第129話 聖国アディグラト家令嬢、謎の侍女に救われる
(聖国アディグラト家令嬢視点)
偽修道騎士の襲撃を受けた聖国アディグラト家令嬢は、突如現れた謎の侍女によって救われます。
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「ぉ、おい、侍女の嬢ちゃん!」
アファベトの言葉を拒絶した彼女がわたしたちに微笑んだ直後、彼女を取り囲んでいた四人の偽修道騎士たちが、剣を構える。
まさか、偽修道騎士たち=オドウェイン帝国の工作兵である彼らが、彼女を見逃すはずがないという覚悟で、あの言葉を告げたというの!?
確かに……いくら聖女猊下が手配してくださった、武術に優れた方であったとしても、精鋭四人を相手するのは厳しいだろう。
そもそも、わたしを守ってくださったときも、かなりご無理をなさっていたはず。
まさか、使命に殉ずる覚悟で、姿を現してくださったと!?
「いけないわ、逃げられるなら、貴女だけでも逃げて」
わたしの発した声に合わせるかのように、偽修道騎士たちは『やぁぁ』と声を張り上げ、彼女に剣を突き立てるべく、全力で動き出す。
わたしの目の前で、わたしを守ってくださった方が、命を散らすというの!?
平和な聖都に生まれ、生まれて此の方、戦いで人の命が散らされるところ、一度たりとも見たことのなかったわたし。
裕福なアディグラト家で、アファベトたちに守られ、危険に晒されることもなく生きてきたわたし。
他国では紛争も起きているというのに、聖職貴族の一員でありながら、そうしたことを顧みることのなかったわたし。
とうとうその付けが回ってきたということなのだろう。
「嬢ちゃん!」
アファベトが叫ぶのが聞こえる。
本当に今出会ったばかりだけれど、命の恩人として恩義を感じている彼女に、剣が突き立てられようとしている光景を、わたしは目を見開きながら、眺めていることしかできなかった。
アファベトはわたしの傍から動けないし、ダロックは未だ床に倒れたまま。
誰も彼女を救うことはできない。
もはや(このような事態を引き起こした張本人である)わたしは、彼女の散り様をこの目に焼き付け、その責をこの身に背負いながら生きていくしかないのだわと悟った。
「ああっ」
四方から彼女に向かっていく剣の勢いに、わたしは彼女の赤い血が撒き散らされるすぐ先の未来を想像し、涙が滲んでくるのを感じる。
ええ、もちろん、屋敷の至る所で、同じように命が散らされているのだろうことは分かっているのに、彼女の散り際を目の当たりにして、こんな感情に囚われるわたしは、偽善者だと思う。
それでも、自身の最期を覚悟したかのように、目を細めていく彼女にわたしは激しく心を掻き乱されていたのだ。
「いやっ」
彼女に代わって、情けなくも悲鳴を上げてしまったわたしは、次の瞬間、奇跡のような光景を目にすることになる。
そう、四筋の剣撃が彼女の身体に迫った瞬間、侍女服が左右にぶれたように見えたかと思った途端、偽修道騎士たちの剣は石柱に当たったかのように弾かれ、そして、彼らは呻き声と共に膝を突き、その場に倒れ込んだのだ。
ドサリと重い肉体が床に打ち付けられる音が響き、わたしは何が起きたかも分からないまま、ぽかんと口を開いたまま、先ほどと変わらずその場に立ち尽くされている彼女を眺めていることしかできなかった。
「な………」
そんな中、聞いたことのないようなアファベトの声に続き、アファベトがわたしの前にその身を投げ出し、わたしを庇うような体勢を取るのだ。
そのアファベトの太い腕の肌に、鳥肌が立っているのを見て、わたしはとんでもないことが起きているのだと、ようやく理解し始める。
「……アファベト?」
「ぉ、お嬢……ぁ、ありゃ、本物の化け物ですぜ。
六割方、味方だとは思っちゃいやすが、どうかお嬢、あの嬢ちゃんを刺激するような言葉だけは、発しないでくだせぇ」
アファベトの動揺したような声に、わたしが見たものが決して夢幻ではなかったのだと理解する。
アファベトも同じものを見ていたのだ。
十七、八くらいの細腕の侍女が、武器を持たずに、精鋭の帝国の工作兵を全滅させた光景を。
あまりにも非現実的過ぎる!
聖女猊下の配下には、ここまで凄腕の侍女……いえ、影、密偵、暗殺者といった類の者がいるというの?
「じ、侍女の嬢ちゃん。
あっしらを、いや、お嬢を救ってくれたことには礼を言う。
そ、その、何だ……あんたは、聖女猊下の命で、お嬢を助けに来てくれたって理解でいいのかい?」
「概ねそのご理解でよろしいかと」
アファベトの腰から少し覗き見ると、彼女は息切れ一つすることなく、いえ、帝国の工作兵を始末されたことすら全く感じさせない落ち着きぶりで、アファベトに微笑んでみせるのだ。
アファベトの言っていた通り、彼女がタダ者でないのは間違いないのだろう。
本物の化け物?
うら若き侍女の皮を被った化け物がそこにいると思って、対応すべきなのだろうか?
「ぉ、概ねってかい……。
はあ、ま、下手に詮索しねぇのが正解なんでしょうなぁ、ははっ」
「詳細につきましては、サラマ聖女猊下に伺っていただければと存じます」
「なるほど。
猊下は、ミスラク王国にご訪問中と聞いてるんだが……ま、ご帰国されるまで、気長に待つことにしやすわ」
聖女猊下に伺え……ね。
となると、『六割方、味方』というアファベトの推測はかなり正しいのかもしれない。
彼女はわたしの保護というよりは、アディグラト家の不正を見破るために派遣され、たまたまそこに帝国の工作兵たちが襲撃を始めたから、証拠隠滅を防ぐために動かれ、そのついでで、わたしを救ってくださったのではないかしら?
まあ、わたし自身、証拠隠滅なんてするつもりはなかったから、彼女がそのつもりであるなら、協力するつもりであるし……そういう意味では、八割方味方と思っても良いのかもしれない。
だからこそわたしは、アファベトの背後からその脇に移動すると、
「その貴女様を、どのようにお呼びすれば良いのか存じ上げませんが、わたしは聖女猊下に盾突くようなつもりはございませんし、アディグラト家の家人の一人として、お縄に付けということであれば、受け入れるつもりでございます。
タダ、今は、襲撃から皆を救ってくださったことに深く感謝申しげます」
彼女に対して改めてお礼の言葉を伝えるのだ。
「ぉ、お嬢」
「アファベトも薄々感じてはいたのでしょう。
アディグラト家はもうおしまいなの。
聖女猊下は、アディグラト家の不正を彼女に探らせていらっしゃったのだわ」
「そ、そんな、お嬢……」
「そんなしんみりしないで頂戴。
わたしは、教皇猊下、聖女猊下がくだされる沙汰に従うだけよ」
お爺様の書類を見付けてしまってから、教会からの裁きを受ける覚悟だけはできていたから。
帝国の工作兵によって勝手に命を散らされ、うやむやにされるのを防ぐことができたという意味では、僥倖と言って良いのだろうと思う。
「ルーファ・スピリアージ・アディグラト様、どうぞ誤解の無きようお願いいたします。
そうでございますね、サラマ聖女猊下含め皆様にお待ちいただいておりますので、今からこの世界の時間を停止させていただきまして、ぜひお会いいただければと存じます」
「はっ!?」
決して、罪人を見るような眼差しではなく、またも優しくわたしに微笑みかけてくださる彼女。
けれど、そのお言葉は、またも理解し難い内容で、アファベトが声を上げてしまったのも無理ないと思う。
サラマ聖女猊下含め皆様にお待ちいただいている?
もしかして、王国ご訪問で、教皇猊下、聖女猊下のご不在を良いことに油断した(不正に加担した)聖職貴族の抜き打ち査察をなさっているということ?
あと、世界の時間を停止させていただく……というのは、もはやわたしの知識では理解が及びそうもない。
「少々お待ちくださいませ。
“Show console”」
「なっ!?」
「っ」
突然彼女の手元に出現した宙に浮かぶ色付きのガラス板。
そこにわたしでは読むことのできない文字が並んでいく光景は、絶句せずにはいられないものだった。
「今からお二人のアクターIDを取得させていただきます。
これより指先を向けさせていただきますが、どうぞお気を楽になさってくださいませ」
「そ、それは、どういう……?」
「“Pick actor id to actors-list-1”
“Pick actor id to actors-list-1”
“Add picked-actors on actors-list-1 to local-time-instance 1”」
彼女はわたしの質問にお答えになられず、タダわたしたちに(順番に)指を向けられ、何かの呪文のようなものを呟かれる。
そして、間もなく、身体が淡く光輝き、わたしは驚きのあまり、腰が抜けそうになった。
「それでは、お二人を時間の停止した世界にお連れいたします。
“Stop world time”
“Execute batch for delete-invisible-cube-barrier with cube-barrier.conf”」
そして、間もなく、屋敷の中から音という音が失われ、耳が痛くなるような静寂が訪れると、アファベトとわたしの息遣いだけが室内に響くのだ。
ぃ、一体彼女は何者なのか?
わたしが怖れを抱きながら彼女を見ると、わたしを安心させるようにまたあの微笑みを深くされる。
「メリユ様っ!」
そして、突然部屋の中に、わたしたちのものではない(うら若き女性の)声が響き、見慣れないデビュタント前と思われる(まだやや幼く見える)ご令嬢が彼女に駆け寄って(飛び付くように)抱き付くのを目撃してしまうのだ。
「ちょっ、なっ、何が起きてやがるんだ!?」
次から次へと現れる正装されたご令嬢たち。
そして、ミスラク王国にご滞在中のはずのサラマ聖女猊下のお姿まで現れ、わたしは頭から血の気が引いていくを感じることになる。
「せ、聖女猊下だと!?」
「アファベト!」
「し、失礼いたしました」
アファベトが跪くのを確かめてから、わたしは猊下の前でカーテシーをする。
「せ、聖女猊下、御御足をお運びくださいまして、深謝申し上げます。
我が家の危機に彼女を派遣いただきましたこと、どれほどお礼を申し上げれば良いのか」
「彼女?
いえ、あちらに御座されますは、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下。
わたくしよりもずっと高位で、神に近いご存在であられます」
「「っ!?」」
マルグラフォ・ビアド……ミスラク王国の北の辺境伯家のご令嬢が、聖女猊下になられたというの!?
しかも、聖国唯一の聖女であられるサラマ聖女猊下よりも高位でいらっしゃるとは……。
あまりの衝撃に、頭が真っ白になってしまう。
そのようなお方を化け物のようだなんて、あまりにも不敬なことを考えていたことに、ゾッとするのを感じるのだ。
「では、あのお強さは……」
「ええ、神兵様同然のお強さまで、神より下賜されていらっしゃるのです」
「神兵様ですかい、はあ、そりゃあお強い訳でさあ」
「ちょっと、アファベト!」
「構いません。
ですが、まさか……あのときの、神兵様、メグウィン様も……メリユ様でいらっしゃったなんて」
サラマ聖女猊下が涙ぐんでいらっしゃるのを見てしまって、わたしは
「猊下?」
思わず声をおかけしてしまっていた。
「いえ、メリユ聖女猊下は、ご神託により、ルーファ様のご救出に王国から駆け付けてくださったのです。
ルーファ様、既に謝意をお伝えされておられるかもしれませんが、どうぞ改めて最大限の謝意をお伝えくださいませ」
まさか、サラマ聖女猊下がここまでご配慮されるほどのお方だとは。
サラマ聖女猊下が聖女猊下に任じられたとき、聖職貴族の令嬢として、思わず嫉妬の感情を抱いてしまったわたしなのだけれど、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下には、嫉妬の感情の欠片すらも湧いてこない。
ご神託を受けて、本当にわたしを救うためだけに、聖国まで駆け付けてくださった?
どうしてそこまでの無茶を思ってしまう。
あちらで泣き付かれているご令嬢のご様子を見るに、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下の安全も絶対のものではなかったはず。
一瞬の油断で猊下自身、命を落とされてもおかしくなかったはずなのだ。
それなのに、わたしごときのために、危険な救出にも果敢に臨まれたそのお心の在り様に、とても真似できるものではないと思ってしまうのだ。
「承知いたしました。
必ずや」
「ええ、お願いいたしますね」
メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下の方をご覧になられながら、微笑ましそうにされるサラマ聖女猊下に、わたしまでつい見てしまう。
気が付かない内に、もうお二人のご令嬢たちもメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下に抱き着かれていて、わんわん泣かれているようだ。
「あとでルーファ様にもご紹介いただくことになるかと存じますが、最初にメリユ聖女猊下に抱き付かれたのが、メグウィン・レガー・ミスラク第一王女殿下でいらっしゃいます」
「そ、それは……また」
「が、外交的に大丈夫なんですかねぇ、それ」
タダの貴族令嬢ではないと感じ取ってはいたけれど、まさか王族でいらっしゃるとは。
けれど、その王女殿下があれほどご心配されるほどのお方なのだと、わたしは改めてメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下への敬意を新たにするのだった。
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また新規でブックマークいただきました皆様、誠にありがとうございます!
お待たせしてしまい申し訳ございません、、、
謎の侍女に(真っ先に)抱き付きに行ったメグウィン殿下、さすがでございますね、、、
また、色々勘違いを引き起こしそうな姿で色々やらかした悪役令嬢メリユでございますが、銀髪聖女サラマちゃんの方の誤解は解けたようで、何よりでございました。
さて、メリユはいつ元の姿に戻るつもりなのでしょうか?




