第134話 悪役令嬢、厨房で夕食の準備をしながら、ゲームテスターとして考える
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
悪役令嬢は、聖国アディグラト邸内の厨房で食事の準備をしながら、ゲームテスターとしてこのゲームについて、今の自分の立場について考えます。
[『いいね』いただきました皆様方に厚くお礼申し上げます]
このAI時代にあっても、シナリオライターさんが書かれたシナリオに従って進行・分岐する、古き良き乙女ゲー。
それがエターナルカームであり、わたしが初めてテスターをすることになったゲームだった。
よく勘違いされることなのだけれど、ノベルゲームタイプのテスターには、事前情報はほとんど与えられない。
だってね、もしテスターがシナリオ展開について事前情報を知り得てしまっていたら、不自然なシナリオ分岐・展開が発生しても、余計なノイズになり得るそうした事前情報の知識で、脳内で辻褄を勝手に合わせてしまって、シナリオデータの問題に気付けないようなこともあり得るから。
だから、テスターだって言っても、最初からチートができる訳じゃない。
最初はユーザーのみんなとそう変わらない知識で、まずゲームに取り組むんだ。
本当に、わたしは任された部分の全シナリオ分岐を地道に一つ一つ試して、矛盾が発生したところを見付ける度に多嶋さんに直接報告を上げる形でゲーム開発に関わっていたって訳。
まあ、なんか……それで多嶋さんに気に入られてしまって、今ではテスター兼スクリプター手伝いみたいな感じにまでなってしまっていて、こうして今回のメリユスピンオフでも、管理者権限で自作スクリプトを介入実行できるまでに至っているのだけれど、まさかスクリプトの知識でこんな風にゲームが関われる日が来るなんてね。
「てぇてぇ過ぎだよ、ホント」
そう、それも、こんな各キャラに人格がちゃんとあるかのように感じられる最新ゲームでこんなテスター体験ができるだなんて。
本当にメグウィン殿下たちをAIが操っているのか、多嶋さんの会社の人がモーションキャプチャとかで操っているのかは未だ謎なんだけれど……このメリユスピンオフVRテスト版は最高の出来だと言って良いと思う。
メグウィン殿下に『姉』として慕ってもらえて、ハードリーちゃんには、『メリユ様のことが大好きです!』なんて言ってもらえて、これで目頭が熱くならなかったら、乙女ゲー・ゲーマー失格、いや、エターナルカーム信者失格だよ。
だって、ここまで、わたし自身がここまで悪役令嬢メリユを演じて、導いてきたんだもん。
もち、多嶋さんにサポートされたところもあったのだけれど……多嶋さんに言われた通り、メリユスピンオフの事前知識なしで、メリユを破滅の危機から救えたのは、きっと大成功と言って良いのよね?
「でも、勉強させられたスクリプトのコーディング知識が、ここまで、こんな形で役立つなんて」
最初はね、乙女ゲーをスチルから3D化するかもって聞いて、ちょっとモヤモヤするものを感じながら勉強していたの。
そりゃあ、カーレ殿下やメグウィン殿下たちが3Dで動いて、喋ってくれたなら、それはそれで乙女ゲー・ゲーマーの夢ではあるんだけれど、3D化失敗のゲームの例もいくつか知っているしねー、心配だってしていたのよ。
それが、まさか、ここまで天使のごとく崇められたり、世界の危機を救うまでになっちゃうなんてねー。
そんなことをわたしが考えていると、さっきから傍に張り付いているメグウィン殿下が、
「メリユお姉様、そろそろお着替えになられた方がよろしいのではないでしょうか?」
と訊いてくる。
「そう?」
「はい、さすがに侍女服のお姿だと、様になり過ぎていらっしゃって、その」
まあ、そうね。
何せ、今いるところは、アディグラト枢機卿のお屋敷の厨房。
『侍女服姿』だと、そりゃ様になり過ぎているわよね?
で、この厨房もさあ、アーチ形の天井が立派過ぎる、リアリティあり過ぎの造形なんだけれど、(料理人たちが逃げ出して無人になった)ここにはお夕飯の準備がだいたい整ったところで、それをいただくことになったという訳。
ちなみに今は、この厨房内の全オブジェクトをわたしたちのローカルタイムに紐付けして、厨房の中だけ時間が進んでいるような感じになっているのよ。
うん、ハードリーちゃんのおかげよね。
あのお腹の音のおかげで、皆が晩餐会直前にセラム聖国に飛ぶ羽目になったせいでお腹空かしているのを思い出したのだもの。
まあ、貴族令嬢としては、あまりにも恥ずかしいことだったみたいで、わたしの背中にくっ付いて離れなくなっちゃったりもしたのだけれどねー。
「いや、猊下、そのお姿だと、うっかり侍女と間違えて、不敬を働いちまいそうで、心臓に悪いですぜ」
さっきからずっとカチカチになっちゃっているアファベトさんもそんなことを言ってくる。
うん、まあ、見た目ミューラだから、実際外面だけなら本物の侍女ちゃ侍女なのよねー。
その気持ちは分かるっちゃ分かる。
食事時に、そこに侍女がいたら、なんかつい色々お願いしたくなっちゃうものだろう。
今のメリユに聖女って肩書付いているせいで、下手に間違って侍女扱いすると、不敬罪適用になるとか、『何の罠?』って感じよね。
まあ、適用なんてさせないけどさあ。
「しかし、聖女猊下、こんな厨房で、まるで料理人が賄いを食べるようにお食事を取られるなどと、本当によろしいのでしょうか?
アディグラト家の者として、さすがにこれは……」
「ルーファ様、メリユ聖女猊下のご存在をここにいらっしゃる皆様方以外に深く知られる訳にもいかないのですから、致し方のないことでございましょう?」
んで、戸惑い気味のルーファちゃんに、ご一緒に夕食の準備をされている銀髪聖女サラマちゃんが説得してくれている訳なのだが……うーん、ルーファちゃん、サラマちゃん、ミューラでほぼ同年齢とか……サラマちゃんだけ見た目が幼過ぎ。
まあ、かわいいは正義って感じがするから良いか。
あと、ワールドタイムインスタンスを再度停止させた際に、ダロックさんたちも再び止まっていて、結局元のメンバーだけが今ここで動けている訳。
「あー、毒味役はあっしがいたしやすんで、ご心配なさらず!
猊下お二人に他国の王女殿下やら、辺境伯令嬢、伯爵令嬢やらいらっしゃって、何かありゃ、とんでもねぇ外交問題になりかねやせんのでね」
アファベトさんはその何か起きた場合のことを想像したのか、ブルッとその大きな身体を震わせている。
まあ、本当ならルーファちゃんの近傍警護だけで良かったはずなのに、このメンツとなれば、ねー。
アファベトさんも責任重大だわ。
「「っ!?」」
うん?
『毒味』とか言う話が出てきたせいか、料理を寄り分けているハードリーちゃんとマルカちゃんがビクッてしてる?
あー、貴族令嬢だもん、そこは本来自分たちが気にするところじゃないはずなのに、自分たちだけで食事の準備をしているものだから、『何かあったら』って思っちゃったか?
「お二人とも、大丈夫ですわ。
いざとなれば、わたしの聖水もございますし」
「せ、聖水……ですの!?」
マルカちゃんが『そんな気軽に使えるものでもないでしょ!?』みたいな顔してる。
「いやいや、一応、お嬢たちのための料理ですし、まず毒なんて入ってやしませんて」
「ま、まあ、そうですよね」
アファベトさんが二人を安心させるようにそう言って、ハードリーちゃんがホッとした笑みを浮かべて……みんな、本当に表情豊かよね?
どうやったら、こんな言葉の掛け合いができて、お互いの感情を動かすことができるんだろうって思ってしまう。
これが全てAIの作り出したものだって言うなら、さすがにちょっとゾッとしちゃうかな。
「……」
わたしは手元にある、メグウィン殿下がお皿に載せてくれたクレスペッレ(塩味のクレープ)を見下ろしながら、つい考えてしまう。
この世界の果てはどこにあるんだろうって?
ワールド座標を合わせて、セラム聖国まで飛んできた訳だけれど、ちゃんとこうして文化圏が違うのを感じさせるモデリングがちゃんとなされていて、今だってミスラク王国の食事とは明らかに違う見た目のセラム聖国の料理がここにある。
やっぱり、『人』の手で、こんなワールドを作り上げることなんて不可能よ。
3Dの作り込みの大変さを考えれば、『人』の手でやるとすれば、メリユの行動制限をかなり強めにかけて、その行動範囲で目に映る世界だけを作り込めば良いはず。
けれど、このメリユスピンオフだと、好きなワールド座標に飛んで、周囲のものに対してインタラクションを起こせるのだから、AIの自動生成で大規模なワールドデータを用意したとしか思えない。
でも、それだって限度ってものがあるのよ!
AIの自動生成だって、それにかかる負荷や処理時間はとんでもないもので、わたしがお試しする程度のために、ここまでのワールドデータを構築するなんて絶対にあり得ない。
もしここまでのワールドデータを用意しているってことは、今後何かしら本格的なVRゲームを構築する前提で、作ったとか?
「セラム聖国……か」
そりゃあ、メグウィン殿下のセラム聖国訪問に同行して、ほぼ国名しか出てこなかったと言って良いセラム聖国の世界をVRで見ることができたなら最高だと思うわよ。
でも、今回はわたしがセラム聖国へ向かうアクションを起こして、それにメグウィン殿下たちが付いてきてしまっただけで……ん、うん?
何だろう、この違和感?
わたしがセラム聖国に来たのは、アディグラト枢機卿の孫娘ちゃん=ルーファちゃんを助けるためで、それは多分ベースシナリオ通りって言えるよね?
でも、メグウィン殿下たちが付いてくるって展開になったのは?
わたしがかなり勝手なことをし捲って、メグウィン殿下たちがわたし=メリユのことを心配してくれるようになって、『付いていきたい』って思ってくれるまでになったから、よね?
ルーファちゃん、アファベトさんとメグウィン殿下たちの会話内容や皆の感情ばかり気にしていたけれど、それ以前に、ここに皆が揃っていること自体、ベースシナリオ上であり得たものだったかしらん?
さっき、多嶋さんたちですら想定していない展開にAIが……いえ、わたしとAIが引っ張り込んだ可能性について考えたけれど、本当にそうなっていたりしない?
「(ゴクリ)」
わたしは、唾を飲み込みながら、料理人たちが賄いを食べるのに使っているというテーブルにお皿を置く。
「わあ、これが、本場のクレスペッレなんですか?」
「はい、我が家では、ハムとチーズを包むことが多いのです」
「そうなので、ございますね!
ハラウェイン伯爵領では、食事でクレスペッレを食すことはございませんので、ぜひ一度セラム聖国に赴いて食べてみたいと思っていたんです」
ハードリーちゃんの少し背伸びしたような話し方がかわいい。
やっぱり、メグウィン殿下たちといる時間が長くなるにつれて、あの『ですわ』娘ーズが出来上がったってことでいいのかなあ。
「……」
あれ、待てよ?
今までわたし、スクリプター知識ありの管理者権限保有者と乙女ゲーをやりこなしてきた経験者って意味では、チーターだけれど、メリユスピンオフとしてチートなんてしてないって思ってきたのよね?
でも……うん、確かに世界線は変わっちゃいるけれど、本編の年上(未来)の皆を知っている……事前知識を持っていたからこそ、メグウィン殿下、ハードリーちゃんたちの性格を考慮に入れて、メリユを演じてこれたっていうのも事実なのか。
それも……やっぱ、チートなのかな?
わたしは、少し落ち着かない気持ちになりながら、ハードリーちゃんの横顔を見詰めてしまうのだった。
※休日ストック分の平日更新です。
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このメリユスピンオフ・VR版エターナルカームについて、ゲームテスターとしての自分の立場について見詰め直すファウレーナさん。
メリユスピンオフのシナリオを知らずにやっているというのは事実ですが、本編を知り尽くしているという意味では、チートと言えなくもないのでしょうか?




