第130話 王女殿下、悪役令嬢による聖国アディグラト家令嬢救出劇を見守り、聖国アディグラト家令嬢の言葉に怒りを覚える
(第一王女視点)
第一王女は、悪役令嬢が聖国アディグラト家令嬢を救出するところを見守り、その聖国アディグラト家令嬢の言葉に怒りを覚えることになります。
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扉を破壊されたルーファ様のお部屋のご状況は、覗き込まれたハードリー様が思わず悲鳴を上げられるほど酷いものだった。
何せ、一人の偽修道騎士がルーファ様と思しきご令嬢に剣を突き立てようとしている寸前だったのだから。
屋敷内も、いえ、屋敷外も、敵の偽修道騎士だらけで、たとえこの部屋にいる敵を制圧できたとしても、すぐに新手によって追い詰められることだろう。
大国であるセラム聖国の、それも聖都ケレンで、これほど絶体絶命のご状況になり得るだなんて信じ難いことだった。
「本当にぎりぎりだったのでございますね」
本当に、遠く離れたゴーテ辺境伯領城で、メリユ様はよくぞこの瞬間に『時』をお止めになられたものだと思ってしまう。
おそらく、緊急のご神託がくだされ、(一刻の猶予もなく)メリユ様はただちに『時』を止められるより他になかったのだろうことは分かるけれど……突然のご神託にもご対応を迫られる聖女様の過酷さをわたしは改めて思い知らされるのだった。
「ええ……まさか、ここまで事態が悪化しているとは思いも寄りませんでした」
ルーファ様に近寄られるサラマ聖女様が少しばかりの涙声でそう漏らされる。
おそらく、いえ、間違いなく、メリユ様以外誰も、これほど酷いことが聖都ケレンで起きつつあるだなんて、想像できていなかったのだ。
もし、神よりのご神託を受けることのできるメリユ様がいらっしゃなければ、聖都はどんなことになってしまうことだろう。
考えただけでも怖ろしい。
「しかし、ここからどのようにルーファ様をお救いされるのでしょう?」
サラマ聖女様に続いて、ルーファ様に(身体に触れないよう慎重に)近付かれたマルカ様が、不安げな声を漏らされ、わたしもハッとなる。
目を閉じられ、ご立派にも最期を覚悟されたようなルーファ様。
そのルーファ様に迫る剣はあまりにも近過ぎる。
メリユ様がおっしゃられた通り、『時』の止められた人、すなわち、ルーファ様もしくはこの偽修道騎士らに対処するには、一度『時』を動かさなければならないのだ。
「メリユ様っ」
「ご心配には及びません。
わたしが責任をもって彼らを制圧いたします」
普段よりもやや声が強張っていらっしゃるように感じたのは、決して気のせいではないだろう。
まさか、この近さで、敵兵=偽修道騎士の剣に対処されることにはなるとは!
「いえ、なりません! あまりにも危険過ぎますっ!
メリユ様には、王国をお救いいただくご聖務だってございますのに!」
わたしは感情の赴くままに、そう叫ぶように言い放ってしまっていた。
だって、相手は、見た目こそ修道騎士であれど、中身は帝国精鋭の工作兵なのだ。
間違っても十一歳のご令嬢が立ち向かうような相手ではない。
もちろん、ハラウェイン伯爵領城で、メリユ様がわたしの姿にご変身され、聖騎士団の修道騎士を制圧されたことはわたしだって知っている。
それでも、メリユ様にまたも危険が及ぶのは間違っていると思うのだ。
「ああ、こんなことでしたら、アリッサたちも連れて来れば……」
「メグウィン様、こればかりは、わたしにしか対処できません。
バリアもあることですし、わたし自身には何ら危険が及ぶことはございませんので、ご安心くださいませ」
メリユ様のおっしゃられることは分かる。
絶対の防壁であるバリアが存在している限り、メリユ様が傷付くことはないだろう。
しかし、メリユ様が一度力尽き、バリアを維持されることすらできなくなった光景を、わたしは見てしまっているのだ。
メリユ様が人の子であられる限り、絶対とは必ずしも言い切れないことだって起こり得るのだ。
「メグウィン様、ハラウェイン伯爵領城での騒ぎに比べれば、大したことはございませんわ」
大したことがないとは!?
わたしはソルタ様を相手にされたときのことしか知らないのだけれど、一体メリユ様は(バリアは別として)どれほどお強いというのだろう?
演習形式であれば、見てみたいという気持ちもない訳ではないが、これは実戦なのだ。
『時』を再び動かし始めれば、すぐさまこの場は命のやり取りが行われる戦場に戻ることだろう。
「せめて、わたしが戦うことができましたなら……」
わたしの震える手の上からそっとご自身のお手を重ねられ、首を左右に振られる。
「皆様には、不可視のバリア内で待機していただきたく存じます。
わたしもこの格好ではいささか不都合でございますので、変身して彼らを制圧するつもりですわ」
「メリユ様!?」
戦い慣れていらっしゃるご様子のメリユ様のご尊顔を覗き込みながら、わたしはまたも涙ぐんでしまうのだった。
そこからは怒涛のような勢いで事態は推移していった。
メリユ様がご変身されたのは、まさかのミューラ様で……おそらく、この場に突如姿を現すには侍女服姿のミューラ様が適当であるとお考えになられたのかもしれない。
いえ、わたしへのご変身ですら神からのご許可があったのだから、きっと、メリユ様はビアド辺境伯領で度々ミューラ様のお姿になられて戦われていたのだろう。
そして、ミューラ様のお姿のメリユ様は、わたしたちを(周囲の人間からは)不可視のバリア内に保護されると、軽くわたしたちの方に頷かれ、『時』を再び動かされるご命令を発動されたのだ。
神兵のごとき動きとは、まさにこのことなのだろうと思う。
わたしが冷や汗を滲ませている間にも、メリユ様は瞬時に偽修道騎士の剣先を指で摘まむようにして止められ、その後、目に見えないほどの速さでその者の背後を取ると、手刀一つで意識を刈り取られたのだ。
メリユ様が聖人様の血を引き、勇猛果敢なビアド辺境伯家のご令嬢であられるのは分かっていたはずだけれど、手刀だけで精鋭の敵兵を無力化されてしまうだなんて。
「「すごい」」
ハードリー様とわたしはお互いの手を重ね合わせながら、あっけに取られてしまったほどだった。
そうして、今度は四方から偽修道騎士たちに取り囲まれ、一斉に剣を突き立てられそうになり、わたしたちは、タダ悲鳴を上げることしかできなかったのだけれど……それも、更に速さの増した手刀でその全員をほぼ同時に制圧されてしまったのだ。
これが、お兄様もご覧になられたというメリユ様のご戦闘。
ミューラ様の侍女服姿で敵の偽修道騎士たちを圧倒されてしまったお姿に、わたしたちは、心を鷲掴みにされたような気分だった。
それでも、そんな(どんどん)人離れされていくように見えるメリユ様が、どうにも心配で、わたしは不可視のバリアを解除していただくと同時に、メリユ様に抱き着きにいってしまったのだった。
メリユ様のお姿。
メリユ様の年上のお姿。
わたしと同じお姿。
そのどれとも異なるミューラ様のお姿のメリユ様のお身体の感触、お香りは、いつもと異なっていて、それはそれで新鮮だったのだけれど、やはりメリユ様のお香りがしないのは、物足りなく思ってしまう。
それでも、ミューラ様のお姿のメリユ様に傷一つなく、お元気でいらっしゃるご様子に安堵したのも確かなのだ。
「もう、メリユ様、無茶をされ過ぎですわ」
「ごめんなさい、メグウィン様」
「今夜もまたお姉様になっていただきますから、そのおつもりで」
「……ええ、承知いたしましたわ」
罰と言って良いのか分からないけれど、わたしはメリユ様にまた『お姉様役』を押し付け、それでも微笑んでくださるメリユ様の胸に自分の顔を擦りつける。
もちろん、聖なるお力に無駄にご消費していただく訳にはいかないから、そのままのお姿で……となりそうなのは、少々残念なのだけれど。
「メリユ様」
「お姉様っ」
わたしが胸元を占有していると何時のにか、ハードリー様とマルカ様が両側からメリユ様を挟み込むようにして抱き付かれる。
ミューラ様のお姿だと、より大人びていらっしゃる分、三人でも抱き付きやすいよう。
本当に、メリユ様はお兄様ぐらいのお年であられても全く違和感がないほど、大人でいらっしゃるのよね。
「はあ、ご無事で何よりでしたぁ、メリユ様ぁ」
ハードリー様は、もう完全に泣き付いていらっしゃるご様子。
まだそれなりの鍛錬の経験がある、マルカ様やわたしですら、あれほどハラハラしたのだから、ハードリー様なら仕方のないことだろう。
そして、そんなわたしたちのところに、ルーファ様たちが近寄ってこられるのだ。
「メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下、改めましてご挨拶させてくださいませ。
メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下、マルカ・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯令嬢様、ハードリー・プレフェレ・ハラウェイン伯爵令嬢様もご挨拶するのをお許しいただきたく存じます」
「はい」
ルーファ様、サラマ聖女様、そして(跪かれる)近傍警護の修道騎士の方がお一人。
ルーファ様は、何かサラマ聖女様からお聞きになられたのか、幾分先ほどよりも緊張されていらっしゃるのが伝わってくる。
ご挨拶されるということで、わたしも、ハードリー様とマルカ様も一度メリユ様から離れる。
「お初にお目もじ仕ります、ルーファ・スピリアージ・アディグラトと申します。
どうか、ルーファとのみお呼びくださいませ。
此度は、猊下に危ないところをお救いいただきましたこと、心からの感謝を申し上げます。
アディグラト家の一員として処罰を受けなければならないわたしでございますが、何かしらお役に立てることがございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
「あっしは、アファベト・モナフォカヴリロ・ゴディチと申しやす。
タダ、アファベトとのみお呼びくだせぇ。
先ほどはお嬢の命を救っていただきましたこと、感謝いたしやす、猊下。
また、不敬罪ものの暴言の数々、失礼いたしやした。
処罰されるということであれば、全て受け入れやす」
「アファベト!」
随分と距離感の近い近傍警護の方に、アリッサたちを思い出す。
聖国でも、こういう主従関係があるのだと分かって、わたしは少し親近感が湧いてきてしまう。
「お初にお目もじ仕ります、ミスラク王国ビアド辺境伯家が第一子、メリユ・マルグラフォ・ビアドでございます。
どうぞお見知りおきくださいませ」
「あの、サンクタは名乗られないのでしょうか?」
「ええ、サラマ様からセラム聖国中央教会から聖女の称号をいただいたことになっているとは伺っております」
まるで他人事のようにおっしゃるメリユ様に、ルーファ様はかなり驚かれていらっしゃるご様子だ。
聖国の聖職貴族のご令嬢にとっては、最大の栄誉であるはずの聖女の称号を何でもないことのように話されるメリユ様が信じられないのだろう。
「それでは、改めましてメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアドでございます。
どうぞメリユとのみお呼びくださいませ。
此度はご神託により、駆け付けさせていただきました。
このような格好で失礼いたします」
「いやー、侍女服姿の聖女様とは!
驚きを隠せやしませんぜ」
「アファベト!
大変失礼たしましたっ!
サラマ聖女猊下より、そのご神託についても伺っております。
わたしが浅慮のあまり、先走った行動を取ってしまいましたため、猊下にご負担となってしまいましたこと、深く謝罪申し上げます」
今のお言葉は、一体どういうこと!?
まるで、ルーファ様の不適切なご行動によって、メリユ様にご負担になったと、そのように聞こえたのだけれど?
それを問い質したくて、わたしは続いて自己紹介に入る。
「お初にお目にかかります、わたしは、メグウィン・レガー・ミスラク、ミスラク王国の第一王女でございます。
先走った行動とは、一体何のことでしょうか?」
「メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下、わたしは……自身が実質軟禁状態にあるのは自覚していたのでございますが、それに関しまして、祖父の動きに疑念を抱き……その、うっかりオドウェイン帝国との繋がりを示す書類を見付けてしまったのでございます」
「……なるほど、ルーファ様が身勝手な行動を慎まれていらっしゃられば、これほど急にメリユ様が動かれることもなかったという理解でよろしいでしょうか?」
怒りがふつふつと湧いてくるのを感じる。
ルーファ様は、ご自身が軟禁状態にあるのを分かっていて、不用意にもその原因を探ってしまい、うっかりアディグラト家とオドウェイン帝国の繋がりを見付けてしまったことで、帝国の工作兵たちも、彼女を消すために急遽動き出す羽目になったということなのだろう。
もしルーファ様がその不用意な行動を起こされていなければ、きっともう少し時間を稼げていたはず。
神からの緊急のご神託も……おそらく、神ですら、事前の予測にない動きをルーファ様がされたせいで、こういう形になってしまったに違いない。
「申し訳ございません!
わたし自身、何一つ申し開きできないことは自覚しております」
お兄様と同じくらいのご令嬢であるルーファ様が震えながらに頭を下げられる。
本当にご自身がどれほどのことをなさったのか、ご理解されているのかと思ってしまうわ!
「はあ、ルーファ様もご自身が聖職貴族の一員でいらっしゃるのはご自覚されていらっしゃるのでしょう?
その行動一つでどれほどの影響がっ!」
「メグウィン様、その辺りで」
「ですが、メリユ様っ!」
わたしは押し留められるメリユ様は、ほんの今の戦闘ですら何でもなかったように微笑まれるのだ。
ルーファ様のせいで、ご回復途中で、ご療養いただかなければならない身であられるのに、無理を押して聖国まで駆け付けられたメリユ様。
普通であれば、怒りをぶつけたくなっても当然のことだと思う。
どうしてこれほどまでに全てに寛容でいられるのだろうと思わずにはいられない。
「では、ルーファ様、神に代わり、神罰を言い渡せていただきますが、よろしいでしょうか?」
「か、神に代わり、ご神罰を……」
「お嬢!?」
メリユ様がこれからおっしゃられることは、わたしには簡単に想像が付いてしまうのだけれど、初めてのルーファ様は、そのご自身の責任の重さを改めてご認識し直されて、緊張なさっておられるよう。
「ルーファ様、どうかサラマ様とご協力いただき、そのオドウェイン帝国との不適切な関係を示す書類を確保してくださいませ。
可能であれば、不正に関わる他の聖職貴族についての書類も確保していただければと存じます。
それを成し遂げられましたなら、ルーファ様の罪は不問とさせていただきます」
「…………は、はい?」
もはや、神罰というよりも、お願いに近いそれに、身構えていらっしゃったルーファ様はご理解が追い付いていらっしゃらないよう。
「ルーファ様」
以前同じように赦されたというサラマ聖女様がルーファ様に寄り添われ、そういうことだと言わんばかりに頷かれる。
ああ、もう本当にメリユ様は甘過ぎるのだから。
それでも、再び『時』の止まったこの世界で、サラマ聖女様が必要とされる聖国の聖職貴族の不正、腐敗に関する書類が手に入るのだとしたら、きっと良いことなのだろう。
「メグウィン第一王女殿下、お怒りはごもっともなことと存じますが、きっと神は彼女が聖国の聖職貴族の清浄化に必要とお考えになられて、救出を命じられたのだと存じます。
ルーファ様は、聖国では、才女と知られたご令嬢なのでございます。
きっと、お役に立ってくださることでしょう」
「……分かりました」
サラマ聖女様の追加のご説明に、わたしは納得するしかなかった。
そう、神も、メリユ様も、ルーファ様を必要とお考えなのだとしたら、補佐役のわたしは口を挟むべきではないのだろう。
それでも……タダ、あまりにも出来過ぎた状況に、わたしは、少しばかり鳥肌が立つのを覚えてしまった。
もしかして、メリユ様は、こうなる未来も全て見えていらっしゃって、行動されてきたのだろうか?
地上でおられ、神よりも地上の人に近い視点で動かれていらっしゃるからこそ、(天界の使徒様よりもずっと)神のご意向に近い方向に事態を制御されているかのようなその完璧さにゾッとするものを感じてしまうのだ。
もし……このようなことを積み重ねられることで、神の眷属へとまた一歩近付かれてしまうのだとしたら、それは絶対に良くないことであるのに違いない。
わたしは、ミューラ様のお顔で、使徒様のような笑みを零されていらっしゃるメリユ様に、不安がまた少し膨らむのを覚えてしまうのだった。
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