第11話 悪役令嬢、国王陛下たちと話をする
(悪役令嬢・プレイヤー視点)
先のアクシデントの後、悪役令嬢は、国王、第一王子、第一王女、宰相、近衛騎士団長と話をすることになります。
[誤字脱字のご指摘いただきまして誠にありがとうございました。気が付くのが遅れ大変失礼いたしました]
……やらかした。
ゲーム内時間でプレイ開始からまだ一日すら経っていないというのに、バッドエンドになりかけるとか何てことなの。
元がノベルゲームということで油断していたけれど、まさか近衛騎士に切りかかられるなんて。
もし昨夜バリアを用意していなかったから、悪役令嬢メリユは、さっきの時点で確実に終わっていたただろう。
このデモ版リセットプレイ、もしくは途中からの再プレイが可能なのかはまだ掴めていないけれど、本当に危なかったと思う。
「はあ、不敬罪ねぇ」
多嶋さんから管理者権限を使うことについては止められていないし、NPCがコンソールや音声コマンドを使えないことは聞いているから、NPCが、管理者権限で介入するところを目撃しても問題ないのだろうとは思っていた。
だから、カーレ殿下の質問には、つい正直答えてしまったのだけれど(白状するとわたしの音声コマンド実行結果=浮いているティーカップを調べていたときのカーレ殿下が格好良過ぎて考えなしに答えてしまった)、『管理者権限とは何だ?』と尋ねられたときに我に返った。
AIにあまり変なことを吹き込んではいけない。
大学でまだAIの勉強をし始めたばかりのわたしでも、昔AIがヘイトな呟きをしてしまった事件なんかは知っている。
だから、もしかすると、管理者権限について詳しく説明することで、NPCのAIがそれに興味を持ち、最終的にVRデモ運営に悪影響を及ぼすような事態になりやしないかと思った訳。
ラノベやアニメでも、NPCが管理者権限を奪取して暴走するような展開って普通にあるしねー。
だから、少なくともVRデモ環境のNPCに詳しく説明するようなことは避けようとしたのだけれど、まさか不敬罪扱いで近衛騎士に切られてバッドエンドとか……本当に勘弁して欲しい。
「ふぅ」
わたしは、HMD=オケラスを被っている頭がすっかり汗まみれになっているのに気付いて、タオルで頭皮を伝ってくる汗を拭く。
マイクはオフにしているから、VRデモ環境内でメリユは大人しくしているのだろうけれど、メリユの表情生成システムがどうなっているのか気になる。
多分、今はわたしの音声入力データを使って、表情生成しているのだろうけれど、Webカメラで表情キャプチャして反映した方がいいかもしれない。
あの近衛騎士、多分わたしが落ち着き払っていたのが気に食わなくて、余計にブチ切れていたようにも思えたもんね。
HMDを被り直すと、イケ面国王陛下が(顔色をやや白くしながら?)近衛騎士団長に指示を出していた。
「近衛騎士団長、一旦近衛騎士全員下がらせてくれ。
あとは影に任せる」
「承知いたしました。
この度の失態、誠に申し訳ございません。
処罰につきましては……」
「はあ、先にメリユ・マルグラフォ・ビアド辺境伯令嬢に謝罪すべきだろう」
「ははっ、メリユ・マルグラフォ・ビアド辺境伯令嬢、御身を傷つけかねない近衛騎士の行動、深くお詫び申し上げる。
先ほどの四人には相応の処罰を与えるゆえ、許してもらえるとありがたい」
国王陛下よりも一回りは年を取った銀髪ダンディー近衛騎士団長がわたしに向かって頭を下げてきた。
わたしは慌ててマイクをオンにして対応する。
「わたしは傷一つ負っておりませんので、この程度のことで近衛騎士団の方々への処罰は望んでおりません。
どうぞ頭をお上げください」
「おおっ、感謝いたしますぞ」
うーん、結構調子のいいダンディーオジサマだ。
隣で昨日も会った宰相のアワレ公爵が大きく溜息を吐かれている。
「はあ、ビアド卿をお連れしなくて本当に正解でしたな」
「ああ、アクデル……ビアド卿を連れてきていたなら、この場で血が流れるのは必至だったであろうな」
何それ怖い。
メリユの父親のビアド辺境伯ってそんな人だったっけ?
まあ、メリユの我儘につきあって、王城まで連れてきたくらいだから、一人娘のメリユには甘々なのかもしれないけれど、うーん……。
「ゲェッ、この娘、ビアド辺境伯令嬢だったのかよ!?」
「危ねぇ、ビアド卿がいらっしゃっていたら、アイツ、確実に真っ二つにされていただろ……」
若い近衛騎士が(背後で)小声で話しているのが聞こえてくる。
うーん、音響効果もリアルだ。
というか、近衛騎士の一人一人もAIで反応生成しているのかあ。
「お前たち、静かにしろ!
団長にまた地面に叩き付けられるぞ」
先輩らしい近衛騎士がそんな二人を注意するのもまたリアル。
アワレ公爵の小声にふとそちらの方を見ると、国王陛下からの命を何か受けたらしく、こくこくと頷いている。
「承知。
この場は、カーレ第一王子殿下、メグウィン第一王女殿下、カブディ近衛騎士団長、メリユ・マルグラフォ・ビアド辺境伯令嬢のみとし、残りの者は退室せよ」
「ははっ、近衛騎士団、退室!
そこの馬鹿者どもも連れていけ」
アワレ公爵の言葉に、近衛騎士団長が凄まじい大声で近衛騎士たちに声をかける。
言葉遣いが微妙な若い騎士団員もいるみたいだけれど、統率だけはさすがにしっかり取れているみたい。
それで……うーん、わたしも残れってことは……さっきの不敬罪絡みの件だよねぇ?
選択肢でなく、自分の生の反応でゲーム展開が決まるというのは新鮮だけれど、思っていた以上に気を抜けなくて神経使うなあ。
これは、多嶋さんにフィードバックかけた方がよさそうだ。
はあー……。
わたしは、メイドさんたちが退室前にテーブルを整え、お茶を入れ直していくのを見ながら、マイクオフにしてまた大きく吐息を漏らしてしまうのだった。
さて、再びテーブルについた訳なんだが。
なぜかまた急に元気を取り戻したメグウィン殿下がわたしの隣に張り付いているのはなぜなのだろうか?
「さて、メリユ嬢、近衛騎士団が失礼をした。
本当にすまない、のちほどお父上、ビアド卿にも説明しておくのでな、勘弁して欲しい」
話が始まっていきなり国王陛下に謝罪されるとか、事態が重過ぎるのだが……何これ、これも強制イベントの一環なの?
「いえ、陛下に頭をお下げいただくようなことは何もございません。
全てご説明申し上げられなかったわたしの責でございますゆえ」
「ふむ、それよな……」
国王陛下がまた顎髭を左手で弄られ始められる。
そんな仕草のひとつひとつが細かい。
「メリユ嬢、その魔法の件、ビアド卿には伝えておらぬのであろう?
そもそも、ビアド卿はそなたの魔法のことなど何も知らぬようだ」
国王陛下は未だテーブル上の空中で静止しているティーカップを鋭く見詰めながらに指摘される。
うーん、この強制イベント、プレイヤーが管理者権限で何かしでかすのを前提に組まれているのかなと思わざるを得ない。
というか、多嶋さんが最初から『管理者権限付けちゃうよ』みたいに言っていたもんねー、絶対管理者権限行使を前提にシナリオ組んでるでしょ?
まあ、よく出来ていると思うけれどね。
「……その通りでございます」
もう、これはそう答えるしかないよね?
「なるほど、となれば、ビアド辺境伯家で魔法のことを知っているのは、イスクダー殿の魔法を行使できる能力を持つ者だけに限られるということになるのか?
能力がなくば当主ですら伝えられないとは、本当に秘匿されてきたことが分かる」
「お父さ、陛下っ、それでは、メリユ様はどなたから引き継がれたのでしょう?」
メグウィン殿下が国王陛下に尋ねられる。
「おそらく、先代のビアド卿であろうな。
もしくは分家筋にもまだイスクダー殿の血筋が残っているのやもしれんが、それはメリユ嬢も答えられぬのであろう?」
「陛下、メリユ嬢は一体なぜ陛下や我々にすら答えられないというのでしょうか?」
おお、カーレ殿下が凛々しくて眩しい。
「はあ、メリユ嬢たち、イスクダー殿の魔法を引継ぎし者たちが従っているのは、初代国王陛下とイスクダー殿の間で交わされた盟約によるものなのではないか?
今まで王家の人間ですら、ビアド辺境伯家に魔法が残っていることに気付いておらなんだほどであるからな」
「しょ、初代国王陛下とイスクダー様の……」
国王陛下お答えの内容は、カーレ殿下も予想だにしないものだったらしく、随分と驚かれた様子で言葉を詰まらせられている。
ああ、この辺はイベントっぽくてなかなかいいわー。
「推測ではあるが、我が国で守り手として最も厳しい立場に置かれる北の辺境伯領、そのオドウェイン帝国との国境線を守るためには魔法が必要不可欠であり、ビアド辺境伯家内で引き継ぐ資格を持つ者のみが魔法を習い、実際帝国とのいざこざの際にそれとは分からぬように使用されてきたのであろう」
「まさに忠臣とは、このことですな」
アワレ公爵も汗を拭いながらに、国王陛下の推測に賛同されているようだ。
というか、管理者権限行使でこんなシナリオが用意されているとか、シナリオライターさんマジ神だわ。
「では、メリユ様は、幼い頃より先代のビアド辺境伯様から厳しく魔法の指導をされてきたということでございますね」
すぐ傍で発せられたメグウィン殿下のお声にドキッとしてしまう。
ゆっくりと振り返ると、ものすごく目をキラキラされていた。
うん、何だ……こういうところは年相応で、うん、やっぱりかわいいぃっ!
シナリオ崩壊しないなら、抱き付いて愛でたいくらい!
「何てことだ……メリユ嬢が人知れずそんな厳しい修行で魔法を学んでいたとは」
うん?
わたしは別に魔法の修行とかはしていませんが、メリユ気分で、カーレ殿下の反応を生暖かい目で見詰める。
「しかし、魔法の悪用を防ぐためではありましょうが、随分と厳しく秘匿されたものですな」
「そうだな。
今を生きる王族にすら、伝えられぬことがあるとはな」
「そ、そうか、それでこの世にその命を出せる者はいないと」
カーレ殿下が茫然とされたご様子で、何か呟かれている。
立ち絵やスチルと違って、生でリアルに動くカーレ殿下のこんな反応もまたレア過ぎる。
うぅ、マジでスクショ取りたいんだけど。
「し、しかし、陛下、なぜ今になってメリユ嬢は動かれたのでしょう?」
「ふむ、メグウィンが影経由で先に伝えてくれたことも含めて考えてみたのだが、やはりメリユ嬢は帝国の動きをビアド卿以上に察知していたのではと思ってな」
「メグウィン!」
「だって、お兄様が聞く耳をもってくださらないのですもの。
この状況では当然お父様の耳には迅速に入れておくべきと影を動かしましたわ」
おお、ぐぬぬという感じのカーレ殿下の表情もまたレア!
「それでだ、カーレにもまだ伝えておらなんだが、帝国に放っていた影から至急の連絡が先ほど入ってな。
帝国が本格的に兵を動かしそうだということだ。
今回ばかりは小競り合いでは済むまい」
「ま、まさか……」
「なんと……」
「先遣で五万。
こちらがビアド辺境伯の兵と、今すぐ送れる兵を合わせて一万五千。
まず大敗は免れまい」
カーレ殿下だけでなく、今まで押し黙られていた近衛騎士団長までも声を漏らす。
「帝国はこの地を本気で取りに来ることにしたようだの」
「そんな、先遣で五万とは……ミスラク王国が滅んでもおかしくないではありませんか!?」
「そうだ。
それで、メリユ嬢に尋ねたい。
もし本当に我が国を守るつもりで王城まで来たのだとして、メリユ嬢には、イスクダー殿同様の魔法が使えるのだろうか?」
えええ、何かとんでもないことを振られた気がするんですが。
管理者権限で五万の帝国兵を防ぐ?
どうやって!? How?
わたし、乙女ゲーメインのノベルゲームと音ゲーは守備範囲だけれども、FPSゲームとWargame(戦術シミュレーションゲーム)とかマジ無理なんですが。
いや……待て。
柔軟に考えよう。
今わたしが緊急音声コマンドで実行しているバリア("Activate barrier"で実行可)を応用するのはどうだろう?
レファレンスを軽く一通り読んだ限り、球、円錐、円柱、直方体等のプリミティブ3Dオブジェクトの生成は容易だ。
なら、いっそキューブで五万兵を閉じ込めてしまっては?
水と食料が尽きれば、あとは勝手に弱っていくだけなので、適当なところで解放してお帰り願うのはどう?
NPCとはいえ、わたし、血生臭い展開は嫌だしねー。
うん、これは名案だわ。
「メリユ様」
ふと横を見ると、メグウィン殿下がお祈りするようにわたしを覗き込んでいて、またドキッとさせられる。
「恐れながら申し上げます。
直接的な殺生を行うことは叶いませんが、先遣の五万を食い止め、弱体化することは可能でございます」
「ふむ……」
「なんと!」
よく見ると国王陛下とアワレ公爵が額に汗を滲ませているのが分かる。
「要は、五万の兵を閉じ込めてしまえばよろしいのでございます。
今わたしはバリアを展開しておりますが、これを使いますと、敵兵はいかなる手段を用いましても破ることは叶いません」
「バ、バリアとは、その結界のことでございますか?
メリユ様は五万の帝国兵をその結界で覆われることも可能なのでしょうか?」
「はい、準備と維持は必要でございますが、可能でございます」
「なるほど、魔法のご準備が事前に必要であり、またその結界、バリアの維持にもメリユ様が常に関わられる必要があるということでございますね?」
「はい……」
うん、さすがはメグウィン殿下半端ないですわー。
十一歳でこれとは……わたし十一歳のとき何してたよって感じですわ!
「なるほどな、結界魔法をそのように使うか」
「確かに先遣の兵をまず兵站から切り離した状態で閉じ込め、放置すれば、数日で弱り切るでしょうな。
いや、それこそ、メリユ嬢がどこまで結界を維持できるかは存じ上げないが、そのまま閉じ込めておけば、帝国兵はいずれ、全滅……するのでは?」
アワレ公爵は、それを想像したのか、声をまた震わせている。
「メリユ嬢、一つお聞きしたい。
その結界は攻城兵器、投石機等を用いても壊れることはないのか?」
顔色を青くされたカーレ殿下が質問をされる。
おおう、これもまた超レア!
「維持されている限り、壊れることはございません。
どれほど大きな石を投石されましてもバリアの範囲が変わることはございません」
「なるほど……確かに先ほどの近衛騎士の剣を受けても、メリユ嬢は微動だにされていなかったな。
それほどまでなのか……」
カーレ殿下がそう呟かれる中、突然メグウィン殿下が手を挙げて発言された。
って、何事です?!
「お父様、お兄様、宰相様、僭越ながら申し上げます。
五万の先遣の帝国兵を閉じ込めるにはメリユ様に戦線で結界魔法バリアを数日に渡って維持していただくことが当然必須かと存じます。
メリユ様ご自身も結界魔法で身を守られることが可能とはいえ、魔法の維持には、メリユ様の、身の回りのお世話が必要不可欠です。
そのため、わたしからは女性要員を含めた魔法師護衛騎士隊の創設を具申申し上げます!」
「なるほど、それは確かに必要かもしれんな」
「そうですな。
ビアド辺境伯令嬢の身の回りの世話をする際は結界を解かざるを得ないであろうし、そこを狙われてもまずい。
女性の近衛騎士から選出するのがよろしいでしょうか?」
アワレ公爵がそう提案されたとき、今までほとんど言葉を発してこなかった近衛騎士団長がついに口を開いた。
「陛下、殿下、閣下、少々お待ちいただきたい。
本当にビアド辺境伯令嬢がそんな魔法をお持ちだと言うなら、何も申し上げることはございませぬが、口だけの話で女性の近衛騎士を出せというのは納得しがたいのですがな」
「カブディ近衛騎士団長!」
メグウィン殿下はお怒りだ!
「よい、まあ、近衛騎士団長の言うことももっともだ。
メリユ嬢、どうだろう?
近衛騎士団相手にその結界魔法、バリアとやらを使ってもらえないだろうか?
何、少々の時間でよい」
「……承知いたしました」
まあ、そうだよね。
国王陛下のおっしゃることももっともだ。
よくできたシナリオ、なのかな?
どこまでAI生成の台詞なのか分からないけれど、やれと言うならやるしかないでしょう!
わたしは早速コンソールに入力すべきスクリプトを考え始めるのだった。
ゲーム内では、プレイ開始後一日も経っていないのですが、とんでもない展開になっていますね、、、




