第132話 王女殿下、悪役令嬢による救済に心を揺すぶられる
(第一王女視点)
第一王女は、悪役令嬢による神聖なる救済を目撃し、自身の心を揺すぶられてしまいます。
[『いいね』、誤字脱字のご指摘いただきました皆様方に心より深く感謝申し上げます]
「それでは、皆様に書類のご確保をしていただく前に、事態を収めさせていただきますね」
「「「はい!?」」」
一方的に神罰とは思えない神罰をくだされ、ルーファ様たちが呆気に取られる中、『掃除の続きをしてきます』と言わんばかりの雰囲気でとんでもないことをおっしゃったメリユ様に、皆は一瞬何をおっしゃっておられるのか理解できず、思わず聞き返してしまっていた。
ほんの今、ルーファ様のお部屋の中に侵入してきたオドウェイン帝国の工作兵たちたちへの対処だけでも、あれほどハラハラさせられたばかりだというのに、本当にメリユ様はどういうおつもりなのだろう?
「げ、猊下、ご正気で……?」
先ほどは軽口をたたかれた屈強そうなアファベト様でさえ、目を白黒させて尋ねられているのだ。
「はい」
「ぃ、いやぁ、猊下のお強さはしっかと拝見させてもらやしたが、さすがにお一人で事態を収めるってのは、いくらなんでも難しいのでは?
そもそも、猊下も、お嬢と大して変わらないお歳でいらっしゃるんでしょう?」
アファベト様のおっしゃられることはもっともだ。
いくらこの世の理を無視した大規模な奇跡を引き起こされることのできるメリユ様であっても、あの人数を相手にするのは厳しいだろう。
屋敷の上空から拝見させていただいた通り、敵はこの部屋内で制圧された者たちだけではない。
屋敷の出入り口を確保している者たち、屋敷の敷地内に散開している者たちを合わせれば、三十以上はいるのだ。
いくら『時』をお止めになることのできるメリユ様と言えど、制圧時に『時』を進める必要がある以上、危険度は数段上がると言って良い。
「先ほども申しました通り、ご心配には及びません。
ここからは少々本気で対応させていただきます」
「さ、先ほどのアレも、本気ではなかったとおっしゃるんで!?
……はあ、ったく、あっしの中の聖女様像ってのが、本気で変わっちまいそうでさあ」
そばかすのあるかわいらしいミューラ様のお顔で余裕のある微笑みを浮かべられるメリユ様に、アファベト様は困惑気味に頭を掻きむしられる。
「メリユ様、アディグラト枢機卿様の不正に関する書類を確保するためだけに、そこまでする必要はあるのでしょうか?
ここはお力をできる限り、温存していただくのが……」
言い包められてしまいそうなアファベト様は当てにできないと判断し、わたしはミューラ様のお姿のメリユ様に率直にお伝えしようとするが、
「いいえ、お怪我をなさっている方々もかなりいらっしゃるかと存じますし、でき得る限りのことはするつもりでございます」
メリユ様はそのかわいらしいそばかす顔で聖女らしくニコリとされるのだ。
本当にどうして……そんな。
見た目こそ、メリユ様専属侍女のミューラ様で、ここ最近拝見させていただいた限り、十六というお歳の割に少しそそっかしいところもあるミューラ様の印象が付き纏っていたはずなのに、今は『聖職者然』とした雰囲気を纏われた年上の聖女様のようにしか見えず……わたしもまた、そんなミューラ様なメリユ様に反論できなくなってしまっていた。
ええ、アファベト様が反論できなくなってしまったのもよく分かってしまう。
きっと(こういうご性格ではあるけれど)アファベト様も、聖国に属する修道騎士でいらっしゃる以上、それなりの信心はお持ちなはずで、このメリユ様の纏われる雰囲気に飲まれてしまわれたのだろう。
「しかし」
メリユ様が優しくご覧になられる先には、破壊された扉の破片と一緒に横たわっていらっしゃるルーファ様の近傍警護の修道騎士らしきお方が怪我をされて、彫像のように固まっていらっしゃるのが見える。
まさか、本当にこの場にいる全ての騎士、兵士たちの怪我まで癒されようと言うの!?
メリユ様が王都の練兵場に出現したバリアの中で、近衛騎士団第一中隊の皆に聖水を振舞われ、その皆の体力を回復させたことは伝え聞いているし、実際にハラウェイン伯爵領では、アリー・プレフェレ・ハラウェイン伯爵夫人様をお救いになられたところだって拝見している。
けれど、本来ミスラク王国の一辺境伯令嬢でしかないメリユ様が、友好国とはいえ、セラム聖国の修道騎士たちのためにそのお力を振るわれる必要は本当にあるのだろうとわたしは思ってしまうのだ。
「メリユ様、ご聖務としては、ルーファ様タダお一人をお救いすれば、それで完了なのでは……?」
「託されたお言葉を単純にそのまま受け取れば、それはそうなのかもしれません。
それでも、この場をそのまま放置するという訳にはいきませんでしょう?」
「はあ、メリユ様、どこまでのことをされるおつもりなのか、まずはお聞かせくださいませ」
メリユ様は本当に根っからの聖女様でいらっしゃるのだから!
わたしは少しばかり目に涙が滲んでくるのを感じながら、メリユ様がされようとしていることの把握に努める。
伺ったお話では、メリユ様は敵味方関係なく全ての怪我人の傷を癒し、その上で敵=オドウェイン帝国の工作兵たちを捕縛されるおつもりのよう。
それには、まず『時』を動かされる必要があるのだけれど……メリユ様の本気とは一体どれほどなのかと思ってしまう。
ハードリー様は、メリユ様のお力の残量計算のために、羊皮紙をいただいて、これからどれほどのお力をお使いになられるのか、試算を始められ、マルカ様とわたしは、メリユ様のなさりようを拝見してから、サラマ聖女様とルーファ様と共同で書類の確保を行う準備に入ることにしたのだった。
そして、いよいよ『時』を再び動かされるときが訪れる。
蜜蝋の炎がたなびくことも、風が流れることもなかった……全てが安定した『時』の止まった世界から、全てに『動』がある世界へ、一瞬で切り替わる。
今まで聞こえていなかった、倒れ伏した工作兵たちの呻き声、そして、屋敷中や外で続く剣戟音が遠くから聞こえてくる。
「!」
ルーファ様とアファベト様は、改めて『時』が今まで止まっていて、そして今動き出したのを実感されたのだろう。
あまりにも『人』を超越したメリユ様のお力に、畏れを抱かれたようなご様子だった。
「うぅ」
そして、破壊された扉で上腕を深く傷付かれたご様子の修道騎士(ダロック様とおっしゃるらしい)に、メリユ様は一瞬にして近寄られると、
「“SwitchOn light-2 with intensity 0.02”
“Execute batch for water-generation-on-hand with flow-speed 0.005”」
あの『人』の心身を癒すことのできる聖水を掌に浮かべた光の珠から生み出され、流血が再び始まったダロック様の肩に押し当てられるのだ。
「ダ、ダロック!」
「!」
アファベト様は、同僚であるダロック様の怪我の手当てにあたられるメリユ様の傍にまで寄られて、その信じられないような光景をご覧になられる。
ええ、わたしもメリユ様の聖水にそれだけのお力があることは分かっている。
アリー伯爵夫人様、ソルタ様も癒されたのを知っているから。
けれど、これほどの重傷をあっという間に塞いでしまうほどの効果があるとは……ハードリー様も、マルカ様も、わたしも驚きを隠せなかった。
「おいおいおい、こんなことが……」
「アファベト!」
本物の奇跡。
それに圧倒されたアファベト様の素直なお言葉に、ルーファ様が少し顔を青褪めさせられながら咎めるのが聞こえる。
「ふぅ、このお方はこれでよろしいでしょう。
では、本気でこの場を収めてまいりますね」
「あ、ありがとう存じます、猊下」
屈まれていたメリユ様が立ち上がられ、ルーファ様とアファベト様に頷かれると、ルーファ様はかなり恐縮されたご様子で慌てて謝意を示されるのだ。
それで、ここからがメリユ様の本気?
一体何が起きるのかと、ハードリー様とわたしは顔を見合わせる。
「可能限り、半刻かけずして、戻ってまいりますので、ご安心を。
“Accelerate phase 2”」
掌の光の珠から聖水を溢れさせながら、わたしたちの方に微笑みかけられるメリユ様。
次の瞬間、スッとメリユ様のお姿が掻き消えると、倒れ伏した敵=工作兵の首元に(凹んだアーマー越しに)光の珠を押し当てられ、数を数える間もなく、白い手枷と足枷が嵌められるのが見える。
「「「えっ!?」」」
シュン
そして、メリユ様は次の工作兵の元へ。
時間にして、一人当たり、二つ数を数えるほどだろうか。
敵兵まで癒しを施し、この世のものではない手枷と足枷で拘束されていく様は、もう神の眷属そのものにしか見えなかった。
シュン
シュン
「何て……こった」
「ああ、神よ」
消えては現れ、敵味方関係なく救済を与えて回られるメリユ様。
ダロック様を慎重に起こしにかかっていたアファベト様も、その傍にいらっしゃったルーファ様も思わず祈りを捧げられてしまっているよう。
それくらい、メリユ様の本気は凄いものだった。
そして、メリユ様はあっという間にルーファ様のお部屋の中での救済を終えられ、お部屋の中からお姿を消されてしまう。
「メリユ様っ!」
衝動的にハードリー様がお部屋の外に飛び出されていって、マルカ様とわたしもそれに続く、メリユ様は廊下の遠く向こうで倒れられた修道騎士のお方を癒され、あっという間に見えなくなる。
「「ああ」」
そして、窓の向こう、お屋敷の前庭にもシュン、シュンと飛んで回られるメリユ様のお姿が現れるのだ。
ハードリー様もマルカ様も、あまりにも神々しいメリユ様のご救済に、涙を流される。
メリユ様が飛んで回られる度に、戦いは静かになっていき、本当に聖なるお力でこの事態を鎮められていらっしゃるのだと、目と耳で実感できてしまうのだ。
『人』の愚かな争いを諫め、それによって生じた傷ですら癒してしまわれるなど、本当に使徒様ではないかと思ってしまいそうになる。
「わたしも、泣いているの……」
ご神託にあったルーファ様をお救いになられるのはともかく、セラム聖国とオドウェイン帝国の問題であるはずの、聖職貴族の不正・腐敗、そして、帝国の工作にまで手を出す必要なんてあるのか、なんて王国の視点で、狭量なことばかり考えていたわたしなのだけれど……メリユ様の神聖さに触れて、己が恥ずかしくなってくる。
もうミューラ様のお姿であっても、侍女服でいらっしゃっても、今のメリユ様は、神の眷属=使徒様と信じられるだけの、眩いまでのお光を放っていらっしゃるように感じられてしまうほどなのだ。
「ぃ、いけない、このままだと、わたしたちまで」
そう、ハードリー様のご両親でいらっしゃるハラウェイン伯爵ご夫妻が、メリユ様を使徒様としてご信仰を捧げられるまでになられてしまったように、わたし、わたしたちまで、メリユ様を崇拝してしまいそうになっているのに気付いて、わたしは慌てるのだ。
このまま飲み込まれてしまってはいけない。
そう、もしそうなれば、あの夢が正夢ではなくなってしまうのだもの。
戦いを終えた後、わたしたちが今の関係を維持できなくなってしまうことだけは避けなくては!
「だって、メリユ様は、わたしの大事なお姉様なのだもの!」
わたしはメリユお姉様に対するこの思いを絶対消させはしまいと心に誓って、メリユ様のご活躍の己の心に刻み付けるのだった。
いつも『いいね』、誤字脱字のご指摘、ご投票で応援いただいている皆様方、誠にありがとうございます。
今回のお話は、前回の悪役令嬢メリユ視点から少し時間が戻っております。
前回メグウィン殿下がメリユにお姉様として甘えてきた裏には、今回のお話のようにもう少しで崇拝してしまいかけていたという事情があったのでございますね、、、




