第119話 王女殿下、悪役令嬢の補佐役として頑張る
(第一王女視点)
第一王女は、悪役令嬢の補佐役として頑張ります。
[『いいね』いただきました皆様方に心よりお礼申し上げます]
「オドウェイン帝国の兵たちを足止めするのに用いますバリア、すなわち結界を展開するには、起点となる点が最低三点必要となっております。
ですので、予めオドウェイン帝国の兵たちが国境の砦を攻めるにあたり、どのように配置されるかを予測し、その三点を事前に設定していただく必要がございます」
事前の打ち合わせ通り、ご説明を途中で止められたメリユ様がわたしの方をご覧になられて頷かれる。
わたしは傍にいるハナンが運んできた銀製のワイングラスを手にし、メリユ様のご説明を引き継ぐ。
「ここからは補佐役であるわたしがご説明申し上げます。
バリアの起点となる各点には、供物を捧げ、設定する形になります。
王都では、こちらの銀製のワイングラスにワインを注ぎ、供物として捧げさせていただきました」
「なるほど、神への供物ということでございますか。
それは、良いワインを捧げなければなりませんな」
わたしがハードリー様の方を見ると、ハードリー様が頷かれる。
「ワインにつきましては、産地である我がハラウェイン伯爵領より樽で運んできております。
領城で保管されているワインの中でも最も上質なものを選んでおりますので、ご安心くださいまし」
「ハードリー嬢、それはありがたい。
あとでハラウェイン伯爵へも書簡で謝意を伝えさせていただこう。
念のため、我が領でも予備のワイン樽を準備させるので、何かあれば、おっしゃっていただければと思う」
「ありがとう存じます、レーマット様」
「では、ここからは実際にバリアの張り方をご覧に入れます。
わたしがおおまかに起点を決め、それでメリユ様に特別に小さなバリアを張っていただきます」
ハードリー様から引き継ぎ、再びわたしが話を進めていく。
砦の前にある平地にオドウェイン帝国の兵たちが陣取っていると仮定して、ワイングラスをまず最初の起点へと持っていく。
神の目による景色の縮図は、あまりにも小さいので、ワイングラスではあまり位置合わせをするのがしづらいところもあるのだけれど、ここは致し方ないものとしてご理解いただこう。
「本来であれば、三つワイングラスを用意すべきところではございますが、小さなバリアでございますので、このワイングラス一つで流用させていただきます。
まずは、角となるこの点、メリユ様」
「はい、“Show console”」
ベッド上で上半身を起こされているメリユ様がそう呟かれると、先ほども神の目のご使用のご申請の際にも用いられたコンソールがメリユ様の胸元に出現する。
「おお、これは……」
「メリユ様が神へのご申請に用いられましたり、神よりのご神託を賜られるのに用いられますコンソールというものでございます。
透明なガラス板のようにも見えますが、この世の理から外れた聖なる板でございます」
「「おお」」
ゴーテ辺境伯様とソルタ様が揃って驚きの声を上げられる。
そして、そんなお二人の前でメリユ様は右腕を持ち上げられ、人差し指をわたしの持つワイングラスに向けられ、
「“Pick one”」
と起点設定のご命令を発動される。
三、二、一。
ワイングラスが輝きを放ち、ゴーテ辺境伯様とソルタ様が目を見開かれるのが分かる。
ふぅ、これで最初の一点は設定完了ね。
「次にバリアの一辺の終端を設定いたします。
メリユ様、この辺りでよろしいでしょうか?」
わたしは砦の前の平地をカバーできるよう反対側の山の麓辺りにワイングラスを移動させる。
「はい、大丈夫でございます。
“Pick two”」
三、二、一。
再びワイングラスが輝き、二点目の設定が完了する。
既に何度も経験していることだけれど、神へのご申請に使用する起点の設定ということもあり、緊張はどうしてもしてしまう。
「では、最後の一点、砦から離れた奧の方に設定いたします。
これでバリアを構成する二辺の設定が完了いたします。
この辺りでよろしいでしょうか?」
「はい、ありがとう存じます、メグウィン第一王女殿下」
もう一度、メリユ様が人差し指をわたしの持つワイングラスに向けられ、
「“Pick three”」
三、二、一
無事ワイングラスは輝きを放ち、わたしの役目は終わりとなる。
「これで、三点の起点が設定され、神へのご申請が完了いたしました」
「では、バリアを展開いたします。
発動より三つ数えた後に、バリアが出現し、室内に風が巻き起こるかと存じますので、そのおつもりでお願いいたします」
「風……が?」
「はい、今度は実体を伴ったバリアの展開となりますので、その出現に合わせて空気が押し退けられ、場合によってはある程度の風が吹き荒れることもございます」
「しょ、承知いたしました」
メリユ様がゴーテ辺境伯様にご説明され、困惑気味でいらっしゃるゴーテ辺境伯様は額に浮かぶ汗を拭っていらっしゃるご様子。
神の目で既にメリユ様のお力を知らしめられたばかりのゴーテ辺境伯様には、メリユ様のお言葉を噛み砕かれるのも大変なのだろう。
「それでは、まいります。
“Execute batch for cube barrier with effective height 3.0”」
「「「三、二、一」」」
ハードリー様たちとも一緒に三つ数える。
そして、
パシュン!
貴賓室の空気を掻き乱すような音に続いて、目を開いていられないような風が一瞬吹き、思わず目を瞑ってしまった直後、わたしが設定した三点を起点として鏡の柱が立ち上がっていたのだ。
「なっ!?」
「こ、これは……」
「す、すごいですの!?」
横方向の大きさとしては、わたしですら抱き抱えられるほど。
しかし、高さ方向には、天井を貫き、天にまで届いているよう……何度見てもその凄さには圧倒されてしまう。
「このバリアは小さく展開されておりますものの、本物になります。
実際に砦で展開された場合にも、天界へと続く鏡の御柱が聳え立つこととなりますでしょう」
「殿下……げ、猊下、では、この上は……」
「ご安心くださいませ。
領城を破壊しないよう設定しております。
バリアを消去いたしましたら、全ては元に戻りますので、領城への被害はございません」
少しずれたご回答をされるメリユ様に思わず可笑しくなってしまうものの、慌ててわたしが補佐役として割って入る。
「ゴーテ辺境伯様、バリアの行き先は天界でございます。
経典にございます神隠しは、このバリアによって天界に召されたものでございましょう」
「天に召されると……な、何という」
「なお、この細いバリアでも、破城槌ですら破壊できない強度を有しております。
いえ、人の手によって壊すことは叶わないことでしょう」
ハナンが木剣を持ってきて、わたしはそれを受け取り、軽くバリアに当ててみせる。
カツンという硬質なものに当たる音が響くが、細いバリアは(当然のことながら)ビクともしない。
「破城槌ですら……これに太刀打ちできないと、そうおっしゃるのですか?
げ、聖女猊下、一度わたしの短剣で試させていただいても?」
真剣な面持ちでゴーテ辺境伯様がメリユ様に尋ねられる。
「はい、もちろん構いません。
タダ、勢いを付けて打ち付けることだけはお避けくださいませ。
しなることすらございませんので、骨折等が起きかねませんので」
「なるほど、承知いたしました」
ゴーテ辺境伯様は腰に下げられていた短剣を抜かれて、ゆっくりと鏡面になっているバリアに近付かれていく。
「こうして拝見させていただきますと、綺麗な鏡の柱にしか見えませんな」
「ええ、もっともこの精度で、全くの歪みのない鏡の柱を作ることは叶わないでしょうが」
ゴーテ辺境伯様は、短剣を構えられると、ゆっくりと鏡の御柱の表面にコツコツと突き付けられる。
ガラス鏡であれば、表面のガラスが割れ、金属鏡であれば、短剣の先で傷付くことだろう。
けれど、この世の理から外れたバリアは傷付くことなんてあり得ないのだ。
「ふんぬっ!」
ガツン
直前に勢いを殺されていても、それなりの勢いでぶつけられた短剣の先が欠けるが、バリアは当然綺麗な鏡面を保っている。
ゴーテ辺境伯様は、短剣の先をご確認されてから、バリアの表面を撫でられ、感嘆の吐息を漏らされている。
「本当に、傷一つ付きませんな」
「はい、神の聖なるお力によるものでございますから、破城槌だけでなく投石機による投石であっても、砕かれるのは石の方となりますでしょう」
「凄まじい強度でございますな。
この中に……オドウェイン帝国の兵たちは閉じ込められてしまうと」
ゴーテ辺境伯様は、閉じ込められる側のことを想像したのか、顔色を少し悪くされて、そう呟かれる。
「ちなみに、王都でバリアに破城槌で挑んだ近衛騎士団第一中隊は神の怒りを買い、天に召されかけました」
わたしがわざと追い打ちをかげると、
「えっ、はっ!?
も、もしや……わたしは神に仇なすようなことをしてしまったのでございましょうか!?」
ゴーテ辺境伯様は、顔を青褪めさせられる。
「メグウィン第一王女殿下」
メリユ様の心外そうなお声に、わたしは可笑しくなってしまう。
「失礼いたしました。
近衛騎士団第一中隊は、メリユ様のご尽力により、無事地上に帰還しております」
「閣下、ちなみにわたしたちも天界にまで召されておりました」
アリッサが笑いながらそう伝えられ、ゴーテ辺境伯様がギョッとしていらっしゃる。
本当にこんな逸話が笑い話になるのも全てはメリユ様のおかげだろう。
「はあ、天界にまで召され、無事に戻られるとは……。
聖女猊下や殿下、皆様方にとって神はそれほどまでに近しいご存在であられるのですな」
「父上」
「ああ、お前の言っていた通り、聖女猊下は神に愛されしご存在であられるようだ。
タダ、聖女猊下が狙われるようなことがあってはならないな……ソルタ、マルカ、聖女猊下、殿下らからも口止めはされていると思うが、聖女猊下の秘密をご存じでいらっしゃる方々以外には口外することのないよう、重々注意するように頼むぞ」
「「もちろんです」の」
ふぅ、これでゴーテ辺境伯家の皆様方には、メリユ様の重要性を承知いただけたことだろう。
メリユ様のご負担が一日のご回復量を超えない、僅か五分ほどであるとのことで渋々受け入れたのだけれど、これはそのかいもあったと言って良いのだろうか。
それにしても、神の目。
神よりご許可で、メリユ様のご負担には全くならないようご使用できるようになったと伺ってはいるものの、もはや神話級の奇跡に、わたしは心が踊り出しそうになるのを感じてしまうのだ。
「しかし、メグウィン第一王女殿下とハードリー嬢が、メリユ聖女猊下の補佐役を見事務められていらっしゃるのですな。
本当に頼もしい限りで……防衛戦の際は、何卒よろしくお願い申し上げます」
「こ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします、ゴーテ辺境伯様」
ま、まさか、ゴーテ辺境伯様にそのように認められるとは思ってもみず、わたしはうれしさに頬が上気するのを感じてしまうのだった。
いつも『いいね』、ご投票で応援いただいている皆様方、厚くお礼申し上げます!
悪役令嬢メリユの補佐役として頑張るメグウィン殿下ですが、ゴーテ辺境伯のお言葉に報われた感がございますね!




