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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第122話 聖国聖女猊下、己の聖女としての使命に気付き、涙する

聖国聖女猊下は、時間の停止した世界で悪役令嬢と会話し、己の聖女としての使命に気付き、涙します。


[『いいね』、ブックマークいただきました皆様方、心から感謝申し上げます]

 晩餐会へ向かう準備を整え、部屋を出ようとしていたとき、わたくしの目の前に突如ご降臨されたのは、わたくしの敬愛するメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下=使徒ファウレーナ様だった。


「はあ、驚きました……」


 あまりに突然のことに、心の蔵がわたくしの胸から飛び出してしまいそうなほど、驚いたことは確か。

 けれど、使徒ファウレーナ様が直接わたくしのところにご来訪されるとは思ってもみず、ハラウェイン伯爵領城での襲撃以降、距離を取られていた猊下がこうしてわたくしに微笑みかけてくださっていることに、わたくしは自分の胸に温かなものが戻ってくるのを感じていた。


「ぁぁ……」


 もちろん、我が聖騎士団の仕出かしたことを思えば、王国側の皆様がわたくしを警戒されるのは当然のことで、ご同道を許されたことだけでも、信じられないほどの温情をかけていただいたのだと必死に自分に言い聞かせて、今の境遇に耐えていたのも事実。

 それが、まさかファウレーナ様の奇跡を目の当たりし、それどころか、わたくしの元へ直接ご来訪いただけるだなんて!


 わたくしは『猊下に見捨てられていなかった』という喜びに、そっと自分の胸を押さえながら、


「も、もしかしまして、今のこれは、瞬間移動でこちらにいらっしゃったのでしょうか?」


 猊下にお尋ねしたのだった。


 すると、いつも通り、優しさに満ちた微笑みを浮かべられた猊下は、


「いいえ、この世界の時間を停止させました」


 その笑みを深めながら、とんでもないことをおっしゃられたのだ。


 『この世界の時間を停止させた』?


 あまりにも現実味のないお言葉に、わたくしの頭は、それをそのまま受け入れることができず、聞き間違えではないかと思い、不敬にも訊き返してしまっていた。


「は、はい………?

 いっ、今何とっ!?」


 今おっしゃられたことは、本当なのだろうか?

 もし聞き間違えでないとすれば、本当にそんなことが現実にあり得るものなのだろうか?


「そうでございますね……つまり、この世界の時間を停止させていただきまして、こちらの部屋までまいったところでございますが、ほんの今、サラマ聖女猊下もこの時間の停止した世界で動けるように調整させていただきましたところでございます。

 それでわたしが突然現れたように見えたのかと」


 物分りの悪いわたくしでもはっきりと分かるよう、ゆっくりと丁寧に言い直してくださる猊下。


 わたくしが最初に聞き取った猊下のお言葉が決して聞き間違えではないのだと理解してから、わたくしは全身に鳥肌が立つのを感じた。


「じ、時間を停止された、と?」


「はい」


 そうして、わたくしは、世界から(猊下とわたくしが発する声や衣擦れの音を除き)あらゆる音が消え、異様なほど静まり返っているのに気付いてしまうのだ。

 いいえ、それだけではなく、貴賓室の天井に下がるシャンデリアの蜜蝋の灯りから揺らぎが消え、まるで世界からあるべき『動き』全てが失われたかのようになっているのに気付くのだ。


「ぃ、今はファウレーナ様とわたくしのみが、この時間の止まった世界で、動くことを許されていると、そういう理解でよろしいのでしょうか?」


 セラム聖国中央教会の全ての記録に触れることができるわたくしでさえ、一度たりとも見聞きしたことのない奇跡。

 いえ、まさに神と神の眷属のみが使用を許された特別な権限と言えるのではないだろうか?


「……はい」


「そ、そうでございますか」


 メリユ聖女猊下が使徒ファウレーナ様であるのは確信していたけれど、まさか、ここまでのお力と権限をお持ちでいらっしゃったなんて!

 伝承として残った前回はかなりのご制約があったはずなのに、今回のご降臨では、あらゆる制限が撤廃されているようにすら思えてしまう。


 神は、使徒ファウレーナ様をそれだけご信任されているということなのだろうか?


 もしそうなのであれば、わたくしたちが考えていたよりも、使徒ファウレーナ様は(神の眷属として)ずっと高位のご存在であられるということになるのだろう。


「も、も、もし不敬でないようで、ございましたら、確かめ、させて、いただいても、よろしいでしょうか?」


 下手な質問一つでも不敬になるかもしれないと思い、緊張のあまり、声が震える。

 それでも、わたくしはこの奇跡が現実のものかどうか確かめたいと思ってしまったのだ。


「もちろんでございます。

 タダ、不用意に周囲の人、ものに触れられませんようお願いいたします」


 使徒ファウレーナ様は、目を細められながらも、優しくそうおっしゃる。


 不用意に(時間が停止している)周囲の人やものに触れてはならない。


 おそらく、これは極めて重大なご警告なのだろう。

 猊下は、敢えて強調されるようなことはなかったのだけれど、『聖女であるわたくしであれば、それくらい分かるだろう』と、目を細められるに留められたのだ。


「しょ、承知いたしました」


 猊下は、小声で何かを呟かれると、わたくしがもう少しで出るところだった扉をゆっくりと押し開けられる。

 先ほどまでは多少の軋みがあったはずの扉が無音で開いていくのは、どうにもおかしな感じだ。


 そして、わたくしは見てしまう。


 廊下でわたくしの警護に当たっていた、アルーニーとギシュが石像のように身動ぎ一つすることなく固まってしまっている姿を。


「アルーニー!?

 ギシュ!?」


 まるで神の怒りで石像に変えられてしまったかのような二人の姿に、わたくしは焦りを覚え、うっかり走り寄ってしまうのだ。


「サラマ聖女猊下」


「はっ!?

 も、申し訳ございませんっ!!」


 (我を忘れかけてしまっていた)わたくしにかけられた、普段より強めの猊下のお声に、もう少しでアルーニーに触れそうになっていたわたくしは、自分の仕出かしかけていたことにゾッとするのだ。


 猊下がはっきりとご警告をされた以上、時間が停止した世界で、停止している二人に干渉することは重大な結果をもたらすに違いない。

 例えば、このままアルーニーに触れ、動かしてしまったり、倒してしまったりすれば……それはゼロ秒に近い瞬間な動きとなって、彼に深刻な怪我を負わせたりすることになってもおかしくはないのかもしれない。


 それこそ時間が動き出した次の瞬間、彼の身体から血が飛び散り、酷い打撲だらけの肉体がそこにあってもおかしくはないのだ。


「ゴクリ」


 そして、わたくしは、間近に迫る(瞬き一つしない)アルーニーの瞳に自身の姿が映っていないことにゾクリとするのだ。


 ここは本当に時間が停止している!


 時間が動いていれば、アルーニーの瞳にはわたくしの姿が反射して映っているのだろうが、時間が停止している以上、アルーニーの瞳にわたくしが映り込むことはないのだろう。


「っ、はぁ、はぁ、はぁ」


 神の奇跡を(安易に)望んでしまっていた自分が怖ろしくなる。


 人が空想する神の奇跡というものは、良い面しか語られないが、実際には、それは強大過ぎるお力によるものであり、多大な危険と隣り合わせなのだ。

 神と神の眷属だからこそ、正しく扱えるものであって、人の意識でそれを操ろうとすれば、とんでもない悲劇が起きてもおかしくないものであるのだろう。


「使徒ファウレーナ様は、ど、どうして、わたくしに、この奇跡を、お見せ、くださったのでございましょうか?」


「……サラマ聖女猊下、どうかわたしのことはメリユとのみお呼びくださいませ」


 ぃ、今のは……どういう?

 いえ、待って……わたくしが『ファウレーナ様』とお呼びした際の、猊下のご反応はあまり良いものではなかったような。

 もしかして、ファウレーナ様は、使徒としての御名で呼ばれることを好ましく思われていない……ということ?


「し、失礼いたしました、メリユ聖女猊下」


「どうぞメグウィン第一王女殿下がわたしをお呼びになられるときのように、ただメリユとのみお呼びくださいませ」


 ま、まさか、そんな……それって、『メリユ様』とお呼びするのをお許しいただけるということ!?

 それでなくとも、ご迷惑をおかけしてばかりだというのに、どうして?

 どうして、わたくしはそんな親しげに猊下をお呼びすることを許されたのだろう?


「メ、メリユ様、でよろしいのでしょうか?」


「はい」


 どこかホッとされたような……メリユ様。

 微笑みが若干柔らかくなられたように思える。


 ハラウェイン伯爵領城では、新たな信仰を集められ始めておられたメリユ様だけれど、メリユ様ご自身は、不本意だったということなのだろうか?


 それでも、わたくしからすれば、セレンジェイ伯爵領を二度もお救いくださった使徒ファウレーナ様は拝み奉るべき神の眷属で、こうしてお傍にいさせていただいているだけでも震えが止まらないというのに。


「それで、メ、メリユ様、その」


「ええ、ぜひサラマ様には、わたしがセラム聖国に赴くの際し、ご協力をいただきたく存じます。

 お願いさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 え……それは、使徒ファウレーナ様、いえ、メリユ様が聖国でのご聖務をされるにあたり、わたくしに協力をお求めになられると?


 メリユ様のお言葉を噛み締めていく内に、わたくしは思い出すのだ。

 神兵様=メグウィン第一王女殿下とのあの会話を。



『此度のことが表沙汰となりましたなら、サラマ聖女様は当然ご解任されることとなりますでしょう?

 そして、実際に襲撃を行われた皆様は、オドウェイン帝国との関係性も明らかにされないままに処罰され、場合によってはトカゲの尻尾切りで、一部は消される可能性も高いことでしょう。

 結果、聖国内で起きつつあることは何も解決されないまま、事態は悪化の一途を辿ることとなるのではないでしょうか?』



 そして、わたくしは、神兵様に



『わたくしめの浅慮、本当に恥じ入るばかりでございます。

 ご指摘いただきました通り、聖国内に蔓延る腐敗は、わたくしが解任されたところで何も解決しないであろうこと、考慮にも入れておりませんでした』



 そうお返事させていただいたのだ。


「……そう、そうだったのだわ」


 神兵様は使徒ファウレーナ様=メリユ様と同じご聖務のもとで動いておられ、目的なども当然と共有されていらっしゃるのだ。

 きっと、メリユ様も神兵様も、わたくしが『人』として、自ら聖国の腐敗を正すことを望まれていたのに違いない。

 その際、どうしてもわたくし一人では力の及ばないところを手助けいただけるということで、こうして動かれたのだろう。


 ああ、本当に神は、使徒ファウレーナ様は、わたくしを見捨てられてはおられなかった。

 むしろ、わたくしに期待をかけてくださっておられたのだわ!


 聖国中央教会に神罰がくだるのを防げるかどうかは全てわたくし次第。

 わたくしが、メリユ様の必要とされる情報や手段を全て提供し、誠心誠意仕えることができたなら、きっと教会は存続を許されることだろう。


「も、もちろんでございます!」


 本当に全てをお分かりになられた上でご同道をお認めくださったメリユ様。

 『このときを待っておりましたのよ』と言った雰囲気のメリユ様の神々しい微笑みに、涙が込み上げてきて止まらない。


 わたくしは、本当に、本当にこのときのために、聖女に選ばれたのかもしれない。


 教皇猊下のお言葉のおかけで聖女を辞することを踏み止まることのできたわたくしなのだけれど、今は、踏み止まることができて良かったと心の底から思える。

 きっと、わたくしの聖女としての人生は、使徒ファウレーナ様、いえ、メリユ様と共に聖国を本来あるべき姿に戻すためのあったのだろう。

 わたくしは、ようやく正しく理解することのできた『自身の使命』に、心が熱く滾ってくるのを覚えるのだった。

いつも『いいね』、ご投票で応援いただいている皆様方、深く感謝申し上げます!

また、新規にブックマークいただきました皆様、誠にありがとうございます!


ようやく銀髪聖女サラマちゃんの出番のようでございますね!

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