第118話 ゴーテ辺境伯令息、ゴーテ辺境伯と共に神の目を通した景色を見る(!?)
(ゴーテ辺境伯令息視点)
ゴーテ辺境伯令息は、ゴーテ辺境伯と話をしたあと、悪役令嬢が休む貴賓室へと向かい、神の目を通した景色を見てしまいます(!?)
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「父上、お待たせいたしました」
「ソルタ、戻ったか」
僕が父上の執務室に入ると、疲れた様子の父上が書類を睨み付けられていた。
おそらく、僕が離れている間にも、父上は領軍がどの程度動かせるか確認されていたと思うのだが、その表情からするにかなり厳しい状況であるようだ。
「父上、領軍の方はいかがでしょうか?」
「先ほど確認させたところだが、すぐに動員できる家臣、領民を含めても二千が限界だ。
もう少し時間が取れれば、辺境伯領全体で三千は動員できるだろうが、間に合わないだろうな」
ミスラク王国が国境で接する大国の内、最も友好的なのが我が領の接するセラム聖国ということもあり、ゴーテ辺境伯領軍の規模は小さい。
緊急時に即戦力として動員できる人数は、家臣を中心とした千五百。
領都の兵士動員できる領民を含めて二千というのは、これでもかなり無理して確保できる数ということになるだろう。
それでも、オドウェイン帝国の先遣五万に対しては全く太刀打ちできない戦力だ。
父上が険しい顔をされるのも無理ないことだと思う。
「はあ、領軍のことはお前も大体予想が付いていたことだろう?
それで、殿下は何と?」
「はい、聖女猊下の件についてお話を伺っておりました」
父上がこめかみに指を当てられる様子を見て、僕は父上がメリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下のことを完全に受け入れられていないことを悟る。
緊急会議の場では、殿下らのお言葉ということもあり、表面的には受け入れるしかなかったのだろうが、やはり以前の聖女猊下の演技のこともあり、疑っておられたのだろう。
「はあ、そうか。
ソルタ、お前に率直に問いたい、聖女猊下は本当に信頼に足る人物であられるのか?」
「はい、神の眷属とまではいきませんでしょうが、少なくとも神に愛されている、特別なお方であられると思います」
父上はご自身の髪を掻き毟られながら、溜息を吐かれる。
「神に愛されている……ときたか。
まさか、彼女をあれほど毛嫌いしていたお前が、あっさりと彼女を信用するとは……先ほどは驚きを隠せなかったぞ」
「それは……致し方のないことでしょう。
ですが、聖女猊下のお力を一度体験してしまえば、聖女猊下がどれほどすごいお方であられるのか、一瞬で理解できてしまうかと」
「それほどか?」
「はい」
現状、聖女猊下はお力の完全なるご回復を目指されなければならない状況である以上、父上にそのお力をご体験していただくためだけに無駄にお力を使用していただく訳にもいかないだろう。
それでも、転移の術……瞬間移動だったか……に加え、空の散歩まで自らの身をもって体験した僕が父上にそれをお伝えして信用していただくしかないのだろう。
「はあ、キャンベーク街道の封鎖解除、マルカの救命、そして此度のオドウェイン帝国の侵攻の兆しをソルタ、お前に見せていただいたことと言い、聖女猊下にはどれほどの謝意を示せば良いのか分からんな。
彼女から何か要求があったりはしないのか?」
聖女猊下からの『要求』?
父上のその言葉に、父上の中の聖女猊下の印象が未だ以前のままであるのを知り、僕は思わずおかしくなって笑ってしまった。
「ソルタ?」
「いえ、聖女猊下の本当のお人柄に触れてしまった僕には、聖女猊下がそういう要求をされるところを想像できなかったもので」
「はあ、そうか、すまんな。
どうやら、わたしだけが以前の聖女猊下のご様子に囚われてしまっていたようだ」
「父上も、一度聖女猊下と直接お話されるとよろしいかと思います」
僕は、真面目な表情に戻して、父上にそう進言する。
何せ……僕自身、まだ感謝の意を伝えきれていないように思うし、辺境伯家としても、マルカを救っていただいた上、この危機をお知らせいただいたことに、父上から謝意をお伝えいただかねば、恩知らずと罵られてもおかしくないと思えたからだ。
「そうだな。
聖女猊下がまだ起きていらっしゃって、少しでもお話させていただける状況であるならば、ゴーテ辺境伯家当主としてすぐにでも謝意をお伝えせねばな」
「はい」
父上は、書類を机の引き出しに仕舞うと、すぐに立ち上がられる。
話を聞いてすぐに行動される父上に、僕は『さすが』と思いながら、警護のため待機しているアムール、マルコスに声をかけ、続いてシーナにも(城内ではあるが)『先触れ』で走らせることにした。
ここは聖女猊下のご状態とご意向が最優先だ。
父上が謝意を示されることはもちろん早い方がいいが、聖女猊下の御具合がよろしくない場合は明日以降に延期した方がいいだろう。
そう思っていたのだが、シーナが階下から持ち帰った報告は『すぐにお会いいただける』というもので、父上はまた驚かれていた。
貴賓室でお休みされているという聖女猊下。
今そちらには、聖女猊下とメグウィン第一王女殿下、ハードリー嬢、そして、マルカも加わって、お話をされていると言う。
お食事は既に済まされたということだが、本当に大丈夫なのだろうか?
聖女猊下には、何度謝っても許されないようなことをしてしまっただけに、やはり緊張を隠せない。
「レーマット・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯様、ソルタ・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯令息様、お待ちしておりました。
大変恐縮ではございますが、護衛の方や領城の侍女の方はこちらでお待ちくださいますようお願い申し上げます」
待ち構えられていたのは、メグウィン第一王女殿下の専属侍女のハナン殿。
そう告げられるハナン殿に、僕はアムール、マルコス、シーナに頷いてみせ、従うように伝える。
メグウィン第一王女殿下の近傍警護の方々が聖女猊下の警護も兼ねていらっしゃるようなのだが、緊張感がやはり違う。
何せ、ゴーテ辺境伯領どころか、ミスラク王国の防衛の要になられるお方がお部屋にいらっしゃるのだから、当然のことだろう。
「中で、聖女猊下がお力をご使用になり、お待ちになっていらっしゃいます。
どうぞそのおつもりでご入室くださいますようお願い申し上げます」
お力をご使用になられているとは!?
まさか、父上が疑っておられることをご承知で、ご準備されていたということなのだろうか?
し、しかし、お力をご回復されなければならない状況で、そんなこと……本当に大丈夫なのだろうか?
僕の中で聖女猊下を心配する気持ちが膨らむ中、父上は真剣な表情で
「分かった」
と頷かれる。
貴賓室内のご様子を関係者以外に見られないよう、相当気を遣われてるのだろう。
近傍警護の方々が父上と僕を囲み、扉の開閉も慎重に行われる。
一体、貴賓室内で、聖女猊下はどんなお力を振るわれているというのだろう?
「殿下、メリユ様、レーマット・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯様、ソルタ・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯令息様がご入室されます」
「失礼いたします、第一王女殿下、聖女猊下。
レーマット・マルグラフォ・ゴーテと息子のソルタでございます。
マルカとソルタの話を聞いてすぐ罷り越すべきところ、遅くなり大変申し訳ございま……」
貴賓室のベッド上で上半身を起こされている聖女猊下、その彼女の前に広がる景色に、父上と僕は言葉失ってしまっていた。
何せ、貴賓室のベッド周囲には、ゴーテ辺境伯領の北部にある、バーレ連峰周辺の縮図があったのだから!
そう、戦況分析に用いる地図ではないのだ。
僕が聖女猊下に拝見させていただいたバーレ連峰の地形がそっくりそのまま縮小されて貴賓室内に浮いていたのだ。
「こ、こ、これは………」
父上は、口を半開きにしたまま、言葉を詰まらせる。
僕なんて声を発することすらできなかった。
ものを小さくして使った『模型』というものであれば、聖国から輸入されたボトルシップくらいは領城にもある。
しかし、ここまで精緻な『模型』など見たことも聞いたこともない。
いや、聖女猊下がお力を振るわれているとおっしゃっていたのだから、これは『模型』ではなく、そのお力でこのように出現されたものなのだろう。
「レーマット・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯様。
これは、現在のバーレ連峰の景色を縮小したものでございます。
ただし、昼間と同等の明るさで照らし出したものとなりますが」
「げ、現在とは……ぃ、今このときと言う理解でよろしいので?」
「はい」
何でもないような微笑みでおっしゃられる聖女猊下に、僕は聖女猊下の凄さを改めて知らしめられたように思い、涙が込み上げてくるのを感じてしまう。
「このような姿で申し訳ございません、レーマット・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯様。
ですが、レーマット・マルグラフォ・ゴーテ辺境伯様にも、現況をご覧いただきたく存じまして、このようなものを準備させていただきました」
「ぃ、いえ、こちらこそ礼儀を逸するような真似、失礼いたしました。
此度は、マルカのご救命に加え、ソルタに我が領の危機を知る機会をお与えいただきましたこと、深謝申し上げます、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下。
ソルタの失態につきましては、いかようにも罰していただければと」
「いいえ、ソルタ様から謝罪と謝意は既に受け取っておりますので、それ以上は必要ございません。
こちらこそ、わたしの体調に合わせて、ご配慮いただきましたこと、感謝申し上げます」
ああ、まさに使徒様のような美しく優しい微笑みに、惚れ惚れしてしまう。
どうしてこれほどのお方に、あのような不敬なことをしてしまったのか……今ではまるで理解できないし、あのときの自分を殴りつけたいくらいだ。
「ぉ……おお、何ともったいないお言葉。
我が辺境伯家にとって大恩人であられる聖女猊下に対して、その程度のこと、当然のことでございます。
ど、どうぞわたしのことレーマットとだけお呼びください」
「わたしもどうぞメリユとだけお呼びくださいませ」
「はは、感謝いたします。
そ、それで、メリユ聖女猊下、こ、これはボトルシップの『模型』のようなものなのでしょうか?」
やはり、父上もそのように思われたか。
しかし、これは間違いなく神より聖女猊下に与えられたしお力なのだろう。
「いいえ、そうではございません。
これは今このときの景色を反映したものでございます」
「お父様、こちらはいわば神の目でご覧になられた今の地上の景色そのものなのですわ。
先ほどはわたしも腰を抜かしそうになったのですけれど、こちらに帝国の野営の陣地で兵士たちが動いているのが見えますの!」
聖女猊下に寄り添うマルカの言葉に、父上は目を見開いて驚いているのが分かる。
いや、今の地上の景色で……兵士が動いているだと!?
「神の目……ま、ま、まさか、そんな」
「こちらの像は、実体の伴わないものでございますので、どうぞもっとお近くでご覧くださいませ」
父上が顔を引き攣らせながら、バーレ連峰の地形の縮図に手を伸ばし、それをすり抜ける様に『おおおっ』と声を上げられる。
本当に実体を伴わないものだとは……あまりにも凄過ぎる!
これぞまさに神に与えられし神聖術と言えるだろう!
「ほ、本当に、顔がめり込んでいく……おお、動いている兵士とはこれか!!」
聖女猊下の寝台から食み出した縮図にお顔を突っ込まれ、少しはしゃいでいらっしゃるらしい父上。
このような父上は、初めて見たように思う。
「父上、兵士とは?」
「ここに砂粒より小さい黒い粒が動いているのが分かるだろう?
マルカ、それで合っているな」
「ええ、それで合っておりますの」
父上の指差される先を拝見して、僕は驚愕した。
本当にたくさんの黒い粒が動いていて、埃かと思うような小さな野営の陣地の配置すら分かってしまうのだ。
「な、何ということだ、これが、神のご覧になられている景色ということか!」
「はい、レーマット辺境伯様。
これはメリユ様が先ほど神にご申請を出されて、本当に特別に神からご使用をご許可されたお力でございますわ」
「か、神からご許可を賜られたと!?
おお、我が領のために、そこまで!」
聖女猊下のお傍にくっつかれているメグウィン第一王女殿下のお言葉に、目を潤ませられる父上。
まさか、僕の『空の散歩』に加え、このように神の目でご覧になられている景色を僕たちにお見せいただくために動かれていたとは。
誇らしげなメグウィン第一王女殿下とは対照的に、少し困ったような笑みを零される聖女猊下は、もう……ああ、どうしてこのような素晴らしいお方を疑ってしまったのだろうかと思ってしまう。
いや、それにしても、これは革命的なお力だ。
今このときの敵の動きをつぶさに見ることができるなど、本来神やそのご眷属以外には決してできないことだろう。
本当に奇跡を見ていると言っても過言ではない。
「ああ、これがそのガレ場なのだな。
……確かに、帝国が砦に攻め込んでくるまで一週もなさそうだ」
バーレ連峰の地形の縮図、いや、神のご覧になられている立体的な地形にご自身の頭を埋め込まれ、僕が聖女猊下と赴いたガレ場にじっくりご覧になられる父上。
見た目はかなりおかしな感じになってしまっているのだが、今の現況は、とても笑っていられるようなものではなかった。
「それで、その、聖女猊下、結界で我が領を守っていただけるとのことでございますが、そのご説明を少しばかりしていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんでございます。
そのために準備したようなものでございますので」
父上からの言葉に、聖女猊下は花が咲くような笑みで頷かれるのだった。
ああ、殿下=カーレ様がおっしゃっておられたように、聖女猊下の半心が使徒様であるというのは、間違いないのだろう。
僕は、彼女が聖女猊下、そして王国の救世主として讃えられるのはもちろん、世界の全ての国から敬意を払われるべきだと思ってしまうのだった。
いつも『いいね』、ご投票で応援いただいている皆様方、深く感謝申し上げます!
新年度に入り、少々忙しくなっておりまして、執筆が遅くなり申し訳ございません、、、
相変わらず、魔法のない世界でとんでもないことをやらかして、またも勘違いが酷いことになっているようでございますね、、、
悪役令嬢メリユ、どこまで持ち上げられていってしまうのでしょうか、、、
あと、本編とは関係ございませんが、デフォルトのままになっておりました感想の書き込み設定をどなた様でも書き込んでいただけるようにいたしました。
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