第141話 聖国聖女猊下、ガラフィ枢機卿猊下と話をし、悪役令嬢を支えていくことを改めて決意する
(聖国聖女猊下視点)
聖国聖女猊下、ガラフィ枢機卿猊下と話をし、悪役令嬢を支えていくことを改めて決意します。
ガラフィ枢機卿邸の警護にあたっていた修道騎士数名を聖騎士団を動かすために走らせていただき、ようやく邸内が落ち着いてきたところで、(メリユ様=使徒ファウレーナ様を客室までお運びしてから戻った)わたくしはガラフィ枢機卿と二人きりでお話することになった。
これで、アディグラト家にいる修道騎士たちの救出と、オドウェイン帝国の工作兵たちの護送が叶うことだろう。
正直ホッとする。
わたくしなんて『聖女』なんて肩書を持ってはいても、所詮は(聖都から離れた)地方の一伯爵令嬢に過ぎないのだから。
目の前で傷付き、血を流されている方がお一人いらっしゃるだけでも、内心、落ち着いていられないくらいの小心者なの。
「それで、使徒ファウレーナ様、いえ、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下のご容体は?」
「……それが、腕の感覚を失われていらっしゃるようで、ご意識も少し朦朧されておられるご様子なのでございます。
今メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下が御手当をなさっておられます」
メリユ様がお力の使い過ぎで倒れられたことは存じ上げているから、今回もそれと同じであることは分かる。
それでも、腕の感覚を失われたのは初めてのことであるようで、本当に心配でならない。
聖教、聖国中央教会の聖女として、責任を感じてしまう。
メリユ様にはあのようにおっしゃっていただいたけれど、わたしは、メリユ様のためにどれほどのことができるのだろう?
「はあ、無理もないことでしょう。
日食ならともかく、経典にすら記録にない夜を昼に変えるようなお力のご行使、『人』の身になられた使徒様にはさぞや大きなご負担だったに違いありません。
全ては、わたしの愚かさが招いてしまったこと。
オドウェイン帝国の馬鹿者どもと、聖職貴族の愚か者どもを無事一掃し、聖都の浄化が完了すれば、わたしも身を退くことといたしましょう」
な、何をおっしゃっているの!?
まさか、ガラフィ枢機卿猊下がご引退されると!?
もちろん、わたしだってそうなのだから、ガラフィ枢機卿猊下がこの事態に責任を感じられることは分からないでもない。
それでも、聖国中央教会で、教皇派でも(お厳しいとはいえ)一番信頼できるお方がおられなくなってしまえば、どれほどの混乱が生じることだろう?
「はあ……まさか、この歳になって、神のお力をこうしてまざまざと拝見させていただくことになるとは」
ガラフィ枢機卿猊下は、再び闇を取り戻した夜空を窓の外にご覧になられながら、溜息を吐かれる。
「はい、神が神命の代行者様であられるメリユ聖女猊下を介され、直接聖都に介入されることをお決めになられたということ自体、聖史始まって以来のことかと」
「……まさに、わたしたちは、不正・腐敗が横行し、大国が小国を蹂躙するような、『人』の欲望が剥き出しになった激動の時代を生きることになったということなのでしょう。
そして、神がついにそのお力の片鱗をお見せになられた以上、最悪の場合についても考えなくてなりませんね」
ガラフィ枢機卿猊下のお言葉にわたしはゾッとするものを覚える。
先ほどは、闇夜を真昼の明るさに変えられ、まだ肌寒いはずの『種撒きの月』の夜を『緑盛る月』並みの真昼の暑さに変えられたのだ。
あれでも……おそらくは……メリユ様が神よりのあのご警告を幾分抑えたものにしてくださったのだろうとは思う。
もし神がそのお怒りを直接お示しになられていたなら、人々の命を奪いかねない熱波すら齎されていたかもしれない。
『最悪の場合』……そう、神が本気で神罰をくだされた場合、聖都はあの光によって焼き尽くされ、欲深い聖職貴族たちだけでなく、敬虔な信徒たちも巻き添えに滅びることとなるかもしれないということなのだろう。
「本当に神は、聖都ケレンを焼き尽くされると?」
「それも十分にあり得るということです。
ご警告ですら、これほどの天変が生じたのですから……ふふ、神が本気になられれば、一瞬で聖都は灰へと変わることでしょう」
ガラフィ枢機卿猊下の手がもはや隠し切れないほどに小刻みに震えられているのを見て、あの猊下ですから、怖れを覚えられておられるのだと、わたくしは衝撃を受ける。
「大丈夫ですよ。
神が使徒ファウレーナ様の化身をこちらに遣われたということは、わたしにそれだけの働きをご期待されているとも取れるのですから。
わたしにとって最後の大仕事です。
聖騎士団を使い、少しでも後ろ暗い者たちは全員捕縛し、神の前に懺悔させることとしましょう。
何、あの神のご警告を前に嘘を付けるような愚か者なんていないでしょう。
嘘を付けば、聖都ともども滅びが待っているのですから」
「ガラフィ枢機卿猊下」
ええ、わたしも、これもまた運命のようなものではないかと思っているのは事実。
今聖都ケレンを浄化できるのは、ガラフィ枢機卿猊下以外におられないことだろう。
「ああ、そうでした。
貴女様にはちゃんと謝罪していませんでしたね。
サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下、先ほどは貴女様の聖女猊下としての誇りを傷付けるようなことを申し上げてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「な、何を!?」
唐突に(思い出されたように)わたくしに謝罪されるガラフィ枢機卿猊下に動揺してしまう。
「貴女様は、使徒ファウレーナ様の生まれ変わりであられるメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下を見出され、教皇猊下に聖国中央教会として『聖女認定』されるようご進言されたのです。
そして、聖女猊下に寄り添い、ここまで導いてくださった、まさに神のご意思に従うかのような活躍ぶり、今となっては見事としか言いようがないでしょう」
「そ、そんなご過分なお言葉を賜るようなことは……」
「いいえ、貴女様がこの時代に聖女猊下に認定されたことには意味があったとみて間違いないでしょう。
二人の聖女猊下の誕生、これも運命付けられたものであったに違いありません。
神命の代行者様たるメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下を表立って持ち上げることが難しい以上、貴女様による補佐は不可欠。
これからも、何卒よろしくお願いしますよ」
丸眼鏡をかけ直されながら、優しい眼差しでわたくしを見詰めてくださるガラフィ枢機卿猊下のお言葉に、わたくしは泣きそうになってしまう。
「さて、アディグラト枢機卿邸の一件が片付き次第、聖騎士団を本格に動かさなくはなりません。
賄賂等による不正蓄財、他国との内通、外患誘致に関わった者を捕縛するため、それなりの準備は必要でしょう」
いけない!
アディグラト枢機卿邸から運んできた書類のことをお話するのを忘れていたわ!
「ガラフィ枢機卿猊下、アディグラト枢機卿邸で捜索・押収した書類をルーファ様の護衛のアファベト様に運んでいただいております。
後ほどお渡しさせていただければと」
「ふふふ、さすがは、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下。
ルーファ嬢のご救出もご神命によるものとは伺いましたが、神のお導きの裏には、そうしたお考えまであったとは、改めて感謝祈りを捧げなければなりませんな」
愉快そうなお声を上げられるガラフィ枢機卿猊下に、わたくしはホッとするの。
それにしても、何てくすぐったい。
「しかし、彼には悪いことをしましたね。
後で、彼の働きに見合う報酬を出さなければ」
ええ、アファベト様は、本当にそれだけのことをされていると思う。
今時、あれだけ(主人である)ご令嬢のためにご自身のお命を張れる修道騎士は珍しいことだろう。
「ふふ、本当にこの時代に、これだけの者を揃えられたのも、神のお導きでしょうか。
全てが終わりましたら、身を退く前に経典に追記させていただく栄誉を賜りたいものです。
夜が昼に変わり、『緑盛る月』のような暑さが齎された神のご警告を身をもって味わうことができたのですから。
そして、その事態を招いた……ふふ、神意を疑った愚か者として経典に名を残すのも一興かもしれませんね」
「ガラフィ枢機卿猊下っ」
よりにもよって聖都清浄化に一番ご尽力いただくことになられるガラフィ枢機卿猊下が愚か者として名を残されるだなんていけないことだろう。
ご冗談にしても笑えない。
「ああ、もう一点、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下にお伺いしておかねばならないことがありましたね」
「何でございましょう?」
ガラフィ枢機卿猊下の眼差しは真面目なものになられているのに気付き、わたくしは思わず身構える。
「此度、使徒ファウレーナ様は、『人』として生きる今生をメグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下とハードリー・プレフェレ・ハラウェイン嬢のお二人と共にされることを望まれているという理解でよろしいのですか?」
確かに、そのように報告はした。
そして、カーレ・レガー・ミスラク第一王子殿下とのご婚約のことも、マルカ様と、もしかすれば、わたくしもメリユ様とお近付きになる可能性があるかもしれない……ということも報告はしている。
けれど、一番の親密さで言えば、あのお二人で間違いないだろう。
「……はい」
「そうですか、使徒ファウレーナ様のご嗜好はわたしも経典、伝承の記述からよく存じ上げておりますから、そういうことなのでしょうね。
そもそも、使徒様の性別がないものとされている以上、わたしたちに一切の口出しはないということで理解しておいてください。
タダ、カーレ・レガー・ミスラク第一王子殿下とのご婚姻については、あまりにミスラク王国に利があり過ぎます。
聖女認定がある以上、それなりに介入させていただくことになるかと」
驚きを隠せなかった。
いえ、確かに使徒様に性別がないということになっている以上、何方様と結ばれるかについては、そのお相手の性別を問わずということになるのだろう。
そうね、セレンジェイ伯爵家の人間としては、今生こそ使徒ファウレーナ様にはお幸せになっていただきたいという思いがあるのは確か。
あの伝承は、あまりにも悲恋だもの。
もちろん、悲恋と言ってしまうのも、聖職者としては、良くないことなのだろうけれど。
「全て承知いたしました」
「もちろん、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下、貴女様が使徒ファウレーナ様とそのような関係になることについても、聖国中央教会は一切口出しいたしません。
全ては貴女様の思うがまま、タダ、どうか使徒ファウレーナ様のお傍で、この地上での不自由さを支えてあげてください」
最後に、ガラフィ枢機卿猊下のおっしゃられたことに、わたくしは動揺を隠せなかった。
ええ、だって、わたくしだって使徒ファウレーナ様=猊下=メリユ様をお慕いしているのは事実なのだから。
今ここにいる聖女としてのわたくしの心を救ってくださったのは紛れもないメリユ様。
お許しいただける限り、お支えしていきたいと思っているのだもの!




