第12話 悪役令嬢、女騎士たちと知り合う
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
国王たちとの会談を終えた悪役令嬢は、次の場に移動するための準備を進め、警護の女騎士たちと知り合います。
「では、陛下。
場所は近衛騎士団練兵場をお使いいただければと。
こちらは近衛騎士団第一中隊百名を対応させますゆえ」
「ふむ、よろしく頼む。
今日の政務の予定は大幅変更して、駆け付けることにしよう」
「ははっ、それでは失礼いたします」
うーん、話が動くのが速いなあ。
このあと、本当にすぐやるんだ。
まあ、国家の存亡がかかっているから、国王陛下や近衛騎士団長もそれだけ優先しているのだろうけれどね。
応接室を出ていこうとする近衛騎士団長の背中を見送っていると、小走りでメグウィン殿下が動かれ、近衛騎士団長の足を止めさせる。
「カブディ近衛騎士団長!
女性王族の警護にあたる女護衛小隊から手の空いている者もつけていただますか?
あと、アリッサとセメラは、可能な限り、参加させていただきたく存じます」
「ほう、女騎士をですかな? まあ、役に立つかは分かりませぬが。
あと、アリッサとセメラは、殿下の外向時、警護に付けさせている者と記憶しておりますな」
「はい、その通りでございます。
アリッサとセメラには、その身でメリユ様のお力を体感しておいてもらいたく存じますもので」
「よろしい。
そのように取り計らいましょう」
こちらからは近衛騎士団長の顔は見えない。
それでも、何となくメグウィン殿下に対しては、少しばかり軽くあしらっているように感じてしまう。
まあ、メグウィン殿下が望んでいた回答は得られたみたいで、殿下はホッとしていらっしゃる様子だけれどね。
「さて、メリユ・マルグラフォ・ビアド辺境伯令嬢、そのお力、楽しみしておりますぞ」
最初から調子のいい銀髪ダンディー近衛騎士団長という印象だったけれども、(背を向けたままの)今の挑発するような発言は何?
そりゃ、わたし相手なら我慢できるけれども、やはりメグウィン殿下に対しての態度や、女性騎士に対する扱いの悪さが目に付いて腹が立つ。
まあね、時代性というのは分かるわよ。
ヨーロッパは女系・女王を容認する国はあるけれども、男系継承の国も当然普通にあった訳だし、中性ヨーロッパ風異世界のエターナルカーム本編でだって、男尊女卑感は多少感じられたものね。
学院でだって、政務や軍務につくことを本気で目指しているような女学生は少なかった。
特に軍務では身体的能力差で、どうしても男性に劣ってしまう以上、女性でなければ配置できないような任務でしか女性騎士は必要とされにくいというのは、現実問題そうなのかもしれない。
それでも、この近衛騎士団長の態度はないと思うのよね。
「カブディ近衛騎士団長!
もう一つよろしいだろうか?
念のため、破城槌を第一中隊に配置しておいてもらいたい」
「ははっ、承知しました」
ふーん、男性王族のカーレ殿下に対してはやっぱり丁寧なのよね。
「まあ、そんなものなど必要ないかと存じますがな、はっはっは」
あああ、腹が立つ。
やっぱり、Webカメラで表情生成するのはなしね。
間違いなく、メリユの表情が悪役令嬢のそれになってしまうもの。
けれど、絶対にぎゃふんと言わせてみせますわよ、見ていなさい!
…………まずい、わたし、今、完全にメリユに入れ込んでしまっているかもしれない。
没入感が高過ぎるのも、VRゲームの怖いところね。
この辺も、多嶋さんに伝えておこう。
近衛騎士団長が出ていくと、入れ替わりにメイドさんたちが入ってくる。
僅かに肩を下げて緊張を少し解いたご様子のメグウィン殿下は、わたしの方に近寄られて、
「わっ」
バリアに軽く衝突した………。
ああああ、わたしの馬鹿ぁ。
メグウィン殿下相手にバリア張りっぱなしってどういうつもりよ。
「こ、これが結界でございますね。
初めて触りました」
メグウィン殿下は、空中にある見えない壁に両手を触れさせながら、驚かれている。
うーん、確かにさっき席についていたときは微妙に一メートル以上は離れていたからなあ。
ちなみに、NPCと付属物相手にしかコリジョンディテクション(衝突判定)は働いていないので、席やテーブルを弾いたりはしない。
「大変失礼いたしました。
お怪我はございませんでしょうか?」
「いえ、本当に空気の壁があるような感じなのですね。
すごいです、メリユ様のお力を感じます!」
「本当に申し訳ございません……」
「いいえ、わたしが不注意だったのが悪いのです。
念のため、メリユ様はこのまま結界、バリアというものを張っておいていただければと存じます。
あと、練兵場でのバリアのご準備に必要なものをお教えいただけますか?」
何だろう、仕草が先ほどよりずっと少女らしくなられた気がする。
多分、気を遣う相手がいなくなったせいだと思うのだけれど、わたし相手に気を許してくれたとかなら、マジ神展開だよね!
「その、一点お伺いさせていただきたいのですが、練兵場には何か目印になるものは複数ございますでしょうか?」
「そうですね。
特に目立ったものはなかったかと存じますが……先ほどの、いえ、そこのティーカップのようなものが必要ということでしょうか?」
さすが、メグウィン殿下!
頭の回転が速い!
「そうでございますね」
「アメラ、ハナン、今何か使えそうなものはあるかしら?」
うわ、びっくりした。
アメラさんに……ハナンさん?
いつの間に、わたしたちの傍に来ていたの!?
「傷の入ったワイングラスを交換するという話がございましたが、いかがでしょう?」
「あの銀製のワイングラスね。
魔法の供物としては、適切なのではないかしら?」
「魔法の供物……でございますか、となりますと、ワインも注いでおいた方がよろしいでしょうか?」
「そうね、教会で供物を捧げるときもそうだったわね。
メリユ様、それでよろしいでしょうか?」
……銀製のワイングラスにワインを注いで、魔法の供物に?
単に“Pick”するのに必要なだけなのだけれど、随分と大袈裟なことになってきてるよね。
「そ、それでよろしくお願いいたします」
「承知いたしましたわ。
すぐに手配するようにいたします。
それで、数はいかほど必要でしょう?」
「四つあれば十分でございます」
「承知いたしました。
アメラ、ハナン、お願いね」
「「直ちに準備するようにいたします」」
アメラさんとハナンさんが頭を下げてから離れていく。
アメラさんも美人だったけれど、ハナンさんもなかなかの美少女だ。
うん、ハナンさんの方が三つか、四つ年下って感じよね?
異世界ならではのアッシュグリーンの髪をかなり細かく編み込んでいて、額を出しているせいか、少し大人っぽく見えるけれど、やっぱりメグウィン殿下のように前髪を下ろしてくれた方がかわいいと思うのよ。
「メリユ様、お父様、いえ、陛下のお許しが出れば、わたしが練兵場までご案内いたしたく存じますが、よろしいでしょうか?」
何これ……くっそかわいいんですが。
十一歳のメグウィン殿下の上目遣いとか、反則技過ぎる!
というか、第一王女殿下が悪役令嬢のためにそんなことしちゃっていいのって気分になるよ、もう!
当然、わたしにそれを断るという選択肢はなかった。
「「メグウィン第一王女殿下、ご用命に従い急ぎ馳せ参じいたしました」」
応接室から出ると、女性用のフルアーマーを着込んだ女性騎士が二人そこにいた。
当然顔出しはしているのだけれど、うん、こちらのお二人も美人だわ。
わたしの予測では、薄めの金髪で釣り目の強気そうな方がアリッサさん、目がパチッと大きくてかわいい系のダークブラウン髪の方がセメラさんね!
「二人とも業務中にどうもありがとう。
急に呼び出して悪かったわ」
「「いいえ、全ては殿下の仰せのままに」」
「メリユ様、こちらがわたしの外向時に警護にあたっていただいているアリッサと、セメラです」
「女護衛小隊所属、アリッサ・メイゾ・ロフェファイルと申します」
「女護衛小隊所属、セメラ・メイゾ・サビエでございます。
本日は護衛の任につかせていただきます」
よっしゃ、当たったあ!
メイゾってことは……確か、エターナルカームの世界じゃ騎士爵家だったかしらん?
なるほど、そういうお家柄ってことね。
「アリッサ、セメラ、こちらが今回練兵場までお連れする、メリユ・マルグラフォ・ビアド様ですわ」
「お初に御目もじいたします
北の辺境伯家が第一子、メリユ・マルグラフォ・ビアドでございます」
念のため、カーテシーをすると、二人がやけに驚くのが分かる。
あれ、近衛騎士様相手にこうするのってOKだっけ?
「メリユ様、護衛の騎士相手にそんな仰々しくご挨拶なさる必要はございませんわ」
セメラさんが柔らかく微笑みながら、そう教えてくれる。
「そうでございますか?」
「ええ、そうでございますよ」
近衛騎士団所属の女性騎士だというのに、このふわふわ感。
セメラさんのお姉さん感、好きだなあ。
あれ……ちょっと待て!
アリッサさんとセメラさんって、本編でヒロインちゃんとメグウィン殿下が仲良くなったあと、メリユがメグウィン殿下に近付こうとしたときにやんわりとお止になっていたあの護衛の騎士様?
うわー……本編じゃ仲良くなりようがなかった、アリッサさんとセメラさんとこんな風に出会えるとか奇跡的過ぎない?
「アリッサ、セメラ、二人には先にお伝えしておこうと思うのだけれど、メリユ様は、我が国の唯一の魔法師となられるお方なのですわ」
ちょっと待てい。
メグウィン殿下、今それを言っちゃいますか!?
「ま、魔法師……でございますか?」
「魔法師とは……一体?」
「メリユ様、少しばかり結界魔法、バリアを確かめるご無礼をお許しいただけますでしょうか?」
ああ、なるほど、まずは体感させて、納得させようと言うのね?
「はい、もちろんでございます。
今もバリアを展開しておりますので、何をなさっていただいても構いません」
「ご了承いただき感謝いたします。
アリッサ、両手を前に突き出して、ゆっくりとメリユ様に近寄ってごらんなさい」
「ひ、姫様!?」
うお、とっさに出ましたぞ、姫様呼び。
あれ、アリッサだったんだ、なるほどなるほど。
「これは第一王女としての命よ。
メリユ様の結界魔法を体感させていただきなさい」
「けっ、結界魔法とは!?」
「これから我が国を守るのに欠かすことのできない魔法です。
二人もそれを体験すれば、メリユ様をお守りすることの重要性がよく分かるでしょう」
「?
しょ、承知いたしました」
かっこいい系女子のアリッサさんは、少し怪訝な表情を浮かべながらも、両手を前に突き出して、わたしの方へとゆっくりと進んでくる。
わたし=メリユが十一歳のまだ小柄な貴族令嬢であることも考慮して、加減してくれているのだろう。
「えっ!? はぁっ!???」
突然、アリッサさんは何かにぶつかったかのようにその歩みを止め、驚きのあまり目を見開く。
「ひ、姫様、何も見えないところに壁が……壁のようなものがあります!」
「それがメリユ様の結界よ。
試しに全力で押してみてごらんなさい」
「は、ははっ!
うっ、んっ、くっ、んんんっ……はあっ」
これがパントマイムならすごいなあって思ってしまうくらい、顔を真っ赤にしてバリアを押し込もうとするアリッサさん。
「ひ、姫様、びくともしないのですが。
こ、これがメリユ様の結界なのですか?」
「嘘でしょう、アリッサ、何しているのよ?」
セメラさんも上品に口元を手で押さえながら、驚いているらしい。
なるほど、これがセメラさんの素か!
「何もない空中に壁なんて………えっ!?」
セメラさんも半信半疑のようで、掌を前に突き出しながら、わたしの方に向かってくる。
そして、同じようにバリアに阻まれるのだ、はっはっは!
「嘘、か、壁がある!?
殿下、こ、これは一体!??」
「ええ、それこそがメリユ様があの建国時の大魔法使いイスクダー様から受け継ぎし魔法なのですわ」
おお、メグウィン殿下が少しどや顔入っているではないか!
うぅぅ、多嶋さん、マジでスクショ機能の実装をお願いします!
ノートパソコンの画面には何も表示されていないし、“Prt Sc”キーを押してもHMDで見ているものはスクショ取れないのよ!
「イスクダー様とは、あの!?」
「魔法使いとは、比喩的なものだったのでは?」
「いいえ、魔法とはお伽話の中の、架空のものではなく、実在しているものなのですわ。
今二人もそれを体感しているでしょう?」
「確かに……」
「これは信じざるを得ませんね」
「あっ、まさか、これから第一中隊と一緒に行う演習というのは!?」
アリッサさん、鋭い。
まさにそれなんですよー。
「ええ、近衛騎士団の方々には、メリユ様のお力を知っていただく予定なのですわ。
二人には事前に知っておいていただこうと思って、今試していただいたの」
「メリユ様、こんなかわいいご令嬢が魔法なんてお力を……。
あ、メリユ様、大変失礼いたしました」
ふわふわしていたはずの、セメラさんの表情が少し強張っている。
やはり、身体的能力や武勲がものをいう騎士団に所属している女性騎士としては、何かしら思うところがあるのかもしれない。
「いいえ、侮られることには慣れておりますから」
「そんな、いけませんわ!
メリユ様は、我が国をお救いになられる唯一の魔法師なのです!
女であることですとか、デビュタント前であることですとか、そんなこと程度でメリユ様が侮られるようなことがあってはなりませんわ!」
え、ええっと、ずいずいと来られますね、メグウィン殿下。
いえ、もちろんうれしいのだけれど、なんかデジャビュが。
ああ、これはあれだわ。
ヒロインのあのシーンに似たようなのがありましたわ。
ええっと、悪役令嬢が先取りしちゃってるみたいですけれど、これ、大丈夫なんですかね?
ヒロインちゃん、マジごめん。
わたしはまだ(VRデモ空間では)見ぬヒロインちゃんに謝罪するしかなかったのだった。
悪役令嬢としては、いい形で女性騎士たちと知り合えたのはよかったことでしょうか?




