第135話 ハラウェイン伯爵令嬢、悪役令嬢の気持ちを探り、更に大好きになる
(ハラウェイン伯爵令嬢視点)
ハラウェイン伯爵令嬢は、悪役令嬢の気持ちを探り、更に悪役令嬢のことが大好きになってしまいます。
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猊下=メリユ様がご救済を齎され、その傷を癒された方々は、敵味方合わせて五十五人。
アディグラト枢機卿様のお屋敷を警備されていた聖国の修道騎士様、兵士の方々で、十七人。
そのアディグラト枢機卿様のお屋敷を襲撃した偽者の修道騎士様方で、三十八人。
サラマ聖女猊下とご一緒に数えて回って、その人数が想像以上に多かったことに、わたしは鳥肌が立つのが止まりませんでした。
そして、何より、誰一人お命を落とされることがなかったということに、メリユ様の凄さを実感させられたのです。
サラマ聖女猊下が感涙にむせばれるのも当然のことでしょう。
ルーファ様のお部屋に向かっていたときは、あまりにも凄惨な光景に、わたしは気持ち悪くなってしまったくらいでしたのに、今は全員無傷で襲撃前の状態に戻っていたのですから。
本当なら、何人もの方々がお命を落とされていておかしくなかった、聖都ケレンを揺るがす一大襲撃事件が、メリユ様お一人で解決されてしまったのです。
もしメリユ様がいらっしゃらなかったなら、きっとサラマ聖女猊下が深く悲しまれるようなことになってしまっていたに違いありません!
「それにしましても……」
わたしが仰せつかったメリユ様のお力の管理。
メリユ様のご行使されたお力の内容と、それによるご消費を羊皮紙に書き出してみたのですけれど、
聖都へのご移動で一分。
飛翔でのご移動で一分。
時間をお止めになられるので三分×三回で九分。
ミューラ様へのご変身で二分。
襲撃への対応、修道騎士様方へのご救済関係で六分。
合計でメリユ様が完全にご回復されているときのお力の総量に対して約二割ほどのご消費であったらしいのです。
それでなくとも、まだ六割ほどまでにしかご回復されていなかったメリユ様ですから、今は四割ほどしかお力を残されていないことになるのです。
「いくら何でもご無理をなさり過ぎではないでしょうか?」
セラム聖国にとって、聖都ケレンでオドウェイン帝国の工作を許してしまったことへの衝撃は決して小さいものではないのでしょうが、王国のゴーテ辺境伯領への帝国の侵攻はそれどころではなく、もっと大規模で本格的なものとなるのは確実なのです!
はたして、メリユ様はどれほどのお力をご行使されることになるのでしょう?
それまでにメリユ様はご回復されるかどうかも含めて考えますと、不安でたまらなくなってしまいます。
何せ、ハラウェイン伯爵領では、わたしのせいで、メリユ様が倒れさせてしまったのですもの!
もし大好きなメリユ様に何かあったならと思うと、夜も眠れなくなりそうです。
「メリユ様」
メリユ様にデザートの桃の蜂蜜漬けをお召しあがっていただきながら、わたしはじっとメリユ様を見詰めてしまいます。
ミューラ様のお姿で、侍女服を着られたままでいらっしゃっても、気品溢れるメリユ様にドキドキしてしまうのです。
本当なら、あの襲撃現場を見てしまったことで、きっとわたしは晩餐を取ることも不可能なことだったでしょう。
そう、メリユ様の奇跡のおかげで、わたしも心を救われているのです。
世界にどんな闇が齎されようとも、その世界に光を齎されるメリユ様がいらっしゃる限り、それを打ち消すことができるのだと信じられるから、わたしの心は平穏を取り戻していると思うのです。
もちろん、メリユ様のお力の使い過ぎに不安があるのも事実ですが、メリユ様のご存在こそが今のわたしの存在理由になっているように思うのです。
メリユ様のお世話をすることこそ、わたしの使命であり、わたしの生きがいと言っても良いのでしょう。
「ハードリー様?」
「ぃ、いえ、何でもありません」
わたしの視線に気付かれたメリユ様に見詰め返されて、わたしはまた恥ずかしさのあまり俯いてしまいます。
そういえば、わたしのあの告白は……どのようにメリユ様に受け止められたのでしょうか?
あんな不敬なことをしてしまったわたしが今更何を言っているのかと、自分自身でも思わなくもないですけれど、お優しいメリユ様のこと、少しでも好意的に受け止めていただけたなら、わたしは天にも昇る気持ちになることでしょう。
そして、少しでもご自身が孤独ではいらっしゃらないのだと感じていただけたでしょうか?
わたしはチラチラとメリユ様の方を上目遣いで覗き見しながら、メリユ様のお気持ちを探るので精一杯でした。
アディグラト枢機卿様のお屋敷の厨房で、忘れられない晩餐をしてから、メリユ様、殿下とわたしは、お屋敷二階のテラスから、輝きに満ちた聖都ケレンの景色を見ることになりました。
メリユ様がご救済を齎された修道騎士様方は、前庭にそのままいらっしゃいますし、襲撃の際、壊されたものはそのままになっているのですけれど、外国にいるのだという実感が強く湧いてきます。
そうなのです。
何もなければ、今頃はゴーテ辺境伯領城で晩餐会が催され、それに出席していたはずでしたのに……突然メリユ様のご聖務にご同行することになり、こうしてあの憧れの聖都ケレンにメリユ様、殿下と一緒にいるだなんて凄過ぎではないでしょうか?
ええ、浮かれてはいけないということは分かっています。
それでも、たったの一日で何日分もの出来事と体験ができたように思えて、あまりの高揚感に二人を見てしまうのです。
「本当に、聖都ケレンに滞在しているだなんて、夢のようですわ」
それは殿下も同じでいらっしゃったようで、目を潤ませていらっしゃるのが分かります。
「はい、セラム聖国に、このような形で訪問することになるとは思いもしませんでしたけれど、とても立派で素敵なところで、ございますよね?」
「ええ、できることなら、正式な外交使節の一員として、平和な聖都ケレンを訪問したいところでしたけれど」
本当にそう。
……いえ、わたしとしては、外交使節ではなく、私的な訪問として、この三人で来られたなら、どんなに良かっただろうと思ってしまうのです。
ええ、そんなこと、現実にはあり得ない妄想だということは分かっています。
メリユ様は聖国の聖職貴族の方々ですらひれ伏される聖女猊下でいらっしゃいますし、殿下も第一級の国賓であられる隣国の王族でいらっしゃるのです。
私的な訪問なんて、到底できる訳がありません。
ですが、今は完全なるお忍びで訪問しているも同然と言えるのではないでしょうか?
「メリユお姉様、この度はわたしたちをお連れいただきまして、その、ありがとう存じます」
「何を言うの、メグウィン。
いついかなるときでも一緒にいてくれるとそう約束してくれたのでしょう?」
改めてお礼を伝えられる殿下に、ミューラ様のお姿のメリユ様が『お姉様』らしく振る舞われる。
ええ、先日の夜も、お傍で拝見してはいたのですけれど……何でしょう、この気持ち。
メリユ様と同い年であるはずですのに、やはり、メリユ様は年上のお姉様でいらっしゃるのが板についていると言いましょうか……それがとても自然なように感じられてしまうのです。
っ!
待ってください。
今とても怖いことに気付いてしまいました。
何せ『時』をお止めになることのできるメリユ様ですから、もしかすると、メリユ様は、わたしたち以上に長い時間を生きてこられたのではないでしょうか?
タダ、精神的に成熟されているというだけでなく、実際にわたしたち以上に長い時間を過ごされていてもおかしくないのではないでしょうか?
お姿こそ、十一歳のままでいらっしゃっても、メリユ様の御心は、『時』の止められた世界の中でも時間を重ねられていて、本当は『お姉様』のように振る舞われる方が自然でいらっしゃるのかもしれません!
「メリユお姉様」
そして、そんなあまりにも自然な『お姉様』なメリユ様に、殿下はすっかり赤面されていらっしゃるのです。
ええ、わたしもあまりに素敵なメリユ様にどうにかなってしまいそうです。
「メグウィン、貴女はわたしをこの世界に繋ぎ止めてくれる楔。
だから、どうかそのままでいて頂戴ね」
「メリユお姉様!
はい、メグウィンは、決してお姉様を手放しません!」
感極まったご様子で、メリユ様に抱き付かれる殿下。
あまりにも甘い光景に、わたしは思わず『ほぉっ』と吐息が漏れてしまうのですが、今のメリユ様の言葉にドキリとさせられてもしまうのです。
世界に繋ぎ止めてくれる楔。
楔というのは、良い意味にも悪い意味にも取れますけれど、ここでは良い意味でしかあり得ないことでしょう。
やはり、神が殿下とわたしにあの夢をお見せくださったように、『人』の御心、『人』の身ではいられなくなることへの怖れはきっとメリユ様の中にもあって、誰かに自分を繋ぎ止めておいてもらいたいというお気持ちがあるに違いありません。
「メリユ様っ」
わたしも慌てて(身長差のある)メリユ様を見上げながら、お傍に近寄ると
「ハードリー様、先ほどあのような素敵なお言葉をいただき、うれしく思っていますわ」
殿下を抱き留めたままのメリユ様が、ミューラ様のお顔で微笑みながらわたしを見詰めてこられる。
「す、素敵だなんて、ご不快では、ありませんでしたか?」
「なぜでしょう?
わたしとしましては、本当に初めていただいたお言葉で、本当に掛け替えのないものだと思っていますのに」
わたしとの仲を、そんな、掛け替えのないものと思ってくださっていらっしゃったなんて!
「メリユ様、それは本当のことなのでしょうか?」
「はい」
どうしましょう!?
何だか、もうメリユ様の目を見ていられなくて、身体中が火照ってきてしまうのです!
「本当なのでしたら、どうか、わたしのことも、タダハードリーと呼んでもらえないでしょうか?」
「ええ、もちろんですわ、ハードリー」
ああああ!
何でしょうか、この切なさ、この胸の苦しさは!
わたしも我慢ならなくなって、殿下の横からメリユ様の脇腹に抱き付きにいってしまいます。
「大好きです、メリユ様!」
「はい、ハードリー、わたしもです」
「ああ、ずるいですっ!
メリユお姉様、わたしも大・大・大好きですから!」
殿下が張り合ってこられるのが可笑しくて、笑ってしまいそうになります。
ですが、殿下も当然、メリユ様のことがお好きでいらっしゃるのでしょう。
ええ、こんなお方なのですから、知れば知るほど、好きにならない方がどうかしていると思うのです。
「ええ、メグウィン、わたしもそう思っているわ」
「うぅ、メリユ様、わたしにもどうかそのお姉様口調でお話いただきたく思いますっ」
「はい?」
何だか殿下に対するメリユ様のご対応に羨ましさを覚えてしまって、つい口に突いてしまった出てしまった言葉に、恥ずかしさが一気に襲ってきてしまいます。
「ええ、分かったわ、ハードリー」
心が蕩けそうになるような微笑みを浮かべられ、そうおっしゃってくださったメリユ様に、わたしは自分の顔を押し付けて、自分のにやけ面を必死にメリユ様の視線から隠すしかなかったのでした。
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ハードリーちゃん、ちゃんとお返事いただけたようで何よりでございました!




