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悪役令嬢、母国を救う  作者: アンフィトリテ
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第113話 王女殿下、ゴーテ辺境伯領城での緊急会議に臨む

(第一王女視点)

第一王女は、ゴーテ辺境伯領城での緊急会議に、悪役令嬢の補佐役として臨みます。


[『いいね』、誤字脱字のご指摘、ブックマークいただきました皆様方に心よりお礼申し上げます]

 メリユ様には(ゴーテ辺境伯令嬢=マルカ様にご助力いただいて)貴賓室で晩餐のお時間までお休みいただくことになった。

 お休みの前にハードリー様とわたしでメリユ様のお熱を測らせていただいたのだけれど、やはりご体温はやや低めでご無理をされたのが分かってしまう。

 何よりサラサラのお肌の感触が、メリユ様が使徒様のお姿にご変身されていたことを示していて、わたしはつい強めの口調で怒ってしまった。


 後で自己嫌悪に陥ってしまうのは分かっているのに。


 それでも、メリユ様はタダ謝られるばかりで、ご理由を詳しくおっしゃってはくださらなかった。

 一体ソルタ様に何をお見せになられたのか、わたしは、溜息を吐きながら、ハードリー様、マルカ様と応接室へと戻ったのだった。






 そして戻った応接室には、ゴーテ辺境伯様も駆けつけられていて、異様な雰囲気が漂っていた。

 広げられているのは、ゴーテ辺境伯領の地図だろうか。

 頬を赤く腫らされたソルタ様は厳しい眼差しで地図のある箇所を睨み付けられていた。


「猊下、殿下もお待たせしてしまい申し訳ございません。

 父上もご政務でお忙しい中、お時間を取っていただき、感謝いたします」


「いや、構わんが、一体何事だと言うのだ?

 ……その顔はどうした?」


「いえ、それにつきまして後ほど。

 今はそれどころではありませんので」


 応接室にいるのは、サラマ聖女様とお付きのお二人、お兄様、ゴーテ辺境伯様、ソルタ様、マルカ様、ハードリー様、カーディア様とアメラ、ハナン、近傍警護の近衛騎士・女騎士の面々のみ。


「先ほど、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下に、我が領が置かれている危機的状況を直接視認させていただく機会を賜りまして、こうして緊急会議の場を設けさせていただきました」


「サンクタ、せ、聖女猊下だと!?

 どういうことだっ?」


 長テーブルの席に腰を下ろされたばかりのゴーテ辺境伯様が思わず腰を浮かせられる。

 そう、何せゴーテ辺境伯様には、メリユ様が聖女認定されていることをお伝えしていなかったのだから、驚かれるのも無理ないことだろう。


「ゴーテ卿、先ほどは万一に備えて、メリユ嬢の立場について伝えておらず申し訳ない。

 メリユ嬢は、セラム聖国中央教会の教皇猊下とサラマ聖女殿、いや、サラマ聖女猊下から聖女認定を受けている聖女なんだ」


「ま、まさか」


 ゴーテ辺境伯様も演技されていた頃のメリユ様をご存じであるためか、思わず本音を漏らされてしまう。


「卿は直接ご覧になられていないからお分かりいただくのも難しいと思うが、メリユ嬢は神命の代行者であり、この世の理に干渉する力を神より与えられている特別な聖女なんだ」


「そ、そんなことがあり得るのでしょうか?」


「わたくしからもメリユ聖女猊下が神より特別なお力を下賜されていることを証言させていただきます。

 ゴーテ卿もご存じでいらっしゃるかと存じますが、キャンベーク渓谷の土砂崩れ現場の土砂を消し去れたのも、間違いなくメリユ聖女猊下でございます」


「で、では、キャンベーク街道の封鎖が解かれたのも……」


「はい、メリユ聖女猊下によって災厄の目が摘まれたからでございます」


 お兄様とサラマ聖女様のご説明に、ゴーテ辺境伯様は額に汗を滲ませ始める。

 きっと先日のお兄様と同じで厄介な令嬢がやってきたと思われていたところに、そのメリユ様がゴーテ辺境伯領の危機を救われていたなんて聞かされて、混乱されておられるに違いない。


「な、何ということだ……我が領は彼女に救われていたというのか?」


「我が領だけではございません、父上。

 マルカを暗殺の魔の手から救い出してくださったのも聖女猊下です」


「はっ!?」


「はい、わたしも先ほどお会いして、聖女猊下がわたしをお救いくださったご本人であるのを確認しております」


 マルカ様のお言葉に、ゴーテ辺境伯様が左手でご自身のお顔を撫で下げるように一拭きされている。


「……しかし、そのときはまだキャンベーク街道は封鎖されていたはず、どうやって我が領まで来られたというのか?」


「聖女猊下は転移の術をお使いになられます」


 ソルタ様のお言葉にガタンと椅子を動かされてしまわれるゴーテ辺境伯様。

 直接目にする機会を得なければ、やはり非現実的であるとしか思えないカーレ様のお言葉に動揺されたようだ。


「て、転移の術だと!?」


「わたしからもメリユ様はこの世界のどこへでも瞬間移動が可能であると証言いたしますわ。

 わたしを含め先遣の一部は、メリユ様のお力をお借りして王都からハラウェイン伯爵領まで実際に瞬間移動をさせていただいております」


 ここで実際にそのお力を体験しているわたしも口を挟むことにしたのだ。


「メグウィン第一王女殿下、それは誠でございますか?」


「はい、カーディア様やハナン、そちらの女護衛隊も皆、瞬間移動を体験しております」


 わたしが視線を向けるとカーディア様やセメラたちも深く頷いてみせる。

 そして、マルカ様も


「お父様、わたしも聖女猊下にお救いいただいた際、その転移、瞬間移動で領城までお送りいただきましたの!」


 と加わられるのだ。


「はあ、何という……信じ難いが本当なのか。

 いや、失礼、それで、ソルタはメリユ・マルグラフォ・ビアド辺境伯令嬢……いや、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下に何をお見せいただいたというのだ」


 やはり言葉だけでは信じづらいご様子ではあったものの、一旦メリユ様のことはそういうものだとして、お話を進められることにしたらしい。

 お出迎えいただいたときとは異なり、ゴーテ辺境伯様はかなり気疲れされたご表情でソルタ様を見詰められる。


「はい、父上も先日マルカからオドウェイン帝国のちょっかいをかけてきている可能性について聞かれていたかと思いますが、先ほどオドウェイン帝国が我が領への侵攻の準備を整えているところを確認いたしました」


 ……どういうこと!?


「なっ!?」


 驚きのあまり、ゴーテ辺境伯様が立ち上がられる。

 いえ、声こそ漏らさずに済んだけれども、オドウェイン帝国がゴーテ辺境伯領側から攻め込もうとしているのを知っているわたしたちでも驚きを隠せなかった。


 カーレ様は先ほど『危機的状況を視認された』とおっしゃっていたはずだけれど、まさか侵攻の準備を整えているところを直接ご覧になられていただなんて。


 メリユ様は全てをご存じでいらっしゃったのね!?


「ソルタ、詳細を説明してくれ」


 きっとお兄様にとっても、ソルタ様のお言葉は想定していたものより深刻なものだったのだろう。

 少し焦りを滲ませた声音でそう問われるのだ。


「はっ、先ほど聖女猊下に、バーレ街道の敷設跡にお連れいただきまして、オドウェイン帝国側の動きを直接視認いたしました。

 バーレ街道というのは、百年ほど前に、ゴーテ辺境伯領とオドウェイン帝国南部を繋ぐ街道として整備しようとしていた街道なのですが、冬を迎える度に路盤が崩壊し、あまりに難所が多いことから、計画中止になった街道なのです」


「こちらの図面がそのバーレ街道の敷設計画時のものなのでございますわ」


 マルカ様も加わられ、皆はその図面を覗き込む。


「はあ、バーレ街道か……。

 ソルタ、連中はどこまで到達していると?」


 ゴーテ辺境伯様は、大きく溜息を吐かれてから、ソルタ様に説明を求められる。


「幼い頃に父上にお話いただいた幻の大石橋、そう申し上げれば、父上もすぐにお分かりいただけるでしょう。

 猊下、殿下、こちらをご覧ください。

 こちらに深い谷間があり、橋を架ける計画があったのがお分かりいただけるかと存じます」


 ソルタ様が指し示されるのは、領都イバンツからバーレ連峰の南斜面を北東へ登っていく道筋。


 セラム聖国との国境にある砦からキャンベーク街道が北北西へバーレ連峰を避けながら続いていくのに対して、こちらは峠越えのルートを取っているのが分かる。

 タダ、あまりにいくつも谷間があって、それを埋めたり、橋を架けたりで、百年前の技術ではかなり大変なものであったに違いない。


 そして、今ソルタ様の指が置かれているところは一番深い谷間があり、大石橋を架けるということになっていたようだ。


「この谷間が土砂崩れで埋まっておりまして、今オドウェイン帝国側が整地して道を作っておりました」


「何っ!?」


 何てこと!?

 砦からの距離があまりにも近過ぎる。

 当初の報告では、半月から一月の猶予ありということだったのに、これでは……。


「ここからここまでは当時の敷設工事の路盤がかなり残っておりまして、おそらく谷間の部分が開通すれば、一週かからずに兵士を砦付近まで移動させられるかと。

 聖女猊下のお話では、先遣で五万、帝国側で待機しているようです」


「先遣で五万……我が領の砦では到底もたんぞ!?」


 一週かからずに!?

 そんな半月という見通しですら甘かったというの!?


 そう、だから、メリユ様はご無理をされてまでソルタ様を連れ出されたのだわ!


「はあ、メリユ・サンクタ・マルグラフォ・ビアド聖女猊下は全てご存じの上でソルタにその光景をお見せられたのだな」


「はい、タダ、聖女猊下は……口数が少なくいらっしゃって、自分の目で確かめろという意味なのかと……」


 なるほど、やはり、ご制約を課せられたご神託であったということなのね。

 そう、そういうことであるならば、ここはメリユ様の補佐役であるわたしが説明しなければ!


「わたしから補足でご説明申し上げます。

 メリユ様は、神よりかなりの頻度でご神託を賜られていらっしゃいますが、その多くがメリユ様ご自身では口外することのできないご制約を課せられたものとなっているのでございます」


「何と……」


「おそらく、此度のオドウェイン帝国側の動きもメリユ様のお口からご説明いただくのが難しいご神託であったため、ソルタ様に直接ご覧いただく形を取られたのでしょう」


「そ、そういうことだったのですか!?

 ああ、本当に僕は何ということを……」


 メリユ様のご事情をご理解いただけたようで、ソルタ様は改めてご自身がなさってこられたことを見詰め直されているご様子。


 ソルタ様の責はしっかり受け止めていただかなければならないと思うのだけれど、それはさておき……。


「しかし、早過ぎるな。

 メリユ嬢が無理をして動いたのも当然だ」


「ええ、メリユ様はご神託で状況を把握されたのでしょうが、想定されていたよりもオドウェイン帝国の動きが早いようでございますね」


 先ほど、言葉を濁されていたメリユ様。

 ご自身は把握されていることを周囲に伝えられないもどかしさはどれほどのものだったのだろう。

 よりにもよってメリユ様を害そうとされたソルタ様を連れ出されて、ソルタ様に状況把握していただき、皆に伝える役目を委ねるしかなかったなんて。


 本当にわたしは馬鹿だわ。


 メリユ様がお約束をお破りになられたからって、あんな言い方をするべきではなかった。

 この危機的状況をなかなかうまく伝えることのできなかったメリユ様の苦悩を理解しなければならないのは、メリユ様に一番近い場所にいるわたしであるべきだったのに。


「殿下、ここゴーテ辺境伯領は、近い内にオドウェイン帝国の侵攻に対する防衛の最前線となりますでしょう。

 すぐにお逃げのご準備を」


「いや、ゴーテ卿、それには及ばない。

 我々がここにいるのは、王国最強の防衛役を務めることになるメリユ嬢を守るためなのだ」


「そ、それはどういうことでございましょう?」


 ああ、もうっ!


「ゴーテ辺境伯様、メリユ様の補佐役としてわたしからご説明申し上げます。

 メリユ様は神より直接認められし聖女様として、敵であろうとも他者の命を奪うような行動は禁じられていらっしゃいますが、この世界で最強のバリア、結界を張られることで、オドウェイン帝国の先遣を丸ごと閉じ込めることが可能だということでございます」


「メグウィン第一王女殿下、け、結界とは、それほどのものなのでしょうか?」


「はい、攻城兵器をもってしても決して破ることのできない、この世界で最も強固な結界でございます。

 閉じ込められれば最後、メリユ様が解除されるまでオドウェイン帝国の兵士たちは光のない暗闇に閉じ込めることとなりますでしょう」


 そう、わたしがメリユ様のことを一番理解していなければならないのだから、わたし以外の誰が説明するというのよ?


「で、では……まさか、猊下お一人で、オドウェイン帝国の先遣全てを……」


「ええ、先遣の兵士たちが弱り切るまで、メリユ様にはバリアを張り続けていただくことになります。

 そのまま閉じ込め続ければ、オドウェイン帝国軍も全滅することでしょうが、神より下賜された聖なるお力でそこまですることは許されません。

 弱り切った後、対処するのは……」


「なるほど、我が領軍と、それまでに駆け付けてくださるであろう王都騎士団、各辺境伯領軍でもって結界から放り出された敵軍を討つということになりますでしょうか?」


「はい、ご理解いただけて幸いでございます」


 ゴーテ辺境伯様の顔色が少しばかり良くなられたように思える。

 けれど、一番大事なのは、メリユ様のお力が無限なものではないということ。

 それはお伝えしなければ!


「ですが、ゴーテ辺境伯様、メリユ様のお力には限りがございます。

 先日キャンベーク川の『土砂ダム』……いえ、川を堰き止めていた土砂、流木、堰き止められていた泥水を消去された際、メリユ様は一度にお力を使い果たされ、生死の境を彷徨われかけました」


「な、何と、あのキャンベーク街道封鎖の原因となった土砂崩れをしょ、消去されるのにそれほどのお力を使われてしまわれていたと」


 そう、今も倒れられるほどではないとしても、かなり消耗されているのは確か。

 オドウェイン帝国の先遣が砦に到達まで一週も残されていないと言うのならば、メリユ様にはお力を最大限にまでご回復していただけるようしっかりとご療養いただかなければならない。


「はい、ですので、オドウェイン帝国の先遣に攻め込まれるまでに、我々はバリアを張る準備を進めると共に、メリユ様のお力が完全にご回復されるようしっかりご療養いただく必要がございます」


「なるほど、全ては聖女猊下次第ということでございますか。

 もし……聖女猊下が要らぬことでお力を損耗されるようなことがあれば、結界を維持するお力が足りなくなるおそれすらあると」


 ゴーテ辺境伯様、ご理解が早くて本当にありがたい限りだわ。

 それに引き換え、ソルタ様は!


「も、申し訳ございません、父上。

 ぼ、僕は……聖女猊下のお力を試すと無理を申しまして……明らかに必要ないお力を使わせてしまったかもしれません」


「な、何……」


「しかも、聖女猊下に怪我を負わせても良いというつもりで……短剣を向けてしまいました。

 セラム聖国中央教会の聖女認定を受けていらっしゃる猊下にそのような真似、このままでは国際問題にもなることと存じます。

 ですので、ことが収まれば、廃嫡も……」


「お前は何ということを!」


 ゴーテ辺境伯様は、ご子息のソルタ様がなされた暴挙に顔を顰められる。

 マルカ様を救われた恩人で、ゴーテ辺境伯領の危機を報せ、その危機に直接立ち向かわれるメリユ様に、恩知らずのことをされたのだもの。

 当然のことなのだわ。


 もちろん、メリユ様はそれを望まれないだろうけれど。


「ゴーテ卿」


「サラマ聖女猊下、此度は愚息がとんでもないことを……」


「いえ、おそらく既にメリユ聖女猊下にご謝罪された後なのだとは存じますが、全てはメリユ聖女猊下に委ねられることになるかと存じます。

 実のところ、セラム聖国中央教会側も、わたしの指揮しておりました聖騎士団が神のご意向に背く大罪を犯してしまいまして」


 本当に……あれほどのことがあったというのに、毎度神罰を下されるのを止められるメリユ様はお人が良過ぎると思う。

 ソルタ様のことも当然許されることだろう。


「ゴーテ辺境伯様、ソルタ様が廃嫡になるようなことはないかと存じます。

 メリユ様は、あまりにも……お優し過ぎるお方でいらっしゃいますので」


「そ、そうでございますか……しかし、ソルタには、何かしら償いをさせるべきでしょうな」


 きっとメリユ様は、ハードリー様のときと同じように、辺境伯令息としてソルタ様が前へ向いて進まれることを望まれるだろう。

 ゴーテ辺境伯様がお考えになられているようなことは杞憂に終わるに違いないと思いつつも、ソルタ様にはもう少し反省していただきたいと思うのだった。

いつも『いいね』、誤字脱字のご指摘、ご投票で応援いただいている皆様方、厚くお礼申し上げます!

また、新規にブックマークいただきました皆様、誠にありがとうございます!


少し更新頻度が下がってきてしまい申し訳ございません、、、

久々のメグウィン殿下視点となります。

やはり、少し緊迫感が出てきましたね、、、

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