国境線に配備されることで、オドウェイン帝国に対して一定の牽制にはなるだろう。
何せ、サラマ聖女様が現地におられ、聖騎士団のオブザーヴァントにルーファ様が着任される以上、今後こそ、派遣される聖騎士団は、王国の味方の立場となってくれるはずなのだ。
そして、何より、メリユ様がご回復されれば、オドウェイン帝国の先遣軍はバリア内で弱体化され、撤退を余儀なくされるに決まっている。
そう、あの奇跡を拝見させていただいた後だからこそ分かる、メリユ様に下賜されている聖なるお力の強大さ……そして、その反動の大きさ。
「最大の問題は、メリユ様……ね」
ガラフィ枢機卿猊下からは客室の利用と、『時』を止めた後、本日の晩餐の用意を全て食して構わないとのご許可もいただいたらしい。
体感時間では、『時』を止めてからほぼ丸一日経とうとしていて、あと数刻もすれば、晩餐という頃合いだろうか?
ほんの僅かな間、昼(以上)の明るさを体感できたものの、ほとんどずっと夜が続いていて、時間感覚が次第におかしくなってきそうだ。
「『時』をお止めいただくのは、いかがいたしましょう?」
「それは分かりますが、メリユ様にはもう少しお休みいただきたいところですわ」
マルカ様のお言葉に、わたしはお休みされているメリユ様の方をちらりと見てからそう告げる。
ゴーテ辺境伯領城での混乱は多少生じてしまうことは、もう致し方のないことだろう。
今は、メリユ様が聖なるお力の喪失により、昏睡されるような事態だけは避けなければならないだろう。
「はあ、いくらご警告のために必要なことだったとはいえ、神はメリユ様に無茶をさせ過ぎなのです!」
あの場で、厳格なガラフィ枢機卿猊下様を納得させるには、あのご警告がどうしても必要だったことは分かる。
あれがなければ、ルーファ様、サラマ聖女様のお言葉を正しく受け止めてもらえず、聖騎士団一個中隊を派遣していただけるようなご対応もなかったことだろう。
それでも、あのお力の行使は、これまでメリユ様がされたきたお力の行使の中でも、『キャンベーク川の奇跡』と並んで大規模なものだったに違いない。
「はあ、それにしましても、今思い出しましても、とてつもないご奇跡で、ございましたね」
「メリユ様、かなり真剣なご様子でコンソールと向き合われていらっしゃいましたけれど、メリユ様がご警告の減弱を神にご交渉されなければ、もっと大変なことになっていたのでしょう。
はあ、今頃、各国の密偵の類は、全力でこの奇跡の情報を持ち帰り、各国の上層部もその真偽に頭を悩ませることになりそうですわね」
わたしは、ハードリー様と向き合い、先ほど正しくメリユ様に叱咤されたことを思い出して、笑みを零してしまう。
「ハードリー様、先ほどメリユ様にはっきりと言うべきを言われて、素晴らしかったと思いますわ」
「ぃ、いえ、そんな……わたしは、大してことしておりません」
ご警告を発動されたときもそうだけれど、お止めになられたときの……本当にメリユ様が神のお力を振るわれているのだと皆が感じ取ったときの緊張感は、凄まじいものだった。
誰もが、メリユ様には平伏し、そのご言動を決して否定してはならないと思ったことだろう。
わたしですら、こんなわたしがメリユ様のお隣に立っていて良いのだろうかと思ってしまいそうだったもの。
「いいえ、大したことだと思いますわ。
わたしですら、メリユ様に平伏さなければならないかと思ってしまいそうでしたし。
ですが、そんなことをすれば、メリユ様は本当の意味に孤独になられ、『人』としての心を保っていられなくなったのかもしれませんもの。
ハードリー様は、共にある者として、正しいことをしたのだと思います」
「メグウィン様……」
照れていらっしゃるハードリー様が何とも可愛らしい。
やはり、ハードリー様もメリユ様のお傍にいていただかなくてはならないお方なのだろうと思う。
「わたしはタダ、猊下、いえ、メリユ様が大好きで、ずっとお傍にいたいと思っているのは本当のことですし、ハラウェイン伯爵領でたくさんのお礼をさせていただきたく思ってもいるのですから、こんなところでメリユ様のお手を離すなんてこと、絶対に考えられなかったんです」
「そうですわね」
ハードリー様のお礼という言葉で、思い出したのだけれど、わたしはどのようにしてメリユ様への大恩に報いれば良いのだろうかと思ってしまう。
メリユ様の補佐をするというのは、自ら望んだことであるし、今まで思っていた以上の権限を与えられたことに誇りも感じていて、決して『お返し』になっていないのだ。
ルーファ様もオブザーヴァントに任じられたことに対してメリユ様にお礼をしたいとおっしゃっていたけれど、お兄様の補佐をする以上のやりがいある仕事を任されたことに、わたしだってメリユ様にお礼を言いたいくらいなの。
もし……メリユ様があの日、王城にいらっしゃらなければ(オドウェイン帝国の侵攻がなかった場合でも)わたしはこのような立場を得ることなく、政略結婚の駒として(学院卒業後)タダ嫁ぐだけの王女で終わってしまっていたことだろう。
お母様のように、自分の立場に見合ったやりがいのある仕事がしたいという思いは、思いがけず、メリユ様の補佐になることで叶えられてしまったの。
本当に、何もかもがメリユ様のおかげ。
「メリユ様には、どんなにお礼をしても、し尽くせることは一生ないのかもしれませんわね」
何より、メリユ様がいらっしゃらなければ、わたしはアディグラト枢機卿と繋がっていた聖騎士団によって命を落としていた可能性が高いのだから……わたしのこの身、この魂は全てメリユ様のものと言って良いのかもしれない。
そんなわたしは、どのようにしてお礼をすれば良いのか?
お父様は、お兄様の妃として迎え入れることで報いられればとお考えのようだけれど、メリユ様のご様子だとそれも決して自ら望まれてのものではないと思うの。
もちろん、それ以外にも、王国として褒賞を用意するのは当然のことだけれど、メリユ様はそんなものでお喜びになられるのかしら?
わたしは……もう全てをメリユ様に捧げるつもりでいるのだけれど、それで少しでも喜んでいただけるなら、それはもう本望であって……『お返し』をしている気にもならない。
どうすれば、メリユ様に『お返し』をすることができるのだろう?
「……むしろ、メリユ様に甘えてしまって、お礼どころか、ご負担になっているかもしれないのが、心苦しいのですけれど」
「そんなことあり得ません!
メリユ様は、メグウィン様がお傍にずっといらっしゃることをお喜びになられていると思います!」
「あ、ありがとう存じます、ハードリー様」
ハードリー様にそのようにおっしゃっていただけて、少しばかり恥ずかしくなってきてしまう。
何にしても、聖女専属護衛隊における権限をお父様、お母様からいただいている以上、予算をメリユ様のためにお使いするのは当然のことで、もう少し贅沢をしていただいても良いと思うのだけれど。
ドレスにしても、お食事にしても、もう少し我儘をおっしゃっていただきたいくらいなのよね。
「それで、『時』をお止めになられるとして、どれくらいお休みいただくことになりますでしょう?」
サラマ聖女様が真剣な面持ちでそう尋ねられ、わたしはハッとするのだ。
そう、『時』が今もこうして進んでしまっている以上、必要なことを一通り準備した上で、『時』をお止めいただかなくてはならない。
かと言って、(わたしたちにとって)昨日の夜がいつまでも続くような中、『時』を止め続けることが本当にメリユ様にとって良いことなのだろうかとも思ってしまう。
「メリユ様の聖なるお力の積み込みには、どれほどのお時間をかけるべきかによりますでしょうね」
「積み込み、とは?」
「メリユ様が聖なるお力を体内にお蓄えになられることを『積み込み』と呼ばれていらっしゃったのです」
「積み込み……つまり、外部から聖なるお力が補われるのは間違いないと。
当然それは神と言いましょうか、天界から補われることになるのでしょうね」
「ええ、本来であれば、『人』の身に蓄えられるべきものではないでしょうに。
メリユ様のご行使されるお力の規模が次第に大きくなってきていらっしゃいますから、メリユ様の身に良くないことが起きてしまうのではないかと懸念しておりますわ」
先ほどメリユ様の腕が動かなくなってしまったのも、明らかに異常事態と言って良い。
聖なるお力のご行使の規模が大きくなることで、次第にメリユ様に積み込まれるお力も大きくなって、『人』あらざる者へ、神の眷属へなられていってしまうのではないかという不安は確かにあるのだわ。
「次はオドウェイン帝国の先遣軍を丸ごと、結界、バリアに閉じ込められるのだと思いますけれど、どれほどのお力のご行使になられるのか……」
「そういえば、先ほどの神よりのご警告の音は、キャンベーク川でのご行使よりずっと大きかったように思います」
なるほど、ご行使されるお力の規模に合わせて、ご警告も大きくなると。
何せ窓ガラスがビリビリと震えて、何枚ものガラスが割れ砕けるほどだったもの。
先遣軍を丸ごと閉じ込めるバリアとなれば、どれほどのものになることか。
「もし……神隠しのような事象まで併せて起こるとなれば、もっと大変なことになるかもしれませんの」
「そうですわね」
「メグウィン第一王女殿下、聖騎士団の派遣は、その、移動時間を考えますと、オドウェイン帝国の先遣軍の砦到着ぎりぎりになる可能性が高いかと存じます。
間に合えば、多少の時間稼ぎにはなるかもしれませんが、やはり最後はメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下のお力のご行使が必要となりますでしょう」
「では、最低でも一日半は、『時』をお止めいただくとして、それに対する備えを今の内にしておくべきでしょうか。
食事関係は、ガラフィ枢機卿猊下邸の今出来上がっている分を、少しずつ『時』を戻して、食していく形になりそうですが」
「メリユ様はかなり衰弱していらっしゃいますから、果物や食べやすいものを中心にご用意いだたく必要がありそうですの」
皆様、活発にメリユ様がお目覚めになられ、『時』をお止めになられるまですべき『備え』について真剣に話し合われ、またメリユ様を支える仲間が増えたことをわたしは本当に喜ばしく思うのだった。




