第128話 聖国アディグラト家令嬢、偽修道騎士の襲撃を受け、覚悟を決める
(聖国アディグラト家令嬢)
聖国アディグラト家令嬢は、聖都の屋敷にいるところを偽修道騎士の襲撃を受け、覚悟を決めます。
[『いいね』、ブックマークいただきました皆様方に深く感謝申し上げます]
わたしが実質軟禁状態に置かれてから数か月。
聖都内であれば、修道騎士の監視の下、ある程度動けていたのだけれど、一週前からは外出も控えるよう告げられ、わたしは屋敷内でずっと過ごしていた。
室外に出られるのも家庭教師が来訪したときのみ。
まるで、お爺様がミスラク王国に派遣される使節団に加わり、出立したのに合わせて、状況が変化したかのよう。
いえ、『まるで』ではなく、実際それに関係しているのだろうと思う。
数年前から羽振りが一層よくなったアディグラト家。
デビュタントに合わせ、一部の書類仕事は任せられるようになったけれど、肝心の経理関係の書類には触れさせてもらえなかった。
そう、わたし自身、我が家のきな臭さは感じ取っていたのだ。
お爺様は、何か良くないことに関わられている。
そして、その弱みに付け込み、更にはわたしを人質に取る形で、何かをさせようとしているのではないか、そんな嫌な予感がして……。
わたしはお爺様の執務室に忍び込んでしまった。
「はあ、あんな書類、見なければ良かったのかしら?」
「お嬢様、屋敷の敷地内に所属不明の修道騎士が侵入してきてますぜ!」
わたしの護衛をしてくれているアファベトがわたしの部屋に駆け込んでくる。
彼がノックすらし忘れるとは、本当の異常事態が起きているのだろう。
「アファベト、普段のように取り繕わなくていいわ。
状況を教えて頂戴」
「はあ、助かりますぜ、お嬢。
既に屋敷の警備に当たっている修道騎士、警備兵と交戦が始まっちまってます。
ありゃ、正規の修道騎士じゃありませんぜ、装備が明らかに古い。
他国の兵士に古い修道騎士の装備をさせてるに違いねーでしょう」
修道騎士にしては、癖のあり過ぎるアファベト。
それでも、武術に優れているのは確かで、わたしの幼い頃から近傍警備を担当してくれる。
その彼がこれほど慌てているとは、いえ、聖都内にあるこの屋敷が襲撃を受けているのだから、当然と言えば当然ね。
まあ、わたしは、もう……その兵士たちがオドウェイン帝国の手の者たちだと知ってしまっているのだけれど。
我ながら本当に浅はかなことをしてしまったものだわ。
まさか、屋敷の警備に当たっている兵士たちまで危険に晒してしまうだなんて。
「そう……全ては、わたしのせい、なのよね」
「お嬢、何かおっしゃいまして?」
「いいえ、何でもないわ」
そう、アファベトには、真実を告げない方が良いだろう。
その方が、彼の助かる確率が高まるのだから。
消されるのは、わたしだけで……十分なのよ。
でも、どうしてお爺様は、こんなことに手を染めてしまったのかしら?
力関係で言えば……本家に逆らえなかったから?
お爺様の兄にあたるガレモット・マルキーゾ・アディグラト侯爵は、聖国第二の都市セラッシエを領都とする一大貴族。
領軍の規模も大きく、オドウェイン帝国と事を構えた場合、セラッシエを守るのはもちろん、聖都への侵攻を食い止める役目も負っている重要な領地を持っているのだ。
……ああ、そうね、セラッシエ側から帝国の魔の手は伸びてきていたのだろう。
アディグラト家はこれでおしまい。
侯爵家だけでなく、枢機卿まで輩出したアディグラト家は、聖国が勝っても負けても取り潰されることになるだろう。
「はあ、屋敷に内通者がいたのは分かっていたけれど、かなり機密に近いところにいる人間も数人関わっているわね。
わたしが先走ってしまったせいで、皆を危険に巻き込んでしまってごめんさい」
「お嬢、そういうことは襲撃してきてる連中を追っ払ってからにしましょうぜ。
しおらしいお嬢を見られるのも貴重っちゃ貴重ですけど、今は感傷に浸れる暇もねーんです」
「もう、貴方という人は……」
まあ、こういうところも彼が他の修道騎士たちに慕われる理由の一つであるのだろう。
「ん?」
少し離れた場所から陶器かガラスの割れたような音が聞こえる。
まさか、もう屋敷内にまで侵入を許してしまったというの!?
ああ、ダメ。
思っていた以上にオドウェイン帝国の工作兵の人数が多いみたい。
屋敷周囲の警備兵で対応できていないのだとしたら、もはや屋敷を守り切ることは不可能なのだろう。
部屋の扉が開き、修道騎士のダロックが駆け込んでくる。
「はあ、はあっ、アファベトさん、奴ら、屋敷の扉を突破してきてますっ。
すぐにお嬢様のお部屋に立て籠もる準備を!」
「おいおい、勘弁してくれよ!
ここは聖都の中枢なんだぜ?
一体何人の裏切り者をこんな中枢部まで引き込んだってんだ!?」
「知りませんよっ!
はあ、聖都の警備隊連中にでも、聞いてください。
それでは、俺は戻るんで」
ダロックは息を切らしながらに言い放つ。
「ダロック、お前も立て籠もる準備を手伝え。
まるで人手が足りやしない。
というか、侍女連中は大丈夫なのか?」
「……そうね、マリエッタたちは大丈夫なのっ?」
先ほど、一度マリエッタたちを引き下がらせたばかり。
これほど強力な急襲が行われるだなんて、思いもしなかったから……彼女たちが心配だわ!
「ああ、多分食糧庫に隠れてくれているとは思いますが、はあ、はあ。
もはや、確かめに行ける状況ではないのです、お嬢様、ご理解、ください」
ダロックの言うことはもっともだわ。
遠くで聞こえる剣戟音も増え始め、それが徐々に近づいてきているのもわたしにすら分かるほどなのだもの。
「まずいな。
連中、手練れの精鋭部隊で攻め込んできてやがる。
おそらく、屋敷の内部構造も全部知って動いてんでしょう」
はあ……ここは、狙われているわたしが直接出向くことにしよう。
これ以上、無駄な血を流させたくはない。
立て籠もって最終的に命を奪われるのも、自ら出向いて命を奪われるのも、結果は変わらないのだ。
それならば、少しでも顔見知りの修道騎士や警備兵たちが助かるよう、わたしが自身の命を差し出す方がずっと良いに決まっている。
「アファベト、わたしは……」
「おっと、ダメですぜ。
お嬢が言い出しそうなことは分かってんです。
良いですかね、お嬢が命を投げ出して、俺たちが助かっても、最終的に俺たちも責任を追及されちまうんですわ。
それなら、お嬢を守り切って逝きたいってもんですぜ」
もう何を格好付けているのよ、貴方は。
ダロックまで頷いてしまっているじゃない?
「ダロック、その辺の家具類を扉まで運ぶぞ。
手伝え」
「わ、分かりました!」
アファベトとダロックが部屋にあったローチェストを運び始め、わたしが扉を閉めようと、扉の外にほんの僅か顔を出した途端、
「「いたぞっ!」」
廊下の奥から走って向かってくる怪しい修道騎士が五人ほど見えた。
あれがオドウェイン帝国の工作兵?
まずい、完全に防備を突破されているじゃない!
「ダロック」
「はい」
わたしは慌てて扉を閉め、鍵をかけ、焦っている様子のアファベトとダロックがローチェストを横にして扉に立て掛ける。
……けれど、急襲を目的とした精鋭の工作兵たちはそれで防げるほど甘くはなかった。
扉を蹴破られるまで半刻、いえ、半刻もかからなかったと思う。
ぎしぎしと軋み、割れていく扉。
鍛えられた修道騎士二人がかりでローチェストを押し、扉を押さえ込んでいたものの、とうとう扉は、あっけなく破壊された。
そして、扉を破壊したその丸太は、ローチェストごと、二人を床に転がし、わたしは震えながら、その光景を見ていることしかできなかった。
「お嬢、何してんですか!?
に、逃げてくだせぇ」
扉の破壊を担当していない別の偽修道騎士たちがわたしを目がけて、剣を突きたてようとしてくる。
ああ、本当に消されてしまうのだと、わたしはそう思った。
本当であれば、お爺様、お父様とお母様へ何かしら感謝の言葉を残したかったというのに、そんな時間すら与えられないなんて。
才女、才女と持て囃されたわたしも、これでおしまい。
本当に人生なんてあっけないもの。
でも、そんなの理屈じゃない。
こんな形でおしまいになるなんて、嫌過ぎる!
乙女らしいこと何一つできないまま、この世を去るだなんて、何のためにわたしは頑張ってきたというのだろう?
「ああ、神よ!」
もう、本当にダメ。
迫ってくる剣先を前に、わたしが助かる見込みはもうないのだと自覚して、わたしは、せめて家族の命だけは救って欲しいと、神に祈る。
「お嬢っ!」
アファベトの絶叫を聞きながら、わたしは目を閉じた。
ありがとう、貴方は良くやってくれたわ。
もはや数を数える間もなく、わたしの命は尽きるだろう。
それは分かるのだけれど、できる限り、痛い時間は短い方がいいな……なんて、考えてしまう自分に笑いそうになった。
キンッ!
あら……痛く、ない?
金属を跳ね返すような音を間近に聞き、わたしはおそるおそる瞼を上げる。
「え……?」
わたしの胸元に突き付けられた剣先は……信じ難いことに、一人の侍女の手に、いえ、指二本で食い止められていた。
「な、何者だ、貴様っ!?」
中年の偽修道騎士が焦ったような声を上げる。
「見ての通りの侍女にございます」
わたしは、その細腕を辿り、見慣れない侍女服に身を包んだ、わたしとそう歳の変わらない侍女の横顔を見る。
特徴的なダークアッシュの髪に、そばかすのある頬。
それでも、かわいらしいその顔立ちに見覚えはない。
一体どこの誰なのだろう?
「ふ、巫山戯るなっ!
侍女風情にそんなことができるものか!?」
「では、まいります」
彼女は、偽修道騎士と会話を交わすつもりはないようで、そう一言告げると、侍女服の残像を残し、一瞬にして偽修道騎士の後ろにまで移動していた……。
わたしは、自分の目がどうにかなってしまったのかと思った。
死地にあって、時間感覚が狂ってしまったのかと思ったが、彼女の残していった風に目を細めながら、彼女が本当に神速で動いていたのを理解するのだ。
「がぁ、あ………」
わたしの胸元を的確に狙っていた剣は床に落ち、それを握っていた修道騎士は、鎧におかしな凹みを見せながら、崩れ落ちたのだ。
そして、振り返る謎の侍女。
彼女は、今の事象に似つかわしくない年相応の微笑みを浮かべながら、
「ルーファ・スピリタージ・アディグラト様、お怪我はございませんでしょうか?」
「ぇ、ええ、あ、貴女は?」
「今は申せませんが、サラマ・サンクタ・プレフェレ・セレンジェイ聖女猊下の要請を受けた者とだけお答えしておきましょうか?」
「聖女猊下の!?」
わたしは驚きを隠せず……いえ、室内にいた全ての偽修道騎士、修道騎士も彼女に釘付けになっていた。
そんな中、一人だけ、アファベトがわたしの傍にまで駆け寄り、彼女に対して警戒する素振りを見せる。
「はははっ、侍女の嬢ちゃん。
冗談がきついぜ。
そんななりで、よく精鋭の騎士を一人倒したもんだ」
「アファベト、彼女のことは分かりますか?」
「いんや、何がどうなってんのかまるで分かりやせんが、敵さんではねーみたいですぜ。
タダ、信じ切ることもできねーですし、今の一人を防ぎ切れたとはいえ、あの体つきじゃ、それで限界でしょうや」
「そう、そうよね」
聖女猊下が、わたしの護衛にそういう侍女を寄越してくださっていたのだろうか?
それでも、アファベトの言う通り、彼女がどれほど武術に優れていたとしても、襲撃してきた工作兵との体力差は明白だ。
今の一人を倒してくださっただけでも、彼女は使命を果たしたと言えるだろう。
「今の一撃を防いでくださり、ありがとう存じます。
ですが……」
「ああ、侍女の嬢ちゃん、うちのお嬢を救ってくれたことには礼を言う。
だが、これで、もう十分だ。
あんたは、投降した方がいい。
侍女ごときで、この人数を相手するのは無理ってもんですぜ」
わたしの言葉を遮るようにして、アファベトが代わりに言いたかったことを言ってくれる。
わたしは覚悟を決め直して、アファベトに頷きつつ、彼女に再度軽く頭を下げる。
「ご配慮には感謝申し上げます。
しかし、わたしにはわたしの使命がございますので、それは果たさせていただきますね」
そう、それなのに、彼女はアファベトの言葉を拒絶し、『何でもないかのような』笑みを浮かべるのだった。
いつも『いいね』、ご投票で応援いただいている皆様方、深く感謝申し上げます!
また新規でブックマークいただきました皆様にも厚くお礼申し上げます!
今度は聖国の聖職貴族のご令嬢の登場です。
この辺りで打ち止めの予定でございますが、彼女も……まあ、こちら側に加わることになりそうでございますね、、、
(なお、突如出現した侍女が誰なのかは、皆様もうお分かりのことと思いますが、まあ……やってしまいましたねぇ、、、)
あと大変恐縮ではございますが、予定が入ってしまいましたため、次の更新は日曜午後以降となりそうでございます。
何卒ご了承くださいませ。




